第十三章〜獣人〜
パーディンに怒られていると、大勢の人が歩いて来た。
「すまない。ゴブリン討伐は終わったと聞いたのだが、本当だろうか」
私は怒られているので、パーディンの護衛さんに聞いているようだ。
「パーディンでん……様。冒険者の方々が参られました」
冒険者?商人かと思ったが、よく見ると装備がちゃんとしている。
「今更、冒険者さんが来ても意味が無いんじゃ」
私がパーディンに耳打ちする。
「お嬢、エエか?ここの冒険者はゴブリンの大軍がいると聞いて集まってくれたんや。それを終わったから用済みやと返すワケにはアカンやろ」
ふむ。それもそうか。
「お嬢にはもっと人の心だとか、プライドを知るべきや」
それはさっき散々聞いた。
騎士達の心遣いとかプライドだとかを散々言われた。
「冒険者の皆さん、来てくれておおきに。ゴブリン討伐は終わってもうたが、この大量の粉を街まで運ぶのを手伝って欲しいんや」
粉というのはゴブリンの血肉を焼いたものだ。
「ちゃんと後で報酬は払うで」
冒険者達はぞろぞろと、鍋にある粉を袋に詰めていく。
「この粉は何だ?」
「あぁー。えぇーと、ゴブリンや」
何故言いにくそうにしているのだ。ちゃんと言えばよかろうなのだ。
「あの数を討伐してそんなに時間経っとらんのやで!そりゃ戸惑うわ」
ハイスピード乾燥したからなぁ。
焦げないようにシルキーさんが頑張ってくれました。
パチパチとシルキーさんに拍手を贈る。
あんなにいたゴブリンも焼けてしまえば少ない気がする。
やはり、九十パーセントは水分か。
頑張って解体時に骨は別口にしておいた。
それも冒険者達は運んでくれるようだ。
「ゴブリンの骨は何か使い道あるんか?」
パーディンは気になっているようだが、これといって特別な使い道は無い。
「あの飢餓状態を見て、骨粗しょう症の可能性があるので武器等の強度が必要なものは無理そうですね。アクセサリーか粉にして肥料にするぐらいですかね」
粉にして肥料以外に再利用するのは、業者並みじゃないと元がとれない。
「上位種じゃないと武器関係は無理そうやな。と言っても多いほうやが」
上位種の方は飢餓状態では無いので骨もしっかりしている。
骨が一番処理に困る。豚や鶏なら出汁が取れるが、ゴブリンで出汁を取るのはクールー病の危険性もある。
「農家に輸出するんがエエか」
嵩張っているが、骨も粉になれば少ないだろう。一体あたり十キログラムにも満たないはず。なので最高で二トンだ。最悪一トンぐらいしか取れないだろう。
「さて、そろそろ行くで」
パーディンが馬車に乗り込む。
馬車かぁ。地獄のような時間だぁ。
私は手をパーディンに引かれて地獄へ一歩進んだ。
◆
馬車内では虚無となった。
右も左も分からない。
わかってしまうと口から何かが出て来そうだ。
これが「わかると怖い話」か。
いや、違うか。
「お嬢、街ではあまり治安の悪い場所に近寄らんようにな」
「ハァイ」
常時ィ。
口から音は出るが言葉になっていない気がする。
パーディンが注意点をいくつか説明してくれるが、頭に入って来ない。
「シルキー姉さん、後は頼んだで」
『貴方に言われるまでもありません』
シルキーさんが聞いているから良いか。
馬車が止まった。
「着きました」
御者をしていた人魚から声がかかった。
良かった。地獄は終わった。
「これから検問や。お嬢も売る物を出しておいてや」
パーディンは外に出ると人魚達に指示を出している。
私は魔法鞄から商品用のタグの付いた物を取り出す。
ほとんどがポーションだ。
「他の商人はゴブリンのゴタゴタでいないからすぐに出来るで」
数人の冒険者が門をくぐって行くのが見えた。
「ようこそ。バトルフィッシャーマンの街ティマイオスへ」
騎士の格好をした兵士が出迎えてくれた。
『バトルフィッシャーマンとは何でしょうか』
シルキーさんが私の思った事を質問してくれた。
「ここは冒険者ギルドと漁業ギルドが合併している特殊な街で、辺境地でもあるので漁へ向かわれる者は闘える者となります」
だからバトルフィッシャーマンか。
まぁ、漁師さんは腕っ節が強いイメージなのはどこも同じなのだろうか。
「魔力の河が海を渡っているからデカくて凶暴な魚が多いんや」
そういう事か。
「さて、人魚様の検閲品はこちらからですか」
複数の騎士が馬車の荷を調べて回る。
「お嬢のは、ほぼポーションか」
パーディンがポーションの瓶を見て揺らす。
「ポーションは効能が極端に低い物は破棄してもらう決まりとなります。失礼ながらポーションの性能をチェックさせていただきます」
騎士はポーションをランダムに選び、瓶からスポイトで吸って水晶のような物に二滴ほど垂らした。
「ポーションは生命の危機に関する物ですので、【優】、【良】、【可】、【不可】の判定を下します。不可が出た場合は製品全て破棄していただきます」
騎士の話は何か聞いた事があった。
そういえば、製作者様が旅をしてポーションを買ったら全て不良品だったから判定出来る道具を作ったとか。
たまたま読んだ本に書いてあった。
『製作者様が開発された道具ですね』
シルキーさんも読んでいたようだ。
水晶の色が変わる。
「下級の優ですね。素晴らしいポーションですね。もう一本は――」
騎士が手にしたそれは普通のポーションじゃなかった。
「あっ。それ希釈しないと駄目なヤツです。お水を下さい」
騎士からポーションを渡して貰い、水をジョッキで渡される。
空の瓶に三分の二ぐらい水を入れ、濃縮されたポーションを三分の一入れる。
騎士に出来たポーションを手渡す。
「お嬢さん。ポーションを薄めたら効果が無くなるんだけど……」
これまでパーディンの前だったから丁寧だった口調も、私の行動に理解出来ずに砕けた感じになっている。
「取り敢えずやってみて下さい」
スポイトで二滴ほど垂らすと先程とは違う色に変わった。
「下級【可】のポーションだ……。これは……画期的だ!」
騎士は驚いて持っていたスポイトを落としそうになっていた。
「どういう事や?」
パーディンが目ざとく仕組みを聞いて来た。
「これは濃縮還元ってヤツです」
ドリンクバーの百パーセントオレンジジュースに透明な液体が混ざるのは何故か。
それは出ているオレンジジュースが果汁百パーセント以上だからである。
「液体を凍らせると氷になります。それが溶ける時に順番があるのですよ。味の付いたものは早く溶けて最後に水分が残る」
