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救済とは人の人生に干渉する害である  作者: 早乙女・天座
一章 朽ちてなお這い上がる者
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5話 尊愛の白百合

 朝、俺は目覚めた。

 春の眠気が何とも言えない心地良さを俺に教える。

 ぐっすり眠れた。最高の気分だ。

 俺は布団を畳み、部屋の片隅に寄せて洗面台へ向かう。

 軽く洗顔した俺はダイニングへと足を運んだ。ダイニングには白米のいい香りが漂っておりテーブルの上には、鮭、卵焼き、みそ汁、納豆、白米と朝から豪華なメニューが一人分並べられている。

 「おーい、ジイさん。何で一人分だけなんだ?食わねえのか?」

 俺は、このボロ屋に七十代前半のジイさんと二人暮らしをしている。

 七十代といえジイさんはとても元気で毎朝、俺に朝食を作ってくれる。その他にも家事全般は全てジイさんがやっておいてくれる。俺もできないことはないのだがジイさんの優しさに甘えさせてもらっているのだ。

 だが勘違いしてはいけない。決して俺の方が立場が上で働かせているわけではない。何なら俺の立場は家族よりも低いだろう。なぜなら俺はこの皇家に拾われた子なのだから。

 行く宛てもない俺を拾ってくれて、名前までくれた、そんな優しいジイさんが今日はいない。

 ジイさんにはもう親族がいないはずだから親戚の家に行っている線は切っていい。たまに飲みに行く友人がいるらしいが昨日の夜、ジイさんの姿を確認している。夜にしか飲まないジイさんが朝に飲み会は考え難い。それにテーブルの朝食は、まだ暖かい。ご飯なんて炊きたてのいい香りを漂わせていた。

 基本的、この時間帯に外に出ないジイさんが家にいないのは珍しい。

 俺は疑問を残したまま、ダイニングの食卓に着いた。

 食卓をよく見ると朝食の隣にポツンと茶封筒が置かれているのに俺は気付く。俺は封筒の口を開き中に入っていた手紙らしきものに目を通した。

 『終夜へ

  俺は長い仕事に出ることになった。もう、その家には帰らないだろう。家の物は全てお前にやる。金は振り込んでやれねぇから協会の支援でも受けてくれ。もしどうしても、ど~しても俺に会いたいというのなら協会の桐谷(きりたに)って奴に、この手紙と一緒に入れておいた黒いバッヂを見せてくれ。絶対に来いとは言わんぞ。絶対では無いからな。んじゃま、頑張れよ。じゃあな。

                               皇迅(すめらぎじん)より』

 「なんだよこれ。来てほしいなら素直にそう書けっての仕方ねぇな」

 俺はこれからのことを考えながら一人静かに朝食を口に運んだ。まずは春休み中に金銭面をしっかりさせなければならない。国裏政権(こくりせいけん)協会(きょうかい)には関わりたくなかったが今日、会員登録に行こう。

 俺は食器を片付けて外行きの服に着替えた。

 俺はあまり着飾らない方なので洋服費は掛からない。今日もいつもと同じシャツに薄い上着、下はジーパンの簡単なコーデで外に出る。財布とスマホを上着のポケットに入れて玄関へと向かう。その時、ふと俺はジイさんの手紙に書かれていたバッヂの事を思い出した。

 食卓に戻り、テーブルの上に置きっぱなしにしていた封筒を逆さにして手の上にバッヂを落とした。黒く煌めく丸いバッヂの表面には『国裏』と彫られている。親指サイズのそのバッヂからは謎の神々しさが感じられた。

俺はバッヂを財布の中にしまい今度こそ玄関へ向かった。


家を出て五分程歩いた。目的地まではまだかなり距離がある。昼までには帰りたいが、近くにコンビニがあるし念のため帰りが遅くなった時用の昼食を買っておいてもいいかもしれない。そう思い俺は水色の看板が立つコンビニの中へ入っていく。

 コンビニの中は空いていてパッと見、誰もいないように見える。

 特に食べたいものは無かったので適当に俺は弁当が置かれているエリアに足を運んだ。すると俺よりも前に弁当エリアで佇んでいる少女が難しい顔で、その一角を占領していた。

入店者は俺だけだと思っていたが他にもいたらしい。

 俺はその少女の邪魔にならないように後ろから弁当を見る。

 俺が冷やしうどんを手に取ろうとした瞬間、少女は振り返り俺の顔をハッとした目で覗き込んだ。

 「あー!皇くんだ!」

いきなり見慣れない少女に名前を呼ばれ驚いたが無視することを即決する。

 俺は冷やしうどんとおにぎり二つを持ってレジへと直行した。

 「ねぇー何で無視するの?皇くんだよね。ねぇー」

 俺がレジに向かうと、ずっと迷っていた弁当をすぐに決めて追いかけてきた。

 正直にウザい。

 『誰だコイツは?』頭の中で謎が大きく広がっていく。

 「ねぇ皇くん」

 俺はスムーズに会計を済ませコンビニを後にする。他の客がいなくて助かった。

 足早に店の扉を越え、勢いよく歩道へと踏み出した。

 流石にもう追ってこないだろう。

 「待ってよ!皇くん」

 追ってきた。

 「ねぇ皇くん、弁当買って今からどこ行くの?友達と外で一緒に食べるの?それともお家に帰ってから一人で食べるの?一人ならうちのお店においでよ。私は今から行かなきゃいけないとこがあるから行けないんだけど、弁当屋でね凄く美味しいんだよ」

