幕間 非悪役令嬢マリアンナの王子様
悪役令嬢マリアンナ。この国の王子であるクラウドの婚約者。その行き着く先は破滅の道。
何かの拍子に前世を思い出した私は5歳にして人生に絶望した。何故ならかつてプレイした乙女ゲームの世界に転生していたから。大好きなゲームだったので事細かに覚えているそれは、自分が悪役令嬢マリアンナだとすぐに理解した。
「……終わりましたわ」
これは何かの夢?前世はいたって真面目に生きてきた。何の嫌がらせか、悪役だなんて。
「でも、まってまだ5歳、クラウドと出会うのは7歳だから、」
よし、人生設計をしましょう。
学園に入学するまで後10年。つまりヒロインと出会うのは10年後。まだ大丈夫、なはず。
クラウドとの婚約は避けておきたい。一番危険だわ。皆の前で婚約破棄の断罪、それと反逆罪で処刑だなんて。他のキャラも危険だけれど、できるだけ関わりたくはない。
そう思っていたのに彼に出会った瞬間にそれは覆った。
「王子様……」
マリアンナ7歳。
王城にてクラウドと出会う日、お父様に連れられ城の中を歩いていると、目の前から同じくらいの歳の子が父親と歩いてきた。今日はクラウドと同世代の子ども達と親交するお茶会も兼ねている。なので攻略対象キャラの何人かとは今日出会うのだ。
「アンナ?」
私の放った言葉にお父様の戸惑うような声が聞こえてきた。けれど私はそれどころではない。だって、目の前には、
子どものキースが!
か、可愛いっ!子どものキースも素敵。
攻略対象キャラの一人である、宰相の息子キース。将来はクラウドの右腕として支え、頭のキレる人物だ。でもって私の一番好きなキャラ。本物だわ。
……どうしよう、あまり関わりたくないと思っていたのに、キースを見たら数々のシーンを思い出してしまった。ヒロインとのだけど。
でも待って、マリアンナはクラウドが好きでクラウドに積極的に無理矢理グイグイいってキースはもちろんその他キャラにも適当に接していた。キースはそんな我儘マリアンナを疎ましく思っていた。更にヒロインが現れると、クラウドルートでクラウドとヒロインを温かく見守るが邪魔をするマリアンナを敵対視。マリアンナの悪事を暴くのもキースだ。
ヒロインの事を想っているのにクラウドも大事で身を引き二人の幸せを願うのだ。そんな優しくイケメンで、報われない当て馬男子的存在が好きな私にとってキースはドンピシャ。もちろんキースルートも大好きだ。
疎ましく思われたら駄目。キースの性格は好き嫌いがハッキリしている。嫌いになった人物を好きになるには結構難しい。逆に好きのカテゴリーに入るとそれはもう甘い。結ばれると愛されている感が半端ない。
本来ならキースに嫌われたとして、将来クラウドやヒロインに害を与えないどうでもよい人物と思われれば良いのかもしれない。けれど、無理だわ。
「王子様」
「アンナ、彼は……」
目の前の親子もびっくりしている。そりゃそうでしょう。王子であるクラウドではないのだから。私は彼の目の前に来ると、
「私の、アンナの王子様!」
関わらないではいられない。だってたった今一目惚れしたもの。ゲームで見てるから一目惚れという感覚はおかしいかもしれないけれど。
キースがほしい。
そうだ、前世は、ど直球前向き人間だったじゃない。未来を変えてみせる。7歳マリアンナの人生始まりの瞬間だ。
「お父様、私……この方と結婚したいです」
「え……アンナ?いや、まあ、今日は色んな子と会うしそんなすぐに決めても、」
「嫌」
もうキースを目の前にしたらキースを求め過ぎて私の心の制御が効かない。
「マリアンナ嬢、息子を気に入ってくれたのかな?同い年だしこれから仲良くしてやってね」
「あ、はい。あっ、申し訳ありませんご挨拶もなしに。マリアンナと申します。父がいつもお世話になっております。本日は宜しくお願いいたします」
「くす、いつもエドが自慢してたからね。会えて嬉しいよ。ほらキース」
エドとは私のお父様です。そしてキースのお父様がキースに自己紹介をするよう促した。
「……キースです。よろしくお願いします」
キュン、とした。ああ、ダメだ触りたい衝動が。
そして、お茶会ではクラウドとも対面し、他の攻略キャラである騎士団長の息子ジェラルド、神殿の神官長の息子クリスとも出会った。
実はこの時既にクラウドとマリアンナの婚約の話が親達の間で出ていて、陛下はマリアンナとの婚約を強く推していたらしく。
「お父様!私はクラウド様ではなくキース様が良いです!駄目なのですか?」
家に帰ると、お父様にいの一番に言い放つ。
「駄目ではないがクラウド殿下とのことは昔から陛下から言われていてな」
「そんなの断わって下さい」
陛下とお父様は幼馴染で仲が良い。昔、自分達の子どもを結婚させたいと話したりしていたらしい。それに我が家は侯爵家で身分も高くクラウドに一番釣り合う令嬢はマリアンナなのだ。
「陛下がお前のこと気に入っているのだ。いつもいつもマリアンナに会いたいとか、煩いんだぞ。私としてはアンナがもう婚約など、ああ、私の可愛いアンナ。できることならずっとこの家に居てほしい」
「そんな事知らないですから、キース様とお願いします」
「……」
私の熱意とお父様と会うたびに言う私に折れたのか、10歳の時とりあえずクラウドとは保留。キースとは仮婚約者の座をゲットしたのです。仮というのが余計だが。つまり、何かしらあればクラウドと婚約が決まるかもしれない。
ヒロイン……早くこないかしら。クラウドとヒロインが結ばれて、私はキースと、ヒロインの邪魔をしなければ何とか無事に過ごせるのではないか?
