第六章 〜精霊喰い〜
どうしてこんな事になったんだっけ?
私の目の前には後ろ脚の無いヤギが胴体を引き擦っている。
勿論そのヤギには下顎が無い。
精霊喰い。
そう。こうなったのは__
◆
シルフィーさんが来てから色々とやってみた。
まず、渋いチョコベリーをマタンゴを食べて手に入れた【下級氷魔法】で一粒ずつ凍らせてみた。
渋味のある果物などは大体冷やすか干すなどすると食べられるようになる。
今回は【下級氷魔法】を使ってみたくもあり、凍らせるという方法にしてみた。
凍らせてからジャムにでもしようか。
家の中には白く結晶化した蜂蜜がある。
湯煎すれば戻るが、透明な蜂蜜は結晶化する前にいただきたかった。
なので、砂糖代わりにそれを使用してみようかと思う。
甜菜やサトウキビなどがあれば、砂糖を作れるのだが、異世界はそんなに甘くない。
甘味だけに。
……とりあえず冷凍保存しておく。
薔薇苺の方は対策が取れないので、ひとまず放置。
あとは錆びたメスを溶かして投げナイフにしてみたりした。正直メスのまま投げナイフにしてカッコいいキャラを目指してみたが、ナイフの重心が逆のために辞めた。
今はスライムを乱獲した際に、核を大量に手に入れたので、それを使ったレシピがないか探している。
『クルスお嬢様。これではありませんか』
シルフィーさんが手にしている本のページには「変化剤」と記されている。
「変化剤」の材料には「スライムの核」とある。
「おっ。シルフィーさん流石」
変化剤か。
超的変異の先が無数にあるスライムらしい物体だ。
酸化剤ならわかるが、変化剤ってのはわからない。
とりあえずレシピの説明書きを読む。
迷ったら説明書。これ基本。
えーと。「物質Aを物質Bに近づけさせる魔剤」とある。
ふむ。わからん。
レシピの材料はスライムの核、海水、エドラ鉱石、変化させたい物質Bとある。
作り方はスライムの核とエドラ鉱石をすり潰し、海水に混ぜる。それを火にかけ、沸騰したら物質Bの破片を入れる。だけらしい。
それを物質Aにかけると性質が物質Bに寄るらしい。
生物でも無機物でも良いとか頭おかしいな。
寄せる効果はランダムなのが面倒だが、使えそうな物体だ。
これを使えば薔薇苺の味をチョコベリーぐらいにできるかもしれない。
変化剤は保存が出来ないらしく、作ったら直ぐに使用するようにと書いてあった。
きっと不安定な物質なんだろう。
まあ、雑なものが入ったら何になるかわからないからな。
「シルフィーさん。エドラ鉱石ってわかります?」
正直、異世界初心者の私に異世界特有の物がわかるはずもなくシルフィーさんに訊いてみた。
『はい。ここに来るまでに見つけた洞窟にありました』
マジか。
実体のない精霊さんが知ってるのかダメ元で訊いたけど、知ってたか。
『エドラ鉱石は魔力を溜めやすく、取り出しやすいので精霊からは評価が高い鉱石です』
エドラ鉱石の魔力を吸って一時的に存在を保てるらしい。
また碧くて綺麗らしい。
取りに行ってみるか。
「その洞窟に行くには時間かかりますか?」
夜に行動する事になるなら辞めよう。
精霊喰いは夜行性だったはず。夜間行動は危険だ。
精霊喰いは他の人達に討伐なりしてもらおう。
よくいるライトノベルの主人公みたいに自分から危険に突っ込んで女の子を助けるとか、そういうのはキャラじゃないんで。
それに精霊喰いを倒したらシルフィーさんとの契約が切れる。
それは……なんか寂しい。
良い事なんだけれど、やっと王様と話すような仰々しさからメイドとお嬢様並まできたのに。
『ここから洞窟までは四刻ほどですね』
というと、往復八時間くらいか。
今は初夏だし明るい内に帰れるっぽいね。
「明日洞窟に行きましょうか」
『……わかりました』
あぁ〜。シルフィーさんはそんなに乗り気じゃないのが伝わる。
「洞窟に着いて遅くなりそうなら、すぐに帰って日あらためをましょう」
出来るだけ危険は避けたい。
二回に分けて行けば、二回目は移動時間が短くなるかもしれない。
シルフィーさんは頷いて夕飯の支度に取り掛かった。
私は明日の準備として矢を大量に作る。
その内二本はこの前狩った一角兎のツノを鏃に使ってみた。
ツノは硬いけれど、骨が鏃の方が強そうな気がするが……まぁいいか。
後はツルハシだけれど、一本使えそうなのがある。
もしも壊れたら引き返そう。
急いでいるわけでもないのだ。
『クルスお嬢様。夕餉のお時間です』
「わかりました。今行きます」
さあ、明日は採掘だ。
◆
翌朝、装備を整えてシルフィーさんの道案内のもと、洞窟までの道のりを歩いた。
魔物の遭遇とかは予想はしていたが、まさか一角兎に狙われ続けるとは思わなかった。
一角兎の縄張りが一キロメートルぐらいで、洞窟までが十二キロメートルあるかないかぐらい。
一キロメートル進むと遭遇する感じとなった。
全部で十羽は狩った。
お肉は嬉しいのだが、正直ウザい。
ウサギというよりウザギだよ。
肉は【下級氷魔法】にて冷やしている。
洞窟に着いた時には、昼を越えていた。
もう少し早く着くと思っていたのだがな。
洞窟に着いた瞬間にわかった事がある。
「洞窟寒い。めっちゃ寒い」
夏だから厚着をしているはずもない。
夏に回転寿司食べに行ったら思った以上に店内が冷えていた感覚のようだ。
寒い。とりあえず入口付近仕留めたで色々準備せねば。
今は昼飯の準備を兼ねて一角兎の解体をしている。
毛皮はお湯をかけてノミ取りをしようかな。
そしてこれを縫って着込もうかと思っている。
こんなにも洞窟が寒いとは思わなかったよ。
近くの石を【獄炎魔法】で消し炭に変えた余熱で火をつける。
【下級氷魔法】を使って鍋に氷を入れる。
それをお湯に変えてノミ取りをする。
……うそ!私の効率悪すぎ!