よく遠足で飲み物を凍らせると味の濃い液体が最初に溶けて、最後は味のしない氷だけになっているという現象だ。
地球でも最近になって出来るようになった。
それは冷凍技術が進んだからだ。
この濃縮還元は熱で水分蒸発でも可能だが、味が落ちたり水分がそんなに飛ばなかったりする。
冷凍の方は風味も落ちず、賞味期限が延ばせるという良い事がある。
ポーションの場合、氷に成分が残りやすい為か質が落ちる。実際【優】判定から【可】まで落ちた。
ポーションとして使えない事は無いので、売れるはず。
「作るには優秀なポーションが最低でも三本必要ですけれど」
私はあまりに余ったポーションをどうにか出来ないか考えて作った結果だ。
「嗚呼。パーディンさんは普通に寒天で固めた方が得だと思いますよ」
ポーションが余っているなら別なのだが、【優】のポーションを三本使用して【可】のポーションまで落とす必要は無い。
もしパーディンが濃いポーションを寒天で固めて飲んだとしても【良】ポーションとしての効果しかない。
パーディン――人魚族にはメリットが無い話だ。
「このポーションを売ってはくれないだろうか」
検問騎士の期待を込めた眼差しで見てくる。
「少数なら良いですが、それ以上は豊穣祭の出品物なので出来ません」
商品が無くなってしまっては困る。
ポーション以外にも売る物はあるが、ポーションが目玉商品だ。
「出店なら良い場所を取れるが、どうする?」
あー賄賂か。そういう悪事めいた事だなんて……やりましょう!異世界まで来て良い子ちゃんぶるなんて嫌だわ。
「五本までです。それなら交渉成立です」
「ノった!」
私は五本束になっているポーションを騎士へ渡す。
「どれも三倍希釈用ですので、この空瓶で薄めて下さい。分量を間違えると不味い水になるのでご注意を」
これでもポーションの味は整えてはいる。いるが、不味い物は不味い。
「名前はクルス……嬢だな。わかった。俺は第一騎士団副団長ライナスだ。後でパーディン様の所に出店許可書を届けておく」
呼び捨てにしようとした騎士の首筋に風が舞ったので、慌てて嬢付けになった。
私は良いのだけれど、シルキーさんが許さない。
嬢で許してくれたのだから良きとしよう。
前までのシルキーさんなら様付けじゃないと殺気を放つ。それを嬢止まりにするまで中々頑張った。
しかし副団長が賄賂なんて……素晴らしい街じゃあないか。
「この樽は?拝見させてもらうぞ」
ポーションとは別の大きな樽。
中には毛皮を塩漬けにしてある。
「岩猪や一角兎を倒したは良いのですが、毛皮は鞣す事が出来ませんから」
正確には鞣し剤のタンニンが手に入らない。
渋味成分のタンニン。
ミモザやヘムロックなどがあれば効率良く取れるのだが、見かけていない。
なので毛皮は売ってしまおうと思っている。
「では、良い事を教えよう。角熊と呼ばれる革製品屋が高く買い取ってくれる」
豊穣祭で行商人に高く売るか、角熊と呼ばれる革製品屋に無難に売るか。
皮は塩漬けだから無難に売った方が良いだろう。道端で広げるわけにもいかない。
「これは?」
騎士は瓶を手に取った。
「毒ですね」
鉛の調味料だ。酢酸鉛。
「やけに正直だな。普通なら誤魔化したりするものだが」
「殺鼠剤なんかも毒ですから、毒の持ち込みは禁止じゃないはずです」
殺鼠剤なんかリンと亜鉛の化合物を錬金術で作れば簡単に出来るだろう。
「わかった。で?どんな毒だ?用途は?」
毒にも色々と種類があるから聞くのは当然か。
「大量摂取すれば死に至りますね。少量なら大丈夫ですよ。用途は様々ですが、甘味料ですかね。この量では致死量には至らないので」
遅効性も遅効性。塵も積もれば山となる。
身体に溜まった鉛で中毒になる。
同じ金属の銅と比べたら直ぐに効果は出ない。
「なら、取り敢えず毒物として扱わせてもらおう。販売するつもりならこれを貼っておくように」
何やら帯のようなものを渡された。
「これは毒物だとわかるよう証明書みたいな物やな。マーキングされとって、何かあれば追えるようになっとるんや」
魔法の追尾システムか。
――いや、魔術だろうか。
「さて、もう大丈夫だろうか」
色々とあったが、検問で調べるような品は調べ終わったようだ。
「さて、今度はヒトと生りを調べさせてもらおう」
ポーションを量る水晶と似た物を取り出した。
「これに手を乗せ、全てに否と答えて欲しい。最初は名前を頼む」
水晶に手を乗せ、自己紹介をする。
「私の名前はクルス」
「この街に危害を加えるつもりがあるか」
「否」
水晶がぼんやりと青白く光る。
噓発見器か。
次々と質問へ答えていく。
領主へ危害をくわえるつもりがあるか?だとか前科があるか?だとか色々だ。
入国審査のようなものか。
私の隣ではパーディンも同じようにやっている。
「これで終わりだ」
後ろにいたシルキーさんに場所を譲る。
シルキーさんにも同じような質問をして終わる。
『案外、簡素なものですね』
水晶を見てシルキーさんは呟いた。
「私はまだシステムがわかっていませんが、こういうモノじゃないんですか」
『あの魔道具がそんなに良い物ではなさそうです。抜け道は色々ありそうです』
シルキーさんは何やら質問で試していたようだ。
「あまり無茶な事はしないで下さいね」
私が通れてシルキーさんが街へ入れないなんて洒落にならない。
シルキーさんが終わってから騎士から木の板を渡された。
「これは三日間だけの滞在兼通行証だ。無くさないように。三日以上の通行証発行には銀貨二枚だ。そうでなければ組合に所属するか教会で発行してもらうんだな」
この話はパーディンから事前に聞いた。
教会へ寄付すれば罪人でなければ一ヶ月分の滞在兼通行証が手に入る事。
そうでなければ何かしらの組合に所属する事で滞在兼通行証の代わりになる身分証が手に入る事。
パーディンは元々が商人なので商人組合所属なので問題ないらしく、護衛の方々は傭兵組合や冒険者組合など各自で所属しているとの事。
この街は辺境なので冒険者兼漁業組合しか無いらしい。
私は商人組合に入りたかったので少しショックだった。
じゃあ、冒険者組合?何それ。主人公じゃああるまいし、入りませんよ。
私は教会で寄付金を納めて通行証を手にいれますよ。
「さて、済んだようやな」
パーディンは慣れているようで私が終えた頃には終わっていた。
「これから街へ入るんやが、治安の悪い所へ行かんようにな」
オカンか!
