星屑の後に
のんびり書いていきまっす。
高校生になった今、この世の中に夢を見ることはあるだろうか。
きっと、この時の俺は誰よりも高校生活に期待し夢を見ていたことだろう。それは次第に膨らんで行き、いつからか現実を見つめることさえ忘れてしまった。とても恐ろしい事だ、そうなっている内は周りの評価など気にしなくなり、気づかぬうちに黒歴史を量産してしまうのだから。
そしてもっと恐ろしいのは、ふとした拍子に、簡単に正気を取り戻してしまうという事だ。その後の俺と言ったらもう。
◆
うららかな日差しの朝、多くの高校生達が穏やかな気持ちで並木道を歩いている。そんな中で、騒がしい二人が一際目立っていた。
「なぁ待てって愛華!」
「嫌よ近付かないでしつこい!」
速足で歩く赤茶髪の女子生徒とそれを追いかける手染め感強い茶髪の男子。端から見れば喧嘩中のカップルのように見えるが、実はこの二人は決してそのような関係ではない。
日に当たり赤く見える髪を靡かせる女子生徒。今こそ険しい表情で他の生徒達の間を掻い潜っているが、普段は誰もが認める美少女である。華奢な割に気は強く、茶髪の男子に何度腕を掴まれても渾身の力で振り払っている。
一方で必死に彼女を捕まえようとする男。彼の名前は佐城渉。人並みにお洒落に気を遣い人並みに可愛い女の子に対して惚れっぽい俗な男である。
彼は逃げる美少女───夏川愛華に中学の頃から惚れていた。だからこそ早々と告白して交際を迫ったが一刀両断、渉はバッサリと断られたはずなのだがそれだけでは諦めなかった。それから毎日のように彼女の元に押しかけ、熱烈なアプローチをし続けたのだ。
夏川愛華は完璧な少女である。だからこそ頭の良い私立の高校に通っているのだが、それを知った渉は彼女へのアプローチを続けつつも必死に勉強し、見事同じ高校への入学を果たしたのだった。恐るべし、恋のチカラ。
「クスクス、またやってるよあの二人」
「いい加減くっ付けば良いのに」
他の女子生徒からすれば微笑ましい光景のようだ。愛華がただモテるだけなら嫉妬の対象でしかないが、入学してからあのように目立っている二人はもはや一つのカップルのように見えている。他の男子からしても、もはや渉こそがあの夏川愛華の彼氏なのだと、一人の男として認めているのだ。
渉は今日もめげずに彼女を追い掛ける。
「なぁいつになったら俺の彼女になってくれんだよー!」
「なるわけないでしょこの馬鹿!いい加減にしなさいよ!」
「えぇー!?」
「何で今さら驚くのよ!?」
さて……ご覧の有様だが、皆さんは“百年の恋も冷める瞬間”という言葉をご存知だろうか。恋した相手の良くない一面を見聞きしてしまって一気に冷めた気持ちになる事だ。
だが、今回はそれとは少し違う。完璧美少女に目を奪われた少年は夢を見続け理想に囚われ、いつからか現実を見る事を忘れていた。そんな彼が、急に我を取り戻す瞬間をご覧に入れよう。
「なぁもう少しゆっくりとさッ───!!?」
火薬が爆発したような反響音。視界に散らばる星屑のようなもの。渉の目の前を通り過ぎ、壁にぶつかった豪速のサッカーボールは激しく音を打ち立てて跳ね返って、それは勝手にサッカー部の元へと返って行った。同様に、何年も前に置き去りにした渉の現実感もフィードバックした。
渉に怪我はない。だがまさにこの瞬間、彼は我に返ったのだ。
「ちょ、ちょっと大丈夫なの!?」
流石に驚いた愛華が渉の元に近付く。足元から頭の先まで見て怪我が無いのを確認すると、呆れたように溜め息をついて文句を言う。
「あのね、幾ら私の気を引きたいからって大袈裟なリアクションするんじゃ無いわよ!」
「あ、あぁ……」
「全くっ……心配して損したわ!もうしつこく追い掛けるのやめてよね!」
「………」
キッ、と睨みつけてから愛華は先を行く。渉は呆然とその場に立ち尽くし、去り行く彼女の背中を見続けていた。声も届かない距離になり、彼は漸く口を開く。
「あ、ああ……悪かった………」
やっとの事で紡いだ言葉。しかし愛華の背中はもう見えない。渉は歩き出すことも無く、呆然としたままその場に立ち尽くしていた。
◆
正気を取り戻した。突然何を言っているんだと言われても仕方のない事だが、俺の今の状況を表すのならこの言葉がぴったりだと思うんだ。
一瞬何が起こったか分からなかった。破裂音のような派手な音の余韻にやられ、転がって行く様を見て漸くそれがサッカーボールだと気付いた。普通ならありふれた反響音のはずなのに、俺の頭の中は電撃を浴びて痺れたかのように働かなくなった。
(えっ、えっ、なにこれ?)