お湯を作る魔法とか、水を作る魔法とか欲しい。あと馬鹿みたいなエネルギーを使わない火の魔法が欲しい。
今は湿気があるから良いが、冬にやると山火事になる。
製作者様が「私が考えたさいきょーのホムンクルス」みたいなノリで造られたために不便している。
普通のライトノベル主人公なら「やったー」って言いますけど、こちとらスローライフで異世界生物研究してる一般人ですよ。
生まれた身体を間違えた感じ。
愚痴ってても仕方ないのでノミ取りをしよう。
毛皮をお湯につけて、櫛で梳く。
うわぁ。キモーい。
いっぱい虫が浮かぶ。
やはりダニやノミのようなものが多い。
大きいダニを発見したので潰してみる。
血が出……ないな。
動きが鈍いし、膨れた腹に血が入っているかと思ったのだけれど。
こういう種類なのだろうか。
違う毛皮にもいたので潰したが、血は出ない。
スプラッター規制がかかっているのだろうか。
いや、そしたらオークや一角兎のシーンで即アウトだ。
ふと潰した時に魔力を見てみた。
魔力が一気に散っていく。
綿毛の種子を散らしたかのように、魔力が霧散していくのがわかった。
これは血液ではなく、魔力を吸っているのか。
「マダニ」ならぬ「魔ダニ」か。
マダニは最近日本でも騒ぎになった。
感染症やアレルギーで最悪死を招く恐ろしいやつだ。
今見つけた「魔ダニ」は感染症やアレルギーなどの媒体となるのだろうか。
ダニだからアレルギーはありそうだなぁ。
感染症はわからない。
異世界特有の感染症になったら打つ手なしだ。
怖いなぁ。
ホムンクルスだからどうなるかわからないけれど、刺されないように【毒生成】を使っておこう。
浮かぶ虫の脚のバタつきが一斉に無くなった。
毒耐性のある虫はいなさそうだ。
マダニなら「野兎病」とかあるから五十度以上のお湯と私から出る毒で何とかなるでしょう。
まぁ、「私から出る毒」がどんな毒なのか知りたい。
医師パラケルススは、「すべての物質は有害である。有害でない物質はなく、用量に依って毒であるか薬であるかが決まる」と言っていたし、何の物質が出ているかわからない。
今回は「殺虫」と思って【毒生成】をしたから、そういう効能の毒が出たのだろうか。
ピレスロイド系の殺虫成分とかだろうか。
そうなると、ニンニクとかに含まれる含まれるアリルプロピルジスルファイドを単体で出したり、カフェインを単体で出す事も可能かもしれない。
塩も過剰摂取したら毒だしなぁ。
あぁー。
製作者様の意図が読めたぞ。
あの人は私の精神にとって毒だから、考えないようにしよう。
そうこうしている間に全ての毛皮を洗い終わった。
乾かして、油でも塗っておこう。
『昼食の用意が出来ました』
とても有り難い。
さぁ、兎肉パーティだ。
兎肉の香草焼きや山菜と和えた兎肉などがある。
「兎肉って鶏の胸肉のササミみたいでサッパリしてますよねぇ」
『鶏の胸肉は兎みたいなんでしょうか』
あー。シルフィーさん逆に鶏の胸肉を知らなかった。
「そうなんですよ。マヨネーズがあれば、シーチキンみたいに食べられそう」
シーチキンおにぎり食べたい。
『しーちきんですか。海の鶏……魔物でしょうか?』
違うなぁ。
字面としては魔物だけど違うよ。
「マグロやカツオの油漬けとかが、鶏のササミみたいな味だからそうやって販売されているんですよ」
もしかしたら魔物に「シーチキン」がいる可能性があるなぁ。
そしたら、はごろもの人が異世界来た事あるって可能性がワンチャン……ないか。
『なら、これはホップチキンですね』
「商品化するなら良いですね」
ランドチキン……陸の鶏なら普通の鶏になってしまう。跳ねる鶏という名前は面白い。
もし癖のない油が手に入れば油漬けを作ってみても良いかもしれない。
脂はそんなに感じないが、貴重なタンパク源だ。
こんなにも一角兎と遭遇するとは思わなかった。
食べたくなったら少し遠出するのも悪くない。
なんだかんだで三羽ぐらい食べてしまった。
お腹いっぱい。
「ごちそうさまでした」
『ごちそうさまでした』
あー動きたくない。
久しぶりにこんなに食べた。
このまま眠りにつきたい。
けれど、やらねば!