よし、仮から昇格させてみせます。
「キース様ー!」
「ん?アンナ、そんなに走ってこなくても。転ぶと危険だよ」
「ですが、キース様が見えましたので」
あれからゲームとは違い、キースの中のマリアンナの位置付けはクラウドと同様にキースの態度から好きカテゴリーの中に入っているとは思う。まあ友人としてだとは思うけれど。
でも嫌われてないだけマシだ。冷たく軽蔑する目では見られたくはないから。
「キース様」
「アンナ俺らも居るぞー」
ジェラルドがキースしか視界に入ってない私に声をかけてきた。
「あ、ジェラルド様居たのですね」
「ひどくね」
攻略対象キャラ達とは普通に友人になり今の所平和に過ごしている。
「キース様、この間お父様と出かけた際に買ってきましたの。お土産です」
「ああ、ありがとうアンナ」
こちらこそ素敵な微笑みありがとうございます。
「僕もアンナにあげたい物があるんだ。はい」
「え?これって、」
私が欲しかった小説だ。外国の本だがとても人気で売り切れていたのだ。本を読みあさったりするのが好きなため自国の本だけではなく外国の本もよく読んでいる。
「わあ、ありがとうございますキース様。ですがどうしたのです?とても人気で手に入りにくいのですよ」
「……秘密」
そんなキースにジェラルドが微妙な顔をしていたが、とりあえず今日の寝る前のお供が出来た事に嬉しく思った。
そうして平穏な日常が5年間続き、すっかり平和ボケをしたまま私は学園入学の年を迎えた。
「何なのっ」
いまだキースとは仮婚約中。これはそろそろ最終手段を使わなければ……。それよりも今はヒロインだ。
何、あの子。学園でヒロインととうとう出会ったが、初対面からビクビクされもの凄く睨まれ私が何をしたというのだ。純粋で素直な可愛いヒロインは?
――調査開始だわ。
前世は学生時代新聞部。フリーライター目指し色々な事を取材し記事にしたりしていた。時には友人の恋人の浮気調査まで。
ヒロイン、シャーロットを観察、尾行。私とキースの害になりうるか検証中。その結果、
「クラウド一番狙いに見せかけた逆ハー寄りの、あの暴君ユリエルが本命?の……転生令嬢?!」
……面倒くさいわ。ユリエル狙いだなんて、レノヴァナにシャーロットが連れられたら私、反逆罪で処刑されるんじゃない?無理よ無理。
この舞台を知っているヒロインに頭を抱える。独り言が多いからすぐに分かった。だから誰も居ない時に私に突っかかってくるのね。私が本来の役割をしないから。
純粋なヒロインだったらクラウドとの恋のキューピッドになろうと思っていたのに、性格的に無理だ。あの子。
「キースさまぁ!」
?!
ふと、聞こえてきた声はシャーロットの、キースを呼ぶ甲高い声。……私のキースに馴れ馴れしく近づくなんて許すまじ。
「何かなシャーロット嬢」
「あれ?マリアンナ様は?」
「……君に言う必要あるかな」
「ええー、ところで何を読んでいるのですか?」
「……」
「あ、その本知ってます!とても面白いですよね」
おい、イベントじゃないか。
本好きのキースはヒロインとの会話から興味を持っていくという普通の些細なイベント。ここから図書館デートとか仲を育むのだ。
――阻止!
