第十八章~グレイブマンティス~
「毎度おおきに」
パーディンがティマイオスの街から帰ってきた。
領主と冒険者ギルドから、パーディン伝手で改めて感謝の言葉と金品をいただいた。
効果が薄くともポーションが回るようになり、「錬金術ギルドでは買わない」という選択肢が増えた。
高くて質の悪い物を買わない選択肢があるなら、それに越したことはない。
そして錬金術ギルドに関しては様々な疑いがかけられ、捜査中らしい。
原因が貴族の圧力であるなら板挟みとなった錬金術ギルドは白状するしかないだろう。
そうでなければギルド解散となるしかない。
しかも責任者には国家叛逆の罪に問われる。罪が重いだろう。
ならば白状してしまった方が罪が軽くなるかもしれない。
『意外と早く帰ってきたのですね』
帰ってくるにはもっとかかると思っていたが、私達が帰ってから五日ほどしか経っていない。
「まぁ、優秀な部下がおるからな」
面倒事は優秀な部下に押し付けたのだろう。
それに陸路より海を渡れば短縮出来るらしいから、それでだろう。
優雅に陸路で帰る必要もない。
今では揃って優雅にお茶を飲んでいる。
「濃かったわぁ」
『お茶の感想でしたら潰しますが』
「違う違う、豊穣祭がや。潰すって何やねん。怖いわ」
確かに濃ゆい一週間だった。
「ってかお嬢達は街に着くまで色々ありすぎやろ」
言われてみればそうだ。
ワームやらトレントやらゴブリンやら盗賊やら色々ありすぎた。
「家でのんびりすごすのが性に合ってますよ」
どちらかというと「さぁ、冒険だ!」みたいなものより家にいたい派だ。
「お嬢も冒険者やけどな」
依頼は何回かこなしたが、まだ最低位階だ。半年に一回街へ行けば登録を取り消される事は無いだろう。
それに、保険として白粉とワインの取引がある。
「定期的に街に行く程度の冒険者ですけどね」
冒険らしい事はあまりしていない。猫が近所を彷徨く程度だ。
「パーディンさんはこれから帰りですか?」
一回帰ってから来たというわけでは無さそうだ。
「せや。これから帰って父上――海域長に報告せなアカン」
村との取引内容や街との出来事、盗賊の件諸々報告するらしい。
盗賊の件は領主に引き継がせるので問題は無いだろうが、甜菜の件は色々やらねばならないという。
「そうだ。甜菜からつくった砂糖ありますけど試食しますか?」
持って帰って来た分だと瓶一つ分しかならなかったので、試食用と日常の料理に少し加えるだけだ。
遠心分離はシルキーさんが風を使って出来た。
風を操るとかエネルギーとして一番使い勝手が良くて最高だと思う。
「おぉ!ちゃんと甘いな」
パーディンは小さく掬って甘さを確かめる。
「砂糖ですからね」
『一杯までです』
もう一匙、と手を伸ばすパーディンはシルキーさんに叱られていた。
「これが定期的に手に入るなら凄いわ」
街では砂糖よりも蜂蜜の方が多かったので、砂糖が出回るのは良い事だ。
蜂蜜は味にコクを出したり、照りを出すのには良いが、使いにくさもある。
蜂蜜は花によって味が変わるので、料理などで使うとなると一定の味を出すのが難しくなる。
しかも蜂蜜だと味が付くので、それが邪魔になる場合がある。
やはり、砂糖は砂糖で必要なのだ。
スキルの【錬金術】があるので、やろうと思えば芋などの炭水化物をアミラーゼで分解し、糖にして抽出する事も出来る。
ただ、その糖が欲しいかと言われたら普通に砂糖が欲しいわけで。
その糖を使うならば酒にするが、酒にしたところで私は飲まないので、売るかあげるしか無いのだ。
ブドウ糖やオリゴ糖より料理で使い勝手の良い砂糖が欲しい。
遠心分離機は自転車漕ぎでやる簡易的なものをパーディンに渡してある。
ほぼ木製だから壊れやすいだろうが、構造は簡単なので直すのも楽だろう。
遠心分離機で甜菜糖と上白糖に分けられるので半分ずつ貰うつもりだ。
甜菜の葉などは飼料になるが……今あの国にはそちらが必要だろう。
復興にはまだかかるだろうが、パーディンとの取引によって利益は出るはず。
そこらは追々話す事にだろう。
あの国は「助けられた」と思っているかもしれないのだけれど、私が竜人をただ気に入らなかっただけの話だ。
悪く言うならば、支援型侵略と言えよう。
勇者様も好いてはいないが、同郷のよしみということだ。
「その内パーディンさんの所にも甜菜糖が行き渡るかもしれませんね」
寒天で固めるなら液体の甜菜糖の方が良いかもしれない。