『私がお嬢様を守りますので、余計な口出しは不要です』
シルキーさんは私を見張り続けるらしい。それはそれで私が辛いのだが。
「さて、今夜はこの街の領主様に会わなイカン事になってな。お嬢にも同伴して欲しいんや」
それまでは自由時間らしい。
「勿論良いですよ」
ゴブリンの装備品を返すとか言っていたのでそれだろう。まぁ、所有権はパーディンなので勝手に渡してかまわないのだが、念の為だろう。
「オーピス!」
パーディンは手を叩くと背景から赤いパーマ強めの子供が出て来た。
パーディンの周りには隠密行動が得意な人魚族がいる。
人魚というより魚人で、元が蛸系統なのだそう。
パーディンと出会ったばかりの頃は何度かシルキーさんが間違って撃退しようと攻撃してしまった。
なのでシルキーさんはこの隠密衆から良い顔はされていない。
撃退は間違って……だと思う。
「オーピス。お嬢が変な事しようモンなら止め……無理やな。観察するだけでエエ。夕暮れになったら迎賓館へ連れて来ぃ」
何か失礼な事を考えているようだが、私は街を散策するだけですよ。
「承知いたしました」
そう言った後には姿が背景に溶け込んでいた。
私には魔力の流れで、シルキーさんは風の流れで居場所が割れているが、光学迷彩のようで素晴らしいと思う。
イカやタコは色素胞と呼ばれる器官を持っている。色々な方向に筋肉を動かすことで、この色素胞を収縮したり、弛緩したりすることによって、色素を集めたり、広げたりして体の色を変えている。
これがイカやタコの擬態方法なのだが、種類によってはエゲツない技で隠れる事が出来る。
それがヒトの姿で出来るのだから解剖してみたい。
しかし、私にだって倫理的で道徳的な――所謂マッドな事はしない。
けれど解剖して良い死体があったら調べてみたい。
あっ、オーピスが私から距離をおいた。
えっと。大丈夫ですよー。
微笑んだのにさらに距離が離れた。くっ。
「パーディン様一行。準備が出来ましたようなので、このまま馬車を走らせて下さい」
馬車が門をくぐる。
街は石畳が敷かれ、レンガのような造りの建物が並んでいる。
見渡す限りヒト、ヒト、ヒト。
「うわぁ、気味が悪いですねぇ」
「お嬢、街に入って第一発声それか?」
おっと。つい本音が。
「いや、色々な種族のヒトがいる世界なのに普人だらけなので、つい」
この世界には人魚やエルフ、ドワーフなんかのヒトがいるらしい。
なのにこの街には普人、普通の人――つまり人間ばかりだ。
「普人なんて他の種族からしたら弱小なんじゃありませんか?」
器用貧乏で何にしても特化出来なさそうな種族だと思うが。
「まぁ色々あるんやが、規則作りが上手いってのがあるな。エルフなんかの長寿種は規則を厳しくしがちや、逆に短命な種族はルールが無い。やけど、普人は極端やないってのがあるな」
規則――つまり法律などが極端では無いとなると街が作りやすいという事か。
「後は繁殖しやすい゛っ」
見るとパーディンはシルキーさんに小突かれていた。
生物が好きな私にとっては問題無い話なのだが。
それに元々男なので下ネタは大丈夫。
しかし、そうか。人魚族も繫殖期というものがあるのだろうか。
人間は繁殖周期が短く、子を孕みやすい。けれど野生動物はある一定期にのみ繁殖が出来る繫殖期がある。
そうなるとエルフやドワーフなどといった別種族も、機会が合わなければ子を生す事は難しいのかもしれない。
「繁殖と秩序ですか」
理にかなっているというべきか。
「そういう事や。んで、お嬢はこれからどうするんや?」
「そうですね。取り敢えず通行証を如何にかしたいので教会にでも行きます」
お布施がどのくらいの金額になるか分からないが、手持ちはあるから大丈夫だろう。パーディンからの借金だが。
「なら、この道を進んだ先に二股に分かれる大通りがあるから左に行くと農業地区へ通じる道があるから、その途中にあるで。ちなみに今通った門は裏門や」
裏なのか。どうやら門は二つあるらしい。正門。裏門。
「ワイ等は逆側の第二商業地区に用があるから、先に行っといてや。夕飯は迎賓館で出されるから期待しといてや」
そうか。まぁ、散策するなら大人数じゃない方が動きやすいか。
「では、また後で会いましょう」
私とシルキーさんはパーディンと別れ、教会を目指した。
大通りには色々な物を売っていて、活気がある。
果物、野菜、肉のような食材や出店のような調理されたものもある。
「流石にお腹が減りましたし、何か食べ歩きでもしましょうか」
夕飯までは保たないだろう。
『そうですね。お嬢様は何が食べたいとかありますでしょうか』
困る質問だ。「今日の夕飯何が食べたい?」と訊かれ、「何でも良い」と言ったら怒られるやつ。
「定番は串焼きでしょうかね」
色々と見るが、肉や魚などの串焼きが多い。また、貝を焼いている店もある。
醤油系統のタレがあれば嬉しいが、悲しい事にそんな物は無い。
値段は安く、どれも小銀貨以下の価値だ。
