平穏ライフのはずが、一波乱起こる予感?
「エミリア様」
会場に戻ると、マリアンナが話しかけてきた。ユリエルはジルと話中だ。
「注目の的でしたわね。クラウド様と。とても素敵なダンスでしたわ」
「あ、いえ……でも憧れのあのクラウド様と会ってその上一緒にダンスだなんて何のご褒美かというくらいです。とても満足でしたわ」
生クラウドも拝めたし、ゲームの聖地も見たし何だかんだ充実した日だった。
「ふふ、他の令嬢でしたらここで満足などしませんのに。まあ、エミリア様にはユリエル陛下がいますものね」
そう楽しそうに笑うマリアンナに何だか気恥ずかしい。そういえばと、私は疑問に思っていたことを聞いてみた。
「あの、ヒロインであるシャーロット嬢とクラウド様は婚約しているのですか?」
「……」
いまだに、謎なのだ。クラウドがエスコートしてきたかと思えば、別段一緒に居るわけでもなく、ダンスも二人で踊ってはいないように見えた。
「……一応婚約者候補の一人なのです。本当は違うご令嬢をエスコートされる予定でしたのに、シャーロット嬢が隣に居たということは何かしらシャーロット嬢が企んだと思います」
企むって……え?
マリアンナの次の言葉に私は衝撃を受けた。
「彼女も転生者ですわ。しかもこのゲームの舞台を知っている」
「……っ」
思わず大きく驚きの声をあげるところだった。
「……ただ、今日の登場はただ目立つためだけのものでしょうね。クラウド様の隣に立つだけで目立ちますもの」
まさかの、ヒロインもまた転生者だということに驚きを隠せない。こんなにも同じ境遇の者が居るものなの。
「クラウド様とハッピーエンドではないのですか?」
「……確かに一番はクラウド様を攻略と思っていたのですが、彼女は逆ハーを狙っていたようにも見えました。どの方達にも媚びておりましたし、私のキースにまで」
思い出しているのか、マリアンナの気の強めな顔が更に強くなっている。皆、魅力的な方ばかりだ。まあ、私はクラウド一筋であったが。
「ただ、やはりゲームの様にはいかないものですね。此処は現実であるし彼らはコンピューターでもありません。それに私や貴女みたいにゲームとは違う存在も。彼女に言わせればバグということみたいですが」
バグ……。
「あ、私もエミリア様のこと、バグって言ってましたね、すみません」
照れながら申し訳なさそうに謝ってくるマリアンナ。まあ、シナリオには居ない異質の存在ですからね。
「まあ、結局ガツガツし過ぎてあまりにも露骨でしたし、私に喧嘩まで売ってくるものですから、喧嘩を買ってあげましたの。化けの皮なんてすぐ剥がれます」
さすがは悪役令嬢、いや実際は違うけれども。中々きついお言葉。
「……けれど、彼女の目的は別にありました」
「?」
「彼女がクラウド様の特別だということを知らしめる必要があり、クラウド様の愛を受けている、クラウド様の弱点でもあると。まあ他の対象者にも言えることなのですが。どの方も将来この国を担っていく方々ですし」
つまりわざとそうするのであるなら、シャーロットはクラウド達が目的ではないということ?
「本来の私の役割憶えておいでですか?」
「……ええ」
悪役令嬢マリアンナ。クラウドを奪ったシャーロットを憎み、レノヴァナ王国に手を貸しシャーロットを拐わさせた。
「その状況を知っている者でなければ、マリアンナを手引できません。学園にはレノヴァナ王国の手の者が紛れていますでしょ?それを彼女は知っていました」
それは、彼女自ら捕まりたいと思っていた?
――ドクンと嫌な音が鳴った。
「……エミリア様、お気をつけ下さいね。彼女の目的は恐らく、」
マリアンナの目線が、ジルと会話している人物へと向く。――ユリエルへと。
「貴女に接触してくるかと思いますわ。その時は、――完膚なきまでに叩きのめして下さいね」
……さらっと恐いこと言われたわ。
クラウドとダンス中、視界に写るシャーロットとユリエルを思い出した。何故だか、ざわつきが止まらないのはどうしてだろう。ユリエルはシャーロットの事をさほど、いや全く眼中にないと思っている。
けど、もし?ヒロインであるがために、何かが起きたら。
「大丈夫ですエミリア様」
不安になる私にそう声をかけてくれた。不安だなんて気持ち何だか久しぶりに感じたように思う。
「けれど、ユリエル陛下が狙いとうことは、暴君のユリエル陛下が好みなのかしら。まさか、……ドMなんでしょうか?」
やめて、今のマリアンナからそんな言葉聞きたくない、と思わず笑ってしまった。
ヒロインがユリエル狙いだとしても、私は私。私の気持ちは一切変わらない。ユリエルの笑顔とレノヴァナ王国を守りたい思いは――。
「ふう」
今夜はネーヴェ王国で一晩を過ごす。王城で案内された部屋は、国賓専用の立派な部屋であった。ちなみにユリエルとは別の部屋を用意してもらっている。隣ではあるが。
「月が綺麗」
ネーヴェ王国でも、レノヴァナ王国でも、前世の日本でも、月は何処でも綺麗。うーん、少し大きいかしら。何だか眠れないので、ストールを羽織りベランダに出てみる。少し肌寒い。
とても静か。
今日は楽しかったな。この先の未来は分からないけれど、時は確実に進んでいき、私はこの世界で生きているのだ。……ん?
