幕間 ダスティンの日常
エミリア様の護衛になり数ヶ月。まさに聖女、まさに天使。そんなエミリア様の写真を見て俺の朝は始まる。
この素敵な笑みを見よ。この神聖なる写真のおかげで俺の部屋はとても綺麗だ。壁に飾られたエミリア様の写真、まるで本当に見られている感覚のよう。
「お前何やってんの」
同僚で同室のマークが声をかけてきた。
「拝んでる」
「……ところでお前今日非番だろ?こないだ知り合った娘とその友達で会うんだけど、どう?可愛い子揃えてるぜ」
「俺は遠慮しとく、エミリア様にお茶会誘われてるんだ」
エミリア様の事ならば、嵐の日だって、熱が出たって飛んでいく。
「……なあ、エミリア様の事もいいけど、少しは遊んだら?女の子と。お前モテるのに、もったいない」
そんな事言われても、俺の第一に優先順位としてエミリア様、次に一応ユリエル様だ。騎士の中でも代々王族をお守りする騎士の家に生まれ、次代の王をお守りする立場として育てられてきた。
この国で様々な事が起こり、良い方向に変わった国で、その要因である彼女に魅了されてからはエミリア様をお守りしていきたいと、そう思ったのだ。
この方はきっと、いや間違いなく王妃になられることだろう。この国の誰しもがそう思っている。
でなければあのユリエル様の手綱を誰が引っ張るのか、というくらいユリエル様をよく理解しているし飴と鞭を使い分けている。
「お前、どんな子がタイプ?今度連れてくるわ」
「エミリア様」
「……」
重症だな、と笑うマーク。
前陛下が亡くなられる少し前に反乱が起きた時、父は亡くなった。陛下も長くないだろうと父から聞かされていた俺はユリエル様をお守りするという役目を言われていた。
けれど前陛下よりも酷い暴君の様なユリエル様と変貌したこの国に、俺は何ができるのか、何がしたいのか、毎日人が殺されていく日々。
そこへ現れた光は眩しくて美しくて、そして強い。
もちろん今では王であるユリエル様に純粋に忠誠を誓っている。
エミリア様は特別だ。生涯をかけてお守りしたいと騎士の本能がいっている。
「ダス?お茶菓子お口に合わなかったでしょうか?」
「え?」
エミリア様とのお茶会、まさかのボーっとしてしまっていた。危ない危ない。今日は俺と、同じくエミリア様の護衛騎士であるウィルも一緒だ。
「いえ、すみません。とても美味しいです」
「ダスはいつもエミリア様に見とれてるからな。そんな自分も、今日もお美しいエミリア様に見とれております」
「おい」
ウィルは多少、いや結構軽い。朝帰りもよくあるし、隣に居る女性がいつの間にか変わっているし。まあ優しいし男前だが。
「くす、あ、そういえば朝方、マークにお会いしましたの。出かけるのにダスも誘ったけど断られてしまったと。ごめんなさい、折角の非番に私が誘ったばかりに」
今日はユリエル様とジル様は公務で不在。なので誘われた時は嬉しかったのだから謝られる事はない。それにエミリア様の方が先約だし先約でなくともエミリア様を取る。
「可愛い子とお知り合いになったそうで楽しそうにしておりましたわ。ダスはそういう女性はおりませんの?」
「いえ、俺は特に」
「そう、でも今度マークが紹介するって言ってましたし、楽しみですね。お話聞かせて下さいね」
……余計なことを。隣でウィルが笑いをこらえている。
お茶会をした後は馬乗りすることになった。ユリエル様が城の裏の敷地内ではエミリア様が乗ってもよいとお許しをいただいているのだ。
「ココア!」
エミリア様がココアと呼ぶ馬はエミリア様専用の馬だ。比較的大人しくて乗りやすい。もう、一人でしっかり乗れていてココアと相性もバッチリだ。楽しそうなエミリア様に顔が綻ぶ。
「可愛いなあ」
「!」
「って顔に出てる」
ウィルがニヤニヤしながら俺の顔を見て言ってくる。
「当たり前だ。エミリア様はいつも可愛い」
「でもさ、見過ぎてると理想高くなるぞ。マークも言ってだろたまには遊んでこいって」
皆してそう言う。俺は別にそんな事をしなくても充実しているし、そりゃあ確かに以前は女性と付き合ったりそういう事をしてきた。けれど今は何よりも仕事が楽しい。
「なー、エミリア様への思いは敬愛?」
「そうだけど」
「ふーん、ユリエル様とラブラブな姿見てるとどう思うわけ?」
「お似合いだと思うけど」
ユリエル様とエミリア様……とてもお似合いの二人だし互いを思い合われていて、今のユリエル様であればエミリア様は幸せになるだろうと感じているし、そんな二人を見守りたいのだ。
