やっぱり現実的に考えて
続きます。
藍沢事件(※布教活動)から三日が経った。あの日の翌日から藍沢は現れなくなり、寂しくもあるけど俺の心臓に優しい日々がまた戻っていた。
さて、何の因果かは知らないけど、あの日を境に朝起きたら俺の弁当がワンコインに変わっていた。お袋や、アンタもしかして一部始終を見ていたのではないかね?
それが何を意味するか。どうやら俺は、戦地に赴かなければならなくなったようだ。
「───ふんぬぉおおおおっ……!!!」
俺だけじゃない、猛者たる漢達は持ち前の体躯を使って前方へと押し進んでいる。そんな得体の知れない奴らの背中を全力で押し込み、虎の威を借る狐と化しているのがこの私、佐城渉。やだ大っきい背中、こんにちはクズです。
血を見そうな思いをして手に入れたのは誰からも見向きされないバターロールやただの牛乳。どう考えてもこの売店は文化系向きじゃない。下手すりゃ骨折者が出る。でも大丈夫、お釣りは頂いたよお袋。
教室に戻ろうとすると、中から何やら騒がしい声が聴こえて来た。凄く聴き覚えのある声なんだけど気のせいかな?どうしよう、戻りたくない。
「───やだやだ貰ってください!これはご迷惑をお掛けしたお詫びなんです!」
「だから良いって言ってるでしょ!私別に何もされてないわよ!」
「もう諦めて受け取っちゃいなよ愛ちー」
「何で圭がそっちに付くのよ!」
そろりと教室を覗くと、最近とても見たことがある茶髪ゆるふわ系の女子が夏川に迫っていた。聴こえて来る限りじゃ喧嘩してるっつーわけじゃなさそうだ。けど、少なくともそこに俺が加わったら面倒な事になるのは分かる。
「もぉ!愛華様ここに置いときますからねっ!」
「あ!ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「ばいばーい、レナちー」
教室のドア横に隠れてると、最近まで俺とそれはもうイチャイチャしたりしなかったり(※してない)を繰り返してた藍沢が廊下に飛び出して来た。チラッと見えた横顔はとても嬉しそうに綻んでいる。そのまま俺とは反対側に向かうと、上級生の教室に続く階段を駆け上がって行った。元気良くて何よりだな。
本当に意味が解んなかったから平静を装って教室に入った。席に向かうと、当然ながら左隣に座る夏川が俺の存在に気付く。いつもなら視界に入るだけで睨み付けられるんだけど、今回はうんざりした顔で見られた。ありがとうございます、もっと。
「……今さっきまで藍沢さんが居たわよ」
「超元気良かったし、何か畏まってたんだけど……さじょっち何したん?」
「別に何も……ただ延々と夏川愛華の素晴らしさについて語ってやっただけだよ」
「ちょっと!!なに話してんのよ!」
「えぇ……あんな可愛い子と食べててずっと愛ちの話してたの……マジさじょっちじゃん」
夏川愛華を布教するのがさじょっち。至言である。No. 1のファンとしてはこれから積極的に引用していく所存である。でもちょっと信奉し過ぎじゃない?どうして愛華様は購買で限定20個のシュークリームを持っていらっしゃるのですか?あの生きるために命を賭さないといけない戦場のような場所でいったいどうやって……。
シュークリームを見つめていると、力が抜けたように胸を撫で下ろしてる夏川と目が合った。
「ああこれ?彼氏さんに貰ったんですって」
「ヨリ戻って良かったよねー」
「え、マジで?」
『マジでマジでー』と言う芦田の横で、夏川も本当だと言わんばかりに頷いた。有村先輩への好意がまだ消えてなさそうだったから、あわよくば元鞘に収まったら良いなって万事解決を図ったんだけど、まさか本当に復縁するとは思わなかった。高校生男子の程度の低さを語ったのが効いたみたいだな、うん。
「何でも共通の趣味ができたとかで喜んでたよ」
ほう、共通の趣味。俺と会わなくなってからできたんだろうか。そもそも藍沢が有村先輩と付き合ってた時にお互いの趣味を知らなかったようには思えないけど……。
『俺は………一年の夏川かな』
───あ。
「残念だったねさじょっちぃ〜、レナちに見捨てられてかーわーいーそーぉ~!」
「ふっ、別に構わん。良い思いはしたからな」
「ハァッ……!?良い思いって何よ!?」
「レナち彼氏居るんだよ!最っ低ー!」
表情を見るに芦田と夏川はエゲツない想像をしてるみたいだけど、残念ながらそれは違うんだな。藍沢みたいに茶髪でやんちゃそうに見えるのに愛想と愛嬌が融合したような存在はいかなる男子にとっても貴重な存在なんだ。もはや藍沢と話す時間を独り占めできただけでもご褒美。もう一生バターロールで良いや。ごめん、やっぱ無理。
そんな男にとっての幸せを語って見せたところ、夏川と芦田からアホなものを見る目で見られてた。
「結局収まるべきとこに収まったんだから良いだろが」
