今さら姉弟
続きます。
ゲームを中断して姉貴の方に向く。なんとこの座椅子、回転機能まで付いているのだ! ……あんまり便利なとこ見せない方が良いかも……ホントに姉貴に興味持たれたら取られるかもだし。部屋で地べた生活してんの俺だけだから大丈夫かもしれんけど。
「……で?」
「……なに、随分と威勢良いじゃん」
「いやいや俺の部屋だから」
自分の居城でくらいふんぞり返っても良いじゃない。せめてこの空間でくらい一番偉い奴で居させて。そうじゃないとモチベーション全部失っちゃうから。
「ったく怖ぇな……」
「言い過ぎ。蹴るよ?」
「蹴るな」
言い返すと姉貴は少しムグッとなって黙った。場所がホームの中のホームだからか俺も何故か強気になれちゃう。何かちょっと勝った気になれて嬉しかった。
「……んで、どうしたんだよわざわざ。いつも用事があんならメッセージとかじゃん」
「や、その……さっきの」
「さっきの……?」
「学校で兄弟トークしたってやつ」
「……? あー……」
姉貴が口にしたのはさっきの晩飯中に夏川とのアレを誤魔化すために俺がテキトーに言ったやつ。実際、姉弟仲的なのは夏川から訊かれて言葉に詰まったからあながち間違いでもねぇんだけど、あっちは俺が弟として云々かんぬんだったからな……。夏川家の姉妹話は仲の良さしか無いから何言い返せばいいか分かんなかったんだよ。
「アンタ……学校でそうゆうこと話すわけ?」
「や、滅多に無いから気にすんなよ」
「でも、他の家とは違ったって」
「……?」
もしかして気にしてんの……? "うちはうち、他所は他所"の権化みたいな姉貴が珍しいな。いつの日からか心境の変化が著しいというか。姉貴も姉貴で俺とは別で金髪ギャル化したりとかがあったから色々あんのかもな。あの頃は若かった的な。
「まあ、そりゃちょっとばかり家は違うんじゃねぇの? どっちかっつーと仲は悪い方じゃん」
「は? 今こうして喋ってんのに?」
「……ま、姉貴には解らんだろ」
「……」
俺が普通の価値観を持ってんなら間違っちゃいないと思うけど。佐々木兄妹は仲良すぎ。夏川姉妹も、まぁ姉が溺愛する分には理想的なんじゃねぇの? 一ノ瀬兄妹は、どっちかというと仲良すぎなんじゃないかなぁ……あれ? 俺の周りで程良い距離感のキョーダイって居ないんじゃね? あ、笹木さんとかどうよ。歳離れてて微笑ましいってゆーか。
まぁでもどこも違うとは言え、それでも日頃バチバチなってんのは家だけだわな。
「で? えーっと、気にしてんのそれ?」
「は? や、別に……」
「あん? じゃあ何なの」
「それは……」
歯切れが悪い。どうも気持ち悪さが拭えてない的な顔。察するにあれは自分でもよく解ってねぇな。前にも言ったかもだけど、今さら態度改めるとか言われても逆に違和感なんだけど。
「……あのさ」
「うん……?」
「ウチら……仲悪いんだ?」
「えぇ……? まぁ最近はともかく、今までを総合的に見たらどっちかっつーと仲悪い姉弟じゃねぇの」
「最近は……?アタシ、アンタに何か優しくしたっけ?」
「……俺じゃね? 優しくしてんの」
「……」
"慣れ"の賜物。姉貴が佐城家の女王なのは生まれてからずっと変わらず。ただそれがめっちゃ酷かった時期があったという話。それも過ぎれば姉貴も大人に向かうだけ。俺も親に話しかけられるのすら気恥ずかしい時期は過ぎたと思うし、長年かけて培って来た"譲歩"の心は並大抵じゃない(自画自賛)。ふははは……! 最近の姉貴なぞ生易しいものよ。
「そう……それで?」
「あん? それでって?」
「だから……ほ、他の家はどーゆー感じなワケ?」
「は?」
ゲーム画面に戻しかけてた姿勢をもっかい姉貴の方に戻す。ムスッと腕を組んで俺を見ていた。
他の家……って言われてもな。姉と弟構成のサンプルが居ないからどう説明したもんか……いや待てよ、これは俺にとってチャンスなんじゃね? 優しくされても気持ち悪いだけだけど、『他の家のお姉ちゃんは理不尽な事なんて言わないよ!』って言っとけば姉貴も俺を遣いパシる事は無くなるんじゃね?
