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もう一つの物語  作者: 佐伯さん
本編
9/52

9 「私はセシル君で嬉しいですよ」

 結局あの後セシル君は父様と話し込んだらしく、此方に顔を出す事はありませんでした。ちょっと寂しかったりはしますが、顔を見て少し言葉を交わしただけでも結構に満足したのでまあもやもやはしません。


 ……ただ、思い出すとちょっと恥ずかしくなるのですけどね。いつになく至近距離まで近付かれたので、何か、恥ずかしい。それもセシル君が美形さんだから悪いのです。凄く、心臓に悪い。

 落ち着く時間が出来たのである意味良かったかもしれません。真っ赤な顔のままだとからかわれていたでしょうから。


 そして翌日の事ですが、昨日の埋め合わせという形なのか再びセシル君が訪ねて来てくれました。

 私も来る事を聞いてなくて、嬉しいやら昨日の気まずさやらで慌てて体を起こしてちょっと身を縮めます。いえ、過度に意識はしてないのですが……何となく、恥ずかしいというか。


 ノックと声掛けの後に入ってきたセシル君の顔はいつも通りで、私だけ意識してしまっているのが何だか馬鹿みたいです。そうです、気にする事はないのです、あれは事故でしたし。

 ふっと力を抜いて近寄るセシル君に「こんにちは」と挨拶をしつつ見上げると、セシル君もぶっきらぼうながら軽く手を揺らし挨拶代わり。


 やっぱり変わらないセシル君に、昨日は事故だと言い聞かせて微笑み、セシル君が椅子を引っ張って座るのを眺めて。

 ……何だかんだで見舞いには来てくれるセシル君って優しいなあと、ほっこり。忙しい中来てくれるのは、本当に嬉しいです。大切にされてると自惚れて良いのかな。


 胸がじんわりと温かくなって、ついつい頬が緩んでしまう。ちゃんと向き合ってお話ししたいから大分楽になった体を動かしベッドの淵に座るのですが、微妙にセシル君が目を逸らしてしまいました。

 さっきまで普通の態度だったのに急にぱっと目を逸らす物ですから、その動作の意味が分からずセシル君の顔を覗き込もうとすると掌で顔を押さえられました。それも私の顔を。酷くないですか。


「何なのですかー」


 病人……とも言えないような体調には近付いてますが、病み上がりの女性に対してその扱いは酷いと思うのです。

 抗議しようと思ったら此方を見て溜め息。さっきから私はセシル君に何で疲れた顔をされているのでしょうか。


「……セシル君?」

「取り敢えずお前はこれを羽織れ」


 ちゃんと聞こうと身を乗り出せばセシル君に両肩掴まれて座らされ、今度は側にあったショールを頭からかけられます。……髪の毛ぐしゃっとなったのですけど……まあ先程まで寝てたから変わりはしないと思いたいです。

 仕草は微妙に乱暴だったものの気遣いには違いなく、素直に肩から掛けて前を合わせた所で漸くちゃんと此方を見てくれるようになりました。


「お前は昨日の言葉を忘れたのか。無防備にするな」

「そんなにです?」

「非常に無防備で俺が怖い」


 そんな事言われたってセシル君がお見舞いに来てくれるから、私も起き上がってお話しするだけなのに。寝起きは寝間着と下着しか着てないのは普通だと思いますよ。窘められたのでショールは羽織りますけど。

 ……セシル君は誤解しているかもですが、流石に寝間着で部屋の外に出る時は上に羽織りますからね? 知らせがあったらなるべく羽織るようにはしてますし……。今日は急に来たから偶々なのです。