「お嬢の言う通りになれば色んな取引条件に使えるんやけどな」
甘味は世界を救うか、はたまた混乱を招くか。
「そうだ。これをオーピスさんに渡して下さい」
蛸の魚人であり、私達を監視……見守ってくれたオーピスさん。
聞くところによると綺麗な物を収集する癖があるとか。
蛸だからだろうか。
蛸も食べた貝殻を一箇所にまとめたりする。
小指ほどの真っ黒な魔力鉱石をパーディンに渡す。
「これはお嬢の魔力鉱石やろ」
私の魔力で真っ黒になった魔力鉱石。
普通はこうにはならないらしい。
「けど、これはただの魔力鉱石じゃないんですよ」
「お嬢の魔力鉱石の時点で“ただの”魔力鉱石ちゃうやろ」
その通りなのだが、そうじゃない。
「実験に失敗して出来た物でして、魔力を一切通さないんですよ」
魔力鉱石は砕いたら魔力が溜まらず、漏れ出てしまう。
なら小さくするにはどうしたら良いのかと考え、魔力の膜を表面に張る事にしてみた。
結果は割った魔力鉱石でも内側の魔力が漏れ出る事は無くなった。
しかし、内側の魔力を使う事すら出来ず、ただ魔力を全く通さない鉱石となった。
「今は使い道が無いので、この前のお礼として渡して下さい」
「ほーん。わかったわ」
パーディンは珍しそうに魔力鉱石を光に当てて見ている。
これが「綺麗か」と言われたらわからないが、レア素材だと思う。
私が作ったものだから世界に一つしかないはずだ。
何に使えるかはまだわからないのだけれど。
まぁ、収集癖は「使えるかどうか」なんて気にしないものか。
監視としての役目を途中で放棄させてしまったお詫びだ。
「せや、部下から聞いたがテーブルにあった瓶詰め……あれは何や?」
頭の中の小人を働かせて何の事かを思い出す。
「盗賊ン所のテーブルに置いたんはお嬢やろ」
パーディンが私が思い出そうと頭を捻っているのを見て詳しく話した。
「嗚呼、アレですか」
盗賊の再発防止だ。
「アレは呪いですよ」
呪い。と言ってみたが、本当はそんな大したものじゃない。
パーディンは呪いと聞いて嫌な顔をした。
この世界に呪いはある。
バジリスクの石化も呪いの一種だ。
だが、私の言った呪いはそういう事じゃない。
「部下が瓶の蓋を開けたらあらぬ方向に曲げられた指が入ってたとか……そいつは中身見て吐いたらしいで」
「可哀想に」
パーディンがジト目で見て来るが気にしない。
実際帰りにパーディンの部下と会ったが、何も言われなかった。
私の事を怖がっている人魚も多いらしいので、そのせいかもしれない。
「アレは盗賊の指で、呪いの指を集めたわけじゃないですよ。これから罪を犯さないように指を一本切り落としたんですよ。私の作った檻から逃げ出して皆に迷惑がかかるのも嫌ですから」
「まぁ、ご丁寧に死体以外は指が切り落とされてたらしいわな。んで、ジャムみたいに何かの実と一緒になってたんは?」
ヨウシュヤマゴボウをワインに入れる時、すり潰す為に使った瓶だ。
余ったそれに指を入れていったのだ。
まぁ、狙いはそれだけじゃない。
「ヒトは簡単にトラウマが蘇るものですよ。例えば、季節、気温、色、音、味、匂いなんかで。だからヨウシュヤマゴボウの匂いや色でトラウマのスイッチを植え付けたわけです」
本当なら高音などがやりやすい。
ヨウシュヤマゴボウがキツい匂いを放てば良かったのだが、色がキツいのでそれをトラウマスイッチとした。
シルキーさんに鍋でも叩きながら指を折って切り落とすとかすれば良かったが、盗賊が鉱山送りにでもなったら使い物にならない事を危惧してそれをしなかった。
「何かあったらヨウシュヤマゴボウを目の前ですり潰せばトラウマが再発すると思いますよ」
「エグすぎやろ」
パーディンがちょっと引き気味だが、私はスルーする。
「尋問にも使えるでしょうし、色々使える呪いですよ」
「それが呪いってわけやな」
深い呪いの副産物が瓶詰めだ。
外に置いておくと効果は薄れるし、怖がるだけだったのでテーブルに置きっぱなしだったのだ。
「あー、わかったわ。気分が悪くなって来たから帰るわ。最後に……指じゃなくても良かったんやないか?」
「目玉とかでも良かったのですが、使う時があったら駄目だと思ったわけで」
パーディンは溜息を吐いて「使う……ねぇ」と独り言を呟いた。
「お嬢、人の心とかないんか」
「ちゃんとありますよ。ちゃんとルールに則っているつもりです。それに私は一般人ですよ」
良心を誰かが持っていってしまったわけじゃない。
「お嬢が一般人なら冥界の方がマシやな」
