舞踏会、甘い一時
「ふっ」
「何だか機嫌良いですね」
「ああ、だってエミが珍しくしおらしいから、あ、着替えおわったみたいだね」
ネーヴェ王国より招待された舞踏会はとても豪華で華々しく輝いている。マリアンナの姿も見えて、そのドレス姿はとても似合っていた。
そして、私もユリエルの用意してくれたドレスを身に纏っている。隣に立つユリエルを見ると正装し凛としていて黙っていれば誰もが見とれる美男子。
「ああ、エミ、僕の思ったとおりだね。とても似合っているよ。……僕だけしか見られないようにしたい。だってほら、君を見る男の目、見えなくしてあげたい」
笑顔で言うユリエルにゾクリとした。もう一度言おう。本当に黙っていればまともだ。
「エミが可愛い可愛い、あ、いつも可愛いけど、更に可愛い」
「少し黙っていただけますかウザいですので」
隣で呪文の様に可愛いを連呼されてウザい以外の何者でもない。転生したこの外見は子どもの時から自覚するほど美人なのだから。なので、
「可愛いのは当たり前です」
「謙遜しないエミも好き。あ、違う言葉を言ってほしいんだね?……僕のプリンセス」
そんなユリエルをよそに、キョロキョロと会場を見渡すが、ヒロインの姿は見えない。クラウドは後で登場するだろうから、他にも見覚えある人物達を見つけた。この国の騎士団長の息子であったり、魔術省長官の息子や、貿易や事業で成り上がった成金貴族の息子もいたり、まさにゲームで見た顔ぶれだ。
「クラウド殿下よ」
すると、女性達がざわざわし始めた。この国の第一王子であるクラウド殿下が姿を現したのである。そしてエスコートされてクラウドと伴うのは見覚えのある女性。――ヒロイン、シャーロットであった。
それはとても絵になる二人。
やっぱりヒロインとハッピーエンドなのかしら。それよりも、
「かっ……、」
かっこいい!生、生のクラウド。本物!夢にまで見た、数えきれないくらいプレイした、デートをして、甘い言葉を囁かれて、キスもしたっ、……ゲームでだけど。
そのクラウドが居るなんて、二次元ではなく三次元で。感無量だ。私はボーッと見とれていた。
前世で友人がアイドルのコンサートに当たったはしゃぎようが理解できる。
「ねえ、ジル」
「何でしょうか」
「僕、心が狭いかもしれない」
主の今更な発言に、ジルは何を言ってるのかと思いきや一人ブツブツと抑えよう抑えようと言っている。基本的に全て狭い。エミリア中心の世界が生きがいなのだ。当の彼女は、キラキラとした瞳で嬉しそうにこの国の王子を見ている。
そんな主のいつも分かりやすい、嫉妬という感情があることに何だか嬉しかったりもするのだが。行き過ぎると面倒だけれど。
二人の会話は露知らず、クラウドやヒロインを眺めていると、……目が合った。というか、ジッーと見られている。それもヒロインから。美少女だなぁ、可愛いなぁなんて私も見ていると、隣から、
「あのブス知ってるの?凄い視線感じるんだけど」
「……」
今何とおっしゃったか。あの、健気で純粋で可愛らしいヒロインを、ブス呼ばわりしましたか。
「……ユリエル様、女性をそんな風に言うものではありません」
一から紳士道叩き直そうか。それにしても何故そんなにも彼女は見てくるのか、理由が浮かばない、と思ったら今度はクラウドと目が合った。
「……っ!」
心臓が跳ねた。……私、今日を無事に過ごせるでしょうか。
「……ちっ」
「ユリエル様、落ち着きましょうね」
舞踏会も始まり、曲に合わせて踊る人々はとても優雅できらびやかな世界だった。
「エミ、僕と踊ってはいただけませんか」
ユリエルもまた先ほどとは打って変わり、優しい笑みを浮かべて優雅に私をエスコートする。まともユリエル発動中。
腰に手を添えられ、右手を握られ、密着する身体。
「あ、半径1mどころじゃないね僕達の距離。街をデートした時からとっくに、だけど」
「……」
「くす、さあ踊ろう」
