番外編~レイラ・シンディア~
私の名前はレイラ。レイラ・シンディア。
シンディア男爵家の長女だったわ。
その……“だった”というのは、お母様が亡くなり、お父様が再婚した事で、継母の連れ子二人がお姉様となったの。
それで長女ではなくなったわ。
シンディア男爵という家督は何も起きていないわ。
今のところは。
ただ、お姉様達と継母はお金を遣い込み、私に「花嫁修行」として家事や雑用を押し付けるの。
本来ならメイドを雇えば良いのだけれど、そのお金さえも「勿体無い」と言って跳ね除けてしまうわ。
だから私はお姉様とは違い、いつも埃まみれ。
全てがボロボロ。
「聞いた?豊穣祭に人魚国の王子様が来るらしいわ」
「いつもの爺さんじゃないって!」
「それなら新しいドレスを新調しなきゃだわ」
お姉様達が外から帰って来ては、仕入れた情報に華を咲かせている。
「あの……私も豊穣祭に連れて行って貰えないでしょうか」
豊穣の祭は多くの人で賑わい、街が一段と華やかになる。
そんな中に人魚国の王子様が現れるというのだ。
今年の豊穣祭は大いに盛り上がる事だろう。
その熱に当てられ、私も参加したい気持ちが溢れた。
「貴女を連れ回すほどの余裕は無いの」
「それに、貴女のボロボロの服じゃ平民よりも下に見られるわ」
二人のお姉様に捲し立てられ、最後には汚いと罵倒された。
「二人とも、そこまでにしなさいな。私だって鬼じゃないわ。私達と共にする事は無理だけど……お小遣いを渡すわ」
お義母様は私の手のひらにジャラジャラとお金を積む。
どれも銭貨ばかり、ただ小銅貨が一枚だけ見えた。
大通りで銭貨を取り扱う店は少なく、使えるのは薄暗い路地裏で商売している店ばかりだ。
どれもマトモなものを売っているとは言えない店ばかり。
豊穣祭の賑わいに釣られて無断で店を出しているらしい。
質の悪い店では焼かれた肉は悪臭を放ち、水には羽虫と油が浮いている。
銭貨を扱う店はそんな紛い物ばかり扱っている。
私に銭貨を渡したということは、そういうことなのだろう。
一枚の小銅貨があっただけマシ。私は「ありがとうございます」とほんの僅な慈悲に対してお礼をする。
「お小遣いを渡すなんて、お母様は聖女ね」
「あら、嬉しい事を言ってくれるじゃない」
けたたましく笑う親娘を見ながら「そんな聖女がいてたまるものか」と思考する。
「けど、ちゃんと豊穣祭の間も家事はするのよ」
「……ハイ」
抗えるわけもなく、答える私に周りは満面の笑みを浮かべた。
◆
「えぇ、ですから是非神の身元で奉仕活動をしてもらいたく」
「そうねぇ……レイラ!レイラ!こっちに越し!」
お義母様が呼んでいるので、玄関へと向かうと教会の関係者だろうか、聖職者の身なりと穏やかそうな顔をしているおじさんが立っていた。
「レイラ!豊穣祭前に教会の手伝いがあるらしいわ。やってくれるわよね?」
お母様は半ば押し付けるかのように、私に頼んだ。
「是非とも協力して下さい。孤児院の炊き出しがありますので」
「わかりました」
正直行くのは憚られたが、家にいてもまともな食事にありつけないのだ。
炊き出しでも昼食を食べる事が出来るなら行った方が良い。そう考えての答えだ。
「ありがとうございます。それでは、神の御加護がありますように」
◆
教会での炊き出しが終わった。
温かいスープが胃に染みた。
味は薄いが、寒くなって来たので胃の中に何も入れないよりは良いだろう。
教会を出ると一人の少女が此方へ向かって来る。
教会へ行くのだろう。
炊き出しは終わっているので裕福な子だろうか。
――が、教会前で立ち止まり、一向に来る気配が無い。
後ろを向いているので誰かを待っているのだろうか。
その子に近づくと少女は手を振っている。
「綺麗な子」
思わず口に出てしまった。
少女は人形のような白くて綺麗な子だった。
髪は糸のように細く、白い。美しさと不気味ささえ感じられるほどだった。