 だというのにセシル君は溜め息をつくから何か私が物凄く呆れられている気分です。


「何で私の顔見て溜め息ついたのですか」

「何でだろうな」

「あっ馬鹿にしてますね」

「してない。ただ色々心配になるだけだ。頼むから他人にこういう事はするなよ?」

「他人にって、誰に? 此処で会うのはセシル君か家族かジルだけですし」

「……ジルには頼むからちゃんとしてくれ」

「してますって、どれだけ信用ないのですか」


 いやセシル君にだらしない姿を見せている点では説得力がないでしょうけど。

 ちゃんとしてるのに、とぼやいても疑る眼差し。……本当にこの辺り信用されてませんね……いやそりゃあセシル君に油断した顔見せてるからだとは思いますが。


 ちょっと不服ではありますが、この辺は致し方ないと諦めましょう。セシル君だと安心してついつい緩んじゃうのは事実ですし。


「……体調は?」


 お互いに気を取り直して、今度はちゃんと向き合います。セシル君は私が起き上がって平然としている事を気にかけてるみたいですが、今の私は結構元気です。


「少し熱はあったり完全に元気とはいきませんが、ほぼ治ってます」

「ん、なら良かった。今度の祝賀会にも出れそうだな」


 ほのかに眼差しを和らげたセシル君。そういえば殿下から祝賀会の事を聞きましたね……報奨を与えるとか何とか。

 正直言えば欲しいものなんてありませんし、色々と面倒なので行きたくないという気持ちが強いのですけどね。流石に殿下に言う訳にも参りませんが。


「あー……憂鬱ですね、あんまり人前に出るのは好きじゃないのですが」

「まあ好奇の視線に晒されるだろうな」

「えー……」


 それは簡単に想像がつくので、げんなりしてしまいます。折角大分元気になったのに違う意味で凹みそうですよ……。


 セシル君から私は私であるという事を保証してもらいましたし、自分を化け物とか卑下するつもりはもうありませんが……周りはそうはいきませんよね。何も知らない人からすれば私は驚異に成り得る訳ですし。

 陰口はあまり嬉しいものではないので、祝賀会はちょっぴり憂鬱です。


「リズ」

「はい?」

「なるべく、ドレスは肌が出ない物にしろ」

「……セシル君お母さんみたいな発言ですね?」

「やかましい。常に側に居て貰うんだから視線に困らないものにしてくれ」


 ……常に、側に居て貰う?

 反芻しながら首を傾げると、セシル君は僅かに瞳を眇めて吐息を一つ。


「あれから聞いてないのか。祝賀会のエスコートは俺がする」

「……え?」

「ヴェルフはヴェルフで用事があって単独行動をするそうだ。お前を構ってられん」


 まあ、そりゃあ父様忙しいですから、用事があるなら仕方ないとは思います。……セシル君の邪魔になったりしないのかな。

 常に側に居て貰うって、ずーっと隣に居て貰うって事でしょうし。勿論父様と行ってもジルやセシル君の所には行こうと思ってましたが……セシル君が、エスコートしてくれるんだ。


「……分かりやすく言えば、俺は虫除けだそうだ。俺が居れば早々に手出しなんか出来ないからな」

「ああ、公爵家の跡取りさんですものね」


 なら父様がセシル君に任せるのもとても分かりやすいですね。結構私人から話しかけられたり誘われたりするので、その辺りを警戒しての事でしょう。強く断れないから流されそうと心配されてるという事ですけど。


 セシル君にパートナーを務めて貰えば、わざわざセシル君の警戒を受けてまで私に必要以上に話し掛ける人は減ると思うのです。居たとしてもセシル君が突っぱねるか助け船を出してくれるという事。

 ……皆からかなり気遣われてますね私。それほど討伐の噂が出回っているのでしょうか。


 納得です、と頷いた私に、セシル君は頷きつつも妙に渋い顔。


「親父に出くわさなければ良いが……」

「え、セシル君のお父様が祝賀会にいらっしゃるので?」

「……まあな。会うつもりはないが」

「えー、ご挨拶したいのに」

「止めろ、あんな腹黒女好きに目でも付けられてみろ、ろくでもない事が起こるに決まってる」


 唾棄せんばかりの表情なセシル君、非常に苦々しげに呟いては腕組みして苛立たしげに自身の腕を握っております。

 何だか舌打ちしそうな勢いのセシル君、ちょっぴり怖いですね。


 私はセシルのお父様……シュタインベルト公爵と会った事はありません。反乱前はゲオルグ導師がシュタインベルト家の当主であり基本的にゲオルグ導師が仕切っていましたから。私自身あまり社交界に出てなかったのもありますけど。


 なので代替わりした今、セシル君のお父様がシュタインベルト家の当主に就いているのですが……会う機会もなかったですし。だからどんな人が気になるのですよ、セシル君の評価は散々の模様ですが。


「そ、そんなにですか……?」

「ああ。良いか、俺みたいな色合いの人間が居たら即場所を離れるぞ。分かったな」

「は、はい」

「……絶対余計な事を吹き込ませてなるものか」


 何か意気込んでいらっしゃるのですがセシル君。


「……そんなに嫌いですか、お父さん」

「嫌いとかじゃなくて苦手なんだよあれは……」


 そこまで言われると逆に気になります。


「……兎に角、お前はなるべく目立たない服。肌は見せんな。知らない人間にはついていかない、俺の側を離れない。徹底しろ」

「……お母さん」

「怒るぞ?」

「ごめんなさい」


 あまり怒らせるのもまずいですし素直に謝りつつ、何だかんだでセシル君は優しいなあと改めて実感です。

 セシル君が苦手というのもあるのでしょうが、セシル君もし私に変な影響を及ぼすのではないかと危惧してくれてるのですよね。エスコートだって周りから私を助ける為にしてくれるものですし。