「シルキーさん、小銀貨を渡しますので好きに買ってみて下さい」
シルキーさんに小銀貨一枚を渡す。一商品あたり銅貨一枚が多いので大丈夫だろう。
『ありがとうございます。では、買って参ります』
シルキーさんは人混みを分けて先にある肉の串焼き屋へ向かった。
「私も何か買うか」
シルキーさんが肉なら、違うものが良いだろう。
人混みに紛れながら進むと八百屋のような店があった。
茄子や変な冬瓜のようなものまである。
「これで何かオススメの果物を下さい」
大銅貨三枚渡すと、八百屋のおっちゃんは籠に無花果や洋梨に豆の鞘のような物を入れて渡して来た。
「これでどうだい。お嬢ちゃん可愛いからオマケしといたよ」
相場がわからないのでどのくらいだかわからないが、お礼を言っておく。
「ありがとうございます。あと、この豆みたいのはどうやって食べるのですか?」
食べ方がわからない物は聞くに限る。
「嗚呼、これはフィンガーライムって言ってな、割ると中からプチプチと果肉が出るからそれを食べるんだ」
「フィンガーライムですか!初めて見ました」
異世界果物かと思ったら違った。私の知っている果物だった。
枝豆のような鞘――房のような見た目、小さな木通のような感じであり、色は様々。木通のような紫色の種類もある。大きさは親指ほど。
乾燥地帯原産で、日本では出回る事は滅多に無い。私が知っているのは何故か農業誌が送られて来たのを見て偶々知っただけだ。
まさか異世界でフィンガーライムを食べる事になるとは思わなかった。
『お嬢様、色々買ってまいりました』
シルキーさんが食べ物を抱えて戻って来た。
「では、食べ歩きましょうか」
八百屋のおっちゃんにお礼を言って大通りを進む。
「シルキーさんは肉の串焼きと貝と海老ですか」
貝は帆立のようなもので、海老はバナメイエビぐらいの大きさのものだ。
『お嬢様はフルーツ盛合せですね』
「知らない果物かと思ったら、知っている果物でしたよ。肉の串焼き貰いますね」
シルキーさんから一本貰って口に運ぶ。
「ん?んん、んー」
肉が硬い!しょっぱい!香草が多い!
『あまり美味しくはありませんね。お嬢様が作った干し肉を焼いた方が断然美味しいと思います』
干し肉は焼かないが、そう思うのもわかる。
美味しいか美味しくないかで言ったら美味しくない部類に入る。
私がこの身体だから良かったが、歯の弱い人なら歯が持っていかれただろう。
乳歯を抜歯するには良いのかもしれない。
『この肉は失敗でした』
シルキーさんは肉の串焼きを見て呟いた。
「シルキーさん、失敗することが良いんですよ。フィンガーライムをどうぞ」
鞘を半分に折ったフィンガーライムを渡す。
プチプチとしたフィンガーライムの果肉を口に含むが味はしない。
しかし、噛んだ瞬間に酸味と爽やかな柑橘の香りが口に広がる。
「これは爆弾のようだ」
プチプチとした食感に噛んだ時の爽やかさが普通の柑橘類とは違う。
『凄い爽やかですね。それなら――』
シルキーさんは肉の串焼きにフィンガーライムを乗せて食べた。
『これは良い食べ方ですよ』
シルキーさんに勧められるがまま、私も肉の上にフィンガーライムを乗せて食べる。
相変わらず硬いが、香草臭さと塩っぽさがライムの香りと酸味で紛れる。
「良い組み合わせですね。失敗を挽回出来るのは素晴らしいですよ」
これが正規の食べ方なのではないか、というほど合っていた。
フィンガーライム単体では甘味が少ないので、口直し的な食べ方が良さそうだ。
『お嬢様、こちらの貝や海老は美味しいです』
貝と海老の串をシルキーさんから渡されたので、口に運ぶ。
こちらは塩味や焼き加減も丁度良い。
「美味しいですね。海が近いから魚介類の方が馴染みがあるのでしょうかね」
色々と食べたが、肉以外は当たりのようだ。
まぁ、今までが薄い塩味のスープがメインだったのでどれも美味しく感じる。気がする。
一番の収穫はフィンガーライムかもしれない。様々な料理に合いそうだ。
◆
アタクシはオーピス。パーディン殿下に仕える影。
パーディン殿下が出した命令は従う。
「オーピス。お嬢が変な事しようモンなら止め……無理やな。観察するだけでエエ。夕暮れになったら迎賓館へ連れて来ぃ」
私はただ夕暮れまで観察するだけ。
そう。観察するだけ。
観察対象が間違えてスラム街の方へ向かったとしても観察するだけ。
そう。アタクシは何もしない。
夕暮れまで何も。
◆
「アレ?変な方を曲がってしまいましたかね?」
何やら人気が無い。
『では、来た道を戻りましょうか』
その方が確実だろう。
ヒトがいれば道を聞いても良いのだが、裏道と言わんばかりで誰もいない。
そうだ。ここでシルキーさんに金銭を渡しておこうか。
シルキーさんに二つ袋を渡した。
『これは?』
「財布ですよ。街では掏摸対策として二つに分けて持ち歩く方が良いですよ」
割合は半分ずつにしてあるが、それはシルキーさんに任せる。
