対策と実施
続きます。
【大好きなお兄ちゃんに彼女かぁ】
【あ、愛莉に彼氏………】
【二人とも兄貴居ないもんな】
ポン、と二人は一言ずつ感想を残してしばらく黙っていた。一人だけ間違ってる気がするけど、それなりに"バイト先の子"の心情を理解しようとしてくれてるのかもしれない。さり気なく自分の立場に置き換えて考えるあたり、夏川は成績優秀たるポテンシャルの高さを感じる。間違ってるけど。
【さじょっちがお姉ちゃん取られるのと同じだよね?】
【いや?】
【そこは同じって言っときなさいよ……】
寧ろ誰か早く面倒見てくれ、ちゃんと空気読んで外出するから。そういったもんとは別に何だろ、生徒会のイケメン連中侍らせてるくせに妙に結婚できない感出てるからちょっと心配な部分あんだよな。俺的ランキング第2位。1位は………誰とは言わんけど風紀委員長。
【そっかぁ、じゃあさじょっちじゃ解ってやれないね】
【や、解るよ?デリカシーあるし?】
【ゴメンってば】
【拗ねてる……】
現に手の平を返すように一ノ瀬さんに優しくしちゃってるし。あの話聞いてから急に庇護欲湧いてくんだもん。それまで"何だこの面倒くさい子"って感じだったのに今じゃ積極的に世話焼いちゃってる感じだから。逆に他に選択肢ある?精神的NTRされてんだぜ?もう全面的に味方するしかねぇじゃん。
【でもお兄ちゃん彼女に取られたからって……(笑)可愛いねその子】
【ちょっと、そんな笑い事でもないんじゃない?】
【そーお?なーんか、サクッとバイト辞めてお兄ちゃんと仲直りすればって思っちゃう】
【現場を見ちゃったとしてもか?】
【現場……え?現場?現場って………あの現場!?】
【げ、現場……】
察した二人が顔赤くしてる姿が目に浮かぶ………ふひひ、駄目だ妄想しちゃう。落ち着け、"現場"っつっても実際一ノ瀬さんが見たのは濃厚なアレだ。濃厚な───いやこっちの破壊力も十分やべぇや。別に悪くないのにクマさん先輩が憎たらしくなって来た。俺にも包容力的なもんがあればっ……!体重か!?太ってデカくなりゃ良いのか!?
【………よく考えたらお兄ちゃん離れのために土下座してんだもんね】
【う、うん】
【愛ち、愛ちゃんにそんなこと思われたら………】
【やめて!言わないで!私生きていけない!】
【………ゴメンさじょっち】
【何で俺にフォローさせる気満々なの?】
夏川のシスコンぶりは再認識したから迂闊に愛莉ちゃんの名前を出すのやめろ。夏川は生きてください、俺が死にます。
ともあれ、これでわかったのは想像だとしても一ノ瀬さんの立場になって考えるのは難しいって事だ。大好きなキョウダイってのがポイントなんだろうけど、夏川と愛莉ちゃんの関係はなんか違う気がする……夏川が『絶対守ってやる!』って感じ。一ノ瀬さんのはどっちかっつーと……『包まれて温もりを感じたい』って感じ?おい何だよそれ付き合って1年半の同棲を控えたカップルかよ。何ならもう既に一つ屋根の下だし。布団にしか包まれない俺が馬鹿みたいじゃんか。
つか言っちゃったな………まぁでも夏川にしろ芦田にしろ俺のバイト先の後輩が一ノ瀬さんだとは知らないわけだし、親身になるような感覚じゃないだろうから別に良いか。一ノ瀬さんの性格上、二学期が始まって同じ教室に集まったとしても接点生まれなさそうだし。
◆
夏川と芦田からは『まあ優しくしてやってよ』との有り難いお言葉を頂いた。デリケートな問題過ぎてどうにもできないってのは俺だけじゃなかったようだ。『じゃあ夏川への罪は償ったっつーことで』と罪の清算宣言をしたら芦田から不満げに『えー』って言われた。お前、怒ったふりして面白がってただけだよな……?