私は笑っていたが、パーディンはシルキーさんに殴られていた。
畑の入り口まで来たので「送りましょうか?」と声をかけたが、パーディンは首を横に振って去って行った。
パーディンが帰った後、私とシルキーさんは少し散歩をする事にした。
「旅の始末もやっと終わりましたね」
『そうですね。旅から帰って来るというのは色々大変なんですね』
溜まった洗濯物を干したり、買ったものを整理したりと忙しい。
友達などいればお土産を分けたりするのだろうが、今回はそれが無いので楽だ。
『今日はロックボアの干し肉と果物の余りを使いますね』
「そうして下さると助かります」
消費期限がわからないので、生物など腐りそうな物や購入日や作成日が古いものから処理していく。
スキル【毒無効】があれど、流石に腐った物は食べたくない。
歩いていると、ある野菜が目の端に映った。
「あ、セロリ」
セロリ。ヨーロッパ原産のセリ科の植物。
オランダミツバとも呼ばれる。
セロリだが、英名のセルリーからの外来語で、語源の意味はパセリ。
殺伐としたカニの画像にウニ!TAKO!と書かれている!そんな気持ちになる。
まぁ、同じセリ科の植物なので許そうじゃあないか。
『食べられる物でしょうか』
「食べられるけど……好き嫌いの分かれる野菜ですね」
前世の職場では「知り合いの農家さんからセロリ貰ったけどいる?」と言われた時に皆「セロリかぁ」と言って断っていた。
私は貰って食べていたが、嫌いな人は多い。
茎を折って水で洗い、シルキーさんに渡す。
私も同じものを口に入れる。
「セロリだなぁ」
当たり前の感想しか出なかった。
品種改良などされていないようなので、鼻に抜ける爽やかさや、クセの感じが少し違うが、セロリだった。
『シャキシャキしてて瑞々しいですね。あ、独特ですね。あ、癖のある感じがします』
シルキーさんは飲み込んでから味がわかるので、感想がめちゃくちゃだ。
しかし言いたい事はわかる。
シルキーさんが苦手とする物を食べたら、飲みこんだ後に味が分かるので地獄だろう。
「シルキーさんとしてはどうです?苦手ですか?」
シルキーさんは少し悩んだ後に首を横に振った。
『最初は吃驚しましたが、香草のようなものと考えたら平気です』
まぁ、セリ科なのでハーブと言えばハーブなのだろうか。
「スープに入れたりすると良いので持って帰りましょうか」
シルキーさんが食べられるなら持って帰ってみよう。
『お嬢様、これは何でしょうか』
シルキーさんがセロリの隣にある樹を指さした。
樹には赤い実がなっている。
実を割ってみるとピーナッツバターの香りがした。
「いや、えー。ピーナッツバターフルーツ?」
ピーナッツバターフルーツはブラジルやベネズエラなどの暖かい場所に生息する木である。
「ここは暖かくは無いだろうに」
『バターが取れる木でしょうか』
シルキーさんは私の手元をジッと見ている。食べられるようなら食べたいのだろう。
「ピーナッツというマメ亜科ラッカセイ属の植物のナッツを乾燥し、炒ってペースト状にしたものをピーナッツバターと言うんですよ。
それに似た香りがするフルーツだからピーナッツバターフルーツなのですが……」
見た目も香りもピーナッツバターフルーツ。
しかし、中身が違った。
「種が大きい」
アボカドを連想するか、それ以上に大きい。
果肉が薄い。
「ピーナッツバターフルーツってもう少し果肉を食べられる気がしたのですが……」
少し掬って食べてみる。
「思ったほどピーナッツバターしてませんね」
毒も無いのでシルキーさんに渡して食べてもらう。
『味はまろやかですが、バターと言われたら違う気がします』
不味くは無いが、どちらかと言えばマンゴーに近い。
「私の知っているピーナッツバターフルーツじゃありませんね」
どこからピーナッツバターのような香りが出ているのだろうか。
皮は薄く、関係ない。果実もピーナッツバターのような香りはするが、薄い。種に鼻を近づけるとピーナッツバターの匂いがした。
大きな種を割ってみるとペースト状のものがある。
掬ってみるとピーナッツバターのようだ。
ペロっ。これは青酸カリ!……なわけが無く、ピーナッツバターだ。
「いや、ピーナッツバターフルーツからピーナッツバターは取れんてッ!!」
思わずツッコんでしまった。
『そういうものなのでしょうか』
「そういうものなんです」
レンズ豆とレンズのようだ。