「色々食べて学んでもらう為の資金です」
小銅貨と銅貨が十枚ずつ入っている。
それほどあれば色々遊べるでしょう。
『ありがとうございます。しかし、こんなに沢山……』
「私に美味しいものを食べさせてくれるのでしょう?」
シルキーさんは少し言葉に詰まったが、『ハイ』と肯定してくれた。
「んじゃ、戻りましょうか」
後ろに振り返ろうとした時に子供が走って来て私にぶつかった。
「ごめんよー」
走り抜けて行った子供は直ぐに見えなくなった。
「シルキーさん。アレが掏摸です。私の腰にあった財布がなくなっています」
『えぇ!?早く追いかけなくては!!』
私がゆっくりと説明しているのには訳がある。
それは――
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
子供が過ぎ去った道から悲鳴が聞こえて来た。
シルキーさんと共に声の方向へ向かう。
入り組んだ道を色々と探したら先程の子供がうずくまっていた。
『ヒトの子よ、どうしたのです?』
うずくまっている子供に声をかける。
「う、腕がぁ」
見ると腕が青黒くパンパンに腫れている。
「その腕、早く治さないと死にますよ。今なら貴方の全財産で手を打ちましょう」
私は手を優しく差し伸べた。
「お、お前がいけないんだ!お前!袋に蛇なんか入れやがって!!」
そう。私の財布に毒蛇を入れ、掏摸に合う前提で腰に下げていた。
「何の事でしょう?私達は悲鳴を聞いて駆け付けただけにすぎませんよ。私なら解毒出来るのですが」
少年の顔は見る見るうちに青ざめていく。
「クソぉ!分かったよっ」
私の財布ともう一つ袋をこちらに投げ飛ばした。
「少年の財布は……銭貨ばかりですね」
銭貨はちゃんとした硬貨として扱われていない。
言ってしまえばゴミなのだけれど、金持ちなら掏摸などしないか。
「渡した!早く治療してくれよ!」
わーわー喚く少年を無視してシルキーさんに問いかける。
「問題です。掏摸対策として何をすれば良かったでしょうか?」
『財布を分ける……でしょうか』
そう。当たりだ。
「私達が対策をして、この子がしてないハズ無いでしょう?さぁ、靴の中にでもあるのでしょう?対価は全財産ですよ」
喚いていた少年は一瞬大人しくなり、靴を脱いで私に投げ付けた。
靴の中に縫われた後があり、剥がすと小銀貨一枚だけあった。
「まいどあり」
解毒ポーションを半分腕にかけ、もう半分は飲ませた。
「こんな奴から盗るんじゃなかった」
少年は泣きながら愚痴をこぼしているが、窃盗なのだから元々やる事では無い。
『もうこんな事はするものではありませんよ』
シルキーさんに説教されてやんの。
『お嬢様もあまり変な事はしないで下さい』
ぐっ、私も怒られた。
「さて、少年クン。治ったよ。いやぁ死ななくて良かったですねぇ」
爽やかにやり切った感を出し笑顔で対応するが、少年は私に恨みの念を流しているようだ。
「そんな顔しても私は被害者ですよ。それに解毒も格安だと思いますよ」
実質小銀貨一枚しか貰っていないのだ。
この街で解毒が無料なら私がボッタクリ価格なのだが、騎士とのやり取りでポーションに需要があるようなのでボッタクリじゃないはずだ。
「クソっ!」
少年は治った腕で地面を殴った。
「さて何かの縁ですし、では私から儲け話をしようじゃあありませんか」
奪っ――儲けた小銀貨を少年に見せ、話を続ける。
「私達はこの街に来たばかりでして、教会に行きたいのだけれど道に迷ったらしい。小銀貨一枚で道案内してくれないだろうか」
実にわざとらしく大根役者を演じてみせた。
「元々それは俺のだ!」
「ポーション代で私が儲けたものですよ。道案内が無理そうなら私達とはここでさよならですよ」
私は振り返ってここを立ち去ろうとする。
「わかった!道案内する!」
後ろから少年の声が聞こえた。
◆
いやー、どうしようかなぁ。
『お嬢様、教会は目の前ですよ。行かないのですか?』
目の前にいるシルキーさんに急かされる。
掏摸をした少年に教会前まで案内をしてもらった。
私はパントマイムの如くペタペタと目の前にあるであろう壁を触る。
目の前にいるシルキーさんからは『凄い芸ですね』と言われたが、芸などではない。
「何やってんだ?行かないのかよ」
掏摸をした少年が声をかけてくれたが、前へ進めない。
「嗚呼、シルキーさん。私そっちへ行けないみたいです」
結界のようなものだろうか。教会前に見えない壁がある。
薄そうではあるから、破壊出来そうだが。ライトノベル主人公が強すぎて結界を破壊するというシーンがあるが、あれはコンビニの窓ガラスを突き破って侵入する車と同じだと思う。
よくある「アクセルとブレーキを踏み間違えた」というヤツ。
主人公よ。お前は高齢者ドライバーか?と問いたい。
私は結界が薄かろうと破壊はしないぞ。
『どうやっても無理でしょうか』
シルキーさんは壁の内側から言って来るが、それはマウンント取っているのかい?
