顔色
続きます。
「アンタ、何かあった……?」
「あ……?」
「あ……?」
「お前ら、喋って一秒もせずにメンチ切り合うのやめろ」
ハルの一言でぬるま湯から引っ張り出された気分になってから妙な焦燥感に駆られていた。気落ちして視線を落としながら飯を食ってると、姉貴に話しかけられて思わず粗雑な反応をしてしまった。それが反抗的に見えたらしく、姉貴がちょっと昔のキャラを引っ張り出して俺を凄んだ。一瞬で変わってしまった空気に内心どうしようなんて考えていると、親父が呆れたように間に入ってくれた。
「いや、無意識に口から出たんだよ」
「ガラ悪。思わず威圧しちゃったじゃん」
「反射で威圧しちゃうのどうなん……?」
不思議かな、最近は姉貴が四ノ宮先輩とどこか通じ合ってる理由が何となく解るんだよな。両方ともファンタジーな何かを持ってるから。実際、弁解すると姉貴が張り詰めた気迫みたいなのを霧散させたのが解った。何なの? 実はどっかで家族に黙って過酷な修行積んでたんじゃねぇの?
「で? 何かあったん」
「え、いや何で」
「や、アンタさっき生徒会室に居たときより明らか何か違うじゃん」
「………」
珍しい。姉貴が俺の様子を気にするなんてな……こんな観察するタイプだったっけ? まあ確かに生徒会室に居たときとは明らかにテンションは違うけど。心当たりなんて考えるまでもないし、端から見ておかしいと言われりゃおかしいんだろ。
「いや、考え事」
「ふーん」
ふーんて。ハルに全く興味ない俺かよ。
や、でも今の姉貴、割と"姉"っぽかったんじゃねぇ?弟の機微を察して何かあったのか訊ける精神、なかなかポイント高め。何だよ姉貴そーゆーとこあったんだな!お兄さん感動しちゃったよ!弟だけど。
「………」
「………」
「………」
……ホントに興味無い? チラチラと視線感じるんだけど。絶対気になってるよな………親父に至っては味噌汁すすりながら様子見してるし。こいつッ……傍観決め込むつもりか!昔っから秘密主義だから何考えてんのかよく分かんねぇし。何だかんだ質悪いのはこっちかもしんない。お袋は………テレビか。
いやいや。割と個人的すぎる事情だし、姉貴はともかく親父に話すのは死んでも嫌なレベル。絶対話さんぞ俺は。
「……ごちそうさん」
「は?」
「うぇっ」
締めに味噌汁をすすり切って席を立とうとすると、姉貴がもうこれヤンキーだろとしか思えないような声を発して来た。姉貴っつーか親父がビビッて椅子を鳴らした音に驚いて変な声が出た。ちなみに姉貴が荒れてた全盛期に一番知らんフリして『触らぬ神に祟りなし』を貫いてたのはこのクソ親父だったりする。そして一番の被害者が俺。この恨みは一生忘れない。
んな事より姉貴が『嘘だろお前信じらんねぇ』って顔で見て来たのは青天の霹靂。 ……え? 何か食い忘れてた? 普段テキトーなくせに、昔から野菜残すのとか割と厳しいんだよな……単に俺をイジめたいだけかもしれんけど。
「アンタ、お替わりとかしないの?」
「はい?」
え、何その婆ちゃんのセリフを60歳若くしたみたいなやつ。あれ? 俺っていつもお替わりとかしてたっけ?すげぇ当たり前に言われたからド忘れしちゃったんだけど。昨日の晩飯何だったっけ?
や、でも今日豚カツだぜ? 肝心のおかずのお替わりが無いんだけど。
「まだ味噌汁と米があるよ」
「飽食の時代来てるよなー」
「は?」
「ひぃ」
殺気が隠し切れてないぜ!このままじゃ敵(※とりま四ノ宮先輩)に見つかってしまうっ……!
待って。今ボケたの俺か?ふつー残飯が米と味噌汁だけの時にお替わり勧める? 豚カツ余ってんなら話は別だけど。どうした姉貴。生理か? 今までに無いくらい支離滅裂なこと言っちゃってるけど。また体重計に向かってブチ切れんのやめてくれよ、電車で時々見かける頭おかしいおっさんみたいだから。
「や、普通に満足だから」
「………」
空のお椀に空のグラスを乗せて、そこに箸をカランと───は?
「………」
「………姉貴」
「………」
片付けようとした平皿。その上に鎮座する豚カツが二切れ。節約しながら食えばご飯一杯くらいなら何とか食える絶妙な塩梅。食べ切ったはずなのに、何故か俺の皿の上にそれがあった。
「肉まん食べちゃったから。もらってよ」
「じゃあ親父に───」
「もう年齢的に油ものキツいっしょ」
「……ッ………!」
親父ィッ……!
この姉ッ……当たり前のように後ろから斬り付けやがった!見ろ!親父テレビ見てるフリしながらちょっとふるふる震えてんじゃねーか!あれ絶対傷付いてるよ!娘に高血圧と血糖値に悩まされるの中年扱いされて絶対ショック受けてるよ!確か豚カツ大好きだったぞ……!悪玉コレステロール大好きだぞコイツ!