夏休みが終わるまで残りは少ない。翌日は爺さんと一ノ瀬さんを交えて今後学校がある日の体制を話し合った。放課後の時間帯でも構わない業務内容を昼の時間帯から繰り越す算段で話し合いがついた。
「……ぁっ…………!?」
「───っと」
「あ………ありがとうございます…………」
「そんな俺と同じくらい抱えなくて良いよ。男女差とかあるだろうし。時間はかかるかもだけどどうせそんなお客さん来ないから。のんびりやろのんびり」
「ぁ………」
査定の終わった買い取り本を専用のカゴにまとめて運ぶ。この店は同じ本が3冊被ると棚に置かれないから、爺さんの知り合いの店に回すようだ。意外と同業の横の繋がりが広いらしい。
一ノ瀬さんは俺の見様見真似で本を詰めるんだけど、俺と同じ量は重すぎたみたいだ。運んで数歩目にふらついていた。予感はしてたから直ぐに支えられたけど、無理をしなくて良い場面で頑張る必要は無い。
「ほら」
「は、はいっ」
印象が逆転すると、日を重ねるたびに可愛く見えてくる。身長差と庇護欲を誘う見た目が原因か、付いてくる様はちょこちょことしてるし、重いものを持つたびに口元がわかりやすく"むんっ"とした形になるとことか見てると、正直もはや小学生が頑張ってるようにしか見えなくもないマジごめん。
でも、こんな子が、ねぇ………。
思い出すたびに溜め息出るわ。お兄ちゃん何やってんの。こんな可愛い妹を悲しませたら駄目じゃないの。もっと上手いことやりなさいよ。
「いらっしゃいませっ…………!」
「おお、良いね」
張った声を出す事にも慣れてきた。言ったそばで小さく感想を言うと恥ずかしかそうに縮こまった。んだよっ……何なんだよこのついお菓子を与えたくなる感覚はッ!?ここが大阪だったら外歩いてるだけで大量の飴ちゃん持って帰れんじゃねぇの?いや、お菓子よりも大きめのパンとか与えてハムハムさせてみたい。
「あ、あのっ……」
「ん?」
「こ、これなんですけどっ───」
「あー、これは────」
向上心とは別に勝手も解って来たみたいだ。俺や爺さんが教えたとしても漏れは有る。分からなかったら訊いて、俺も訊かれたからにはしっかり答える。もうすぐバイトが一ノ瀬さんだけになる分こっちにも気合いが入る。
学校の授業じゃ解かんないとこがあっても中々訊けないしな。堂々と手を挙げて『はい先生!』と質問しようもんなら『なにアイツ、真面目ちゃん?ウケるんだけど(笑)』って笑われた挙げ句、出された課題を写すのに利用されるだけの便利で憐れな奴になる。ありがとな松下君、あの時はマジ助かった。
くそ真面目な事を言えば、アルバイトはそういうとこが気持ち良い。教室じゃ普通に真面目にやってるだけで『は?なに真面目にやってんの?』的な空気感になるけど、こっちは大マジの仕事だからただただ真面目さが求められる。俺なんかは半分も作業すれば『そろそろ帰りてぇな』ってなるけど、この世の中じゃ性根の真面目なやつは学校よりバイトに価値を見出したりするんじゃねぇの?
や、真面目なやつはそもそもバイトしねぇか。"勉強が本分の学生がなにアルバイトなんてやってんだ"とか見下してそう。許さねぇぞ松下。
「本当はもっと商品の扱い方とか叩き込まれたんだけどね。一ノ瀬さん、読書家だからかめっちゃ丁寧だよね。細やかな扱いとか、俺は最初は雑だったから凄いと思うわ」
「そ、そうですか………?」
「おお、感心した」
って、何ナチュラルに褒めそやしてんだか。あれだな……一ノ瀬さんから溢れ出る半端ない年下感がそうさせてる。笹木さんの10倍はヤバい。二人ともゴメン。この二人、俺的に出会っちゃいけなかったかもしんないわ。
「………ふふっ…………」
「………!?」
えっ……!?何その微笑み!初めて一ノ瀬さんの大人っぽいとこ見た気がする!え?てか何、褒められて嬉しくなった感じ?そんな風に笑うの!?普通に可愛いんだけど!
「一ノ瀬さん、普段から顔出した方が良いと思うけどな………───は?」
「……え?」
言って気付く失言。気が付いたらポロッと口から出てた。
え、ちょっ、何言ってんの俺!だからそういう暗い背景が有りそうな事はさぁっ……絶対触れない方が良いに決まってんじゃんか。理由もなく目の前の全体を隠す長さの前髪なんて何かしらの事情が有るに決まってんのよ!しかも相手は女子だし!
「あの………?」
「あ!いや!そのほら!別におかしいとことか何も無いから、何で普段そんなに顔隠してんのかなって………!」
「………」
必死の弁明というか誤魔化し。少しおでこが広いなとは思ったけど、そのまま大人になれば良い感じのアニメ顔になってコスプレイヤーとかに向いた素材になりそうだ。見てみたい。絶対ぇならねぇだろうけど。でも勿体無い気はするんだよなぁ………。
一ノ瀬さんは就活生ばりに横分けした前髪を両手で撫でると、それを軽く摘んでまた撫でた。
「───そ、そうですか……?」
「──ッ………!」
ふぐぐっ………可愛いッ。何その仕草っ………身長差って凄いな、普通に話しかけられる時点で上目遣いだもんな。両手を頭にやっててもうポーズ決まっちゃってるし。バイト用のエプロン姿がもはや何らかのコスプレ。でも同級生なのにときめいちゃっただけで感じちゃうこの背徳感は何なの………おでこ触って良いですか。
「う、うん………そう。うん」
「そう、ですか………」
打ち解けるってこういうの事じゃないんかね。一ノ瀬さんには手探りの接し方をしてたから尚更それを感じる。確かに仲良くなったら突っ込んだ話もするだろうし。一ノ瀬さんの前髪を話題にできたのは大きな進歩だったと思う。デリカシー………うん、デリカシーはあるよ?恐らくきっと多分。
最初こそゴタツキがあったかもしんないけど、バイト上のやり取りをする点じゃ差し支えないくらいにはなったと思う。日ごと接する度にその深まりを感じてるし、普通の接客も少しずつだけどできるようになって来てる。女性のお客さんに可愛いと言われて照れちゃうのは成長の証拠だ。ちょっと前なら頭真っ白になって何も言えなくなってたと思う。
時折やってくる笹木さんはさすがの包容力。趣味も共通の部分があるからか一ノ瀬さんと良い感じに打ち解けていた。まだちょっと笹木さんの一方的な親しみ感はあるけど、ちゃんと一ノ瀬さんは返事してんだよね。最初は歳が逆転して見えたけど………何だろう、一ノ瀬さんがちゃんと笹木さんより年上っぽく見えるようになって来た。
一ノ瀬さんの成長を実感すると、これでもうすぐ俺も引退かと、古めかしい店内の風景に名残惜しさを感じ始めた。
だけど、夏休みの終わりまで残り数日に迫ったタイミングで事件が起こる。
「え………佐城、くんかい?」
「え、一ノ瀬先輩……?」
バイト終わって上がったら出待ちのファンが居ました。
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