二人で後片付けをして、兎の毛皮を四羽ほど使って羽織るものを作った。
シルフィーさんは人形のため、寒さ暑さは感じないようだ。
良いと思うが、熱さはわかってた方が注意するので燃えないと思うけれど。
まぁ、燃やそうとしても燃えない木で作ってあるから大丈夫か。
しかし、何の木なのか気になる。
いっぱいあるけれど、燃やせないとか、いらなさすぎる。
少しずつ使っていくしかないか。
さあ、諸君。発掘の時間だ。
洞窟の中は暗くて寒い。
入口から遠ざかっていくほどにそれは増して行く。
「見え……る」
思わずヒロインのパンチラを目撃してしまったかのように言ってしまったが、残念ながらパンチラではない。
そもそも、その場合の対象はシルフィーさんしかいないのだ。
人形のパンチラなんて見て何が――いや、これは否定できないので話題を変えよう。
そう。見えるのだ。暗闇の中を。
夜目がきくのか、赤外線なのか超音波なのかわからないが、見えている。
「見える」のだから超音波はないか。
何かのスキルが発動しているのだろう。
色々なスキルはあるものの、使いこなせていないし、全て把握していない。
スキル【夜目】だったとして、使う機会なんて殆ど無いだろう。
夜は寝るし、起きていても暗い中を活動することはない。
夜中にトイレで起きた時にしか使わないだろう。
自分のスキルを把握していないのは自分ながらにしてヤバいと思う。
けれどステータスをすぐに見る事の出来ないこの世界が悪い。
そう。私は開き直ってみせる。
『この碧い鉱石がエドラ鉱石です』
歩いていたシルフィーさんが右側の壁に向かって指を指した。
碧い鉱石と言ってもよくわからない。
暗闇の中で見えると言っても、カラーはわからないようだ。
「この眼では色はわからないようなので、テキトーに掘っていきますね」
シルフィーさんが指した辺りを掘っていく。
やべぇ。
楽しい。
あのモンスターを狩るゲームや自由度の高いクラフトゲームを思い出す。
この身体だと能力が上がっているうえに、体力の限界も見えない。
ずっと掘ってられる。
この岩に鉄鉱石が入ってて武器をつくったり、家をつくったりしたい。
あぁー。ゲームしたーい。
それほどゲーマーと言うわけではないのだけれど、ゲームはしたいよね。
とりあえず掘っているが、どこまでやろうか。
一角兎も余っているので持って帰らないといけない。
けれど籠の容量が少ない。
鉱石は重いので、そんなに持って帰れない。籠的に。
力的には大丈夫なはず。
童女だけれど、百キログラムは片手で持ち上げられる。
使っているのは筋肉ではないのだろう。
筋肉だけならマッチョ童女だ。
需要がない。
だから籠さえ壊れなければ十分運べる。
よくある主人公の「イベントリ」とか「マジックバッグ」とか欲しい。
きっと私は主人公じゃないんだろうなぁ。
主人公なら家から出て冒険して、チート使って無駄に悪党を倒すのだろう。
悪党なんて放っておけば良いのに。
あぁ、この考えが既に主人公じゃない。
私にはチートというより馬鹿力の脳筋魔法しかない。
どっちかというと魔王に近いのかもしれない。
だからといって世界征服するわけにはいかない。
しても意味がない。
領地の管理とか、絶対面倒くさいって。
なので私は野生児として生きています。
シルフィーさんは目当ての鉱石を籠に詰めている。
籠の半分が埋まりそうなので、掘るのを止めた。
なかなかの量が手に入った。
スライムの核もいっぱいあるし、変化剤がたくさん作れそうだ。
正直言ってそんなに要らないかもしれない。
まぁ、変化要因がランダムで決まるだろうから、失敗する可能性も含めて多く持っていた方が良いでしょう。
しかし、毛皮を羽織っていても一段と寒い気がする。
もう帰ったら日が落ちる頃合いなので帰る事としよう。
「そろそろ帰りましょうか」
『そうですね。帰りも一角兎を討伐していたら、危険な時間かもしれません』
縄張りがあるとして、同じ道を帰れば遭遇しない。
なんて事は無さそうだからなぁ。
討伐しても解体する余裕はないし、肉は置いて帰るしかないなぁ。
はぁ。
ドーン!バリバリ!
外から激しい音が聞こえたので、走って入口へと向かう。
最初は敵襲かと思った。
しかし、敵など存在するはずもなく、入口付近の木が割れて倒れていた。
外は土砂降りだった。しかも雷まで鳴っていた。
入口付近にあった木に雷が落ち、倒れている。
なかなかヤバい状況である。
「これは……帰れませんね」
困った。
『夜になっても精霊喰いに遭遇しなければ良いのですが』
シルフィーさん。変なフラグは立てないで欲しい。
私が討伐する流れとか嫌なんですけど。
「森は広いから大丈夫ですよ」
シルフィーさんが心配そうにしているため、慰めたら自らフラグを立てていた。
こういう場合のフラグへし折りイベントとか知りませんか?教えて偉い人。
雨で帰れないなんて、殺人事件が起こるとか意中の人とラブハプニングとか絶対イベントあるじゃないですかー。やだー。
シルフィーさんとラブハプニングが起きるだけなら歓迎しますよ。
けど、人形と抱き合って寝るというイベントはどうなの?需要あるの?
