不滅の姉妹
続きます。
明くる日の放課後、よりにもよって生徒会長こと結城先輩から直々のお呼び出しがかかった。校内放送で呼び出しとか悪質過ぎない?しかも放送で『すまない』とか言わないで欲しいんだけど。古賀とか村田からの面食い痴女ガールズに血走った目で見られっから。
「クソっ、放課後まで付き合わされた……」
わざわざホントに手伝ってやったのは決して昼飯代が浮くからじゃない、うん………美味かったな。白米に乗っかってた黒い粒何だったんだろ……良い感じのしょっぱさだったけど。
でも放課後の時間削られるって結構損した気持ちになんだよな。部活やったりバイト続けてたらたぶん全然感じないんだろうけど。一ノ瀬さんは今日バイトやってんだよなー……上手くやってっかな?様子見に行ったりしたら爺さんにそのまま労働契約書持ってこられそうだ。やめとこ……。
昇降口でスマホを触りながら靴を履き替える。学校終わりはゲームアプリのニュースとかネット小説の更新を覗きに行くのが一番癒やしの時間になってる。
「………あ……………」
「ん?」
中途半端な時間。疎らに帰ってく生徒の一人に徹してると、いかにも俺を見つけてしまったっぽい声が聴こえた。振り返ってその人物を確認すると、思わず背筋が伸びてしまった。
「ご、ごきげんよう……」
「な、何でそんな口調なのよ」
挨拶がてらふんわり挙げてみた右手は直ぐに行き場を無くした。空気を揉んでから撃ち落とされたみたいにダラリと下げると、夏川はゆっくりと近付いて来た。近付いて来た……?どうすりゃ良いの……?何だか妙に気まずいんだけど。
「あー……えっと、文化祭実行委員のやつか」
「……うん。正念場らしいから」
「夏休みからやってんのにな」
「………」
「………?」
大変なんだな、なんて意味を込めて言うと夏川はどこか疲れた感じの顔になった。え?そんなに……?実際がどうにしても一年からそんな負担強いられる感じなの?どっかでそんなキツくないって聞いた気がすんだけど違ったっけ?佐々木とか積極的に夏川の仕事貰ってくれそうな感じすっけど。
ボーッと夏川が収まる景色を頭の中の額縁に納めてると、気が付いたらその絵画の中の美女が居なくなっていた。見回そうとすると、肩袖を引かれる感触が。
「……ねぇ。帰ろ?」
「えっ」
左側に夏川。
え、え、え。なにその遠慮がちに甘える感じの仕草。え?一緒に帰ろってこと?だよね?間違いじゃないよね?死ぬぜ、これ勘違いだったらおで死ぬぜ。
「………」
「お、おお……」
不意打ちのあまりちゃんとした返事が遅れてしまう。慌てて靴を履き替えて昇降口から出ると、油断したのか今度は夏川より何歩も先を行ってしまった。女子のペース難しい……。
立ち止まって待つと、夏川は黙って俺の横まで来て立ち止まった。
「その、ごめん」
「や、全然だけど」
横。そう、夏川が横。圧倒的横。これはどういうことか?つまり"隣に居る"ということ。相変わらず慣れない……追い掛けて背中ばっか見てた記憶がほとんどだから、こうして落ち着いて隣り合う日が来るなんて思ってなかった。男女って付き合ってなくてもこうなれるんだね……緊張しちゃう。
前の中学生の体験入学の日以来か……っべぇぞ、何かしらの試練を与えられてる気がする。夏川の機嫌を損ねたら負けゲームの始まりというわけだ。ちょっと待って、ヤバいこんな時に限って何個も下ネタ浮かぶんたけど。どうなってんの俺の頭……?ライバルが必ず主人公と相性悪いタイプになる謎のご都合主義みたいになんのやめてくんねぇかな。
「久々っつーか……や、シンプルに珍しいな。こうして帰んの」
「そう……ね」
「……?」
『一緒に帰んの久し振りだよなー』なんて疎遠になりかけの幼馴染みみたいな事を言おうとしたらそもそもそんな経験がほとんど無い事に気付いた。そうだったわ、いつも2人で一緒に帰ってたのは画面の向こうの夏川似のあの子だった。元気にしてっかなあの子……時止まってるから元気もクソもないんだけど。
にしても何か……アレだな。新鮮な緊張とは別に違和感を感じんな。前に纏わり付いてた時とは多少なりとも関係は変わったかもしんないけど、それでもこんなに夏川って口数少なめだったっけ?やっぱ疲れてんのかな……?自分で言うのもなんだけど俺と帰らない方が落ち着けると思うわ……俺が話し掛けないわけがないし。
「……なんか、忙しいみたいだな」
「でも私、部活とかしてないから。圭に比べたらこんなの全然だと思うし」
「や、個人個人の習慣とかで負担に感じる度合いとか違くない?芦田と比べたら主婦とスポーツ選手くらいの体力差が有んだろ」