私とは天地の差だ。
そして、手を振っている相手を見た時に、私は絶句してしまった。
くるりとその場で回転し、膝を着いて神へ祈りを捧げる少女。
あまりにも可憐で花を思わせるかのような美しさだった。
白い少女も綺麗だとは思ったが、こちらは見惚れて綺麗と思うまでに時間がかかるほどの美しさだ。
思考すら奪うほどの美しさに私は歩みすら止めていた。
「聖女様」
教会のお話に出てくる聖女様像が浮かんでは口から溢れ出た。
他の人もそう思ったのか、人々は私と同じく聖女と口にした。
何故か聖女様は教会へと入らず、引き返した。
聖女様が引き返して少し経ってから、私の足は止まっている事に気付いたのだった。
◆
お父様の薬を買った帰りに聖女様が冒険者組合から出て来るのを見かけた。
聖女様は冒険者なのだろうか。
そんな考えが頭を過ったが、首を振って取り消した。
冒険者組合は荒くれ者の集まりだと聞いている。
教会ならまだしも、そこに聖女様とお人形のような少女が属しているとは思えない。
しかし、冒険者組合では報酬さえ払えば様々な依頼を張り出す事が出来るとも言う。
小さな革袋には銭貨と小銅貨一枚。
「これで……」
多分そんな事をしても無意味だろう。
どうせ、きっと報われない。
何も変える事は出来ない。
そう思いつつも、お姉様やお母様にいびられ、雑用をこなす毎日を抜け出したかった。
そんな思いが足を動かす。
「冒険者組合へようこそ。依頼でしょうか」
荒くれ者の集まりと聞いていたが、小綺麗なお姉さんが受付カウンターに立っていた。
私の姿と見比べてしまったら失礼なほどだ。
どちらかというと、私の格好の方が荒くれ者に近いだろう。
「あ……の……」
上手く話す事が出来ない。
私の言葉を聞こうとしているお姉さんの笑顔が心苦しい。
小さな革袋を取り出して、カウンターへ乗せる。
「これ……で、依頼を貼り出せますか?」
声を絞り出す。
受付のお姉さんは革袋の中身を見て、小銅貨を一枚取り出した。
「これで豊穣祭が終わるまでの掲示になるけど……それでも良ければ出せますよ」
お姉さんは木札を取り出す。
「これに依頼内容と報酬を書いてね。あまり見合っていない報酬だと掲示だけの可能性があるから注意してね」
お姉さんの「報酬」という言葉に血の気が引いた。
報酬の事をすっかり忘れていた。
手元には銭貨が八枚ほどしか無い。
小銅貨にも満たず、硬貨としても怪しいものだ。
手が止まっていると、お姉さんから「代筆しましょうか」と声がかかった。
きっと文字が読めなかったり、書くことが出来ないのだろうというお姉さんの優しさなんだけど、そうでは無い。男爵と言えど貴族。文字が読めるし書ける。
「いえ……その……報酬が……」
もし依頼を受けて貰って、出せないなどとは言えない。
「いえ……」
依頼内容は「私を助けて下さい」で、報酬は「銭貨八枚」としか書けなかった。
「これだと……誰も受けてくれないかもしれませんが、宜しいでしょうか」
困り顔ではあるが、依頼を貼ってくれるようだ。
私は頷く。
これしか無いのだ。
「では、これを。これが光ったら依頼の受付がされたという事になります。そしたらまたカウンターへ来ていただく事となります」
濁った小さな石を渡された。
それを銭貨の入った革袋へ入れる。
「受けてもらえたら良いですね。またのお越しを」
◆
冒険者組合から渡された石が光っているのに気付いたのは、依頼して三日後の夜だった。
次の朝に家から抜け出し、急いで受付へ向かうと、ちょうど聖女様がカウンターに向かっていた。
「あっ!丁度良かった。こちらが依頼主のレイラさん。こちらのクルスさん達が依頼を受けて下さるそうですよ」
受付のお姉さんは「良かったですね」と笑っていた。
「え?あ、の……」
ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!