――――!はっ、ガチャ!
しばらく外の風にあたっていたが、咄嗟に室内に入り窓を閉めた。……嫌な気配。
「感、鋭いんだね」
?!
後ろを振り向くと、いつの間にか部屋の中に居る一人の男。何……、早い。一瞬で感じた気配はこの男性のもので間違いない。というか厳重な警備の目を欺くなんてどんな忍者か、なんてそんな事を思ってる暇はなく。
薄暗い部屋に、入り込む月の光が彼の顔を照らす。
……似ている
もの凄くっていうわけではない。
「やっぱり、……鋭い子はあまり好きじゃないな」
「貴方に好かれなくても結構よ。……貴方、何」
掴みどころのなさそうな雰囲気。それよりもこの状況も何。得体の知れないこの人物の目的は。
「ふ、君、……邪魔なんだよね」
「……貴方、レノヴァナ国の者?」
そう問うと、一瞬かすかに目を見張ったのを感じた。だがすぐに笑って、近付くその距離。何故だかその瞳に囚われたかのように動けない。
――ユリエルと同じ紫色の瞳に。目の前に来るとその綺麗な顔が耳元に近付き囁いた。
「……でもさ、もっと邪魔なのは、―――。」
ドンドンッ!
「エミっ!」
部屋の外から扉を叩く音とユリエルの私を呼ぶ声が聞こえた。
「開けるよ!」
ドンっと扉を勢いよく開けて入ってきたのは、ユリエルそしてジルとダスティン。その顔は焦りととても真剣な顔をしている。
……居ない。
男は既に消えていた。
「ユリエル様……」
「嫌な気配がした」
ユリエルが窓の方を見ながら険しい顔になる。
「大丈夫ですか?」
ジルがいまだ状況を理解していない私に心配そうに声をかけてきた。
あの人、――ユリエルが邪魔、そう言ったわ。確かに穏やかな国にはなったが、一部ではユリエルを良しとはしない者はいる。敵となる者は排除したと聞いているが全てではないのだろう。
「エミ、何があった?」
「……ベランダで外の風に少しあたっていましたら、男の方がいきなり現れて、」
「男?!……エミリア様、何もされてはおりませんか?そんな薄着で色っぽいお姿なんて見たら男は狼に、」
「ねえ、ダスティン黙って」
暴走しそうなダスにユリエルが冷たい声で静止させた。ご愁傷さま。
「けど、何か、」
ユリエルの瞳を見る。あの瞳と被る。
「……似ていた?」
「……」
似ているようで似てないけれど、
「知っていますの?」
まるで、私の会った人物を知っているかのように聞いてくる。誰?あんな人物は知らない。
「多分……兄だよ。父親違いの」
……あ、兄。
「お、お兄さん?!」
父親が違うということは、前国王陛下の子ではないということ?……ユリエルの母は身分が低いが見初められて城に連れてこられてユリエルを生んでいる。それ以前に、結婚していて子どもがいた――?