「嗚呼、神よ。何故私にこんな試練を与えるのでしょう。只私は主に祈る場へ踏み入れたいだけなのに!」
クルクルと回ってから、片膝を着いて祈りのポーズをとる。
祈ったら開くか試したが、何だか周りから注目を浴びてしまった。
相も変わらず結界は微動だにしない。
「少年君。教会に結界とかあったりするのかな?」
神の聖域とかで守られているというならば、私は神とやらに嫌われているのだろう。
「修道女に毎朝何で歌ってるか聞いたら、神銀具っていうお守りに讃美歌を贈ると魔物から守る力が出るらしいって言ってたな」
神銀具ねぇ。全く酷い駄洒落のようだ。私にとって全く笑えない。
「ケっ!」
私は結界を蹴り上げた。
ピキッ!っと変な音が出たようなので、慌てて蹴った場所を摩った。
「危なっ!どんだけ薄いんですか」
私が蹴っただけで割れてもらっては困る。結界は器物損壊罪になるのだろうか。
「やっぱり駄目そうでーす」
シルキーさんに向かって手で大きなバツ印を作って見せた。
『では、冒険者登録をするしか無さそうですね』
はぁー。自分は冒険者の依頼をお願いする側だと思ったのだけれど、思い通りにはならないものだ。
商業組合があればそっちが良かったのだけれど、この街には無いらしい。
「仕方がない。行きますか。少年よ冒険者組合まで案内してください」
「教会までって話だろっ!?」
『ヒトの子よ、そんな事は一言も言ってはおりませんよ。「小銀貨一枚で道案内」と言ったまでです』
そう。契約に厳しい精霊の言う通り、「教会まで」とは言っていない。
残念だったな少年よ。
冒険者ギルドは、どうやら正門側にあるらしい。
くぐった門は裏門だから、本来なら大通りに戻って進めば良いのか。
だが、掏摸の少年は裏道が得意らしい。
裏道の狭い通路をグングンと進んで行く。
その途中に檻を運ぶ馬に出会った。
「あれは――」
檻の中にはヒトが何人も入っているのが見える。
「あれは奴隷だよ」
少年は檻に冷たい視線を向けながらも説明してくれた。
「借金、口減らし、犯罪。色々な事柄によって奴隷になるんだ。俺も――、ああなるかもしれないと思ったら反吐が出そうだ」
掏摸をしてまでも生活苦であるのだから、奴隷となるかの瀬戸際なのだろう。
騎士に捕まったらこの少年は奴隷になるのだろう。
私はそんな冷たい檻を見た。
「――、少年君。お腹が空いているでしょう?これでシルキーさんと何か買って来て食べて下さい」
私は銅貨二枚を少年に渡す。
『どうしたのですか?――!!まさか!お嬢様、奴隷を買うつもりじゃ――』
「いいえ。シルキーさんを養うので十分お腹いっぱいなので、奴隷は買いませんよ」
ここでちゃんと否定する。しないと酷い誤解を生みそうだ。
「あれは獣人ですよね」
檻の中には目に包帯を巻いた獣耳の女の子がいた。
「そうだな。獣人は奴隷に多いんだよ。口減らしが多いんだ」
少年は俯きながら銅貨を握り締めた。
これまですれ違うヒトは普人ばかりだった。
初めて普人以外のヒトを発見したのだ。
「獣人を観察してみたいんですよ。シルキーさん、少年に何か食べ物を買ってあげて下さい」
『……承知いたしました。行きましょうヒトの子よ』
「良いのかよ。アレは変な眼してんぞ」
何か失礼な言葉が聞こえたが、シルキーさんが少年の手を引いて連れて行ってくれた。
檻に近づく。獣人は猫のような耳が生えており、顔は人間だった。
目を隠すように包帯が巻かれていて、衣服はボロボロだ。
「どう見てもコスプレみたいですね」
獣人と言ってもあまり人間と大差がない。
本来人間の耳があるはずの場所はボサボサの髪で覆われていて見えない。
しかし、人間の耳があれば多少の膨らみがあるはずだが、それが感じられ無い。
「猫の獣人なのだろうか。それで目の病気とか?いやいや、瞬膜があるようには見えない。やはり衛生面か」
猫は目の病気になりやすい。それは主にウイルスが原因で結膜炎になったりするからだ。
衛生面が悪い事や、瞬膜と呼ばれる猫の第三の瞼に炎症が見られる場合が多い。
瞬膜は目頭から目尻に向かって閉じる瞬膜と呼ばれる薄い白い膜だ。眼球の表面に付いたゴミを払いのけるワイパーのような役割をするのだが、瞬膜が出っぱなしになっていると涙が眼を覆えず、ドライアイのようになって病気にかかりやすい。
だが、獣人に瞬膜はあるのだろうか。瞬膜は様々な動物に備わっている。構造として、目頭から出るのだから猫のような鼻が高い顔が望ましいが、目の前の獣人は人間顔だ。
手足も人間と大差ない。
違う原因だろうか。
私は【魔眼】で魔力の流れを見てみる。
「眼に魔力が通じていないのか」
何かによって、せき止められているようだ。
「血栓。いや、魔栓と呼ぶか」
魔力の澱とも言えるだろうか。塊が詰まっているかのようだ。
私は獣人の魔力を操って栓を破壊しようとしたが、どうも勢いが足りない。
魔力が弱々しい。
「奴隷だからだろうか」
私は魔力をカテーテルのように伸ばし、獣人の太腿から刺し込む。
「な、なに?だ、誰?や、やぁっ!」
身体を巡って、眼の前に運ぶと思い切り突いてみる。
「ああ゛ぁっ!!眼がぁっっづいぃぃぃぃぃぃ!!」
見事にせき止めていた栓を砕き、眼に魔力が流れ始める。
ちゃんと砕いた栓の塊を回収したので心臓や脳で詰まる事は無いだろう。
「あ、血液って一気に流したら駄目なんだっけ」
魔力だから気に留めていなかったが、血管のように破裂したりしたら困る。
しばらく様子を見ていたが、魔力が漏れている様子は無い。
「おい!餓鬼!何してんだ!ウチの商品だぞ!」
騒ぎを駆け付けた店主が私を追い払うように出てきた。
やっば。
「あぁぁ~。ごめんなさ~い」
私はシルキーさん達が向かった方へ逃げる事にした。
◆
シルキーさんと少年は何かを買って、こちらへ向かって来る最中だった。
「あ゛ぁぁ。まったく、この世界に来て怒られすぎですよ」
シルキーさんは『自業自得』と言わんばかりの冷たい目線を送って来る。
『お嬢様は何をしでかすか分かりませんし、常識外れの事が多いですから』
いや、今回は魔力のカテーテル手術――は伝わらないか。
「お前、何したんだよ」
出会って間もない少年も呆れ顔だ。
ちくせう。味方がいない。
「色々と獣人奴隷で実験してたら怒られました」
「そりゃそうだろ。せめて買ってからにしろよ」
ごもっとも。ド正論だ。
「そういえば、獣人って何ですか?」
「はぁ?」
少年は私の頭がおかしくなったのか?と言わんばかりの声量だ。
『獣人は短命種のヒトです』
短命種?