曲に合わせて、華麗にステップを踏むユリエルは凄く上手。リードも完璧で、ずっと一緒に練習してきたのだからお互いの息もピッタリ。
踊るのがとても楽しい。ユリエルを見上げると、こちらを優しい瞳で見つめていた。
……心臓に悪いのだけど。きっと私の顔は赤い。
そして曲が終わると、もう終わってしまったのかと思うくらい、それだけ楽しくてドキドキして。
「名残惜しい?」
「っ、違います」
また、踊ろう、ジルと待っててねと、頭を撫でられたので、仕方ないから撫で返してあげた。ユリエルはこの国の重鎮となる者達と話があるらしい。そりゃあ、あの暴君と言われたユリエル、今では嘘のように一応話の通るまともな国王陛下らしくなったのだ。
隣国であるレノヴァナ王国との友好条約により国交回復した今、互いの利益になりうる話などあるのだろう。
「撫で撫でされたから頑張ろー」
単純ですわね。私はしばし休憩でも、と思ったのだが、そんな時間はやってこなかった。
「とてもお上手ですね」
「いえ……、」
そう声をかけてくるのは、クラウド。もの凄い近く、目の前に居るクラウドを直視できない。
遡ること数分前、私はジルと話をしていたところ、他の男性から何度かダンスのお誘いがあったが断っていた。
「エミリア嬢、一曲お相手願いませんか」
そんな時、まさかのクラウド登場で、私もジルも断れる訳がなく、緊張しながらおそるおそるその手を取って、今に至る。
「貴女のお噂は聞いております。ですので是非ともお話してみたかったもので」
ニッコリと微笑むクラウドは、まさに王子様よう。実際本物だけれど。
「……アルダートン男爵のご長女ですね」
「え」
私の素性を知っているとは驚いた。貧乏貴族ながら平和に過ごしていて、学園に入る直前だった。母が病で亡くなり、父は悪い事業に足を突っ込み事件に巻き込まれレノヴァナ王国の者より亡きものにされた。その事件はユリエルは関係のないものだったが、利用価値のありそうな私はレノヴァナ王国に連れてこられたのだ。
ネーヴェ王国では父も私も事故で亡くなったと記録されているらしい。
「聖女エミリアとはどんな方だろうと思い調べたんだ。俺と側近くらいしか知らないが……父君の件や貴女の事、気付かずに申し訳ない」
「……いえ、母が亡くなってから父は変わりました。私はそんな父を止めることができなかったのです」
それに、父を貶めた者達はユリエルとは敵対していたらしく結局はユリエルの逆鱗に触れ始末されたみたいだ。不安定な国内では、騙し、裏切り、気を抜けば終わり。
けれど、平穏な国へと変わったレノヴァナ王国は今では私の居場所だと思っている。前世も憶えているから、第三の人生みたいなものだ。
それほどまでに、ユリエルとレノヴァナ国に深く浸かっている。
「本来なら貴女と学園で出会っていたかもしれないな」
「ふふ、私では恐れ多いですわ。しがない貧乏男爵の娘でしたから」
それが今ではレノヴァナ王国で聖女と言われている。人生何が起きるか分からない。今の新たな道を大切にしていきたい。
ふと、視界の端にユリエルを捉えた。
「……」
いつの間にか、ユリエルの前に居たのは――ヒロイン、シャーロットの姿。何か会話をしているみたいだ。その光景にズキリと胸が痛む。そんな私の心情を知ってか知らずか、
「……今は貴女をひとり占めさせてほしい」
クラウドは、優雅に軽やかに私をリードする。
もちろんドキドキしている。かっこ良くて素敵でタイプど真ん中。けれど何かが、足りない。そんな気持を振り払い、今はこの数分間のダンスに集中したのであった。
踊り終わると、拍手と歓声が送られた。
……目立っているわ。いや、相手はこの国の王子なのだから、当たり前だ。
「楽しい時間をありがとうエミリア嬢」
「こちらこそ。クラウド殿下と踊れてとても楽しかったです」
さすがは王子。ダンスもお手のもの。
「ふ」
「?」
「いや、ユリエル殿が羨ましいなと思って。貴女に惹かれるのがよく分かる。……なぜなら惹かれている俺がいるのだから」
……え?