紫の瞳は母親譲りだ。そんな裏設定……、
「何それ、知らないわ」
「……言ってないもん」
「……」
その兄はアドルといい、まだ私が来る直前、ネーヴェ王国のクラウドが通う学園にスパイとして送りこませていたという。しかししばらくして、消息不明となっていた。
「僕の事は嫌いだろうね」
「……」
待って。スパイということはマリアンナが言っていた悪役令嬢マリアンナを手引する役目の人物ってこと?それが実はユリエルの兄?何それ。隠しキャラなの?そんなシナリオはなかったわ。
「それに、彼は第四王子の一派に属しているとされています」
「………はい?」
聞き捨てならない言葉を聞いた。第四王子とは。それもゲームに出てこないんですけれど。
「王族暗殺事件の際、反乱を手引していた主な一派はユリエル様の母君よりも身分の高い側妃側の者達です。お腹に王子を身ごもっておられたそうです。彼らは前陛下による体制を一掃、新しい統治者を作るという思想をもっております」
前陛下は結局は亡くなられたが、ユリエルは一命をとりとめ、当時ユリエルが王位継承第一位。けれど王にするのを反対の者も少なくはなかったが、ユリエルは即位式も行われ王になった。
「第四王子はその時生まれたばかりでございます。側妃である母君は生んですぐに亡くなられましたが。我々は知りませんでした。隠していたのです」
利用価値のある王子。王になるユリエルに殺されては意味がない。反乱側ではない前陛下の側近達も処分していたし。
「赤ちゃんだなんて……」
「だから、第四は道具にしか過ぎない。第四を使い自分らが国を動かす。だから居るだけで傀儡のようなものだよ」
ひどい。ということは今はまだ5歳くらい。まだまだ子どもだ。
「その兄は第四王子派の仲間というよりは、僕と敵対してる側だからってだけだけどね」
「……」
何かヘビーなんだが。ゲームではヒロインがユリエルエンドを迎えてハッピーで終わってるけれど、実際はまだ問題があり、一波乱起きそうだということに。
「とにかく、動いてきたみたいだからこっちも黙ってられない。……僕のエミも狙おうとするのなら、それ相応の事を考えなくちゃ、ね」
恐ろしい笑みを浮かべる悪魔がいる。
「ひとまず、今日の所はエミリア様はお一人になるのは危険ですし、」
「僕の部屋で一緒に寝る」
「……だそうですので、エミリア様はユリエル様の部屋へとお願いいたします」
ねえ、貴方の主もよっぽど危険だと思います。
結局、ユリエルに用意された部屋で一晩を過ごすことになり、目の前のだだっ広いベッドの前で立ち尽くしている。
「何してるの?」
「私、ソファーで寝させていただきます」
いくらバカでかいとはいえ、ここに二人で寝ろと。何か頭の中で危険信号が鳴っている。
「何で?」
「危険ですから」
私のその言葉にニヤリと、笑った。
「へえ。……じゃあ僕がソファーで寝るよ」
「はい、お願いいたします」
「……そこは遠慮するところなのにさすがエミだね」
これは褒められているのかしら?
「てことで、一緒に寝よう」
いや、まったくもって意味分からないです。
「……わぷっ」
ベッドに無理矢理倒された私は変な声が出たがそれも束の間、私の上にはユリエルが覆い被さっている。シーンと時が止まったように感じた。
「エミ……」
色気のある声で呼ばれ、ユリエルの瞳から逸らすことができない。その顔が落ちてくると、咄嗟に私は横を向いた。そうしたら首筋に唇を落とし、
「エミを食べたい」
その妖艶な声にゾクリとした瞬間、思い切り、
――ドンッ、ドサッ!
よし、貞操は守られた。思い切り蹴ったことにより、蹴られた箇所をさすりながら床に蹲るユリエル。
「僕をこんな風にするのはエミだけだよ」
その顔は怒りの色はなく穏やか。
「取って食べないよ……今日はね。おあずけでしょ?後で倍もらうから」
「1m以上離れて下さいね」
「……」
ベッドの真ん中をだいぶ空けて、私はベッドの端に寝ている。
「エミが遠い、エミの温もりが欲しい、エミの匂いかぎたい、エミの、」
「黙って寝てくれます?」
静かな室内。しばらくして大人しくなったユリエルは寝たのか寝ていないのか。背を向けている私は確認できない。……私はというと眠気など覚めてしまっていた。
「昔」
えっ?起きていたらしいユリエルが真面目な声色で話す。
「物心ついてから一度だけ母親に会ったことがある」
生んでくれた母に会えないなんて、こうもそういうしきたりはやっぱり理解できない。
「とても優しく温かくて。母は僕にごめんねと言ったんだ」
そのごめんねにはどんな意味が込められているのだろう。
「憎いだろう父の子の僕を包み込んでくれて、兄が居るのもこっそり教えてくれた。会いたいけど、逞しく生きていればと願っていたよ」
アドルが兄だと分かったのはしばらくしてからだったという。
「僕のことを憎んでる。そう感じた」
「……殺さなかったのですか」
当時のユリエルならば躊躇なく……。
「……何故か、母の顔が浮かんだ。……他の母親違いの兄弟はなんとも思わないのにね」
「ふふ、母は偉大ですね」
一度会った母の存在はとても大きいのだろう。
「ちょっと似てる。温かくて芯の強い所とか、エミと」
「あら、では私はユリエル様のお母様になりましょうか?……きゃっ!」
突然後ろから抱きしめられていた。すぐ後ろに感じるユリエルの温もりと微かな息づかい。腕が前にまわされ、脚は私の脚をからめて。
――逃げるすべなし。
「それは駄目。だって母親にはこんなことしないよ」
「っユリエル様」
「もう少しこのまま」
「……あっ」
うなじにチクリと優しい痛み。
「けれど、エミに何かあれば誰であろうと僕は容赦しない」
抱きしめられたまま、夜は過ぎていくのであった……。
「マリアンナ様、ヒロインに対して凄く詳しいのですね」
「ええ、私、前世では新聞部でしたの。フリーライターになりたくて。とことん調べるのが好きですわ。何から何まで、ふふ」
「……(弱味握られたらヤバそうなタイプですね)」
次回、ヒロイン登場?!