そもそも、暖はとれないよね。人形に体温ないよね。
そっちのイベントの望みは薄い。
はぁ。
とりあえず洞窟入口から雨が流れて来ないように、いらない石を置いておく。
また、土も盛って土嚢代わりしよう。
別に洞窟の方が低い訳でない。念のためだ。
もし水が入って、火さえおこせない状況になるのはマズい。
洞窟に入って水没のため出られないとか、どこかであった。
そんな事になったら魔法で洞窟壊すかもしれない。
壊す力だけはあるもんね。
脳筋か!
「すぐに止めばいいのですが」
夕立なら良いのだけれど、夕方じゃない。
『とりあえず、夕飯の支度をしておきます』
やる事がないという状況は辛い。
何かやって気を紛らわせる事は大事だ。
「お願いします。火を起こしますね」
効率無視の高燃費発火で火をつける。
雷で倒れた木を引きずって火にくべる。
あまり燃えてくれない。水分が多いのだろう。
「仕方ない。シルフィーさん。【風魔法】で【獄炎魔法】の上から風を送ってくれますか」
穴を掘り、岩や砂利で埋める。【獄炎魔法】を最小限で使用し、風で圧をかけて岩をマグマ状にする。
それの上に木を乗せて水分をとばす。
ただ【獄炎魔法】でマグマになれば良いのだが、圧力をかけないとマグマにはならない場合がある。
念のためにやってみた。
マグマと水蒸気で洞窟内が蒸し風呂のような暑さになった。
洞窟奥の冷えた風と湿気を帯びた熱気が襲う。
ずっとこのままだと体温調節が上手くいかず風邪をひきそうだ。
しかし、この方法だと木の乾燥の方が速い。
それを薪として燃やしていく。
マグマは固まり、黒い岩の窪みとなった。
木は乾燥……焦げてはいるが、薪として使えそうだ。
よし、最悪一日ぐらいなんとかなりそうだ。
シルフィーさんは、切った兎に香草を塗している。
あぁ。もう洞窟に入って三時間くらい経過しそうだ。
完全に出られなくなった。
まだ雨は降っている。
「止みそうにありませんねぇ」
『私は精霊喰いに遭遇しないか、心が病みそうです』
誰が上手いこと言えと。
このまま夕食に突入するしかない。
夕食の準備が進み、シルフィーさんと洞窟で食べる事になった。
「『いただきます』」
兎は少し時間をおいて食べた方が美味しいかもしれない。
まだ半日ぐらいしか経っていないが、美味しく感じる。
シルフィーさんの料理の腕も上がっているからかもしれない。
これから先に何かあっても大丈夫そうだ。
『どうして人間は動物を食べるのでしょうか』
黙々と食べていたが、そう呟きが聞こえた。
精霊喰いの影響か、精神的に参っていまっているのだろう。
ふむ。
「生物として考えるならば、単純に栄養素の問題ですね」
そう答えるとシルフィーさんは『聞こえていましたか』とハッとしたように答えた。
「生物としてじゃなく、私の視点から考えで良ければ他にも言えますね」
持論ですけれどね。
『お願いします』
「私は「魔物を含めた動植物」と「ヒト」また、「人工物」と「自然」という言葉に違和感があります」
違和感。普段から使われている言葉だが、抵抗に等しい違和感。
シルフィーさんはどこに当てはまるのかわからないが、今それはどうでもいい。
「私としては人間のような「ヒト」も動物の一種であり、人工物も自然の一種と思っています」
異端かもしれない。だが、これが私の考えなのだ。
「なので、その全ての命は平等なのだと思っています」
草木や動物も命は平等に一つ。
「小指ほどの草も大きな木も私も命は平等です。そんな中、動物だけを贔屓して良いものだろうかと思っています」
よく完全菜食主義者の人が、動物を殺して食べるのはやめろ。と言うのがある。
「私は動物に重きをおいているというより、植物の命を軽く見ている気がしてなりません」
同じ生命を持つのに命の重さは違うとか、それは違うと思っています。知能が高い生物の命が重く、知能が低い生物は命が軽いなんて事もない。
『しかし、植物は――』
「再生しますね」
それはよく言われていますね。
シルフィーさんの言葉を遮った事に少しばかり罪悪感をおぼえるが、私は言葉を続ける。
「動物の体には肝臓という臓器があります」
私は指で三角形をつくり、肝臓に見立てる。
「この肝臓は切っても再生します」
ラットを使った実験だと、三分の二を切っても再生したという。
「なら、人間や動物を連れて、肝臓をいただき、食らっても植物を食べる事と条件としては同じですよね」
この世界ではわからないが、一々植物に許可をとっている人はいない。
『それは……』
植物は良くて、動物はいけない意味がわからない。
また、肉食動物が食べて良くてヒトが食べていけない理由もわからない。
私は選択の自由はあると思う。
『クルスお嬢様は菜食主義者がお嫌いなのですか』
シルフィーさんは俯き加減で食べている。
少しまくし立てすぎたかな。
「私は菜食主義が嫌いなわけではありません。宗教や信仰、信念などの理由があって動物を食べないヒトは多いでしょう」
仏教なども殺生はしないように菜食主義な場合がある。