少女は俺がいくら無視しようとも執拗く話しかけてくる。

 「ねぇ皇くん今からどこいくの?」

 「市役所だ」

 折れた。仕方ない本当にどこまででも着いてきそうな勢いで話しかけてくる。

 その表情は一々、新鮮な魚のように輝いていて、俺に対してとても不愉快なものと呼べる。

 「市役所?なんで?」

 「別に何でもいいだろ。てか、お前誰だ?」

 ずっと後ろを追いかけてきていた少女が俺の隣に着いた。

 「えっと私は一年生の時、隣のクラスだった白鳥だよ」

 学校のやつだったのか。にしても隣のクラスのやつが何で俺のこと知ってるんだ。

 「そうか、隣のクラスの」 

 「うん、君は皇くんだよね」

 「ああ」

 白鳥がムスッとした表情を見せる。

 「じゃあ何で直ぐに返事してくれなかったの?私、人違いしちゃったかなって、すっごく焦ったんだからね」

 そんなことは知らない。執拗いお前が悪いんだろう。

「あ!もしかして皇くん人見知り?恥ずかしがり屋さん?だから学校でも一人でいるの?」

『殴り飛ばしたい』そんな感情が俺の心を支配しようと怒の色で塗り立ててくる。  

 完全に対人関係をシャットアウトしている俺のパーソナルスペースに入いり込むコイツは異常者だ。

「もう大丈夫だよ。私ずっと一人で暗い顔してる皇くんのこと気になってたの。でも近づこうとしたら、なぜかいつも邪魔が入るんだよね。けど今日話せたからもう安心だよ、私には気兼ねなく接してくれていいからね」

限界だ。白鳥は良心で言ってるんだろうが腹が立ってしょうがない。どうにかしてしまいそうな程に俺の気分を逆なでする奴だ。どうせ直ぐに治せば気付かれることは無い。いっそやってしまおうか。

「いけませんよ主様(ぬしさま)。白鳥様は主様(ぬしさま)の為に言ってくれているのですから」

 俺の心移す体(しんいたい)、百合姫が握った俺の拳を両手で包んで抑制した。

 『幾ら見られないからって勝手に出てくるなって、いつも言ってるだろ』

 ――しょうがないではありませんか。主様、本気で殴りそうでしたから。

 『んなの冗談に決まってるだろ。流石の俺でも、これくらいの感情操作は出来る』

 俺は百合姫の瞳の無い目を真摯に見つめ、心の中で訴える。

 「皇くん。その子......」

 「!ッ......初めまして、私は終夜様の心移す体、百合姫と申します」 

 「白鳥お前見えるのか⁉」

 俺は初めて白鳥の話を聞く気になった。

 実のところ俺、()()()()ジイさん以外の能力保持者と接触した()()()()()

 白鳥が初めてだ。

 「まさか皇くんが能力者だったとは。驚きだね」

 もしかしたら市役所までの距離を排除できるかもしれない、と考えた俺は白鳥の話を聞くことにした。

 「それはこっちのセリフだ。まさかコンビニで能力者と会うとはな。育ての親以外の能力者と会うのは初めてだ」

 「え!そうなの。じゃあ協会の人間じゃないんだね」

 「ああ、今から会員登録に行くつもりだったんだ」

 「あ~だから市役所か~。納得」

 歩きながら会話を続ける俺の上を通り越して百合姫が目の前に移動してきた。

 「あの主様」

 「どうした?急に」

 「私、お腹がすきました。そこの公園でご飯になさりませんか?」

 百合姫が大きな公園を指さして言う。

 「百合姫、心移す体は腹すかないだろ」

 「でも味は楽しめます。もう長いこと口に物を入れておりません。主様、私のことあまり外に出してくださらないんですもの。私、寂しいです。用事がなくても私を外に出してください。もっと主様の顔を見たいです」