 何だか毎回セシル君に助けられているような気がするのですよ。気がするじゃなくて実際助けられているのですが。

 沢山助けて貰って支えて貰って、本当にセシル君には頭が上がりません。何かセシル君の為に出来たら良いなあと思うのに、セシル君がそういう隙を見せてくれませんからね。


 申し訳なさと嬉しさで半々の私、セシル君をちらりと見ては首を傾げてみせます。


「……祝賀会はセシル君がパートナーになるのですよね?」

「そうだな。我慢してくれ」

「我慢だなんて……。私はセシル君で嬉しいですよ」


 セシル君に文句なんてある訳ないじゃないですか、いつも気遣ってくれて、ちょっぴり意地悪な所もあるけどやっぱり優しくて。私の事を大切にしてくれている、とても素敵な人だと思います。

 それに、エスコート役としてもぴったりですよ?

 上背があって姿勢良く、凛とした空気を纏う美貌。セシル君はあまり気にしてませんけど、セシル君綺麗なのに。私も見掛けで判断する事はないですけど、端整な顔立ちしてるなあとは思いますし。


 セシル君がエスコートしてくれるならとても嬉しいです、と素直な気持ちで言ったのにセシル君は「そうかよ」と素っ気なく返してはそっぽを向いてしまいました。

 まあ恐らく照れ隠しか何かだとは思うので、そういう解釈をしておき、ふと考えた事を一つ聞いてみる事にしました。


「セシル君は何色が好きですか?」

「いきなり何だ」

「いえ、セシル君がパートナーならセシル君好みのドレスが良いかなって」


 普段は母様やメイドさんが選んだものを着てますが、相手がセシル君に定まっていますし、この場合はセシル君に合わせたものを着るべきだと思うのです。

 多分セシル君はシンプルなものを着てくるとは思うので合わせやすいですが、セシル君の好みのドレスでも着ていった方がセシル君喜ぶんじゃないかなって。……私のドレス姿で喜ぶかはさておき。セシル君見慣れてるとは思いますし。


 どんなのがいいですかね?と問い掛けた私に、セシル君は微妙に眉を寄せてから首を振ります。


「俺は気にしない。好きに着てこい」

「私が気にします。折角なんですからセシル君の好みが良いです」

「何でそこまで気にするんだよ」

「どうせなら隣に立つ女の子に自分の好みのもの着て貰おうとか思いません?」


 まあ似合う事前提ですけど、と言いつつちらちら窺ってみたり。

 そういえばセシル君ってあんまり服の好みとか言いませんし、この際聞いてみるのも良いんじゃないかなって。別に聞いてどうこうする訳じゃないですけど……何となく、知っておきたくて。


 駄目ですか、と眉を下げるとセシル君ちょっと困ったお顔。それからちらちら此方を見ては、やがてゆっくりと吐息を零します。


「……お前は、明るくて柔らかい色が似合うと、思う。ピンクとか、黄色とか。赤も似合うが、お前はもっと淡い色の方が似合う」

「分かりました!」


 似合う、と言われたら着ない訳がないのです。私が言わせたようなものですが珍しくセシル君が服について何か言ってくれるのは嬉しくて、この意見を元に後で母様と一緒にドレスを選ぼうと決意。

 セシル君、私を基本褒めてくれる事は少ないので、ちゃんと似合うドレスを着たら、少しは褒めてくれるでしょうか。……それはそれで照れ臭いですけどね。


 頑張りますね、と小さく拳を作った私へセシル君は呆れた顔。


「張り切らなくて良いから」

「えー、折角セシル君の好み知れたから頑張ろうと思ったのに」

「俺の好みというか……お前に似合うと思っただけだし」

「その一言が嬉しいのです」


 似合うって言ってくれるだけで女の子って頑張れるものなのですよ、とちょっぴりある恥ずかしさを隠して微笑むと、金の双眸が細められます。

 呆れられるでしょうか。セシル君にとっては、やっぱりドレスとかどうでもいいのかなあ。


 反応がない事にしょげた私に、また一つ溜め息が届けられます。


「……好きにしろ。自由に頑張ってくれ」


 声は素っ気ないですが、否定はしませんでした。事実上の応援に、頬を緩めて「はい」と返事をしてはどんなものを着ようかとクローゼットの中身を思い出すのでした。

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