「しゅ、主婦はやめてよ」
しまったつい。最近は愛莉ちゃんの世話してる夏川がトレンドだから保護者的なイメージが強いんだわ。それでも夏川って芦田を抜きにしてもスポーツできるイメージだけど。意外と文化系よりスポーツ系の方が活躍できるタイプだったり?部屋着も動きやすめのやつだったし。いやぁ、垂涎ものでしたね。
「でも夏川に掛かればほら。オリコン1位ばりの人気だから周りが勝手に助けてくれたりとか凄いんじゃないの」
「オリコン1位って何よ……でも、その……気に掛けてくれる子は居るかな……」
「佐々木とか?」
「佐々木くんに"子"って言わないから」
チッ……ワンチャン佐々木が全然男として見られてない説あると思ったんだけどな……流石に頼りにはしてるか。
「佐々木くんは凄いな…………教室でもやってくれてるから」
「えぇ……?あれホントは駄目なんじゃねぇの?『見られちゃやーよ』って言ってたけど」
「何でちょっと女の子っぽいのよ………。ホントは……うん、持ち出したら駄目なんだけど」
「………」
実は違和感を感じる部分があった。春からの付き合いってだけだけど、それでも佐々木は単純な忙しさとかノリでルールを破るような奴じゃないんだよなぁ……そもそも委員会の書類持ち出すなら最低でも先輩だろ。委員会が忙しいなら運営する三年の先輩の方が焦ってるはず。
そう、アイツはイケメンの上に根が真面目なんだ。何度山崎と一緒にちょっかいかけた時にスルーされて周りの女子の噛ませ犬になったことか……や、夏川に一辺倒だったからそんなの気にならなかったんだけど。そもそもちょっかいかけんなって感じだけど。
『───佐城、俺は本気で狙うぞ』
おまけにわざわざ俺に夏川狙いなのを宣言する始末。や、宣言じゃなかったな。顔が『ホントに良いのか?』って物語ってた。何あれ、俺が女だったらどうかなってたんじゃないの?
こんなイケメンだから前はしょっちゅうちょっかいかけてたんだよ。夏川が惚れないように、山崎のアホみたいなノリに乗っかって、できるだけ佐々木と夏川の視界にお互いが入らないように。そんな今にも異世界転生でもしそうな奴が、どうして持ち出し禁止の書類を教室に持ち込んでたのか。
偏に、夏川のためか。
「───スポーツやってんのは、芦田だけじゃないよな」
「え……?」
「佐々木。サッカー部の期待の一年だろ?夏川にとって多少な無理も、佐々木ならスタミナ的に軽くこなせんだろ。そのまま頼りまくって良いんじゃね?」
"そんなにキツいん?じゃあ俺が"。
そう言えたら良いんだろうけど、本来書類は持ち出し禁止。佐々木も誰かに見られちゃいけないって言ってたし、俺が手伝う事はできない。下手に手を出すより、佐々木みたいなハイスペックな奴に任せた方が丸く収まりそうだ。まぁアイツに何ができるかなんて知ったこっちゃないんだけど、アイツなら謎の補正がかかってどうにかなんじゃないの?ほら、ブラコンの妹も居るし。
「そ、そんな他力本願なことっ………」
「他力本願で良いんだよ、何なら佐々木も。まだ一年だろ?何で一番不慣れな後輩側がそんな負担強いられてんだよ」
「それは……」
高校生。たった三年しか無くても、能力的に考えたら学年ごとの差はかなり大きいと思う。組織の空気感がどんなもんかとか、その運営の仕方とか、パソコンを扱えるかとか。この二年で培ったもんは俺ら一年の比じゃないだろ。現時点でも"そーゆー系"の授業は難易度的にアツめなのに。
「あれじゃね?夏川はきっと無意識に"お姉ちゃんモード"になってんだよ。愛莉ちゃんと接するみたいに、世話焼きの部分出ちゃってたりすんじゃないの?」
「お、お姉ちゃん………」
あ、ヤベ。夏川に『お姉ちゃん』は禁句だった。メッセージのやり取りで強めに『やめて』って言われたもんなぁ……。あれ怖いんだよ、夏川のシスコン度を知ってる分余計に。
「……おねえ、ちゃん………」
「あ、や、そのっ、ゴメン夏川。言葉の綾っつーか、変な意味で言ったんじゃないから。夏川姉妹は永久に不滅です」
何言ってんの?俺は茂雄かよ。野球とか全然知らねぇし。何なら夏川にネタが伝わってるかすら微妙だし。
気を付けないと。そもそも俺姉貴のことすら"お姉ちゃん"なんて呼んでねぇし。"姉ちゃん"……は中学に上がる前までか。あれ?下手したら"お姉ちゃん"なんて丁寧に呼んだこと今までに一回も無いんじゃね?いや言わされた事はたぶん有るな……それこそ姉貴という危機から抜け出すために。
「………もういっかい」
「………え?」
夏川姉妹は永久に不滅です。
夏川姉妹 ≠ 佐々木兄妹
佐々木兄:夏川姉 ≒ 佐々木妹:佐々木兄