「考えた結果であるなら良いと思います」
自分が考え、自分自身で行動するなら私は尊重したい。
「けれど、菜食主義者が植物を食べる事で罪の意識が和らぐなら、逆も然り。動物の命を背負って、罪深さを受け入れていく事は大事だとおもいます」
動物として生まれたなら、命を糧としていくしかないのだ。
植物であろうと、動物であろうと。
「なのでシルフィーさんには命を軽く見るようになって欲しくありません」
概念的存在であったシルフィーさんには食べる事で命の重みを知って欲しい。
『クルスお嬢様は酷な事をしますね』
シルフィーさんに意図がちゃんと伝わっただろうか。
それはわからないが、多少なりとも私の持論はわかってくれたようだ。
自論で、暴論な持論を。
「けれど、シルフィーさんが考えて、考えて、考え抜いた結果菜食主義者になったとしたら私は喜ばしく思います」
シルフィーさんの頭が傾く。
何言ってるんだコイツ。と思われていそう。
「自分で考えた結果なら良いんですよ。他人に強要しなければ」
大体、活動家に多いのは「他人に強要する」からいけないのだ。他人の選択肢を増やすのが活動家のあるべき姿だと私は思う。
「私は「ヒトの言葉を鵜呑みにするな。自分で考えろ」と言う言葉を座右の銘としています」
『それは相手を疑ってでもでしょうか』
シルフィーさんが真剣にこちらを見ている。
「疑ってでもですね」
疑う事は悪いこととは考えていない。防衛本能であり、自分で考える事に重きを置いているから。
何も考えずにいるなんて愚者どころではない。「生きている」という事すら放棄しかねない状態だ。
「だから私としては、シルフィーさんが考えた選択を尊重します」
私は雑食動物としてバランスよく食事したいが、シルフィーさんはどう考えるだろうか。
「あくまで「私の持論」なので、後はシルフィーさんは自由に考えて下さい」
最終的には自己責任なのだ。他人に言われて信じたからと言って、相手に責任がとれるわけではない。
だから考え、納得するしかない。
「何か考えた結果が出れば言って下さい」
私の暴論・持論を論破出来る日を楽しみにしてます。
『……そうですか』
眉をひそめる事が出来ないから食べ物をジッと見ているだけだが、表情が変えられるならそうしているだろうなぁ。
よく異世界ものライトノベルで「命が軽い世界」とかあるが、やはり命の重さは平等だ。
生き死には前世からそこらじゅうにある。それを見ようとしていないだけだ。
そんあ話をしていたら外は随分暗くなっていた。
もう夜の域だ。
夏なのに暗い。
雨は上がっていた。
食事を終え、後片付けをしたがこれからどうしましょうかね。
「これから六刻交代で身体を休めましょう」
三回も交代すれば明るくなるだろう。
『私は睡眠を必要としませんので、お嬢様はお休みになられて下さい』
いやぁ、雇用主がそんな事しちゃいけませんでしょう。
ブラックになります。
「シルフィーさんも身体は休めないといけません。身体というより、精神的な休息も含めていますので」
こうなった状況は私にあるのだ。少しでも償わせて欲しい。
「私が最初に見張りをしますね」
この世界は地球じゃないからわからないが、三時間だと月の動きは四五度。それを目安とする。
天文学は専門外すぎてわからない。
月は二つあるし、どれくらい当てにできるだろうか。
◆
月が見張り開始から四五度傾いた。
「シルフィーさん交代です」
体育座りのように膝を抱えているシルフィーさんに声をかける。
人形の身体だからあれで良いのだろうか。私ならお尻痛くなってしまう。
『早いものですね』
「そうですね」
頭の中でキャンプアニメの曲を繰り返し歌っていたから直ぐだった。あの曲好きなんですよ。
「何かあったら直ぐに起こして下さい」
精霊喰らいとか出会いませんように。
「おやすみなさい」
◆
『おっ、お嬢様!!』
寝ているところをシルフィーさんに起こされた。
しかし、緊急事態な雰囲気をすぐに察して跳び起きた。
「何がありました?」
とりあえず、状況の確認だ。
『少し歩いた所にヤギの姿が……』
そういえば、精霊喰いはヤギの姿だったか。
なら、奇襲をかけて速攻で倒す。倒せないようなら退却するしかない。
魔法は効かない。武器は用意した。
「奇襲をかけましょう」
『では、こちらです』
そう言ってシルフィーさんは洞窟から歩き出した。
三分も経たないうちにズルズルと引きずる音が聞こえた。
近い。
草陰から音のする方を見る。
ヤギだ。
下顎が無く、後脚がなくなっている。そこから鉱石のようなものが光っているのが確認出来た。
実に不気味だ。
ここで冒頭に至る。
「あれが精霊喰いですか」
シルフィーさんは頷き、私は投げナイフの準備をする。
「では、私が一時的に囮となります。その間に矢を射って倒して下さい」
シルフィーさんは困惑しているようだった。私が囮になると申し出たからだ。
しかし、私の攻撃は決定打に欠ける。それを分かって何も言わずにいるのだと思う。