レンズ豆はレンズの語源であるが、逆だと勘違いしている人もいる。
ピーナッツバターの匂いがするからピーナッツバターフルーツなのだけれど、これじゃあ、このピーナッツバターの木がピーナッツバターの語源になってしまう。
私としては逆なのだが、異世界なのでそんな常識は通用しないのだろう。
ピーナッツはナッツだから栄養価は高いし油分もある。
だから種の中身としてはわかる。非常にわかる。
だが、ペースト状なのがわからんのだ。
「どういう仕組みだろうか」
栄養価だけの役割なのだろうか。
育てたらちゃんと芽が出るのだろうか。不思議だ。
このピーナッツバター部分は胚乳の一部とみて良いのだろうか。固形胚乳と液状胚乳なら……これは固形とみて良いのか。
「しかし、この種の大きさで、ここに一本だけとなるとこの実を食べる……丸呑みする生き物でもいるのですかね」
鳥のように空を飛んでいるものの糞がここに落ちたという可能性がある。
果肉が付いたものより、果肉が剝ぎ取られた方が発芽しやすいとも言われるので、糞からの発芽の可能性が高そうだ。
風亜竜もあの大きさだから可能だろう。
鳥のような空を飛ぶ動物じゃない可能性もあるが、植物の見た目が南国系なのだ。
それに見かけない植物なので、近くに無いと推測する。
空を飛ぶ動物か魔物だろう。
異世界なのだから色々いそうである。
ただ見た目的には熱帯植物な気がするのでここで育つには難しそうだ。
どういうわけか、たまたま育ったのだろう。
『お嬢様、持って帰りましょう』
シルキーさんの鋼の意志によって、いくつか実を持ち帰る事にした。
「芽が出るとは限りませんよ」
『大丈夫です』
何が大丈夫なのかわからないが、良いのだろう。
ただ散歩していただけなのだけれど、中々収穫があった。
グルリと回って帰路につこうかと思っていたら目の前に異様なものが現れた。
『これはグレイブマンティスの卵ですね』
木には大きな卵鞘。カマキリの卵だ。
大きさは私の背丈ぐらいある。
百二十センチメートルぐらいあるだろうか。
デケェ。と思わず口に出してしまいそうだ。
卵鞘から少し歩いた所に死骸の残骸があった。
「これは、オスが食べられたんですね」
カマキリ類では、同じ種類でも体の小さいオスが体の大きいメスに共食いされてしまう場合がある。
よく「交尾した後に食べられる」と言われるが、交尾前にも食べられる可能性がある。
卵鞘があったから交尾後に食べられたのだろうか。
悲しきオスの運命。
捕食される可能性は約二十パーセントほど。五回に一回は捕食される。
『何でオスを食べるのですか?』
シルキーさんは散らばった残骸を手に取った。
「多分、捕食出来る動物や昆虫が少なくなっているからですね」
雌雄一緒の環境下でいると食べられやすくなるとされている。また、食べ物が少ないと捕食するとも言われる。
日本のカマキリは自然環境下では捕食されにくいが、上記の環境下で起こり得る。
この大きさの昆虫がいたら捕食対象も大きめだろう。
この前捕まえたカピバラみたいな齧歯目を食べているかもしれない。
大型肉食昆虫だ。
グレイブマンティスの残骸や卵鞘から背丈は少し私より大きいぐらい。長さは軽トラックぐらいはあるだろう。
鎌は大きく硬いので武器になるだろうが、カマキリの鎌なので下手なノコギリのような使い道しかない。
カマキリは鎌で切りつけて攻撃するわけじゃない。
ギザギザの激しい脛節と脛節より太い腿節で挟んで捕食する。
ギザギザは捕食しやすいようにあるだけで刃物のようにはなっていない。
鎌で切るより挟む虫だ。しかしハサミムシではない。
『まだ近くにいるかもしれません。慎重にいきましょう』
シルキーさんが前を歩く形となる。
まぁ、これじゃ後ろから襲われたら駄目なのだけれど。
『グレイブマンティスの卵は食べられないのでしょうか』
ふと、シルキーさんが呟いた。
「うーん。あれは卵の集合体みたいなものですから、あのまま食べるわけにはいきませんね」
ゴキブリの卵もそうだが、あれから一匹産まれるわけではない。
『そうなのですね』
「あのフワフワしたものの中に小さな卵がいっぱい入っているんですよ」
だからゴキブリは「一匹いたら二十匹はいると思え」と言われる。
『じゃあ産まれる時は小さなグレイブマンティスがいっぱい出てくると』
そうなるわけだが、「小さなグレイブマンティス」って大きいのか小さいのかがわからない。
私の背丈よりは小さいだろうが、手乗りサイズでは無いだろう。