状況を飲み込むのに時間がかかった。
聖女様が冒険者である事、そして私の依頼を受けて下さるのが聖女様である事。
驚きで目眩がした。
「大丈夫ですか?」
私がフラつくと聖女様から声をかけて頂いた。
声さえも美しい。
「だ、大丈夫です。聖女様が冒険者で、私の依頼を受けて下さるとは思わなくて……」
「あー、聖女様呼びじゃなくてクルスと呼んで下さい」
聖女様は頭をかきながら「恥ずかしいので」と付け足した。
「す、すみません」
必死に謝る私。穴があったら入りたい。
「あ、レイラさん。報酬金と受付時に渡した石を預かります」
受付のお姉さんに革袋ごと渡した。
「では、依頼達成時にまた来て頂く形となります」
「ハイ」
『お嬢様、では何処かに移りましょうか』
「取り敢えず迎賓館で話を聞く感じですかね」
お人形さんのような少女が聖女様を「お嬢様」と呼んでいるので、どこかの御令嬢なのだと改めて感じたと共に血の気が引いた。
「あ、も、申し遅れました。私、レイラ・シンディア。シンディア家の三女でございます」
カーテシーをするが、礼儀作法が間違っていないか不安になる。
また、御令嬢に対して全く挨拶をしていなかったのだ。打首となる可能性もあった。
「ご丁寧に。私はクルス。冒険者です」
『私はシルキー。クルスお嬢様の従者です』
二人が私に合わせて挨拶を返してくれる。
打首にならずに済んだとホッと安堵してしまう。その考えが卑しいのかもしれない。
「取り敢えず場所を移動しましょうか」
◆
「何や?お嬢に友達でも出来たんか?」
聖女様に事情を話し終えた後に一人の男性が部屋へ入って来た。
「違いますよ。冒険者依頼の依頼主のレイラさんです」
友達をすぐに否定されてしまい、少し悲しい気持ちになった。
「は、初めまして。シンディア家の三女のレイラ・シンディアと申します」
聖女様との挨拶よりも上手く出来た気がする。
「これは、ご丁寧に。ワイは人魚族第二王子……あれ?おーい。ダメや……死んでる!」
『死んでませんが』
「……ハッ!」
「大事ないやろか?」
「す、すみません。お、王子様だとは……気を失ってしまい……」
人魚族第二王子の自己紹介中に気を失うなんて……。
貴族街の迎賓館に来ているのだから、察する事が出来たというのに。失敗してしまった。
「まぁ、病気とかじゃなきゃエエわ。それで、お嬢が連れて来たって事は面白い事でもやるんか」
王子様は満面の笑みだ。
「いやぁ、毒親……毒家族によって悩んでいるというわけですよ」
「あ、あの……今の状況を改善出来れば……」
殺したいほど憎んでいるとも言えたが、クルス様はそれを言わなかった。
お金が無くなり、平民に落ちようとも、今の生活よりはマシだと思っている。
「マシな内容やな」
安心したような感じがあるが、落胆の色も見える。
「あっ。パーディンさんに私からの品を定期的にこの子へ卸して欲しいのですが。なんだったらルォーツさんへの仕事としても良いですよ」
「何や、それくらいなら商人として安い用や」
何やら私が関わっているものの、私は蚊帳の外だ。
「――というわけで、これを貴女に渡します」
瓶が三本、小さな箱が三つ。それらを魔法鞄から取り出して私の前に並べる。
「これから貴女の姉と義母を私がプロデュースします」
私は意味がわからなかった。
私ではなく、お姉様とお義母様をプロデュースしようと言うのだ。
期待していた。期待していまった。
だから裏切られたようでショックだった。
「私では……そんなに魅力が無いのですか?」
どんなに助けを求めても私に協力する人はいないのだ。
「嗚呼、違いますよ。貴女の状況を脱するのには貴女以外をプロデュースする必要があるんです」
泣きそうになったところをクルス様が私の言葉を否定した。
「貴女も同じようにプロデュースしたら行き場は同じじゃありませんか」
クルス様の言う通り、私は今の状況を脱したいのだ。
成功したいわけじゃない。
いや、成功はしたいけど今じゃない。
今の状況を脱してから成功しよう。
そう心に決めた。
◆
「お義母様、お姉様が豊穣祭に出るようですので、プレゼントを用意しました」
私はクルス様から頂いたワインと白粉を渡した。
「あら、気が利くじゃない」