不思議な感覚でもない。ただ、まるで生まれ変わったかのような気分になっただけだ。ちょ待ってコレ超大した事じゃね?
もしかして前世の記憶でも思い出したかとでも思ったけどそういう訳でもない。今までの自分の言動だって、何を考えてどんな理由があってそんな事をしたのかを思い出す事ができる。何かに憑依されたわけでもない。ラノベの読み過ぎか?いや、最後に読んだのは中学の時だ。
何だろう、ただ目の前の光景がとても現実的に見える。今までは何となく、もっとこう……キラキラフワフワとしていた。何言ってんだ俺、自分で何を言ってんのかさっぱりわかんねぇ。
校舎の奥から予鈴の音が響く。
「あ……急がねぇと」
何もかもが当たり前の事でありふれた日常。それはいつだって同じように感じるはず……なのだが、どうにも目に映る一つ一つの景色がいつもと違うような気がする。走りながら何度も自分で頬を叩く事で正常な気を保った。そうしないと教室にすら辿り着けない気がした。
教室のある階に着いたのは朝礼直前の時間。おかしいな……愛華に合わせてかなり早い時間に学校に着いてたと思うんだけど……。
「はい、一秒遅刻」
「うぁ、間に合いませんでしたか」
何とか教室に飛び込んだものの、今まさに担任の教師が教室に入ったところだった。どうやら俺は間に合わなかったらしい。入学してから遅刻をしたのは初めてだ、落ち込む。
「夏川さんのお尻ばかり追いかけてるからでしょ……って、夏川さんは普通に席に着いているのね。珍しい、何かあったの?」
「え?いや、特に何も。シンプルに遅刻っす」
「シンプルに遅刻するな」
バインダーで頭をパスッと叩かれ、クラス中が笑いに包み込まれた。その生徒達のど真ん中に座ってこっちを睨みつける愛華。俺はそれを一瞥しつつ、違和感を覚えて首を傾げた。
「ほら、さっさと席に着きなさい」
「はいーすんませんっした」
「ったく………」
俺の席はかの有名な美少女の隣。通りがかりに他の奴らから揶揄われたり突かれながら席に着く。何気無しに愛華の方を見ると、ふんっ、といかにも不機嫌そうにそっぽを向かれた。今話しかけるのは藪を突いて蛇を出すようなものか。特に何か言う事もなく、教卓の向こうで話す教師の話に耳を傾けた。
◆
「ちょっと、アンタやっぱ怪我したんじゃないの?」
「や、してないって……たぶん」
「多分って……」
朝礼後、珍しくも愛華が俺の正面にやって来た。俺を立ち上がらせて小銭を───じゃない、下から上まで見回して怪我が無いかを確かめてくれたみたいだ。何でそんな急に優しくしてくれるのか……ハッ!?もしかして俺の事が好きで───いやねぇか。そういえば死ぬほどフラれてたわ俺。
「じゃ、お返しに今度は俺が───」
「座りなさい」
お返しに俺も愛華を確認してやろうとふざけてみたらトンと胸を押されて緊急着席。まだ愛華のつま先しか見れてなかったんだけど。あ、あれ?また何か目の前がチカチカするような……これ大丈夫かな。まぁ良いか、その内治るだろ。
「心配して損したっ」とご機嫌斜めな声はカラオケじゃ加点ボイス。抑えきれない愛嬌をこぼして去って行く愛華の背中を見ながら、俺はジッと星屑だらけの視界が元に戻るのを待った。
楽しんでいただけたら何よりです。