「もし、シルフィーさんが倒せないようなら、洞窟から引き離してから撤退するので、シルフィーさんは洞窟に戻って下さい」
素早さには自信がある。それに、ヤギは後脚がない。
「大丈夫です」
私は笑ってみせ、草陰から飛び出した。
ヤギの気を逸らす為に、一本ナイフを投げた。
投げたナイフは首元に刺さり、シルフィーさんが放った矢が胴体を刺した。
風魔法を使ったのか、矢は胴体左右から刺さった。
呆気なく精霊喰いであるヤギは前脚を折り、倒れた。
えぇー。緊張して挑んだ割には弱い。
恐る恐るヤギの近くまで行くとヤギは息絶えていた。
ヤギの下半身から見える鉱石が気になるので、メスを入れようとしたら全身が凍るように鉱石となった。
甘い香りが鉱石から立ち込める。
吸ってはいけないものかもしれないので、鼻を塞いだ。
とりあえず離れてシルフィーさんと合流しよう。
無事に倒せた事を報告しよう。
「シルフィーさん。終わりました」
想像以上に呆気なく。
これでシルフィーさんは自由だ。
良かったような寂しいような。
そう思ってシルフィーさんに駆け寄ると背中に悪寒が走った。
咄嗟にシルフィーさんを押し飛ばし、自分も一歩引いた。
その直後、草陰から魔法が飛んで来た。
シルフィーさんには当たらなかったが、私の右腕を抉った。
こういう時にヒトはスローモションに見えると聞いたが、その通りだった。
私の手首から先が血飛沫をあげて宙を舞っているのがわかった。
「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっ」
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
鼓動が速く、息が荒れるのが自分でもわかる。
魔法が飛んで来た方へ目を向けるとヒトがいた。
正確にはヒトだったもの。
下顎が無くなり、両腕が無い。
右脚も鉱石のようで殆ど機能していないのか、引きずってこちらへ向かって来る。
目は完全に正常じゃない。
精霊喰いだ。
私の右腕から血液が吹き出しているのを見て、こちらに魔法を撃ち始めた。
【魔力緩衝】で防ぐ事は出来てはいるが、こちらへ来たら魔力を吸われて確実に詰む。
嗚呼、私は今この痛みを知って理解したのだ。
ここが現実であると。
私は理解していたつもりだった。男であった俺が死んで、ホムンクルスという私となって生まれた事を。
しかし、目が覚めたら童女だなんて、分かっていても理解出来る筈もなく。
童女アバターを操作しているつもりだったのかもしれない。
だからオークとも戦えた。自分より背の高いオークに普通なら恐怖心を抱くはずだった。
運良く痛みを知らずに過ごせてきてしまった。
運の悪いことに。
痛みはいつも現実へと引き戻す。
現実がここだと痛みが証明する。
痛みに耐えながら防御していると、シルフィーさんの矢が精霊喰いに向かって行くのが見えた。
しかし、魔法によって撃ち落とされて行く。
矢の本数も少ない。
私も投げナイフを投げて応戦するが、弾かれてしまう。
ふと、自分の失った腕を見た。
これは……最悪だ。
気持ち悪い。
吐きそうだ。
別に傷口がグロテスクだからとかじゃない。
そんな事ならどんなに良かったか。
それなら自分で生物をメスで切って解剖なんて出来ない。
そうじゃない。
私の腕が急速に再生しているのだ。
現代科学で欠損部位を再生する医療がある事は知っている。
IPS細胞などでの再生医療などが発展している事は喜ばしく思う。
だが、それでもこの再生力は有り得ない。
噴き出した血液が骨を作り、神経を作り、筋肉を作っている。
気持ちが悪い。
気味が悪い。
意味がわからない。
血中のカルシウムが骨を作っているだとか、そんな科学的な事を全く無視しているようだ。
「これが【超再生】か。人間ではないなぁ」
スキルにあったが、実際見たら気持ちが悪い。
これが異世界か。
今は右手首の屈筋支帯が完成し、中手骨が再生されている。
このままじゃダメだ。
相手はどんどんと近付いて来ている。
このままじゃダメだ。
考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考え倒せ。
全て一から考え直すんだ。
精霊喰いは「呪い」のようなもので、素の生物が魔力の高い精霊と鉱石を食べた時になると言っていた。
しかも、食べていくにつれ、四肢が落ち、不自由になると。
呪い。呪い。まずは呪いを否定しよう。
元々生き物なのだ。個体で「自殺」ならあり得るが、種での自殺行為は珍しい。
いや、取り込んでから「自殺行為をさせる」ヤツならいるじゃないか。それにヤギは甘い香りを放っていた。
地球にそうやって生きていく生物がいる。
呪いなんかじゃない。
生物をゾンビのようにしてしまうやつがいる。
「シルフィーさんは離れて下さい」
『!?それじゃあ、私はお嬢様を見殺しにする事になります。それは嫌です』
シルフィーさんは私が諦めたのかと勘違いしているようだ。
確かにこの状況でならそう思っても仕方がない。
「大丈夫です。今だけ私を信じて下さい」