「キース様っ」
「ん?アンナ」
甘い微笑みありがとうございます。
「お待たせしました」
「ううん、大丈夫だよ。少し内容気になって読んでた所」
「ふふ、気に入りましたか」
「じゃあ、行こうか」
私とキースが移動しようとすると、
「キース様!今度私にもおすすめの本を教えて下さいね」
「……何で?」
「え……?」
よし、今の所キースはシャーロットに興味はなし。よしよし。キースだけは渡せません。
「ねえルイス、キース様が私にメロメロにするにはどうすれば良いかしら」
成金貴族のルイスは学園で出会う攻略キャラ。フレンドリーで家柄他国の商人とも交流があり街や外国の流行りなどにも詳しい。敬称をつけられるのが嫌で、あまり人が居ない時はくだけた感じで話している。
「メロメロー?メロメロじゃん!」
「どこがです?」
「……」
やばいんですよ?だってシャーロットがレノヴァナの手の者らしき人物と繋がったのだ。これはユリエルの元に本格的に動くかもしれない。私が、クラウドやキースと仲良いシャーロットに嫉妬してレノヴァナ国に売っただなんてガセなんて出されたら……。
死ぬまでにはキースといちゃいちゃしたいのに。いや、死んでなどやらないけれど。
「あ、そうだこれは?最近外国から入ってきたんだけど、街の若い女の子に人気だぜ」
「……これ?」
次の休日、キース様が自宅に訪ねてきたので、ルイスから貰った物で早速実行することにした。
「キース様ごきげんよう」
「……っ、アンナ?」
こんな服、前世ぶりだ。ルイスから貰った物は膝上ミニスカートのワンピース。短いスカートは制服で着ていたし私としては慣れているが此処ではどちらかというと淑女らしからぬ装いで、はしたない。
「ア、アンナ?どうしたの?」
「街で流行りなのですって!貰いましたの。似合いますか?」
「っ……、」
自分で言うのも何だが、スラッとした白い綺麗な脚。ワンピースはピタッとしていて身体のラインも分かり胸が主張している。神様、今世はナイスバディをありがとう。
「……はしたないアンナはお嫌いですか?」
「アンナ……ッ」
キースと近い距離にドキドキする。
「っアンナ、ごめん、ちょっと失礼するね。また連絡するから」
キースは慌てて部屋から出て我が家を後にしたのだった。
「……はい?」
「ちょっと、ルイス!」
「よお!あれどうだった?」
ニヤニヤと聞いてくるルイスに怒りを覚えた。
「全然駄目じゃない!効かないわ」
「えー?おっかしーな。じゃあ、これは……、?!」
「ルイス?どうかした?」
「いや、寒気が」
「アンナ」
ルイスと話をしているとキースがやってきた。
「キース様!」
「昨日はごめんね。ランチ一緒に行こう。でもちょっとだけルイスに話があるから少し待ってて」
「分かりましたわ」
キースはルイスと何やら話をしているが内容は聞こえてこない。ルイスが青くなっているのは気のせいかしら。
それは、急にやってきた。
「クラウド様と婚約?!誰がです?」
「……アンナが。クラウド殿下にはまだ婚約者がいないし、候補のご令嬢は何人かいるが今ひとつでな。王家側がやはりアンナを所望しているし」
学園ではクラウドにはこれといった親しい令嬢はいなくマリアンナくらいだ。勉学も魔力も優秀なマリアンナを王妃にしたいと。
いやいや、水の泡よ。キースへの想いはもう溢れんばかりだ。
「私はキース様の婚約者です!それ以外は嫌ですわ。もしキース様以外と結婚するのなら修道院に行かせていただきます」
貴族なのだから家のため、政略結婚は当たり前だ。けれど第二の人生を謳歌したい私はキース一択しか考えがない。こんな娘でごめんなさいお父様。キースも我が家と同じくらい家柄だから問題はないから、やはり陛下を説得させないと。
ということで修道院に行かれてはたまらないとお父様は本気になり、……今まで本気ではなかったのか?クラウドも一緒に協力してくれて必死で説得してついに、キースと仮ではない正式な婚約となったのだ。
「ふふふふふ」
これで、仮は消えたわ!最初からそうしとけば良いのに。私の危機はなくなった訳ではないけれど正式な婚約に浮かれるばかり。
「キース様何処かしら、……あ」
学園内でキースを探していると、目的の人物は居たのだがそこにはシャーロットやクラウド、ジェラルドにクリス、ルイスも居た。
「何、このヒロインを囲う攻略キャラの図は」
「キース様ー、何読んでるのですか?」
猫なで声が癪に障る。さっきまでクラウドと話をしていたのに、キースへと近づくその距離。ボディタッチする様、私の気の強い顔とは違い可愛らしい顔をキースの目の前で覗くように見上げる。近すぎる。