何、この展開。というかヒロインはどうなっているの。
「あ、あの、」
「もう曲は終わっているのだけど、離れてくれない?」
「ユリエル様!」
クラウドに動揺しつつもヒロインの事を聞いてみようと思ったのだが、それは悪魔が降臨したかのようなオーラを放つユリエルに遮られた。
「これは失礼しました。エミリア嬢との時間が楽しく、ダンスもとてもお上手で、そしてお美しくあられる」
近かった距離を離れ、クラウドが言った。
「……当たり前。手取り足取り一緒に練習したのだから。ね、エミ。では少し休憩させますので失礼します」
ユリエルは私の手を掴み、早々とこの場から離れた。その手はとても強く握られている。
舞踏会の賑わいの中から、誰も居ぬ静かなテラスへと出ると、死角になる場所に連れていかれた。
歩いていたのを止め、ユリエルがこちらに振り返り、向かい合うと同時にグイッと身体が傾いた。
と思ったら、
「……っ、!」
本日二度目のキスをされていて。強引なその口付けは少しだけ怒りの色が感じられた。
「ん、………っ、ふ、ユ、ユリエル、様っ!」
ドンっと、日々鍛えて厚くなってきた胸板を思い切り押した。
こんな所で、すぐそばには大勢の人がいる舞踏会の最中だ。誰かに見られるのではないかという恥ずかしさが込み上げてくる。
「……あー、もう、むかつくむかつく」
すると、ユリエルは自分の顔を手で覆いながらイライラしたように言葉を漏らした。
「ジッとしててって言ったじゃん」
「何、他の男と目立ってんの」
「何、楽しそうに踊ってんの」
「何、あーもう、僕をイライラさせるエミなんて、きら……」
「私なんて?」
「……嫌いじゃない」
小声で返すその姿はまるで大きな子どものようだと、思わず笑ってしまう。
ジルから子どもの時のユリエルは無だったと聞いた。ゲームでは過去の細かな描写はほぼないので私も詳しくは分からない。ずっと近くで見てきたジルにとって、喜怒哀楽を出すユリエルの事を嬉しいと話していたのだ。忘れていた子どもらしさがあったり、意外と執着心が強かったり、主の新しい発見が面白いと。
「ふふ、私も、そんな風にイライラするユリエル様嫌いではないですわ」
ユリエルはえ、と顔を上げて私を見る。
「……小さい時は父上や教育係は泣いたり怒ったりそんな僕を怒ってた。だから……」
感情を出さなくなったのね。心は置いてけぼり。それは物のように。
「でも、今の貴方は人間らしくて好きです」
子どもだけど、子どもじゃない。ユリエルの、私より大きなその手を取った。
「私ともう一度踊ってくれるのでしょう?」
「エミ……」
「あら、こんなに素敵なドレスを着た美女を断りますの?」
ユリエルが私の為にデザインから何まで一から選んでくれたのを知っている。本当はとても優しい方。
「……ドレスも綺麗だけど、君はもっと綺麗」
月明かりの下、室内から聴こえてくる音楽と共に二人きりのダンス。
いつにも増して、優しく甘く微笑むユリエルに私も微笑んだ。満たされる、と感じたのはユリエルだからかもしれない。
そんな雰囲気にユリエルがゆっくりと顔を近付けてきた。
私は目を閉じ―――ずに、
「え?」
その間抜けな声に笑う。唇とは違う感覚、ユリエルの唇には私の人差し指が。
「何で、え、だってめちゃくちゃ良い雰囲気だよ、ここでキスしない男は男じゃないね」
戸惑いながら文句を言うユリエル。
「本日、二回ですわ。しかも無理矢理」
「それは、だってエミが僕にヤキモチ焼かせるからー」
「ふふ、おあずけです」
「……僕は今すぐにキスがしたい!」
ちょっと、そんな大きな声で言わないで下さい。
今日はペースを乱されまくりだ。振り回されてばかりじゃ嫌ですもの。
「さあ、ずっと居ないと心配させますわ。行きますわよ」
笑顔でユリエルに言うと、仕方ないなと笑い返してきた。
「……でもおあずけされた分は倍返しだから」
そんな恐ろしい言葉を残して――。