女神の懐疑
続きます。
渉はもう毎日のように藍沢さんとお昼を食べている。きっと人の気も知らないでデレデレと幸せな日々を送ってるのよ……!
と思ったけど、それは最初の数日だけでお昼のパンを買うと教室に帰って来るたびにジッと考え込むようになった。あんなに可愛い子と毎日過ごせて幸せなはずなのに、どうしてあんな顔をするのかわからない。
……謎だわ。いつもは頼んでもないのにアイツがペラペラと喋りかけて来るものだから分からない事なんてなかった。でもアイツは最近隠し事が多い。いつものように何もかも喋れば良いのに。
ついアイツの方をチラチラと見てしまう。こんなの私じゃないっ……!何でこんな思いをしなくちゃいけないのよ!それもこれも圭が変な事を言うからよ!
「席に着いてからなぁにしかめ面で考え込んでんの、さじょっち」
「キャッ……!」
圭が私に抱き着きながら隣の渉に話しかけた。突然の事で変な声が出ちゃったじゃない……!圭のこういうところは心臓に悪いから本当にやめて欲しい。アイツに話し掛けるならアイツにすれば良いのに……って、そんなの駄目に決まってるでしょ!何考えてんのよ私!
渉は圭に話しかけられてこっちに顔を向ける。視界に私と圭を捉えると、今は構ってる暇なんて無いと言うかのように顔の向きを戻して、面倒そうに口を開いた。な、何なのよその感じ……。
「俺の身分について」
たぶんだけどアイツは考え事と圭との受け答えを同時にして返事がおざなりになったんだと思う。それが気に食わなかったのか、耳元で圭が小さく『むぅ』って嘆いた。
「平民は黙って勉強してな」
「おぅうるせぇぞスードラ」
「よぉし!その喧嘩買った!」
「やめなさい、アンタ達」
圭が飛びかかりそうになったから二人を止める。渉が私を放っておいて圭と仲良く話すなんて良い度胸してるわね……圭を抱き着かせるなんて私が許すわけないじゃない!これ以上アイツが変態にならないために口を挟んだだけよ!
私から離れて不貞腐れた圭はジッとアイツの方を見つめると、何かを思い付いたように手を叩いてからアイツを指差して大きな声で叫んだ。
「あ分かった!さては前に訊いてきた藍沢さんの事気にしてるんでしょ」
ちょ、ちょっと待ちなさい……!
どういうこと……?前に訊いて来たって、アイツが圭に藍沢さんの事について訊いたってこと?圭も何を教えたの?まさか前に私に話してた事をそのまま教えたの……!?
「え? あ、おう……まぁうん、そうだな」
圭のノリと勢いに押された上にたぶん当たったんだろう、アイツは何も言い返すこともせずにあっさりと頷いた。そしてそのまま視線を右往左往させると、急に真面目な顔になって私達の方を見つめて───ちょ、ちょっと急にそんな顔しないでよ、驚くじゃない……。
「二人に質問がある」
「な、何よ急に……」
言い返してみると渉はしっかりと私に目を合わせた。おまけに滅多にない真面目な顔を向けられたせいで自分が動揺してるのがわかる。
だけどアイツが何かを言いかけた瞬間、私達の視界に明るい茶髪の女の子が入ってきた。その子は教室に入るなりアイツを見ると、そのまま後ろから近付いて───え!?藍沢さん何やろうとしてるの!?
「藍沢と有む───」
「さーじょーおーくーん!!」
「うわっ!?」
藍沢さんは席に横向きに座るアイツに後ろからのしかかり、抱き着くようなかたちで渉のことを呼んだ。
えっ、え……?何やってるのこの子!そんな体勢で覆い被さったりなんてしちゃったら……!
「あ、藍沢さん!?」
「あ!もしかしてお話し中だったー?邪魔してごめんねぇー!」
「あ、いや別に大丈夫だけど、さじょっちだし」
大丈夫じゃないわよ!コイツの顔見なさいよ!頭の後ろにむっ、胸を押し付けられて喜んでるじゃない!って何喜んでんのよコイツはッ……!
「……藍沢どいて。柔っこい」
「うわ変態」
「死ねば?」
気が付いたら息をするように渉を罵っていた。不本意だけど身近な男の子が誰かにデレデレとしてるところが鼻についたのかもしれない。どうしてアンタはそう素直に感想が言えるのよ……!っていうか何で責められてちょっと顔を綻ばせてるのよ!
