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今日も貴方を振り回す  作者: chise
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幕間 ジルの日常

 幼い頃よりユリエル様のお側についていた私は3歳下のユリエル様を弟のように見守っていた。

 陛下に見初められた母親は身分が低く城での周りからの目は良くはないものであった。正妃はいるものの、子を成していなく跡継ぎがいない状況。他にも側妃がいたが女児であったり、男児が産まれても病で亡くなるなど、この国では、というか王族の男児の出生率は低いと昔からされていた。

 悪魔の呪いとさえ云われている。


 そんな中、ユリエル様が産まれた。案の定病弱気味ではあったが、貴重な王家の血をひく男児。生みの母親から離され、王子としての厳しい教育の毎日であった。

 王は息子に関心もなく、高貴でプライド高い正妃は身分の低い女に世継ぎを生まれ煮えたぎる様な思いをしていた。

 そんな孤独なユリエル様は人形のようだった。


 陛下の側近であった父から王子の話し相手にと言われたのが、私が10歳、ユリエル様7歳。

 こんなにも大人びた7歳は居るのだろうかと、あまりにも子どもらしくない王子に少し恐いとさえ思っていた。


 けれど、一緒に過ごしていくうちに、ほんの少しだけ心を開いてくれたように感じた。


 『ジル』


 いつも無表情で人形のようなのに、私が来るとかすかに表情や声色が変わったからだ。長く共に過ごし情が湧いたのか、次期王になるであろうユリエル様を支えていきたいと思い始めた。

 

 だが事態は急速に変化する。――悪い方へと。


 ユリエル15歳、王の反勢力による暗殺事件。ユリエル様もまた毒殺未遂という生死の境を彷徨ったものの一命を取りとめた。実の母も正妃も死に、陛下はその時は死を免れたが、ほどなくして持病の病で亡くなられた。

 ユリエル様を王にするには周りの反対意見が濃厚で。そんな状況で私に開きかけていた心はすっかり閉じてしまった。


 

 そして、――変わった。

 

 

 国も、ユリエル様も。悪魔に魂を売ったかのごとく、まずは亡くなった陛下の周りの者達を排除。自分に歯向かう者も排除。全てにおいて圧力をかけていく様は、まさに暴君。

 そんな私は彼に従うまま。


 ユリエル18歳。一人の少女がユリエル様の前に連れられてきた。父親の起こした事件により一家は破滅。少女はその美貌から敵対するネーヴェ王国のスパイとして駒となり利用されるために城に連れられてくる。

 何とも不運だろうか。家族は殺され、己も使い捨てで用済みとなれば始末される未来が待っている。

 16歳のとても綺麗な令嬢、普通であれば、学園に通い、恋をしたり、社交界の華とも言われそうなそんな日常を送るはずだっただろう。それが一夜にして跡形もなく消え去ったのだ。

 しかし、そんな堕ちた者を此処で何人も見てきて、またかと思ってしまうのは私の心も死んでいるのかもしれない。



 ――けれど、


 彼女の存在は思いもよらぬものとなる。


 ななめ上をを行き過ぎる彼女。

 意外と魔力も強いらしい。

 変わっていく、我が主。

 変わっていく、我が国。


 まさに、聖女がそこにいた。

 

 ――いや、儚げで綺麗な顔をした、魔女だ。



  一人の少女に救われたこの国はありえないほどの速度で変貌を遂げていくのである。


 

 ……パタン。

 ふう。


 「何してるんですか?ジル様」

 「ん?ああ、ダスティン」


 エミリア様の護衛騎士の一人である、ダスティンが覗きこんできた。

 国の復興にあたり、騎士団の再編成なども含め一からやることが多かった。ユリエル様や国に忠実であり、実力、人柄、選定するのにだいぶ疲れたのを覚えている。

 ダスティンも実力は申し分なく、何よりエミリア様の護衛に立候補したほど、エミリア様を崇拝している。むしろそれは王よりも大きい。聖女と呼ばれる由縁があるからこそ。


 「聖女の軌跡……?エミリア様のことですか?」

 「……日記みたいなものです」


 後世に残したら面白いだろうし。


 「へえー、俺も実は日記書いてるんです!」


 ダスティンがじゃんと言って目の前に差し出してきたそれは、表紙がエミリア様の写真。素敵でしょうと、私に見ても良いですよと渡してきたのでその中の数ページを見る。


 ○月✕日

 今日はエミリア様と一緒にお茶をする。護衛である俺達もだなんておこがましいとは思ったが、熱いご厚意に負けてご一緒した。お菓子を頬張る姿は幸せそうで、とても可愛らしかった。


 ○月✕日

 今日は神殿エリアを散歩をする。そこにある泉に思わず脚を浸していてとても気持ち良さそうだった。スカートを上にたくし上げたので白い綺麗な脚が露わになってとても眩しい。あぁ、スベスベなんだろうな。


 「………」


 ○月✕日

 今日は晴天。ここ数日の雨続きが嘘のように天気が良い。久しぶりの外への散歩はとても気持ち良さそうだった。爽やかな風、暖かい気温、お昼寝にはもってこいなのか、外でお昼寝を開始し始めた。とても綺麗な寝顔。規則正しい寝息。その寝顔を見ていると、キスして目覚めさせたい衝動にかられるが、ここはそっとしておこう。とりあえずひたすらジッと見て堪能していた。 