小型から中型犬ぐらいはありそうだ。
「虫の卵を食べる人もいますが……孵化した虫を食べる人の方が多いイメージですね」
『そうなのですね』
虫の卵なんて小さな物を処理する方が大変だろう。コストに見合わない。
まだ魚卵の方が処理は楽だ。
『では、まだグレイブマンティスの方が食べられるのですね』
「そうですね……いや、カマキリを食べるのは止めましょう」
言っている途中で気が付いた。
カマキリの腹の中にヤツがいる可能性がある事を。
『何かあるのでしょうか』
「カマキリの腹にはハリガネムシという寄生虫がいる可能性があります」
ハリガネムシ目に属する生物の総称である。
『ハリガネムシですか』
「もしかしたらこの世界じゃ“何とかワーム”と呼ばれているかもしれませんね」
そう言った瞬間にシルキーさんの行動が止まった。
『それは……必ずいるのでしょうか』
心なしか声が強張っているようだ。
「絶対いるわけじゃありませんよ。ただ、確率は高いですね。七割以上でしょうか」
もっと高いとも言われている。
ただ、それほどまで環境循環の中に組み込まれているという事なのだろう。
「まぁ、カマキリが捕食する獲物にもよりますね」
竈馬や蜉蝣などのハリガネムシが寄生する獲物をカマキリが捕食するかによる。
『グレイブマンティスは鳥や昆虫、鼠など何でも食べると言います』
元が肉食だからそれは合っていよう。
しかし、大きさ故にそれじゃ満足しないだろう。角兎を食らっても満足出来るかどうかだ。
「例えば大きなカマドウマやコオロギ型の魔物はいますか?」
シルキーさんは恐る恐る頷いた。
『もしかして……中に?』
「いるかもしれませんね」
ただ、そのバッタ目の生き物の大きさがあるとすれば、そこまで群れないかもしれない。
そうなると寄生確率は低いとみる。
希望的観測。
小さなカマキリと比較すれば寄生確率は少ないだろうが、異世界なのでわからない。
カゲロウやユスリカなどに寄生してからコオロギやカマキリに寄生するので、カゲロウやユスリカも大きい種がいるのだろうか。
いや、カマキリの卵があるということならばハリガネムシはいない可能性がある。
寄生された昆虫は生殖機能を失う。
ならば大丈夫。……と言いたいが、あの卵がいつ産卵されたものかわからない。
それに、雄のカマキリの死骸が全く関係のない個体という可能性もある。
『どうなのでしょうか』
私が唸っているとシルキーさんから声をかけられる。
「いない可能性の方が高いのですが……全くいないとも言い切れないのが現状ですね」
そもそも成体は川で交尾・産卵をする。
そんなに大きな川が近くにあるわけでは無い。
大蛇のようなものが川にいて産卵なんて、すぐに発見出来る。
――いや、ハリガネムシが大きいとは限らないのか。
寄生はするけど日本にいるものと大きさが変わらない場合、普通の川で事たりる。
そうなると寄生率が高い気もしてきた。
『あっ』
シルキーさんの足が止まる。
私がシルキーさんの前を見ると大きなカマキリがいた。
カマキリと言ってもよく見る緑色では無い。
茶褐色に白の斑だ。
可愛らしい色合いだが、大きい。
高さは二メートルはある。
『なかなか大きいですね』
シルキーさんの言う通り、思った以上に大きい。
もし「たった二メートルか」と思う人もいるだろうが、二メートル級のヒグマと戦うとしたら恐いものだ。
相手は肉食性の昆虫。鎌があるためリーチが長い。
「通り抜ける事は出来……なさそうですね」
相手と確実に目が合っている。
目と目が合ったらバトルしなきゃいけないルールでもあるのだろうか。あるのだろうな。
ゲームでも目が合ったら勝負するタイプ。
こちらを捕食対象と見ているのだろう。
グレイブマンティスはボクシングの様な構えをしている。
カマを大きく上へ広げず、威嚇しないという事はこちらを上に見ていないのだろう。
「今度は茶色か」
オオカマキリは茶色か緑色で、割合としてはどちらも半分。
また、生まれた時に色は決まっている。
枯葉や枯れ木が多い所では褐色が多く、青々とした緑が多い所では緑色が多いとされているが、発見が多いだけで他は食べられているだけかもしれない。
『先程の死骸は薄い緑色でしたが、色々いるのですね』
その「色々」が色だけなのか種類なのかはわからない。
魔力によって様々なカマキリが大きくなって「グレイブマンティス」と呼ばれるのか、グレイブマンティスという種類のカラーバリエーションが高いのか。
