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もう一つの物語  作者: 佐伯さん
本編
8/52

8 「応援しているつもりだが?」

セシル君視点で前話の裏側。

「……で、セシル、あれは何だ」


 不気味なまでににこやかな笑顔のヴェルフに連行された俺は、書斎で事情聴取を受ける羽目になっていた。

 何つータイミングで来やがった。傍から見たらそういう雰囲気になっていた時に限って来るとか。いや俺としてはあいつに注意喚起したかっただけであり、別に口付けようとかはしてないからな。

 そういうのは関係性を結んでからするべきで、討伐の時は例外だ。あいつも、俺にしてもらいたいとか思ってなかっただろうし。されるなら、ジルの方が喜ぶだろ。


「誤解だ、あれはあいつが引っ張って来ただけだ。それでついでに熱を計っただけだ」

「……まあそんな事だろうと思ったよ、お前にそんな度胸ないからな」


 こいつは俺の事を何だと思っているのか。

 肩を竦めてやれやれと掌をひらりと振るヴェルフに妙な方向で信頼されている事を思い知らされ、俺としては複雑な気分で一杯である。

 親として止めるつもりはあるのだろうが、セシルならするまいという前提でいるこいつは俺の事を舐めきっている。確かに無理強いはしないが、しないとも限らないだろうに。


「お前さ、リズの事好きだよな?」


 微妙に苛立ちを覚えていた俺に、ヴェルフは一つ爆弾を落とした。


 あまりに唐突でそれに反応しきれなかった為に息をつまらせれば、したり顔というよりはやっぱりかと諦念の混ざった複雑そうな顔が此方を見ている。

 ……目敏い親馬鹿(ヴェルフ)に隠せるとはとても思っていなかったが、こうも正面切って言われて反応に困るに決まってるだろ。


「無言は肯定と捉えるぞ。……お前もか」

「……うるせえよ」

「リズは天然で落としてくからなあ……」


 染々と呟いているヴェルフには、だったらお前の娘をどうにかしろと言いたい。

 あんな、呑気で、ぽやぽやしていて、賢い癖に変に間抜けで、内側に引き込んだ人間にはとことん甘く優しいあの馬鹿を、どうにかしろ。

 ……仕方ないだろ、傷付けた俺と仲良くしてくれて、ずっと側に居てくれて無邪気に笑いかけて来て。惹かれない訳がないだろ。本人には絶対に言わんが。


 唇を噛み締めて黙る俺に、ヴェルフは茶化そうとはせずただ静かな眼差しを向けるのみ。いつもの飄々とした雰囲気ではなく、いっそ厳格とも言える、親として、当主としての、顔付き。


「……リズに自覚はないが、リズはとても強大な存在になっている。否応がなしに、リズは狙われる。魔力が欲しい者、アデルシャンに縁が欲しい者、リズの美貌に目が眩んだ者、逆にそれらに嫉妬した者や危険視した者。色々な人間が、色々な考えを持って娘を狙うだろう」


 ……ヴェルフの心配は尤もだ。

 リズ本人にそこまでの自覚はないが、リズはただの貴族の娘にしておくには収まらない。

 恐らく国一の魔力を持ち、下手をすれば兵器として扱われそうな程に強力な魔術を振るう。これは俺にも責任があるし、俺がヴェルフに責められても仕方ない。娘の価値を示したと同時に、有用性をこれ以上になく国に示してしまったのだから。


 当然アデルシャン侯爵家の長女としても狙われる。他の追随を許さぬ魔力を顕現させる血筋にして現国王、次期国王とも親交の深い一族。

 その血を取り入れたいであろうし、縁を築いておきたいのも頷ける。


 そして、本人の外見。中身はぽややんとして大人と子供の二面性を持ったちぐはぐな奴ではあるが、外見ではそんな事は分からない。外見だけなら、リズは非常に恵まれていると言えよう。

 親譲りの色素の薄い柔らかい髪に滑らかな白磁の肌、大きな紅玉の瞳に小粒の唇。小柄で華奢で、その癖女らしい曲線を持った姿は、繊細で儚げな深窓の令嬢そのものだ。客観的に見ればとても可愛らしい、……客観的にだからな。