これは私が逆転するチャンスのため。
「今から【獄炎魔法】を使います。出来れば、炎を周りに散らさないようにお願いします」
精霊喰い相手に魔法は効かない。それは吸収されてしまうから。
しかし、私は攻撃ではなく、喰らわせるのだ。
魔力を。
【獄炎魔法】に本来使用すべき魔力を注ぎ込む。
いつもなら手加減しているので、百分の一程度しか魔力を入れない。
本来あるべき姿の【獄炎魔法】を精霊喰いに向かって放った。
シルフィーさんは黒い火の粉が森へ飛び火しないようにしてくれている。
流石は風の精霊。
精霊喰いは【獄炎魔法】を喰っている。
完全にダメージは通っていない。
しかし、精霊喰いに変化が現れた。
鉱石化していた脚が完全に鉱石となって、地面に落ちた。
また、まだ残っていた脚も鉱石化していく。
魔力を吸収しているからだ。
高魔法を喰って、精霊を喰った時と同じ状況にしている。
本来ならこんな事は出来ない。
私という高魔力の持ち主だから出来る事。
しかし、それで良い。
私の精霊喰いレポートとしては、「精霊喰いは寄生生物である」だ。
「生物」かどうかは定かではない。ウィルスのようにプログラムされたものかもしれない。
しかし、寄生虫と同じと感覚とみて良いはずだ。
鉱石と精霊が合わさって寄生虫のようになるのか、鉱石だけでそうなるかは分からない。
これを「寄生鉱石」と言うべきか。
地球には「リベロイア」という寄生虫がいる。
そいつは一度巻貝に寄生してからオタマジャクシに寄生する。
オタマジャクシの脚の付け根に潜り込んで、成長してカエルになる過程で異変を起こす。
カエルの脚を増やしたり、生え揃わなくしたりするのだ。
そしてそのカエルを鳥に捕食されやすくする。
このカエルは寄生虫からしたら中間宿主となる。
中間宿主は食べられたりしやすいように寄生虫に変化させられてしまう。
精霊喰いも生物を中間宿主と見ているはずだ。
四肢を落とすなんて行動する生物としておかしい。
それに、シルフィーさんのような精霊に嗅覚があるかわからないが、鉱石と化した精霊喰いは甘い香りを発した。
これはまた寄生サイクルを保つためだと思う。
どこがこの「寄生鉱石」の「終宿主」かは分からない。
鉱石に雄雌があるのかすらわからないからだ。
しかし私が考えるに、「魔力を十分確保する」か「別の生物に捕食される」かのどっちかが成立されれば良いのだと思う。
魔力が手に入れば動けなくなり、捕食されれば他の移動手段を手に入れられるからだ。
今私は前者の方法を試している。
精霊喰いの眼や脚が鉱石となって落ち、動かなくなっていった。
もう大丈夫だろうか。
私は魔法を止めて精霊喰いのアクションを見る。
いつでも【魔力緩衝】は使用出来るようにしておく。
精霊喰いの頭が落ち、完全に動かなくなった。
『お嬢様は魔法で倒したのでしょうか』
側から見たら魔法で倒したように見えるが、相手の目的を達成したに過ぎない。
この後何が起こるかは全く予想出来ない。
すると、精霊喰いは液状化し、地面に潜っていった。
ヤギの精霊喰いだったものを巻き込んで。
魔力がある相手だから【魔眼】で追跡が出来る。
地面の奥底に魔力の河のようなものを作って進んでゆく。
終宿主はこの星なのだろうか。
そしたらスケールが大きすぎるのだが。
とりあえず終わった。
右腕を見てみると爪まで再生していた。
「やった」
ドッと疲れが出た。
『倒したのでしょうか?』
シルフィーさんは心配そうにしている。
「もう大丈夫そうです」
相手の目的は達成した。
もう「喰う」必要は無いのだろう。
これ以上ワサワサと出て来るなら歌うしかない「消してぇぇぇぇ書き直ししてぇぇぇぇぇぇ」って。
あのオープニングは体術で捌いていたけれど、私は屁っ放り腰になりそうです。
さてと――
「シルフィーさん。あそこで信じてくれてありがとうございます」
『あれは……自分で考えた結果です』
自分で考えた結果。
「ヒトの言葉を鵜呑みにするな」と言った後に「信じろ」なんて、私もテキトーすぎるな。
それでもシルフィーさんが考えた結果が「私を信じる」となったのだから良かった。
「それにしても、シルフィーさんが信じてくれるとは」
それをシルフィーさんが聞いて、ビクッとした。
『どういう事でしょうか』
そこまで言われたら説明しなきゃいけないか。
説明というよりも証明に近いかもしれない。
「シルフィーさんは私を精霊喰いを裏で操っている何かだと疑っていた」
まぁ普通に考えて、可笑しいのだ。
精霊喰いに追われて、安全な結界に入ったら家があり、無害そうな童女がいる。
あまりにも出来過ぎている。
罠である可能性の方が高い。
「そう思ってシルフィーさんはあえて雇用契約を結んだ」
その契約で精霊喰い関係であるボロを出せば契約取り止め、ボロを出さなければ監視が出来ると見込んだ。
『本来契約時に命のやり取り、つまり護衛や反旗を翻す事柄を契約内容に取り入れる事が普通です』
それを私はしなかった。
