タブー
続きます。
耳掃除とかもうその響き自体懐かしいな。誰かにしてもらうなんて小学生の時にお袋にしてもらったのが最後だし。気持ち良いのは解るけど。気が付いたらウトウトしててお袋の『はい!終わり!』の一言でハッと目覚めるのがテンプレだったのを思い出す。あれ絶対ホジホジサービスタイム有ったよな……。
これがお袋じゃなくて姉貴だったらどうなってたかね……ブラジリアンワックス流し込まれて引っこ抜かれてたかな。そういう意味じゃ向いてそうだけど。
「うん。ねぇな」
「え……!? 一回も!? お姉さんに耳掃除してもらったこと無いの……!?」
「え、まぁ……無いけど」
「そんな……」
え……え? そんなって何。俺がっかりされてんの……? 温度感が分からん。もしかして可哀想とか思われてんの……?
今は耳掃除っつーか風呂上がりにお湯取るついでに綿棒でグリグリやってるだけだし。耳掃除とは縁が無いな。あれもあれで気持ち良いんだよ、気が付いたら髪乾かすの忘れてたりすっから。何ならセルフで眠くなれるから。
「あ、でも中学の頃───」
「え……!?」
「……」
ふと昔のエピソードを思い出して話そうとしたらグッと注目された。姿勢から『わたし、聴きたいです』ってのが見て取れる。
これすべらない話じゃないよね……? すげぇ反応してくんじゃん。なに、そんなに俺の話に興味ある感じ?俺が姉貴にイジめられる話なら5時間くらい話せちゃうよ? しかも別に面白くないっていうね。
「中学の頃、リビングで突然耳かき渡されて姉貴の耳掃除させられた事はあったな」
姉貴ってそーゆーとこあんだよ。突拍子も無くいつもと違う事するっつーか。偶に余ったっつって突然肉まんくれる事あるし。ホントに偶にだけど。
あの時はあれだな、ソファー座ってテレビ見ながらのんびり寛いでたらまだパッキンギャルだった頃の姉貴から突然耳かきを放られて、返事する間もなく膝に頭置かれて『よろしく』って言われたっけ。一番怖い時期だったし、心臓飛び出そうなくらいビビったから強烈に憶えてるわ。
「ア、アンタがお姉さんを……!?」
「ちょ、すげぇ食いつくじゃん」
「あッ……!? ん、んんっ……! べ、別に何でもないわよ……」
「……言っとくけど別に何も変なことはなかったけど?」
「そ、そんなの改まって言われなくても解ってるわよっ」
その割には目線上げて何か妄想してなかった……? 何だろう、俺と姉貴の有り得ない光景を思い浮かべてるような……夏川はどっかで俺ら姉弟が仲良いと思い込んでるような気がする。や、仲悪いわけでもないんだけどもっとこう、フラットっていうか。
「……そ、それで………?」
「うん……?」
「ほ、他には?」
「や、他にって言われても……」
や、まぁ……そんなに興味津々になってくれんなら話したいとこだけど。つっても俺と姉貴の姉弟エピソードなぁ……世間一般の姉弟と比べたら殺伐としてんだろうなって自覚はあったし、んな仲睦まじい話なんてねぇんだよなぁ。
「姉貴なぁ………」
「だ、だからっ……お姉さんの話じゃなくてっ……」
「え?」
「ア、アンタが弟っぽい話っ……!」
「な、夏川……?」
俺の事なのは分かったけど……ちょ、何かスゴくね?興奮してるってゆーか、や、興奮してるよな。夏川が愛莉ちゃんのこと以外でこんなに話すなんて。え、顔近い。ちょっと息荒くてエロいしっ。うわっ、良い匂い……!
「た、タイム!ちょっと待った!近い近い!」
「なに───あっ…………」
慌てて言うと、夏川も自分がどれだけ俺に詰め寄ってるのか気付いたらしく顔色が変わった。サッと元の距離感に戻ると、垂れてる髪を弄りながら気まずそうな表情でそっぽを向いた。
「………」
「………」
ドキドキ……ドキドキ……。
や、ヤバかったぁぁぁ!何なの今の!どーゆー性格の変わり方!? 夢中になって頬染めるとことか可愛い過ぎんだけど!フォオオオオオオオオオオうわああああああああッ!!!落ち着けない!冷静になれない!何だか今なら死んでも良い!!ああっ、幸せ……!