「あー……仲良いっつーか、もっと程良い距離感だと思うけど? お互い干渉し合わないけど、ヤバいときはちゃんと話すっつーか」
「……それ、仲良いん?」
「や、高校生の姉弟ならこんくらいがベストだろ。幼い頃ならともかく」
「幼い頃……」
「姉弟に関わらず、大抵のキョーダイはそれまでに色々持ちつ持たれつやって来て仲良くなっから、今さら高校生にもなって距離感を意識する必要もねぇんだろ」
「………」
まあそーゆー意味じゃ俺らも同じか。今までがあって今がある。姉貴の言う事にいちいち噛み付いてても時間と労力の無駄になるだけだから、無理難題でもなけりゃ大人しく従っときゃ良いんだよ。そうやって俺は姉貴に優しくして来たからな。ヤバけりゃお袋が黙ってないだろうし。
「どんな事やってたん?」
「え?」
「これまで……そいつら」
え……ちょ、何この敵意みたいなの。長年培ってきた俺の“姉貴の機嫌センサー”が黄色ランプ。要注意、要注意。警戒態勢に入る。気を抜くな、油断すれば一瞬で刈り取られるなり。
「これまで……えっと。そ、そっすね………」
「………」
いや、そこまでは……。一般家庭の姉弟って何やって来てんの? てか家も一般家庭なんですけど。何当たり前のようにカタギじゃねぇみたいな言い方してんの俺。キョーダイ、キョーダイ……一緒におつかいとか? いやいや幼過ぎんだろ。えぇ……?
『──み、耳掃除、とか……?』
──あ。
「耳掃除とか?」
「は?」
「は?」
なに言っちゃってんの俺? 思わず言った後に自分で訊き返しちゃったんだけど。少なくとも姉貴にそれはなくない? ブラジリアンワックス案件だからそれ。変にその気になられたらどうすんだよ……。今日の姉貴奇想天外だから……や、まさか……ね。
「……シてんの? 他所のキョーダイ」
「まぁ、して来たとは聞いてるけど……」
シてんの? じゃねぇよ。何だよその訊き方と空気感。何か耳掃除とは別でやらしい感じじゃねぇか。断じて変な事はしてないだろうよ。てか俺の身近サンプル夏川姉妹なんですけど。俺の想像めっちゃぽわぽわしてんですけど。
「……まぁそういう意味じゃ俺も姉貴にしてやったことあるか」
「は、は!? いつ……?」
「え? いや、何年か前にまだ金髪だった時。急に耳かき持って俺の膝に頭乗せて来たこと──」
「お、憶えてないし!憶えてない!」
「ちょ、待っ──枕投げんな!」
お? 何だ今さら恥ずかしがってんのか? 急に接近された時の俺の気持ちが解るか? マジで悲鳴上げそうだったからな。姉貴の頭膝に乗ったまま失禁も有り得たから。そうです、テーブルの下でまだストレートな足蹴りを為されてたあの頃です。
枕を叩いてパスして返す。俺の夜のお供になんて事するの。
「…………それ、逆じゃない? フツー」
「今気付いたん?」
姉貴、姉の自覚。苦節15年。今まで長かった……。
「まあアレじゃね? 姉弟のつもりが実際は兄妹みたいになってたって事で」
「は? 調子乗んな」
「じゃあ姉らしいこと何かしたか挙げてみろって」
「ぐッ……!」
おい、何その暴れる右手を左手が鎮めるみたいなの。現実でやってる奴初めて見たんだけど。なに、俺って今姉貴の左手に助けられてんの? 自制心強靭なフリして脆弱過ぎない? 怖いよ。
「……ま、今さらっしょ」
「今さら……」
「で、何。それ訊いてどうしたかったの」
「何って……な、何でもないっつの!」
「ほぶッ……!?」
改めて用事の続きを促すと顔面に柔らかくも重い一撃が降り掛かった。This is 枕。今日一の被害者はコイツかもしれない。何であんな掴みざまで的確な投擲を繰り出せるの?
視界を奪ったそれがポトリと膝の上に落ちると、さっきそこに居たはずの姉貴の姿が無くなっていた。物音しなかったんだけど……何でいちいちファンタジーな動きするわけ? ちょっと弟にも伝授して欲しいんだけど。
まず金髪に染めます。