かっさらうかのように、私から取り箱を開けた。
クルス様からは「自分では使用しないように」と注意された。
また、継続的に販売してくれるそうだ。
「何コレ!?凄いわ!肌が白くて艶やか!」
「このワインも美味しいわ!甘さがあって飲みやすいわね」
早速姉達は肌に塗ったり、ワインを開けて飲んだりしていた。確かにお姉様の肌は艶が出て白く、綺麗になっている。
「どこで買ったの!?もっと欲しいわ」
「教えなさい!」
これはクルス様が作ったものらしい。
こんな評価の高い物を作れるなんて凄いと思う。
「これは今日知り合った人に試供品として譲っていただきまして……て、定期的に売って下さるそうです。特別私だけに」
クルス様から私がいないと取引が出来ないようにと言われている。
私に価値があると判断させる……らしいです。
「なら、定期的にお願いするわ」
「わかりました」
◆
それからというもの、クルス様の遣いとして赤毛の少女から白粉とワインを購入した。
お義母様とお姉様は街で「美人姉妹と美夫人」と呼ばれて騒ぎにもなった。
お姉様方はすぐに婚約が決まり、幸せの絶頂となった。
しかし、異変が起こった。
最初はワインを飲むけれど、食べる事が減った。
また、食べ物の味がおかしいと私を怒鳴りつけたり、嘔吐するなどと、ふくよかな身体は骨と皮のようになってしまった。
姉の一人は手足が痺れると言い、遂には寝たきりのようにまでなってしまった。
私を怒鳴ったり、雑用を押し付ける事もなくなって、あっという間に私は自由を手に入れた。
病で倒れていた父よりも一気に衰弱し、三人は呆気なく死んでいったのだ。
婚約していたのに結婚も出来ず、そのまま亡くなったので周りから「薄幸の美人親娘」と呼ばれた。
私を知る人間は「天罰が下った」と言う人もいた。
毒を疑われた。しかし、毒の痕跡が見当たらず、原因不明の病死という結果となった。
クルス様に呪いか何かじゃないかと遣い伝てで聞いたが、「呪いではありませんよ」との返答があった。
まぁ、ワインは美味しいと最期まで飲み続けていたので、食べる事が出来ない病にかかっていたのかもしれない。
外食で味の濃いものを食べていたというので、それも関係していたかもしれない。
わからない。
クルス様のプロデュースでお姉様方は結婚して、ここから出て行くつもりだった。
お義母様も病に伏せている父より良い相手が見つかったと聞いた。
それについてショックは無かった。
この状況が続くより他の男をつくって出て行ってくれた方がマシだったからだ。
クルス様の思惑通りなのか、それとも全く違うのかはわからない。
ただ、私は自由を手にする事が出来た。という事実だけが残った。
◆
「それで?どうなったんや?」
パーディン様は話の続きを急かした。
「姉や母が死んだ後もワインと白粉を求めて来たんですよ」
私はその時「クルス様を信用しきってはいけない」と忠告した。
歳も近かった上に、平民の私と仲良く……とも言えないけど良くして貰ったから。
あの子は「聖女様」と言っていたけれど、アレはどちらかと言うと悪魔の方が近い。
「クルス様宛に白粉とワインを卸して良いか聞いたら、許可を貰ったのでまた取引は続行したんです」
あの時、強く止めておけば良かったと後悔している。
「その子が今度は街の美女として上がったんですよ」
「お嬢の白粉は凄いな。そんな効果あるんか」
私は答えに悩んだ。
効果があると言えば凄い効果だった。
白い肌で、透明感があり、艶やかだった。
「効果としては本物ですが……使用しない方が良いですよ」
パーディン様にも忠告する。
一国の王子を死なせないためにも。
「けれど、あの子も最期には気がおかしくなって亡くなったようです」
「まさに呪いやな」
パーディン様が口にした言葉に頷いた。
頷いてしまった。
「だからこの白粉に呪いがかかってないか調べてもらいたいんです」
私は白粉の入った箱を差し出した。
「……呪われんのは嫌なんやけど。まぁ、どういう事かお嬢に聞いてみるわ」
白粉の箱を押し戻されてしまった。
『何コソコソとお嬢様の陰口を話しているのです?』
私とパーディン様の背筋が飛び上がった。
「っせ、精霊様……寝ておられないので?」