『エルフなどは長寿種で、百歳を超える者が多いですが、獣人は派と型によりますが二十歳以下で亡くなる事も多いです。ヒトとして短命な種族です』
「派と型ですか」
『派は何の獣であるかですね。鼠のような獣人であれば寿命が短いです。型は三種ありまして、獣が二足歩行になったような「原種型」、普人に獣の特徴が現れた姿が「混種型」、普段は原種型、混種型ですが、大きな獣と化す力がある「神獣型」があります。寿命は順に長くなり、神獣型は五百年を超える寿命を持つとも言われますが、数がいません』
そうか。心拍数によって寿命が決まるとも言われたりする。
ハツカネズミは一分間に六百回。寿命は二、三年。鯨などの大きな動物だと心拍数も一分間にわずか二回ほど。寿命も九十年ほどと長い。
寿命は食生活や、病気など様々な事で変わるが、関係性は少なからずあるとは思う。
『寿命が短いと言いましても、成長の速度が違います。鼠の獣人は十年も経たない内に成人します。そして原種型は手先が不器用ですが肉弾戦のセンスが良く、混種型は普人のように武器を使う型となります』
そうなると色々な組み合わせがあるな。
火力重視の前衛としてなら原種型。しかし、寿命が短いためにパーティーとしても長くいられない。パーティーの寿命を考えるなら混種型だろうか。
まぁ、パーティーを組むならばの話だが。
『また、身体的な特徴も派によって受け継ぎます。耳や鼻、尻尾などです。原種型の方が嗅覚や聴覚が良いのですが、普人に比べたら混種型も良い方でしょう』
「んじゃ乳房の位置はどうなんです?」
「お、お前お、お……何訊いてんだよ」
少年の口調がしどろもどろになっている。
「いや、生物的な意味合いですよ。少年は男の子だから気になるんでしょう?」
ニヤニヤしながら聞いたら「うるせぇ」と言われてしまった。
「実際、動物の猫などは下半身の近くに乳房があるわけで、それは子どもを育てるには良いポジションなんですよ」
猫は横たわって母乳をあげ、牛などは立ちながらあげるわけで、前脚の近く――人間で言う両腕近くには無い。
逆に人間は子どもを抱き抱えながら母乳をあたえる。
『二足歩行の獣人は上半身の腕の位置だと思います』
やはり、人間と同じようになるのか。
『少なくとも混種型はそうでしょう。普人がベースですので』
「では内臓の位置関係や腸の長さなども変わってきますね」
日本人と外国人の人種の差ですら内臓の位置が違ったりするのだ。獣人ならもっと変わってくるだろう。
「お前等よくわかんねぇ事言ってんのな」
少年は退屈そうに腕を頭の後ろで組んで歩いていく。
「私は自称生物学者ですから」
「自称かよ」
ツッコミが入ったが、他称される以前にヒトと出会っていなかったので素直に受け入れる。
「少年の大好きな乳房トークは終わっちゃいましたよ」
「うるせぇな」
少年は否定しなかった。うんうん。男の子だからな。仕方がないよな。
私は沈黙で頷く。
「何かムカつくなぁ」
悪態を吐いてはいるが、寛大な心で受け入れましょう。
「さて、これから行く冒険者ギルドって仕事を斡旋しているような所ですよね」
大体のライトノベルやゲームにある知識しか知らない。
『ええ。採取や魔物討伐、探索がメインとなります』
認識としては間違っていないようだ。
「ここだ」
少年が指をさす大きな建物には大きな看板。看板には剣と盾、銛と魚が描かれている。
『漁業組合と合同との事ですし、看板も建物も同じなのでしょうね』
「では、ここまでの道案内ありがとうございました。私達は豊穣祭の出店をやるので儲けたいなら雇うので来て下さいね。あ、それから掏摸仲間がいるなら一緒にどうぞ」
少年は苦虫を嚙み潰したような顔をしたが、銀貨一枚手渡したら悪態を吐きながらも「何かあっても文句は受付ねぇからな」と言って去って行った。
『来ますでしょうか』
シルキーさんは不安そうな顔をしたが、少年は来るだろう。
物価から銀貨一枚もあれば五人家族で三ヶ月ぐらい暮らせる計算とする。それを簡単に渡せるヤツがいるなら、どんなヤツだろうが逃がさないだろう。
日本で百万円をポンと渡されて一緒に働かないかと言われたら、どんなに危ない橋だろうが働くヤツはいる。小悪党ほどよく釣れるだろう。
「仲間がいれば来る確率が高くなるでしょうね」
標的を分散するだとか、数が上回れば勝てると思ってくれたら良いのだけれど。
さて、入ってみるとテーブルや椅子があり、奥に受付カウンターのような場所がある。
二階へ上がる階段もあるため結構広い。
一フロアは大きめのスーパーぐらいの広さだ。
体感で二時過ぎぐらいなので人は少ないが、テーブルで何か飲み食いしている人がちらほら見かけた。
受付カウンターへ向かい、受付のお姉さんに話そうとするが、カウンターが高い。
「冒険者登録をしたいのですが」
この身体では身長がギリギリだ。シルキーさんも私を模した身体なので同じだ。
「おいおい、ここは嬢ちゃんみたいな小せぇガキが来る所じゃねぇぞ」
後ろからハゲのおっさんに話しかけられた。
――スキンヘッドと言った方が良いだろうか。
ガタイは良く、私達の三倍はありそうだ。
『失礼ですね。これでも――』
「あー、シルキーさんストップですよ」
よくある冒険者組合でのテンプレのようだろうが、これは違う。
――というより、普通に受付前で面倒事を起こすようなら恐ろしいほどに馬鹿でしかない。