「………」
「………」
いや、でも、えっ、何この雰囲気。どうすりゃ良いの? 別に恋愛トークとかじゃなかったんだし俺が一方的に意識しちゃってるだけだよな……夏川は俺をそんな見方してないだろうし、単純にあれか。『不用意に男子に近付き過ぎたわ、やだっ、はしたない』って感じのやつか。きっとそっぽを向いてんのは自分を戒めてるとこなんだろ。
おお……良いぞ、ちょっとずつ冷静になって来た。そうだ、夏川が求めてんのは異性としての俺じゃないから。同じグループの仲良い奴的なアレ。落ち着け、変な欲を出すなよ俺……もう想いは伝えてんだから充分だろ……?
「……い、いやぁ、俺が弟っぽいのとか、そんな無いかなぁ……なんて」
「……」
「あー……うん。ほら、今度ダメ元で姉貴に訊いとくわ。俺の弟っぽいところ」
そもそも何故それを聴きたいのか知らんけど。夏川ってもしかして愛莉ちゃんとは別に弟とか妹とかそーゆー属性フェチな部分があんのかね? 俺と姉貴をそんな目で見るには歳が高めな気もするけど。
「じゃ、じゃあ、さ………」
「え?」
「そ、そういうの……された事ないなら、さ………」
距離感は保ったまま、やや顔を赤らめたままの夏川から伏し目がちに見上げられる。ふぇぇ……横顔やぁ、この角度初めてかも。そんな可愛い顔向けられたら頭真っ白になっちゃうじゃん。ホント、もっと自覚してよねそういうとこ!(怒)
うぇっ、ヤバい横顔に見惚れてて内容が頭に入って来なかった……!な、何言われたっけ……。
「わ、わたしが───」
『あれっ!? 佐城!?』
「ん……?」
夏川が何かを言いかけたところで、前から呼びかけられる声が。遮ってんじゃねぇぞこの野郎なんてそっちを見ると、俺を見て嬉しそうに手を振る軽薄そうな女。あれ、アイツどっかで見たことあるような……。
「……あ? ハル?」
「おー!久し振りー!何だよ変な茶髪になっちゃってよー!」
「変なって。お前も髪長くなったな……金メッシュのエグめなこと」
「今バンドやってんだよ!」
「ほーん」
近寄って来たのは小中と同じ学校だった同級生の女。別にいつもつるんでたとかじゃないけど、二年に一回くらいのペースで同じクラスになってた奴だ。普通に仲は悪くなかったはず。亀の甲羅ばりに背中を覆ってるギターケースの存在感がスゴい。知らない関係だったら絶対近付いてねぇな。
夏川とは小学校が違ったし、中学はクラスが多かったから夏川が知ってるかどうかは分からない。
「確か……ヒロと同じ高校に行ったんだっけか」
「あーアイツなら野球やってるよ。相変わらず坊主頭」
「ほーん」
「ほーんて!興味無さすぎなんだけ────どッ!?」
「……?」
ウケるハル。笑いながら俺をバシバシ叩いてるご機嫌ぶりを見るに高校生活は順風満帆なんだろうな。そう思ってると、ハルの笑いの勢いが急に小さくなった。見ると俺の横、夏川に目を向けて固まっていた。
「ちょっ!? 佐城……!」
「のわッ……!? ん、んだよ!?」
シュッ、と腕が伸びて来たかと思えば、両肩を掴まれてぐわんぐわん揺らされた。ツンとする慣れない香水の匂いが鼻を刺激する。ちょっと!この勢いのままキスしちゃっても佐城は責任取れませんよ……!
「あああアンタっ……! 夏川さん追い掛けて鴻越行ったのは聞いてたけどついに付き合えたの!?」
「ばッ……!?」
爆弾。つーかボム。爆発寸前で赤くチカチカしてるやつをすれ違いざまに渡されて死んだくらいのぶっ込み。コイツまじ何言ってくれちゃってんの……? 絶対付き合ってなかった場合のこと考えてねぇよな?
「良かったねー佐城!アンタずっと恋い焦がれてたもんね!何だかアタシも嬉しいよ!」
「ちょッ!おいっ……!」
「夏川さんどうコイツ!? 束縛してない!? うわっ、間近で見るとマジ可愛いね夏川さん!」
「えっ……!? わ、わたしは………」
「お肌のケアとかどうしてんの!? あ、でも彼氏できたら良くなるとか──」
「おいッ!! やめろハル!!」
「へ……?」
ガチめの大声が出た。我ながら凄い剣幕だったかもしれない。驚いたハルは怒鳴られると思ってなかったのか、ポカンとした顔で固まってしまった。数秒後、気まずそうな視線が恐る恐るといった感じに俺の方に向く。
「……えっと、もしかして」
「………」
「その、ゴメン……」
とんでもねーことをやらかしてくれた。触れちゃ駄目なもの。それはタブー。ゆっくりと、ゆっくりと積み上げていたものを崩されたような気分になった。