男が大切にする俗っぽい部分を否定された気がして思わずムッと言葉を返してしまった。モテない男にとっちゃ可愛い子と話せる機会があるだけで日々を生きる希望が持てるというのに。
「ふぅん?じゃあアンタは藍沢さんにもう嫌われても良いんだ?」
「や、嫌われるのはそりゃ嫌だけど……でも期待はしないだろ。そもそもあんな可愛い子がいきなり親しげに話しかけてくれた時点で疑うし。藍沢は何か企んで俺に近付いた。俺は黙ってその企みに乗ってやる事で可愛い子と会話できた。デキる男の高等テクニックだな」
「………何か、アンタやけになってない?」
「いやいや、俺はデキる男としての余裕をだな───」
「違う、そういう事じゃなくて」
「……?」
何やら不穏な空気を感じて首を傾げてしまう。何で夏川は急に真顔になって俺に鋭い目を向け始めたのか。よく解らなくて芦田の方に目を向けると、こっちもどこか疑いを持った目で俺を見つめていた。
「ちょ、ちょっと待った。何だよ急に、俺にどうしろって言うんだ」
「別にどうとも言わないよー。さじょっちが散々愛ちの事を好き好き言ってたのに他の女に現を抜かしたところがキモいなんて思ってないよー」
「キモい……」
普段はおちゃらけてるはずの芦田の言葉が切れ味を持っている。中々俺の心に突き刺さる言葉だけど、それを改善しろと言われると難しい。自分の容姿やスペックを現実的に見れるようになった今、もはや手が届かないと分かってる夏川を本気で想えと言われてもゴールの無いマラソンを走り続けるようなもんだ。
「別に何も無けりゃ自分から関わろうなんて思わねぇよ。でも俺みたいなモテない奴には話せるだけで幸せな時間なの。良いじゃねぇか、さっきも言ったけど収まるべきとこに収まったんだから」
「私には理解できないわね」
「そりゃな。夏川には理解できないだろ」
「……」
反論すると夏川は強く俺を睨んだ。だって貴女モテるじゃない……廊下で色んなスポーティーな野郎共に連絡先訊かれてるの知ってんだからな!二次面接は俺だからよろしく!
藍沢から話を聴いたとき、俺は彼女が有村先輩に高い理想を求めてるように思えた。だから有村先輩を含め、男っつー生き物はもっと下世話な存在なんだと熱く説明したんだ。ついでに夏川がいかに女神かも付け加えて(※メイン)。
藍沢は有村先輩に一度は別れを告げたけど、それでも胸に残った想いを消す事は出来なかった。だからこそ彼女は俺の話を聞いてもなお、男の醜い部分に理解を示してまで元の居場所に戻ったんじゃないだろうか。少なくとも有村先輩には藍沢を繋ぎ止めるほどの〝何か〟があったんだ。
けど俺は違う。夏川は別に俺に対して特別な想いなんてものは無いし、有ったとしてもそれは直ぐに無くなる。何故なら俺には彼女を繋ぎ止められるほどの〝何か〟は無いからだ。
「ちょ、ちょっと待ってさじょっち!いま愛ちの事を〝夏川〟って……!」
「も、もう良いのよそれで!」
「ええ!?今さら過ぎない!?」
「こ、これで周りに勘違いされなくなるわ!清々する!」
「ちょ、ちょっと愛ちっ……!」
と、本人がおっしゃるものだからそうしている。当人同士の事情なんだから芦田もとやかく言えないだろう。
俺は夏川が望む方向に事を促した。すなわちWin-Winの関係だ。それなのに夏川が俺のやり方に理解を示してくれないのは何故か?
答えは簡単。過ごす環境やものの映り方が俺と夏川じゃまるで違うからだ。だからお互いの価値観に差分が生まれる。今まで理解し合えなかったのは当然だったのかもしれないな……。
「おお何だ佐城!お前ついに夏川に嫌われたのかよ!」
食堂から帰って来た山崎が俺達の方を見て面白そうにからかって来た。その周囲で他のみんなも面白そうに俺達の方を見てる。最近は俺と夏川のネタが不足してたからな、この手を逃したくは無かったのかもしれない。
けどこれは良い機会かもしれない。また夏川の株が上がる言葉を言っても良いんだけど、今までの流れで急に夏川を褒めても不自然なだけだろうしな……どうしよう、よしこうしよう。
「山崎……今ちょっと離婚調停中だから黙ってろ」
「だ、誰がアンタと───!」
「ギャハハハッ!!お前何だよそれ!!!」
「俺は間男である山崎に250万円を請求する……!」
「は?ちょ、えっ?」
「山崎君サイテー!!」
「えええええええっ!!?」
この際、俺は別に理解されなくても良い。行くとこまで突き詰めれば俺や夏川は生きる環境さえ違うんだ。考え方や価値観が違ったって俺が夏川の事を一方的に想うことはできるし、いたずらに関わる事でいつか夏川を不愉快にさせてしまうなら───
「夏川さん大丈夫なの!?」
「ええっ……!?わ、私は別に……!」
端から眺めてるくらいが丁度いい。
近くで見ない方が良いものってありますよね。作者は芸能人とか逆に会いたくない派です。