「……許せません」
「キース様、どんな内容の本なのですか?」
キースに無邪気に話しかけるシャーロットへと近づく。
「……アンナ?」
私が来たことに気付いたキースが顔をあげる。
「離れてくださいますか?」
「え?」
そう返すシャーロットはきました!みたいな顔色がうかがえた。いかにもさあ、私を怒りなさいというように。ゲームではヒロインに好意を寄せるキースがマリアンナのヒロインを叱咤する行動を咎めるのである。それを悔しく思うマリアンナ。
本当は皆の前でシャーロットに怒りたくはないけれど、キースのことになると駄目なのだ。
「キース様は私の婚約者です。それなのに貴女の行動は目を見張るものがありますわ」
「そんな、私、そんなつもりじゃ……」
「仮にも学園という公の場。こんなにも複数の殿方達と近い距離で、品位に欠けます」
本来ゲームなら、皆私を咎めるが、誰も何も言ってこない。
「私は皆様とただ仲良くお話を……、」
「ええ、そこの王子や筋肉バカの騎士や成金野郎やクリス様ならあげますから、……キース様だけは駄目です」
「おい、俺らにも選ぶ権利あるぞ」
「クリスだけちゃんと呼ばれてるし」
周りの言葉は無視です。
「……なんなの、」
「キース様は私だけのものですわ」
「ちょっとあんた役割全うしなさいよ」
「キースってば愛されてるねえ」
シャーロット一人イライラする中、周りのほのぼのな雰囲気に呆れたが、
「アンナ」
キースの声で一気にそちらに集中した。
「行こうか」
「はい」
今までのやりとりなど何事もなかったかのようにキースはアンナの手を取り歩き出した。シャーロットが後ろから何やら叫んでいるが今はどうでもよい。
「キース様?」
誰も居ぬ部屋に二人きり。
「アンナ……」
「え?きゃっ、んっ……ふ」
強引で、けれど優しく口づけをするキースにいきなりで驚きつつも嬉しくてすぐに受け入れた。
「っ、……ぁ……ん」
「真っ赤。可愛いね」
「や、キース様」
「嫌なの?」
「……」
言うのは恥ずかしくて、首を横に振った。
「アンナがいつも煽るからいけないんだよ?いつも可愛いこと言うから、この前もあんな短いスカートで脚を出して、我慢してる僕に嫌がらせかと思ってしまうよ」
「え?そういう訳では、」
「くす、分かってるよ」
見上げると優しく微笑むキースにドキリと胸が高鳴る。
「……正式な婚約者だからもう我慢しないから」
「キース様……」
「好きだよアンナ」
「!……私も大好きです」
「知ってる。僕のお姫様」
『アンナの王子様!』
その時から、僕にとってのお姫様なのだから――。
裏キースその①
ジェラルドは見た
「わあ、ありがとうございますキース様。ですがどうしたのです?とても人気なのですよ」
「……秘密」
アンナに小説を渡すキース。秘密なんて言ってるが数分前に俺は見た。
「それ、君の?」
「?!キ、キース様、っ」
キースの登場に動揺し慌てふためく男は平民の成績優秀な青年。その手には小説があった。俺はあまり本を読まないがそれは人気の本らしい。
「それこの間発売された人気の本だよね?」
「は、はい!とても面白くて」
「へえ、読みたいな」
「あ、貸しましょうか?」
「……」
あ、無言の圧が凄いぞ。
「あ、よければあげましょうか」
「ありがとう」
「……無言の圧力おそるべし」
裏キースその②
ルイスは見た
メロメロにさせたいというから街で流行りの短いスカートのワンピースをプレゼントした。ちょいエロアンナにキースもイチコロ♪
「全然駄目じゃない!効かないわ」
「えー?おっかしーな。じゃあ、これは……、」
惚れた女の普段見られない露出した姿を見ても効かねーなんて、?!
寒気がした。悪寒だ悪寒。アンナの後ろ俺から見えるキースは笑ってるけど目が笑ってねえ。俺のもとにやってくると、
「何してくれてんの」
「え、いや、可愛かっただろ。襲いたくなるだろ?お前不能なの……っ」
「君のよりはいいモノだけど」
……見たことねーだろ。
「仮、なんだから下手に押し倒してめちゃくちゃにして、正式にならなかったらどうしてくれるのかな?」
我慢強いキースの欲望の熱
「しかも君があげたのが腹立つ」
独占欲の強いキース
メロメロどころじゃねーよ。これはアンナの身体がもつのか心配だな。
二人の後ろ姿を見ながら苦笑するのだった。
登場人物
クラウド ネーヴェ王国第一王子
ジェラルド 騎士団長の息子
クリス 神殿の神官長の息子
ルイス 成り上がりの貴族の息子
キース 宰相の息子
シャーロット ヒロイン(転生者)