「まだ昼じゃないけど、どうしたんだ?」
「べっつにー?佐城くんとお話ししたいなって思って」
「そ、そうか……?」
変態の問いかけに藍沢さんは誘惑のような言葉を返す。あまりにストレートで好意的な言葉に変態も顔を赤くしている。何照れてんのよ……やっぱり変態よコイツは。
でも、何だか渉も藍沢さんの事を信じ切れてはいないように見える。疑うというよりも、藍沢さんが何をしたいのか解らないって言いたげな顔をしてる。ちょっと、アンタ本当にいろいろ考えてるんでしょうね?それでもどこかちょっと嬉しそうなんだけど!
いい加減渉のだらしない態度が見ていられなかった。どうにも一言言わないと気が済まない。一歩踏み出そうとすると、私より先に圭が前に出た。
「じゃあさじゃあさっ!藍沢さんが元カレと別れた原因教えてよ!」
「っ……」
ちょっ、ちょっと何訊いてんの!?
え?軽々しく訊いちゃ駄目な内容よね……?アイツも凄く驚いた顔で圭を見てるし……私の考えが間違ってるわけじゃないわよね?圭ってこんな他人の事情に踏み込むようなタイプだったっけ……。
「え、えー!?突然そんな事訊いちゃうかなー?」
ほら見なさい!藍沢さんだって言いづらそうな顔をしてるじゃない!きっと誰にも触れられたくない内容だったに違いないわ。だから圭、さっきの質問は無かった事にして別の話を───
「良いじゃん良いじゃん!どうせ今はさじょっちにお熱なんだしー?ね?」
「えー……?」
………え?
藍沢さんがアイツの事を好き……?い、いえ嘘よね?圭も藍沢さんは何か企んでるって言ってたし、何よりアイツに惚れるっていうのが信じられない。少なくとも他の女の子を日頃から愛してるなんて公言してる男の子を好きになるとは思えない。
「そ、それはぁ〜……やっぱりアタシに駄目なところがあったから?」
「へぇ〜、そんなに反省してる藍沢さんを振った元カレって最低だねー!」
「そ、そうだねぇ」
け、圭?ちょっと首を突っ込み過ぎじゃないかしら?藍沢さんが何か企んでたとしてもかなりデリケートな話だと思うんだけど……ほら、渉もちょっとマズいって顔してるじゃない。寧ろ藍沢さんと圭との板挟みになってて可哀想に見えてき───ざ、ざまぁ見なさい!女の子にデレデレしてるからそんな目に遭うのよ!
「でももうさじょっちが居るから大丈夫だね!そんな女の敵みたいな男さっさと捨ててさ、さじょっちと幸せになりなよ!」
「………」
「ちょ、ちょっと圭……!」
勇気を出してと言うより、無意識に圭を止めていた。いくら親友の言葉だとしても、わざわざ大きな声ではっきりと言うことじゃない。藍沢さんの方を見ると、私の嫌な予感が当たったのか肩をわなわなと震わせていた
「……!」
手を伸ばして圭の口を塞ごうとすると、圭はその私の手を掴んで胸に引き寄せてギュッと握った。ちょ、ちょっと圭……?いったい何を考えているの……?
「───………ないで」
「えっ?」
「元カレの事、あんまり悪く言わないでくれるかな」
呆然としてしまったのも束の間、恐れてた通り藍沢さんは明らかに不機嫌な顔で刺々しい態度になって足早に教室から出て行った。あまりの展開に私は圭とアイツの顔を交互に見ていた。そうしていると、圭が藍沢さんを怒らせたのには何か思惑があるように感じた
「追いかけなくて良いのー、さじょっちぃー」
「やだよ、怖い」
「うわチキンだねー………でも当たりだよ、たぶんね」
この期に及んで圭は藍沢さんを気遣うような事を渉に言っている。渉もまた、情けない事を言いながらも藍沢さんが出て行った先を思い詰めた顔で見つめていた。
解っていないのは私だけ……?圭が色々考えながら行動に移してるって事は私は何となく解る。たぶん、圭は藍沢さんが何か企んでるんじゃないかを探ろうとしてたんじゃないか。だとしたら、私はもしかしたら藍沢さんに気を遣ってる場合じゃないのかもしれない
じゃあ渉は……?
ねぇ、アンタは何を考えているの……?いつもはヘラヘラしてふざけてばっかりじゃない。藍沢さんの事を好きになったの……?だからずっとあの子に付き合い続けてるの……?
※可愛いから。