 「ダスティン……」

 「何ですか?」

 「死んでもユリエル様には見せないで下さいね」



 ダスティンと別れて、執務室で書類の仕事を片付けていく。静かだな、と平穏な日常を身にしみて、フッと笑う。



 「おい、ジルー」


 もとい、私の平穏は消え去った。


 「何ですかユリエル様」


 扉を開けて入ってきたのは、大分お変わりになられた我が主、ユリエル様。昔と違い、口数も多くなり何より表情も豊かになった。人間らしくなられて。


 「エミが何か怒ったんだけど」

 「……貴方が怒らせたのでは」


 こんな風にエミリア様のことで言いに来るのは日常茶飯事。


 「謝られては?それより書類にサインをお願いしたいのですが、」

 「あ」

 「?」


 ユリエルが窓から外を見ると何かを発見したように、声をもらした。何かと思い私もそちらへと向かう。

 すると、外にはエミリア様と護衛達が居て、

 

 ……皆で体操したり、変な運動をしている。


 「……そういえば、何故怒られたのです?」

 「え?抱き着いたらお腹まわり少し太った?って言ったらだけど」

 「……」


 きっとユリエル様は悪気はない。女性へのデリカシーというものを持ち合わせていないのだ。それをエミリア様は躾している最中だが。

 とりあえずその発言で、あの運動かなと、外で変な動きをしているエミリア様を見て思った。


 「ああっ!」

 「?」


 いきなり何事かと思えば、エミリア様の護衛のダスティンがお手をして、頭を撫で撫でされている。……何プレイか。


 「……ずるい。僕も撫で撫でしてもらいたい」


 隣の主を見ると、少し機嫌が悪くなりながらもそのプレイを羨ましそうに見ていた。

 ……目が生き生きとされている。


 「はっ」


 今度は何か。エミリア様は暑くなり汗をかいたのか、動きやすいよう着ていた簡易的な服を脱ぎ、薄着になったエミリア様は肌が露出していた。

 淑女らしからぬ令嬢のあられもない行動はもうこの城内では慣れたものだが。


 「他の男達の前で、あんな、あんな……っ、じゃあ僕お仕置きしてくるね!」


 バタンと、勢いよく部屋から出ていくユリエル様に溜息をついた。

 でもまあ、本当に人間らしく、感情も出て本当に良かったと思う。面倒くさい性格にはなったけれど。






 

 「ジル失礼するわ」


 私にはやはり平穏な時間は中々訪れない。


 「匿ってくださらない?」


 それはユリエル様から、とは聞かなくても分かる。ソファに座るとふうと息をつくエミリア様。


 「お茶出しますね」

 「いえ、お気になさらずに……書類溜まっておりますわね、手伝いましょうか?」


 机の上の山積みの書類に目を向けてそう言った。


 「いえ、大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」

 「ふふ、ユリエル様にビシッと言っておきます」

 「ええ、是非とも」


 そして彼女は手慣れたようにお茶を淹れ始めた。どうぞ、と私にも持ってきてくれたお茶の味は私好みの味にしてくれている。

 本当にできた令嬢だ。本来ならばやってもらうのが普通なのに自ら色々とやる姿はエミリア様ならでは。


 「お疲れですわね」


 ええ、貴方方のおかげで。


 「あ、そうだわ肩もんであげますわ」


 昔はお父様に肩たたき券とかプレゼントしてましたの、あ、そうだわこの国に勤労感謝の日とか作りません?とかたまに変わった事を言う彼女。


 「凝ってますわね。首や頭もマッサージしてあげますね」

 

 ……気持ち良い。

 いつもは凝りを解消する治癒魔法の治癒石の入った物を貼っていたけど、こう、人の手でやられるといっそう気持ち良い。手には治癒魔法も取り入れてるみたいだし。じんわりと温かさを感じながらほぐれていくのが分かる。


 「どうですか?気持ち良いです?」

 「ええ、とても。お上手ですね」

 「ふふ、これでもスパルタ運動部でしたの。ツボのマッサージとか身体をほぐすのは得意分野ですわ」

 「?」


 スパルタ運動部という単語は良く分からないけれど、とにかく気持ち良くて眠りそうだ。


 「……っ」

 「あ、すみません痛かったですか?」

 「いえ、大丈夫です。気持ち良いですよ」

 「それなら良かったですわ」





 ―――バンッ!




 「浮気禁止!いかがわしいこと禁止!」

 「「は?」」


 いきなり開けられた扉から黒いオーラを纏って現れたユリエル。


 

 ……………。


 

 「……肩もみだなんて、紛らわしい。エミ、僕にも!」

 「お断りいたします」

 「……じゃあ、僕がマッサージしてあげるよ。……隅々まで」

 「お断りいたします」

 

 騒がしい。二人揃うと本当に賑やかだ。その様子を見て微笑んだ。言いたい事を言うユリエル様。欲のなかった無機質な人形のような姿はまるでない。

 これから、貴方の人生が人間らしくありますように。


 「何笑ってんのジル」

 「笑ってますか?」

 「目が笑ってる」


 ふ、私の心も生き返ったのでしょうか。


 「ユリエル様?ジルに書類ばかり押し付けないで、しっかりお仕事して下さいな。……そしたらご褒美あげてもよろしいですわよ」

 「え……それは何の?」

 「夜まで秘密です」


 妖艶に微笑んだエミリア様はまるで小悪魔。可愛い悪魔に振り回される主はやる気を出していた。


 そんなお二人に振り回される私の日常。


 ――悪くはない。

凝り解消用の治癒石

現世でいう、湿布や磁気グッズなどのような物。


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