まぁ、どちらにせよ戦わないといけないのだけれど。
見た目はオオカマキリのようだけど、白い斑模様が気になる。
マレーシアなどに生息するマダラカマキリには白い斑点があるが、トゲトゲしい印象だ。
目の前のグレイブマンティスはトゲトゲしくなく、オオカマキリと変わらない。
カマキリを知りたいならマレーシア辺りへ行くと様々なカマキリを発見する事が出来る。
外国のカマキリはトゲトゲしいフォルムのものや、鮮やかな色のもの、カマキリと呼んで良いものかわからないものまで様々だ。
グレイブマンティスも色々といて欲しいものだ。
私とシルキーさんはグレイブマンティスにジリジリと近寄る。
シルキーさんが弓を引いて矢を放った。
グレイブマンティスは鎌で不規則な動きの矢を弾いた。
すると、「あまり ちかよるな。おれの こころも かまも、どきどきするほど ひかってるぜ」と言わんばかりに鎌を大きく上へ広げて威嚇しだした。
捕食対象から警告すべき対象へと変わったようだ。
『失敗しました』
シルキーさんが残念そうに呟いたが、風で不規則な動きをした矢を弾くのは難しい。
「なかなか強敵ですね」
グレイブマンティスはボクシングの構えに戻り、こちらに近寄って来る。
私もグレイブマンティスまで一気に走り、飛び蹴りを仕掛けるが、鎌で防御される。
ボクシングの構えに戻り、シルキーさんの放った矢がグレイブマンティスの後ろから迫る。
しかし、それも鎌で弾かれる。
「嘘でしょう!?」
普通なら何処かしらに矢が突き刺さるはず。それを難なく弾くとは思わなかった。
強い。硬い。
「まだこちらが攻撃をくらって無いので良いですが、ジリ貧になりそうですね」
相手の隙を見て攻撃しているものの、何処から攻撃が来るのかが分かるかのように弾かれる。
投げナイフで牽制し、シルキーさんの矢を当てようとするも全て弾かれる。
シルキーさんは【威圧の邪眼】を使っているが、それも避けられる。
魔眼は魔力の投網のようで、それがかからないと相手に作用しない。
私の【魅了】はもっと限定的で目を合わせないといけない。
魔眼にも発動条件は色々あるようだ。
シルキーさんの【威圧の邪眼】を私が干渉しても避けられる。
「ん~、あの鎌丈夫そうだし欲しいんだよなぁ」
私が魔法を使えば勝てるだろうが、出来れば消し炭や粉々にしたくは無い。
イネ科を収穫する際にギザギザしている鎌が良さそうなのだ。
鎌として使え、千歯扱にもなりそうなのだ。
活用出来るならばしたいが、攻撃が通らない。
どうしたものか。未来でも予知するかのように攻撃が通らない。
『いちいち祈るようなポーズをするのが余計に苛立たせますね』
いちいちボクシングの構えで鎌を上下に揺らすのだ。
「まぁ、アレがニュートラルなのでし……あぁーーー!!!」
『どうしたのですか?何処かお怪我でも!?』
シルキーさんの質問には首を横に振って応える。
「分かっちゃったかもしれません」
シルキーさんは首を傾げる。
確証はない。
しかし、やるだけやってみる価値はある。
「シルキーさん。相手に隙を与えず攻撃しましょう」
『それでは変わり無いのでは?』
確かにやった。だが、違う。
「連続してやるんですよ」
先程から攻撃して弾かれ、一拍置いてからまた攻撃している。
それを間髪入れずに攻撃する。
「シルキーさんは攻撃しまくって下さい。私はそれを上手く避けます」
本来ならフレンドリーファイアになる状況は避けるべきなのだけれども、今回はそんな事を言ってはいられない。
私はグレイブマンティスへ投げナイフを投擲しながら走って近づく。
シルキーさんは矢を放って投擲したナイフの次に当たるように攻撃する。
ナイフは鎌で弾かれ、背後から来た矢も回転斬りで落とされる。
グレイブマンティスがボクシングの構えに戻ろうとした瞬間に鎌に蹴りを入れる。
シルキーさんの矢がグレイブマンティスの背後から来たが、鎌を振り回して矢を落とそうとする。
私ははたき落とされそうになった矢をキャッチして前脚の基節の根元に鏃を突き刺す。
暴れ回るので鏃を深く刺してから離脱する。
『どうして急に動きが悪くなったのでしょう』
側から見ていたら動きが悪くなったように見えたのだろう。
しかし、そうではない。
私の予想が当たっているなら、「予知が出来ない状態」に陥ったからだ。
ティマイオスの教会にあったとされる「神銀具」と同じように祈りを捧げる事で効果が出るものだと推測する。