「それだけで食うん? 米も食ったら?」
「………」
………とにかく逃がす気が無いっつー事は解った。俺がもう豚カツ食うことが決まってるってのがもうね……是が非でも聴き出そうしてやがる。気まぐれか……? 俺に話題を躱されたのが気に食わなくて意地になっただけじゃねぇだろうな……。
とか考えながら米をよそい直す俺よ。強く生きろ。
「それで……?」
「『続きをどうぞ』にここまで手間掛けられたの初めてなんだけど」
「で?」
「………」
や、これでも成長した方なんだよ。ちょっと前までなら『さっさと言えや』なんて言いつつテーブルの下で足蹴りしてくるほどストレートだったから。直ぐに足が飛んで来ないだけまだマシ。選択肢が与えられてないのは何も変わってねぇけど。
とはいえどうするよ。 赤裸々に話すのなんて死んでも嫌なんだけど。あれだな、何か悩んでるっぽく見られてるんならそれっぽい別のこと言えばいいんだ。そうじゃなくても姉貴には言えないってもうキッパリ言っちゃうか。
「いやほら、ここで言っても仕方ない事だから」
「は? 何それ。学校のこと? アタシ副会長なんだけど?」
「や、学校っつーか……ん?」
……ちょっと待てよ? 姉貴……姉貴か。生徒会でイケメン共に囲まれてるけど、実際どうなのよ?結城先輩なんかついでに金持ちらしいし、 劣等感とかもあんじゃねぇの? あれ? 意外と姉貴に言っても仕方なくないかもしんない。
や、だからってこの状況よ。今食事中よ? すぐ傍に親父とお袋も──ん、お袋、何で今テレビの音量下げたんだよ。画面に注目するフリして耳澄ましてんじゃねぇの? やべぇ、周り全部が疑わしくなってきた……!
「あ、あれだよ、学校で会話に付いていけなかっただけ」
「はぁ? 何それ……気にして損した。ただのコミュ障じゃん」
「失礼な。あながち姉貴が関係してなくもねぇんだぞ? あれだよあれ……えっと、兄弟トークだったから」
「は? 兄弟トーク……?」
「兄弟エピソードトークだったんだよ。家族内での立ち位置的な話になって、兄として何たるかとか、弟としてこんなエピソードがあったとか。面白い話っつーより……みんな仲良いアピールだったから。解るだろ? 俺がほとんど喋れなかった理由」
夏川と愛莉ちゃんの仲良いエピソード聞いてもまるで別世界の話だからな。何あれ天国……? 『じゃあ俺と姉貴は』なんて発想にまずならねぇかんな。いい加減、日頃の横暴さを改めやがれ。
「………」
おっ、今じゃね。
姉貴が何か考え始めた隙に寄越されたカツと米をかっ込む。目指すはこの場からの離脱のみ。俺の心を潤すのはゲーム以外に在りはしないのだ!待ってろよボス……! ゲームの中での俺は誰よりもイケメンだぜ!
「──ごっそさん!俺、部屋に居っから」
何やら考え込む姉貴を尻目に、完全に逃げるタイミングを失った親父を置いて俺は脱出に成功した。
◆
「……んぁ?」
コントローラーを握り締めてパワーレベリング中、部屋の戸がノックされた。そもそも“ノック”って文化がこの家に無いから混乱してしまう。誰かの部屋に入るときはいつも普通に外から呼びかけるから。
「なに。誰」
『アタシ』
何でや。
思わずコントローラーを手放して身構えた。可能性からしてノックするならお袋かなと思ったけどまさかのハズレ。姉貴だと……? ウッソだろ天変地異の前触れ? ノックできる生き物だったの姉貴って?
「え、何。怖い怖い怖い怖い」
「こ、怖くねぇし。文句あんの……?」
怖ぇよ。
入って来ちゃったし。何事? 姉貴が俺の部屋に居るとかすげぇ久し振りなんだけど。中学の頃に買って来た漫画の新刊をジャイアンされた時以来だわ。知らん内に俺の部屋の本棚に戻ってる分まだマシなんだけども。
「や、なにホント。え?」
「……」
ナチュラルに俺のベッドに座ったし。男物のベッドの上に風呂上がりの格好で座る姉貴。カメラで撮って結城先輩に送ったら昼飯グレードアップしてくれそうだ。何とか隙を狙って撮れないものか……おい、部屋ん中じろじろ見るんじゃねぇよ。
「……何その座椅子」
「う、奪わせんぞこれだけはッ……!」
「取らないわよ」
姉貴が注目したのは俺が自分で改造したお手製のゲーミング座椅子。原型は丸いミニソファ。これだけは姉貴に奪われるわけにはいかない。降りて抱き締めるように庇うと、姉貴は取らないって言ってくれた。“言ってくれた”って何だ。何で物取られないだけで有難く感じちゃうの? ヤバくない?
ヤバい。