表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たまねぎ  作者: 鈴本 案
3/3

獅子身中編

『たまねぎ』三部作の第三弾。ホラー。





「奥さん、今日は玉葱が安いよ!」


 八百屋の店主が、野菜を眺めていた節子に勢い良く声をかけた。

 馴染みの八百屋へ立ち寄ってはみたものの、節子は今日の夕食の献立をまだ決めかねている。

 店内のカゴの中に入れられている玉葱の中から、良さそうな物を適当に手で取ってみた。


「今日のは品もなかなかいいですよー」


 店主の声を余所に、玉葱の品質を見定める。

 芽や根は出ていない。表面の皮に傷はなく、乾いておりツヤツヤしている。頭の部分を押してみてもへこみはしないので、腐ってもいないようだった。


「じゃあ……夕飯はハンバーグにでもしようかしら」


 主婦歴が二十年以上になる節子。彼女の中でこうしていつも通り判断が下される。

 これで今日の夕食のメニューは決まった。

 玉葱全体がしっかりとしていて固く重みがあることを基準に、他にもいくつか選んで店主に渡す。


「毎度!」


 お金を払って玉葱の入ったビニール袋を受け取ると、節子は次に肉屋へと向かった。







 帰宅した節子は早々に夕食の準備を始めていた。紺色のエプロンを身に着けてキッチンと向き合う。

 ビニール袋からミンチ肉の入ったパックと、玉葱の一つを取り出した。

 玉葱のかさかさした淡褐色の衣を手で剥いていく。眼前に姿を現したのは、白みがかった新鮮そうで綺麗な中身。

 直ぐに薄皮を剥き、まな板の上に玉葱を乗せる。

 手にした包丁で余分な上下をスパッと切り落とした。

 そして玉葱の中心を見据えてそこに包丁を縦に入れると、一気に刃を落とす。

 ザクンッ。

 音がした後、玉葱はほぼ均等に美しく両断されていた。

 玉葱を切ることによって発生した硫化アリル。それが節子の目と鼻の粘膜に容赦なく刺激を与える。

 目と鼻がムズムズして少し涙が出てきた。節子はエプロンで両目を拭う。

 涙も止まって、一息付く。

 その時だった。

 まな板の上にある玉葱を見た節子は、切った側面に小さな何かがくっ付いていることに気づいた。

 焦げ茶色で長さは五センチ程。それが長く細い身体をよじらせて玉葱の断面から這い出ようとしている。

 湿っぽく軟体的な生き物が玉葱の葉鞘ようしょうから這い出る。

 そのまま滑ってプラスチック製のまな板の上に落ちた。

 まな板の上で生き物の各部がうにうにと蠢動しゅんどうしている。

 節子からすれば、この生き物はムカデやミミズのようにも見えていた。

 奇怪な蟲が節子の方に頭部らしき部分を向ける。

 蟲が更に身体を打ち震わせた。

 すると、足のような――触手のような――黒い器官が、無数に生えてくる。それが各々繊細に働いて、不気味にも蟲の半身が持ち上がった。

 気味の悪いこの生き物には、目と言えるような部位はないようだった。

 それでも半身を持ち上げた蟲は、首をもたげて節子の方をじっと見ている。そんな印象を与えた。

 しかし次の瞬間。

 節子は包丁を降り下ろしていた。

 降り下ろされた鋭利な刃は蟲に直撃した。嫌な音を立てた瞬間真っ二つにする。

 無残にも半分になった蟲は、僅かに痙攣を繰り返していた。緑黄色の体液を垂れ流しながら。

 節子は気にもせずポケットティッシュで蟲の死骸を拭き取ると、丸めて潰してゴミ箱へ投げ捨てる。

 それからまな板と包丁を洗い流した後、玉葱の切り口をまじまじと眺めた。

 蟲が這い出してきた箇所に少しだけ穴が開いている。

 節子は玉葱を、生ゴミ用の三角コーナーに放り込んだ。

 何事もなかったかようにビニール袋から別の玉葱を取り出して、先程の手順通り再びみじん切りを始める。

 そして玉葱のみじん切りが終わると、今度はパックからミンチ肉を引きずり出した。




ここまでありがとうございます。以下は各作品の後書きです。


『地球侵略編』

本作では餓えた狼達がたまねぎを食べていますが、それは自殺と崩壊を意味します。

現実ではウサギや犬や猫など、殆どの動物がたまねぎを食べると中毒を起こし、赤血球を破壊されるので、食べさせてはいけません。




『拉致漂流編』

実は自作「バリア」は本作のテストタイプでもありました。

タマネギって脳に似てるなという所から思い付いた物語です。

タマネギの学名は「Allium cepa」で、cepaはケルト語の「頭」の意味から来たと言われているらしく、日本でも戦前は「葱頭」が和名だったとの事です。

ちなみに、僕が本作を考えた時にはそれを知りませんでした。




『獅子身中編』

色々と難産しました。苦心した分、少しでも伝われば。

特に蟲の下りは上手く書けたか解りません。気味の悪さが伝わればいいなと。僕自身は書いてる時にイメージ先行で気分が悪くなりました。

今作では人間の根源的な恐怖感と暴力性に迫りました。見える恐怖の象徴が奇怪な蟲で、見えない恐怖の象徴が人の暴力性。

恐怖の根源は目に見える物とは限らない。むしろ蟲の様な存在であれば解り易いぐらいです。

実際は目に見えずもっと身近に潜んでいて、普段の生活の中で忘れ去られてたり、見過ごされている。人間の持つ暴力性もそうです。

食事とは暴力そのもので、命を奪うという残酷さの元に成り立っている行為。

人の業、その本質を忘れずにいたい。

そしておばちゃん最恐。




僕は玉ねぎが好きという訳ではありませんが、思い付きを形にする修練として徹底的にモチーフにしました。

僕の人生で玉ねぎにこれ程スポットを当てる事は、もう二度と無いと思いますね。

たまねぎ三部作はこれにて完結です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「玉ねぎ」というワードから ホラー作品の着想を得たあたり すごいセンスを感じました [一言] Twitterから飛んできました RTありがとうございます 年末にかけてなろうラジオ大賞に向け…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