 あくまで黙っていれば、黙っていれば大人しそうで理想的なお嬢様の見掛けをしていて。

 ……それが、男の支配欲をそそる時があるのだろう。理解したくないが、そういう事を考える輩が居るのも、分かりはする。


 そんなリズは、当たり前だが狙われもする。それをヴェルフは危惧しているのだろう。俺にもその警戒が適用されるのは、仕方のない事だ。


「お前は、どれだ?」

「……そのどれでもないよ。強いて言うなら、リズの心が欲しい」


 ……俺としては、そういう疚しい感情でリズに近付いた訳ではない。

 勿論全てを引っ括めてリズという人間を好んではいるが、その価値でリズに惹かれた訳がない。そりゃあまあ可愛らしいとは思うが、外見なんかで好きになった訳じゃない。あいつの中身が好きだから、あいつを好きになった。


 だから、あいつの立場がなくなろうと魔力がなくなろうと可愛くなくなろうと、関係ない。俺は、リズという人間を好ましく思って、側に居たいと願っているのだから。


「だよなあ。ま、そこは疑ってないんだが……他の奴等はそうもいかないんだよ」

「……分かっている」

「一番手っ取り早いのは、王家の庇護下に入る事だ。それによって面倒な事や危険もあるが、強力な守護がある。易々と手出しは出来なくなるだろう。殿下もそれをお望みだ」

「それを俺に話してどうする?」


 ヴェルフの言う事は、正しい。

 リズの周りを安全にしたいなら、王家に嫁がせるのが一番だ。国母になるという事だからリズにはかなりの負担がかかるであろうし相応の責務を果たさねばならないが、厳重な警備と優雅な生活は保障される。

 自由を愛するリズには窮屈な生活かもしれないが、ユーリス殿下はリズを愛し幸せにしようとはするだろう。現に殿下はリズを好いているし、伴侶にと望んではいる筈だ。


 ……それをリズが望むなら俺は何も口出しするつもりはない。リズが幸せになれるなら。

 だからわざわざ俺に言う必要はないだろう。


「親の指示で嫁がされるのは、貴族にはままある事だ。だが、俺はリズにその道を強制したくはない。俺が自ら選んだように、リズにも選んで欲しい」


 俺の考えを見抜いたように、ヴェルフは続ける。


「……俺から言うのは複雑なんだがな……お前がリズに好かれてしまえば、それが一番だとは思ってる。お前がリズの心を射止めたなら、それが」

「……ジルじゃなくて良いのかよ」

「それを俺に言わせるのか。……ジルでも良いが、お前以上に適任は居ない。ジルには酷な話だがな」


 やや苦々しげに吐き出したのは、恐らくヴェルフに僅かながら罪悪感があるからであろう。


 俺以上に適任が居ないというのは、立場と好かれようの問題だ。

 殿下は立場として申し分はないであろうし殿下自身もリズを好いているが、リズが王太子妃になるのを拒んでいるし殿下には友情止まりというのがある。

 逆にジルに対してリズは絶大なる信頼を寄せているし良いように転べば恋愛感情になる、だが立場が圧倒的に足りない。家は断絶しそもそも家系図から抹消されている、一介の従者としてジルは生きているのだから。


 その点、俺は恵まれているのであろう。

 糞爺亡き今俺は親にある程度認められ次期公爵家当主として教育を受けているし、リズにも信頼されている。それが恋情になるかは俺には分からんが、なってくれたら良いとは思う。俺がリズに危害を加えたり利用したりは有り得ないとヴェルフにも信頼されている。

 故に俺が適任で、ヴェルフはジルにリズをやれないのだろう。


「あれには、リズを幸せに出来るような地力がない。一介の従者風情にくれてやる程、娘は安くない」

「本当に、酷な話だ。あいつには、リズを得る資格がないって言いたいのか」

「勘違いするなよ、ジルが嫌いという訳ではない。ただ、侯爵令嬢にして潜在能力だけなら最強の娘を、元暗殺者で立場もない男にやる訳にはいかん」

「……八方塞がりだな、あいつにとって」


 ジルにとって、納得のいく理由にはならないだろう。あいつはリズを愛していて、執着と依存をしている。ジルはリズが居なければ壊れてしまいそうな、そんな危うささえあるのだ。