カマキリ――別名「拝み虫」、英名でも「|Praying mantis《祈り虫》」と呼ばれる。
マンティスの由来もギリシャ語の占い師、預言者の意味だ。
「祈りを捧げる行動によって私達の攻撃が分かっていたのでしょう」
それが祈りを捧げるようなポーズをする事で、行動の予知をしている。と見た。
現に間髪与えずに攻撃する事でダメージが通っている。
「もう一回いきますよ」
シルキーさんは頷き、矢を射る。
グレイブマンティスは避け、私の蹴りを鎌で防いだ。
ここまでが予知した内容だろう。
私は反対の脚で蹴りを入れ、シルキーさんの矢がグレイブマンティスの眼に刺さる。
私はグレイブマンティスの腹下と腹と羽の間にガラス玉を入れ込む。
暴れ回るグレイブマンティスから離脱し、シルキーさんの元へ戻るとガラス玉が爆発した。
『アレは何ですか?』
飛んできたガラス片を風で叩きながらシルキーさんは下に落ちたガラス片を摘んだ。
「ガラスの爆弾とでも言いましょうか」
毎回思うのだけれど、錬金術がある世界で何故無理に火薬などに頼るのか。
意味がわからない。
確かに火薬は強力だが、扱いに注意しなくてはならない上に作るのが面倒な品物である。
そんなものを管理するのは危険であるし、余程の事が無い限り必要にならない。
シルキーさんに破裂する前のガラス玉を見せる。
『水――と何でしょうか』
「水とナトリウムとミスリルですね」
ガラス玉の半分には水とミスリル片、区切ってナトリウムとが入っている。
錬金術は素晴らしく、ガラスの継ぎ目が無く、均等な厚さにすることが出来る。
ガラスは二重構造になっており、魔術の陣が内側に刻まれている。
「これを半回転さて魔力を込めると、魔法陣が完成して魔術が発動します」
中の区切りを破壊する魔術が完成し、遮るものが無くなってナトリウムと水の化学反応が起こって爆発する。
塩を溶融塩電解のようなものを【錬金術】で起こし、ナトリウムだけを取り出してガラスで覆い、区切りをつけて水とミスリル片を注ぎ、ガラスを均一にする。
もう一層のガラスに魔法陣を刻み、魔石灰と魔力鉱石を魔法陣に敷き詰めておく。
この時間違って魔法陣が接触し、発動しないように気を付ける。
気体となった水素は体積が大きいためにガラスが爆発する。
また、爆発したら小さなミスリルが四散する。
中々のダメージを与えられるはずだ。
これも結構失敗した代物だ。
「最初塩化ナトリウム水溶液……海水を電気分解して水素だけでやろうとしたら駄目だったんですよね」
『どう駄目だったのですか?』
「ガラスが割れるには割れるんですが、爆発までいかないんですよ。運が良ければ爆発する感じですね」
まず、電気分解で水素が発生させて爆発出来ないか試してみた。
しかし、水素が充満するのに時間がかかり、ガラスが割れるが爆発まではいかなかった。
ガラスの中で溶融塩電解っぽい事をさせるにはどうしても高温になり、ガラスでは耐えられなかったので、ナトリウムを抽出してからガラスで覆う事にした。
「電気分解だけの方が仕組みは簡単なんですけどね。色々考えてみたんですが、下手したら威力や周囲への影響が大変なんですよね」
まぁ、ナトリウムと水の化学反応も水酸化ナトリウム水溶液を撒き散らすので周囲の影響はある。
現にグレイブマンティスは腹が爆散し、水酸化ナトリウム水溶液とミスリルが傷口に入って苦しそうにもがいている。
火薬を使えばもっと地面に穴が空いたり火が森へ移ったりする可能性がある。
「これも使えないものですね」
白い球を取り出すとシルキーさんが『それは?』と質問してくれる。
「これは亜鉛球の中に水を入れた物です」
製造方法を考えると逆だろうか。水を亜鉛球で覆ったと言うべきだろうか。
「同じ爆発物で亜鉛の融点四百二十度以上で熱して、中の水を蒸発させる事で爆発します」
『何か問題があるのでしょうか』
「森の中じゃ燃え移ったら危険ですから」
シルキーさんは『嗚呼』と声を漏らした。
亜鉛はすぐ溶けるし固まるのも早いから良いが、瞬間的に熱いものが森林を飛散する状況は良くない。
熱い亜鉛が枯れ枝に接触して燃えたりしたら物凄く困る。
「さて、グレイブマンティスの解体をしましょうか」
シルキーさんは恐る恐るグレイブマンティスの腹を見に行った。
『腹は破けていますが、何かが出てくる様子はありません』
腹を突いてみたりしたが、ハリガネムシの気配は無い。
「いないっぽいですね」