『私に睡眠は必要ありませんので。ところで……お嬢様の陰口を叩くなど良い度胸じゃありませんか』
「い、いややな。別にそんなんやないで」
私とパーディン様の背筋にはビッショリと汗が伝っているのが分かる。
『【風の噂】で聞いているので内容は筒抜けです』
ジリジリと詰め寄る精霊様に私とパーディン様が壁まで追い込まれた。
耐えられなくなったパーディン様は逃げ出そうと腰を上げた。
「ずっ、ズルい!」
私も腰を上げようとしたが、上手くいかない。
『ヒトは座っている時に眉間を抑えられると立てないらしいですよ。お嬢様から聞きました』
精霊様は笑っているようで目が笑っていなかった。
私とパーディン様の眉間には風が渦を巻いている。
「い、嫌や!お嬢のエエ話を聞かされて復唱すんのは嫌や!お嬢もノってくれたらエエのに生温かい目で見てくるんや!アレは誰も得せぇへんやろ!」
パーディン様は幼児のように駄々をこねた。
だが、精霊様はそれを無視する。
『それが呪いの品じゃないかと疑っているようですが、違いますよ』
私の求めていた答えが思わぬ所から出て来た。
「じゃあ、何であの子は若くして死んでしまったのですか」
腑に落ちない。ましてや最期は気がおかしくなったようだった。
アレが呪いではなく、何なのか。
『長い目で見たら毒らしいです。鉛とおっしゃっていましたね。即効性は無く、摂取するたびに蓄積するタイプの』
「じゃあ、クルス様に毒殺されっ」
そこまで言った瞬間に眉間にあった風が強くなり、私は壁に頭を叩きつけられた。
『ルォーツ。それ以上は口を開かないこと』
冷たい風が私を包んだので、頷くことしか出来ない。
『あの子は最終的に蓄積型の毒だと知っていましたよ。姉達が亡くなって、取引が一時中断された後にお嬢様に手紙が来ました「アレは何なのか」と。私も知りたかったのでその時に教えていただきました』
毒と知っていながらにして使用していた?
私は驚愕した。
毒で死ぬかもしれないのに?
「けれど!姉達の死因は原因不明の病だと聞きました!毒の痕跡は無いとも」
毒であるならレイラは捕まっているはずだ。
『生き物は塩を多量に摂取すると死ぬそうです。しかし、塩は毒とは判断されません。それと同じように、蓄積するものが白粉とワインにある程度含まれていたら?それを両方多量に使えばどうなりますか?』
「それが死因……」
精霊様の言う事が腑に落ちた。
毒とは判断されないものの多量摂取。
『お嬢様も使用しない方が良いと勧めたようですが、白粉だけは塗り続けたようですね』
確かに白粉だけでワインの方は最後まで取引を続けなかった。
「だけどっ!何でっ!?何で……そんなことを」
『ヒトの欲だとお嬢様がおっしゃっていました』
欲。命と引き換えになろうとも叶えたい欲求。
私にはそれがわからなかった。
「確かに姉達が亡くなったと聞いてから美人になったとは思ったけれど」
その美貌と命を引き換えるには高すぎる代償だ。
『お嬢様が言うには容姿にコンプレックスがあって、虐げられていた分の反動じゃないか。とおっしゃっていました』
レイラは貴族であったし、私とは違う。
だからこそ心境の変化があったのだろうか。
『まぁ、姉とは違って子孫を残し、家督を引き継がせる事が出来たのですから良いとは思います』
「それは……そうですが」
姉が亡くなってから十年が過ぎたのだ。
それほど長生き出来た。と言えるのかもしれない。
「やけど、お嬢は何でレイラ嬢に関わったんや?お嬢にあまりメリットが無いやろ」
精霊様に捕まってもう動く気すら起きないのか、うつ伏せのままパーディン様が口を開いた。
『さぁ?お嬢様の気まぐれじゃないでしょうか』
嗚呼、と皆が言ってしまうほどにアレは気まぐれだ。
私が助かったのもアレの気まぐれでしかない。
「ティマイオスの美人姉妹の謎はこれで完結やな」
一人の少女と気まぐれのアレとが出会った事による悲劇。
「私からしたら……悲劇ですが、彼女は幸せだったのでしょうか」
『寿命と引き換えるほどのものを得たとするなら、幸せだったのではないでしょうか』
悪魔との取引のようだ。
レイラは気付いたのだろうか。自分と取引した相手が悪魔より面倒な存在だった事を。