普通、何かやるなら登録を通してから暗躍するだろう。
いや、馬鹿だからやってしまうのか。馬鹿のジレンマだな。
「この人は私達の事を思って止めてくれているのですよ。恐ろしい程のお人好しか、ギルドの職員とかでしょう。例えばギルドマスターとか」
大男は一瞬表情が強張った。
「私達をどうにかするならこんな所で声をかけませんよ。というより、声なんてかけませんよ」
無言で襲うのが一番なのだよ。気配を殺しているのに襲撃時に奇声をあげる暗殺者なんて馬鹿の極みだ。
『では、このヒトの子は私達を案じていたと』
このおっさんをヒトの子と呼ぶには違和感しかないのだけれど、シルキーさんからしたら年下なのだろう。
「おい、お前等普人――じゃねぇな。こっち来い」
大男に連れられ、二階の執務室に通された。
「さて、変に勘が良い嬢ちゃんは普人じゃねぇな。俺はジェフリー。あそこで冒険者として無茶しそうな子どもに注意してるんだが……」
ジェフリーは私達を訝しげに見る。
「そうですね。私は自立型ホムンクルスでこちらは風の精霊です」
『“元”風の精霊で、今はお嬢様の従者です』
シルキーさんは私の言葉を訂正した。
「私はクルス。こちらは従者シルキーです」
カーテシーをしてジェフリーに挨拶をする。
「もしかして、貴族様か?」
嫌そうな目で見て来たので昔何か貴族間であったのだろうか。
「平民ですよ。そう強張らないで下さい」
「本当かよ」
疑わしい目で見て来るが、私は平民も平民。というより、孤児――いや、野生児に近い。
かろうじて家があるのが救いだ。
「俺はこのギルドのマスターというか――荒事担当をしている。だから変な事を勘繰られて広まるのは困る」
だからこの執務室に連れられたのか。
『お嬢様の考えが当たっていたわけですね』
「それで、ホムンクルスの術者は――」
「いませんよ。自立型と言ったじゃあありませんか」
毎回このくだりをやるのだろうか。
『お嬢様は勝手にゴーレムが移動しているような状態ですので』
そう思うと術者を聞きたくなるのはわかるか。
「で、冒険者になりたいって?」
嗚呼、本来の目的を忘れる所だった。
「そうなんですよ。不本意ながらも登録しなきゃいけない状態になりまして」
神様とやらが私を拒絶したがために冒険者にならなくてはいけなくなった。
「そんな嫌そうに登録しに来たヤツは初めてだぞ」
商業ならまだしも、冒険をする予定が無いのに冒険者だなんて悲しすぎる。
「しかし、冒険者になるにはある程度の力が必要となる。試験は受けてもらうぞ」
よくあるヤツか。魔力を測る水晶を割ったりする場面のやつね。
「とりあえず簡単な試験だ。得意な武器での組手みたいなものだ」
ジェフリーに連れられて一階の訓練場のような場所へ向かった。
訓練場には的や案山子のような物が並べられていて、隣には地面から一段上がった武闘会の会場のようなものがあった。
「この中から好きな武器を選んでくれ」
弓矢やこん棒、木剣など様々な武器がある。
シルキーさんは弓矢を手に取り、私はナイフを見つけた。
「んじゃ、まずは精霊様から。この場所から的に向かって矢を当てれば合格だ」
『それだけで良いのですね』
シルキーさんは弓を引いて矢を放つ。
風が吹いて放たれた矢を掻っ攫っては的へ中てる。
毎回思うが弓矢の使い方が間違っている。
前に槍でも良いんじゃないかと思って渡したが、重くて風でコントロールするのが大変なようだった。
やはり軽い矢の方が良いらしい。
「いや……まぁ、合格だが」
ジェフリーが文句を言いたいのはわかる。だが、私に向かって困ったような顔をしないでくれ。
私だって使い方間違ってると言いたい。しかし、風の精霊として効率的な方法なのだ。許してやってくれ。
『お嬢様、お待たせいたしました』
シルキーさんは弓矢を置いて私の元へ戻って来た。
「次は嬢ちゃんだ。ナイフなら俺が手合わせしよう」
え?あれ?投げナイフのつもりだったのだけれど。
ジェフリーは既に会場へ向かっている。
仕方がないか。
「よろしくお願いします」
「思いっきり来い」
ジェフリーは大きな剣――クレイモアか。
ジェフリーに向かって走り、ナイフで切りつけるが、クレイモアではじかれる。
何度も何度も切りつけるが、いなされて終わる。
「お、お前――」
ジェフリーが驚愕した顔で私を見る。
「ド素人以下だな。センスがなさすぎる」
いや、そりゃあそうだ。「僕は普通の高校生。しかし剣道三段、柔道黒帯、おまけに様々な格闘技に手を出している」みたいなんじゃないから。
ナイフなんてこっち来て初めて持っ――てないな。普通にキャンプで使ってた。
だけれど、戦闘なんてした事なかったから同じだ。
私は距離をとってナイフを投げた。
――と同時にジェフリーに向かって走る。
ナイフがクレイモアではじかれるが、それをキャッチしてまた投げる。
「おぉ、接近戦はどうしようもない雑魚助だったが、投げナイフにしたら良くなったな」
ナイフはジェフリーの背中をかすめて地面に落ちた。
「これなら合格だ。だけどナイフに予備は持っておけよ」
そう言ってこちらに振り返った時にジェフリーのベルトが切れ、ズボンが脱げた。
闘技場に童女二人、半裸の大男が一人。
どう見て事案状態。
「失礼します。必要書類を持って来ました」
そこに受付のお姉さんが運悪く入って来てしまった。