普通に現代で暮らしていた感覚では、そんな命の張った契約などしない。
『契約内容がとてもフワフワした内容でした』
「ゔっ」
それは仕方ないじゃん。契約が久しぶりだったし。
「なので様子見になったと」
しかし、精霊喰いに関わるどころか、精霊喰いを避けさえしていた。
『しかし、一緒にいればいるほど、無関係なのが見えてきました』
まぁ、実際無関係でしたので。
『そして、精霊喰いの魔法から救っていただいた時にほぼ違うと分かったのです』
「ほぼ、かぁ」
可能性はゼロまでいかなかった。
信用されてなかったのはわかっていたけれど、ショックですよ。
『クルスお嬢様が精霊喰いと戦っていた時に逃げれば……見捨てれば、私は無傷で何も見なかった事に出来たでしょう』
「けれども、しなかった」
それは、情か良心か何かはわからない。
けれども逃げなかった。
『あの時「今は信じて」と仰いました。その言葉で私の心情が見透かされている気がしたのです』
それは買い被りですね。
ただ、疑われている事に気づいていただけです。
『そして、私は私自身を信じました』
他人を信用するには自分を信用しなければならない。
その一歩を彼女はしたのだ。
「それで良いと思います」
相手に全て委ねるより、自分にも責任が負える。
『そこで私は全てにおいて、お嬢様には敵わないと思った結論でございます』
結論が早い気もする。
私に出来なくて、シルフィーさんに出来る事は沢山あるはずだ。
まぁ、これで契約も切れたし、シルフィーさんは色々学んでゆけると思う。
『そこで、私は【契約魔法】で契約更新をお願いしたいのですが、宜しいでしょうか』
「え、あ、はい」
驚愕。
私キョドりすぎだわ。
私のコミュ障さが思わず出てしまった。
「シルフィーさんが考えた結果ならば受け入れます。こちらとしては有り難い話ですし」
変に口元が緩んでいないだろうか。
目が潤んでいたりしていないだろうか。
バレていませんように。
『では、始めます』
金色のブレスレットが文字へと変わり、【契約魔法】の契約書となった。
契約終了条件の安全確保が消された。
『汝は我を従者として受け入れるか』
「へ?」
従者?付き従う者の「従者」?
「え〜と、従者としては受け入れたくは無いのですが」
やんわりとお断りしよう。
すると、シルフィーさんは「やれやれだぜ」みたいに首を振る。
いや、アンタそんなキャラじゃないでしょ。
変なキャラ設定増やさないで欲しい。
『汝は我を従者として受け入れるか』
えぇ……。これはあれですか。昔のRPGの「はい」を選択しないと進めないヤツ。
くそぅ。こちらが【契約魔法】を使えないのを良いことに。
「シルフィーさん性格悪いわぁ」
そう呟いたら睨まれた。眉が動かせないからジト目で。
「わかりました。受け入れます」
私としては自由にやって欲しいものだけれど、シルフィーさんはそうは思っていないようだ。
はぁ。
『では、主から名を授かる。我の名を決めよ』
名前?
これは後から聞いた事なのだが、「シルフィー」は「風の精霊」の別称であるらしい。
つまり、個体名ではないのだ。
これはあれか。「サー」の称号を与える。みたいな事か。
それにしても名前?
私はポケットに入るモンスターゲームも個体名付けない派よ。
どうしよう。
シルフィーさんの魔糸で作った髪が風で靡く。
「シルキー」
シルクのような髪から、そう口に出してしまった。
『承知した』
えっ。まって。シルキーって言ってしまったけれど、そういう精霊いなかった?
い、いいの?
確か、「シルキー」は家の手伝いをしてくれる精霊で――合ってるけれども。
シルフィーさんには家の手伝いをして欲しいけれども。遭遇していないキャラと被ってしまうかもしれないのよ。
なんだか不安になって来た。
『それでは、これで主従契約を結ぶ』
「えっ?」
主従契約は奴隷とかで使うんじゃなかったっけ?
いきなりそんな事は嫌よ。
そう思っている間にも文字は手首に巻きつき、ブレスレットのようになった。
「シ〜ル〜フィ〜さ〜ん〜」
おこ。私は怒っている。おこている。
シルフィーさん元いシルキーさんは私の説教を素直に受け入れた。
言い訳として主従契約は本来こういう時に使うらしい。
奴隷は主従契約の上位「奴隷契約」があるらしい。
「びっくりしましたよ。まったく」
『すみません。あれを話した時はまだ疑っていたもので』
確かにそうかもしれないけれど、【契約魔法】を発動する前に言って欲しい。
従者かぁ。こういうのって主人公がいてこそな気がしますけれどねぇ。
貴族とかなら当たり前の感覚なのだろうか。
平民出身の私にはわかりかねますわ。
けれども、これで平穏な生活が手に入った。
そうこうしている内に陽が登って来た。
夏は日の出が早いなぁ。
「では、帰りましょうか」
『そうですね』
精霊喰いが残して行った鉱石の欠片や洞窟の中に置いてきた荷物を回収して帰路についた。
「ねむい」
色々な疲れもあって自然と欠伸が出る。
帰ったら昼寝しよう。
こんな日は無駄にダラダラした一日を過ごしても良いだろう。