 色っぽい身体のわりに幼げな声で百合姫が切なそうに訴えてくる。流石の俺も、ずっと傍にいてくれたコイツにこんな顔されると心苦しくなる。

 「分かった。分かったからそんな顔しないでくれ。白鳥、公園で話そう」

 「うん!いいよ。皇くん、百合ちゃんに酷いことしたらダメだからね」

 「百合ちゃん、だと?」

 人の心移す体に変な愛称を付けないで貰いたい。

 「白鳥様。百合ちゃんとはもしかして私の事ですか?」

 「うん」

 「有難うございます。とても嬉しいです。主様もそう呼んでくださっていいのですよ」

 「呼ばねぇよ。なんで乗り気なんだよ」

 百合姫はどうも俺っぽくない。本当に俺の心移す体か度々疑いたくなる。

 「え~皇くんも呼ぼうよ~。百合ちゃ~ん」

 「は~い」

 白鳥に呼ばれ、百合姫が笑顔で宙を駆け回る。

 こんなに楽しそうな百合姫を見るのは初めてだ。

 白鳥といると調子が狂わされる。何なんだこの女は。


 俺たちは公園のベンチに座り、かなり早い昼食を取ることになった。

 まだ昼食には早い時間帯だがランチ広場には、ビニールシートを敷いて和気藹藹としている家族やカップルの姿が意外と多く見られた。

 大きな噴水があるかなり大規模な公園、近所ではあるが行く機会がなかった為、中を見るのは初めてだ。

 随分と多くの人がいるものだ。迷子になったら二度と会えそうにない、白鳥をしっかり見ておかなければ。逃がしたら態々、時間を割いた意味がなくなる。

 「主様、その鮭のおにぎりをください」

 「ダメだ。これは俺のだ。こっちの昆布で我慢しろ」

 二人用のベンチに俺と白鳥が座り、百合姫は俺の方を向き宙に浮いている。座る場所がないとはいえ少し可哀そうだ。

 「皇くんダメだよそんなこと言っちゃ可哀そうでしょ。半分こしたらいいじゃん」

 普段人との関りをシャットアウトしていたせいか、そんな簡単な解決策も導き出せなかった。半分こ、中々いい手だ。

 俺は早速、手でおにぎりを半分に割る。

 「うわ!凄い皇くんロボットみたい。なんでそんなに正確に半分に分けられるの?」

 特に気を付けたつもりは全くないが意外なところで感心される。

 「知らねぇよ。たまたまだろ」

 「いや凄いよ。ねぇ百合ちゃん」

 おにぎりを待ち遠しそうに俺を見つめる百合姫に白鳥が同意を求めた。

 「いえ、主様にかかればこのくらい普通です。うちの(あるじ)は優秀なので」

 百合姫が誇らしそうに、デカい胸を張って言った。

 「へ~そうなんだぁ」

 「あの主様そろそろ」

 百合姫が俺を催促する。俺も早く食べたかったので片方のおにぎりを渡そうとすると、目の前に小さく開かれた百合姫の可愛らしい口が待ち構えていた。

 「なんだ?その口は」

 「あ~んです。あ~ん」

 「チッ、しゃーねぇな」

 正直もう面倒くさくてどうでもよくなってきたので俺は百合姫の口におにぎりを運んだ。

 百合姫は嬉しそうに頬張っている。

 「美味しいです主様」

 そう言って百合姫は俺に二口目を要求するかのように、また口を開いた。三口目、四口目と続き到頭最後の一口となった。最後の一口、おにぎりを運ぶ俺の手に百合姫のしっとりと潤った唇が当たる。これにより俺は、もう長いこと百合姫に触れていなかったことに気付いた。

 ずっと心中で会話をしていたから気付かなかったが百合姫を表に出るのは数か月ぶりだ。俺から出したで数えると年単位に達するだろう。急に百合姫が本気で可哀そうに思えてきた。

 「ほら、こっちの鮭のもやるよ」

 俺は百合姫の手に鮭にぎりを渡した。

 「え!いいのですか」

 「ああ、美味そうに食べてたからな。久しぶりに外に出した訳だし......な」

 「嬉しいです。有難うございます」

 「ねぇ私はなにを見せられてるの?二人だけ仲良くして私をのけ者にしないでよぉ」

 白鳥がいる事をすっかり忘れていた。何なら今日外に出た目的さえも忘れかけていた。

 「すいません白鳥様。久しぶりに主様に会って舞い上がってしまいました。お恥ずかしい」

 百合姫が頬を染めて顔を下にそむける。

 「もぉ。皇くんずっと一人だから心配してたけど、普通に会話できるじゃん。笑わないけど」

 「有難うございます。(あるじ)に代わってお礼させていただきます」

 『礼なんかしなくてもいいぞ百合姫。迷惑なだけだ』

 ――そんなこと言ってはダメです。私は主様に普通にご友人を作って頂いて、普通に幸せになって欲しいのです。

 『それは無理だ。人との関りなんて良いものじゃない。初めから関わらなければ平和に暮らせるんだ。それ以上の幸せを俺は望まない』

 俺のこの意見だけは百合姫は絶対に理解してくれない。俺は独りで平和に生きたいんだ。

 「もぉまた私をのけ者にしてるでしょ。言葉に出さなくても同じ心移す体がいる者同士、やり取りしてるのとか分かるんだよ」

 「悪かったよ」

 これ以上ことを荒らすと元も子もない状況になってしまうので素直に謝っておく。勿論本当に悪いなど微塵も感じていない。用が済んだら、本気で無視し続けてやる。同じ能力者だろうが俺の平和の敵でしかない。

 「別に良いけど。一人だけのけ者にされるのは寂しいんだからね」

 白鳥が弱弱しく言った。本当に寂しいのだろう。俺には理解できない感情だ。

 「申し訳ございません白鳥様」

 それから俺たちは()()()昼食をとった。主に百合姫と白鳥が。

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