シルキーさんはホッとした様子で解体に取り掛かった。
腿節、――鎌の根元となる部分から引きちぎる。
カマキリの鎌は腿節、脛節、符節の三つから出来ている。
符節という鎌の先端にある細長いものがあるおかげで、カマキリは獲物を挟みながら歩いたり登ったりと器用な事が出来る。
ふと、映画で大きなゴリラが女性を掴んだままビルを登っていくシーンが浮かぶ。
「巨大カマキリでも恐いものだろうな」
そんな独り言を呟いたらシルキーさんが頷きながらも『強敵でした』と相槌を打った。
独り言の反応としては違うのだけれど、同意する。
『なかなか堅いですね』
グレイブマンティスの脚を引っ張っているが、随分と硬そうだ。
羽の部分は綺麗に残っている分はシルキーさんによって並べられていた。
「腹より脚は硬いもんですよ」
オッサンだって腹の方が柔らかい。
オッサンは脂肪で動悸がドッキドキで死亡よ。
それは皮下脂肪か。……内臓脂肪もあるか。
私はエゲツないほどの筋力で鎌を引き抜く事が出来たが、本来ならそうはいかないだろう。
「関節を砕いていくしかありませんね」
鉈のような物で切れ目を入れて、関節を色々な方向へ曲げてから引き抜く。
『出来ました』
蟹を食べる要領だ。
脚は硬く、プラスチックのように軽い。
外骨格でこれほど大きく、軽いとは驚く。
カマキリは脱皮をして大きくなるが、ここまで硬いと蟹のような甲殻類を思い浮かべてしまう。
もしかして茹でたら身は食べられるのではないかと頭を過ぎるほどだ。
腹はクリーミーな味わいなのかもしれないが、吹き飛んでしまった。
実に惜しい。美味しそうな食レポが待っていたであろうに。
だからといって売っていても買わないぞ。
買わないからな。
『粗方解体終わりました』
「ありがとうございます」
損傷が激しい部分は破棄し、脚なども何かの材料として使えるので持ち帰る。
羽の半分は吹き飛び、間接照明に丁度良い透明さなのでランプの囲いでも作ろうかと思う。
鎌は良い千歯扱きになりそうだ。
◆
後日。
シルキーさんに手伝ってもらい、グレイブマンティスの鎌で千歯扱きを作った。
「これは凄いですね。挟む具合を調節出来るので色々使えます」
この日私とシルキーさんは千歯扱きマシーンとなってコカトリスの餌を作り続けた。
◆
「ただいま帰りましたよっと」
ワイは海域長の前に出向き、頭を下げた。
親子ではあるものの、今は長とその下である。
「随時連絡は受けているが、ティマイオスの豊穣祭はどうやった?」
海域長は報告書をめくりながらワイを見る。
「豊穣祭自体は小金貨一枚ほどの黒字やな」
ワイの報告で海域長は「ほう」と口から声を漏らす。
小金貨一枚は黒字として上々。中々出せる数字やない。
「豊穣祭以外での見込みなら金貨五枚以上の黒字やな。しかも純利益でや」
「はぁ!?いや……はぁ!?」
驚く海域長を無視し、お嬢に関わる事を全て海域長に報告する。
「――ってなわけや。こちらが支払う金額も大きいけど、リターンが莫大や」
貴族のいざこざは出費が痛いが、リターンも大きい。
ティマイオスの連中にも手伝ってもらうので、それなりに負担が減ったのは僥倖やった。
「クルス嬢の報告は聞いていたが、凄いものだな」
ワイは頷くしかない。
正直アレは頭がおかしいとしか思えん。
「パーディン。そのクルス嬢など結婚相手にどうやろか」
「阿保か。|ワイの手に負える相手やない《結婚ならお兄様が先やろ》。ワイの胃を爆散させて殺す気か」
「それはわからんやろ」
「寝言は寝て言えや」
海域長との本音と建て前が見え透いている。
正直お嬢と結婚なんて無理や。
結婚する前にシルキーの姉さんはがワイを殺しに来る。
もし結婚出来たとして、ワイの気が休まる場所が無い。
どっちにしても死ぬ未来しか見えん。
海域長は兄が継ぐからワイは自由に生きとる。
そりゃあ、治める海域の利益になる事はしたい。
だが、ワイが尊い犠牲になるんは嫌や。
「しゃーなしやな。魚人騒動が落ち着いたら招待しよう」
「下手な事すんなや」
ワイからしたらお嬢は自由人候補や。
結婚なんて結びつきより、自由に動いて貰って利益出してくれる方がエエ。
お嬢の敵意がこちらに向かう事はしたくない。
出来るならサッサと不可侵条約でも結んで、平和に暮らすんがエエな。
今は友人としての立ち位置やが、アレの恐ろしさは十分に理解しとる。
「お嬢から胃薬買っときゃ良かったわ」
ワイは腹を抑えながら海域長の元から去って行った。