「じゃあ、仮に、ユリエル様がエミリア様ではなく他の女性と婚姻とする」
「それはありえない」
「だから、例えばの話だよ。それでエミリア様は寂しい一人者、もしくは他の男と一緒になるとしたら?」
「……」
そんなことなど考えたことがなくて。エミリア様の隣にはユリエル様しか想像がつかないのだ。
「叶わない絶対的な存在が居なくなったとしたら?」
ユリエル様だから認めているのは確か。けど、他の男だなんて……どこの馬の骨とも知らない奴などにくれてやるくらないなら、俺が……、
「俺の手で幸せにしたいって?」
「?!」
「……なーんてな。別に不毛な想いで苦しむことになったって自分の立場を弁えてればさ、好きでいたってさ、」
ウィルの遠い目をしながらそう言う姿に、もしかしたら不毛な叶わない恋をしているのかもしれない、と感じた。
「近いのに遠い……触れる距離なのに触れない」
ウィルは苦い顔をしながら誰かを想い自身の手を握った。俺はそんな姿に返す言葉もなくて。
「俺は……」
「?」
「下心ありまくりだ」
「は?」
ウィルがポカンと口を開けた。
「一目見た瞬間から俺はエミリア様の虜。全てが愛おしく、毎日エミリア様を観察してノートに書き綴っては、毎日ひそかに撮った写真のコレクションを眺めては、時たまに思わずその写真を見てヌいてしまっ……ゴホン。とにかく、叶わずとも不毛とも、エミリア様が笑顔でいてくれれば俺は構わない」
「……お前、やっぱりとりあえず溜めてんの街に出て発散してくれば」
「私がどうかいたしました?」
……ドキリ。
ココアと笑顔で戻ってきたエミリアはきょとんとしながらこちらを見ている。ああ、お美しい。
「エミリア様、ダスティンは危険ですから、さあ離れましょう。はい、お手をどうぞ」
ウィルは馬から降りたエミリア様の手を優雅に取った。
「おい、お前の方が危険だその手を離せ」
「あ、それ片付けといて」
「ちょ、おい」
何を思ったのかエミリア様はいつも仲良しですね、とくすくす笑いながら俺達を見ていて。でもこんな風に笑っていられる世界が続きますようにと、エミリア様の後ろ姿を見ながらそう思った。
……ああ、後ろ姿もお美しい。
*******
「初めまして。リサです」
「どう?エミリア様に少し似てない?ちなみにエミリア様は街の女の子達からも人気なんだぞ」
こそっとマークが小声で話かけてくる。……ハメられた。目の前には可愛らしい女性が微笑んでいる。確かに瞳の色や顔、雰囲気はエミリア様に似ている風ではある。
「ダスティン様も騎士だとお聞きしました。とてもお強いと」
「はあ」
「何でもユリエル陛下や聖女エミリア様の護衛をしているのだとか、立派ですね」
「はあ」
「私、エミリア様に少し似てると言われるんですの、ふふ」
確かに可愛い。品もあるし、身分も低くはなさそうな令嬢だ。
けれど……
「おい、ダスティン?」
似ていても違う。当たり前だが。それに、
「……色気と胸が足りない!」
「「は」」
そう、エミリア様は色気というフェロモンがプンプンだ。そんな色香にいつも当てられている俺は何て忍耐強いのだろう。
「…っ、信じらんないっ!この変態男!」
そんな本当の事を……いや失言をしてしまった俺に女性は怒りを露わにして、ふんっと鼻を鳴らしながら連れの女性と一緒に店から出て行ってしまった。そして残った男二名。
「……ダスティン」
「あ、悪い」
「はあー、ミランダちゃーん!くそー、おいそこの変態男今日は全部奢れよ」
マークはそう言って、酒とつまみをたくさん注文したのであった。
次の日の訓練。
「……っ、隊長、今日俺のメニュー厳しくないですか?」
「あ?あー、お前専用の特別メニューだぞ。お前は優秀だからなって」
今日の訓練はいつにも増してキツい。というか俺だけキツい。何故?
「ユリエル様直々の特別メニューだからな」
「……」
「ほら、まだまだ」
「……っうわあぁぁぁ」
が、頑張るぞ俺。見てて下さいエミリア様。貴女のためにもっと強くなってみせます。
今はまだ、いえ、この先も俺の日常は貴女なしでは考えられないのです。
「いっ、痛っ、うわぁぁぁ!」
「くくく」
「どうしました?ユリエル様」
「別に。……変態騎士が喚いてるなあって」
エミリア愛、エミリア馬鹿な騎士ダスティン。
エミリアは意外と鈍感。
ユリエルはエミリアに関することならお見通し。