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夏川愛華とは

続きます。




 儚げに俯く藍沢の横顔を見つめる。まつ毛超長い。え?こんなに可愛かったの?全然見向きしちゃうんだけど。

 ぐらっぐらの心をガシガシ揉んで頬を両の指先でグリグリしてから気合いを入れ直す。さあ正念場だ。


「藍沢……俺さ、夏川と出会う前に、別の奴にこっ酷く振られた事があるんだ」


「え、佐城くんが?」


「そう、中学時代の話」


 俺はアイドル夏川愛華のファンだ。彼女への好意は恋を超越し、もはや愛していると言っても過言ではない。夏川愛華は人に恨まれるような奴じゃないんだという事を。


「酷い振られ方だった。『アンタみたいなキモい奴』だとか、『どの口が言ってるんだ』とか、とにかく俺そのものを否定するようなフラれ方をしたんだわ。今思えばあんま間違ってないんだけど」


「そ、そんなことは……」


「挙げ句の果て、廊下を歩いてたら俺をフッた女が彼氏を連れて俺の前に現れた。『よくも俺の彼女に気持ち悪い事しやがったな』って」


「………」


「俺は殴られて吹っ飛んで、後ろを歩いてた夏川愛華の胸に顔から突っ込んだ」


「えっ」


「夏川は悲鳴を上げて怒って、俺に渾身のビンタを食らわせた」


「ええっ!?」


「俺は惚れた」


「何で!?」


「冗談だよ」


 殴られて吹っ飛んだ先に、夏川愛華は居た。彼女は驚いてその場に居た俺達に事情を(ただ)し、例の彼氏は俺を指差しながらキモい事をしたんだと高らかに叫んだ。


 夏川はその彼氏にキレた。俺をフッた女子にもキレた。『お前達のした事は人の尊厳を踏み(にじ)る最低の行為なんだ』と、夏川もまた高らかに叫んだ。


 才色兼備な彼女の怒りに多くの生徒達が賛同した。そのおかげで俺は救われ、もっと夏川の事を知りたいって思って、追いかけ始めたんだ。


 ───というデマカセを藍沢に力説する。


「───夏川愛華はただ可愛いだけじゃない、()い女なんだ。俺はそんな彼女のためなら何でもできる自信がある。俺が何かしなくても、夏川なら自分でどうにかしそうだけどな」


「……そっか、そうなんだ」


 俺の言葉に、藍沢は地面に伸ばしていた脚を上げ、東屋のベンチの上で膝を抱えた。藍沢には夏川を悪く思って欲しくない。だから、俺は夏川を〝失恋した人の気持ちが解る女〟に仕立て上げる。いや、実際に解るはず……!だって夏川だもの!


「だから、俺は夏川の熱狂的なファンになったんだ」


「うん……うん?」


 こればかりはちゃんと伝えなければ。俺は決して夏川の彼氏じゃないし、なれない。俺はもう手の届かない存在を掴もうと必死な姿を見せて人を笑わせる一発屋芸人じゃないし、クラスの盛り上げ役を買って出るつもりもない。そんな普通のクリーチャー。間違えた人間。


「……え?ファンって何?」


「夏川愛華はみんなのアイドル、俺は誰よりもファンである自信がある」


「ちょっと待って。夏川さんと付き合ってないの?」


「夏川と付き合って良いのは俺が認めたイケメンだけだ!」


「いやそうじゃなくて!」


 さあ戸惑え藍沢レナ!俺のアイドルこと夏川愛華に害を為そうとした罰だ!自分の勘違いを思い知るが良い。顔を赤らめろ!ああっ!ああ可愛い!!!


「みんな知ってる事だし、藍沢の場合は彼氏しか見えてなかったから知らなかったんじゃないの?」


「え……?そう、なのかな」


「夏川は良いぞ。仮に俺に別の彼女が居たとしても夏川を応援し続ける自信がある」


「え、ええ!?それは女の子からしたら複雑だよ……」


「男なんて皆そんなもんだ。中には彼氏が居るのにイケメンアイドルに没頭する女子だっていんだろ?」


「う……そう言われたら」


 仮に有村先輩が本当に最低な男なら藍沢に別れを切り出されても納得せずキープとして関係を維持するはずだ。男だって自分のステータスとして彼女の有無は気にするだろうし、何より藍沢はこんなにも可愛い。本当に夏川愛華に惚れてしまったからと言って他の女なんてどうでも良くなるのは男の性質じゃない。欲張りなんだ俺達(コイツら)は。


 見た目は内面の一番外側。特に髪型を弄ったりオシャレをしてるわけでも無いのに、有村先輩には〝頼れる年上〟のような格好良さがあった。あの時は好きな女子を訊かれて夏川って答えてたけど、当分彼女を作るつもりはないんじゃないか。それこそファンのような気持ちで答えたんだと思う。だけどその感情すら有村先輩にとっては藍沢に対する罪悪感へと変わってしまった。もしそうなら全てはチャンチャンと片付く。


「お。昼休みが終わるな」


「お昼食べれなかったね。ごめん……」


「気にすんな。芦田には俺からまた文句言っとくわ」


「あ、やめて……たぶん芦田さんは夏川さんの事を守っただけで、悪気は無かったと思うから」


「え、芦田が?守った?」


 俺は、芦田は敵意と悪意のみであんな言葉を言ったんだと思った。だって芦田は俺が夏川と付き合ってない事を知っているし、夏川が俺を嫌ってる事も知ってる。藍沢が俺を奪おうとしても夏川が傷付く事はないって知ってるんだ。どういう事かよく解んねぇな、やっぱ女子には女子にしか理解できないもんがあるんだろうな。


「まぁ良いや。んじゃな、あんまり男に期待してると無駄に傷付くぞ」


「余計な一言言わないでよー。佐城くんもね」


「俺は大丈夫」


 期待もしないし、本気にもならない。仲の良い関係を築けただけでも御の字だ。お陰様でここ最近で寿命が5年くらい伸びたような気がする。わかってて騙されるのって案外心地良いんだな。


 去って行く藍沢の後ろ姿はすっかり元気を取り戻していた。今の藍沢を見ていると、あの間延びした喋り方はやっぱり素だったんじゃないかって思う。愛嬌だけで騙そうとするとか本当に恐ろしい。俺の目は節穴でした。

 あの東屋は本来藍沢と有村先輩の思い出の場所。場合によっちゃ俺はもう近づかない方が良いかもな。ぶっちゃけ、誰かに誘われない限りこんなとこ自分で来る事はないだろうし。


 俺がもし夏川を追い掛けてなかったら。藍沢は俺に近付こうともしなかったし、こんなに面倒な思いをしなくて良かったかもしれない。可愛い子と知り合えたって点は狂喜乱舞、布団でバタバタするレベルだけど。今回ので少し解った、やっぱり身の程を知るって事はトラブル回避という意味じゃ大切な事なんだろ。


「……」


 そして、始めからそうしてたら。こうして少し寂しい思いもしなくて良かったかもしれない。おい、やっぱり期待してたんじゃねぇか俺。


結論、男は等しくアホだった。

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