 立場と過去という理由で認められないと言われれば、あいつはどんな顔をするだろうか。


 ただ、ヴェルフもジルの事を気に入ってはいるだろう。だからこそ側に置いているだろうし、信頼して息子のように扱ってはいる。

 だからこそ、ヴェルフもこんな苦渋に満ちた顔をしているのだろう。


 俺もまた苦々しく顔を歪めれば、ヴェルフは少し呆れたような溜め息を一つ。


「何だかんだお前もジルを庇うな。お前も偶には自分の気持ちを優先させろよ」

「……それは」

「親心的には何が悲しくて自分の娘をかっさらう男に塩を送らなければならんのかとは思うが……お前の友人としては、お前を応援するつもりではある。全てはリズの心次第だが」

「……っ」

「……我が儘になれよ、少しくらい。お前はいっつも我慢ばかりだよな、ジルみたいに欲望剥き出しでも困るが、あれを見習ってもいいくらいだぞ?」

「あんなの真似出来るか」


 少し笑って進言するヴェルフに、馬鹿かと否定するしかない。

 ジルを見習えと。好きにリズに触れて抱き締めて唇を奪うとか、そういう事が出来る訳がない。出来れば邪な感情をリズに向けたくないし、リズだってそういう感情を向けられたら困るに決まっている。

 ……いや抱き締めるとかなら進んでお願いされそうなものだが。自ら抱き締めるとか好意を示すなんて、俺には至難の技だ。


 自分がジルのように好意全開でリズに触れるのを想像して有り得ないと首を振ったのだが、ヴェルフはヴェルフで意気地無しめという視線を送ってくる。余計なお世話だあほ。


「まあ少しは積極的になれって事だよ。リズも満更ではなさそうだし」

「あれは友情と恋情の区別もついてないあほだぞ、そういう意味で俺を求めてる訳じゃない」

「お前どれだけリズを疑ってんだよ……まあリズ本人に聞かないと俺も分からないが」


 あいつの事だ、どうせ「セシル君すきー」も「ジルすきー」も一緒のものだ。信頼と親愛という意味での好きで、異性としての好きではないだろう。

 あいつは馬鹿ではないし寧ろ単純な勉強なら出来るが、そういう意味では馬鹿だ。極端に鈍いというか、そういう事を考えたくないと思っている節がある。……そこにやきもきはするが、気付かれないならそれで俺も楽に接する事が出来ているので、一概に悪いとも言わないが。


 まだリズは、そういう事を考えなくて良いとは思う。目の前の事に一生懸命になっている間は。ただ、成人したら……そうもいかないのだろう。俺も、そうだったから。

 親父に「ヴェルフ君の娘さんと婚約すれば丁度いいんじゃないかな」と言われて躱してはいるものの、ヴェルフも正式に断ってないからどうなるか分からん。こいつら要らんところで結託しそうだからな。


「リズの心が追い付くまで、俺はあいつに何かしようとか思わないし、親父が勝手に決めて婚約を申し込もうとも俺は拒むからな」

「……なあセシル、その事だが……イヴァンがリズにちょっかい出すかもしれん」

「は!?」


 おいこら待て、それは初耳だぞ!?

 ヴェルフを見れば微妙な顔のまま頬を掻いていて、嘘ではなさそうな顔に俺の顔が引き攣る感覚を覚えていた。

 親父がリズにちょっかい出すだと? ろくでもない事になる予感しかしない。あいつの事だ、笑顔で余計な事を吹き込んだり裏で手回ししたりするに決まってる。あんな奴に目を付けられれば面倒事が起きるに決まってる。


「や、俺も止めているんだがな……『セシルが何かに執着するのは初めてだし』と存外乗り気でな。前の婚約の申し出は公爵家の為だったんだろうが……どうやら今回は当主としてより親としてリズに興味を持ったらしい」

「今更親父面しやがって。つーかあの女誑しをリズに近付かせて良いのか」

「や、流石に息子程違う、それも未成年の女の子に手を出す程節操なしじゃ」

「ないと言い切れるか?」

「……ないな」


 アデルシャンとシュタインベルトは基本的に仲が悪かったが、爺の代までだ。実際ヴェルフと親父は然程仲は悪くない。勿論陛下とヴェルフのような悪友ではないものの、それなりに話せる相手ではある。


 ……ただ、親父は爺とは違った曲者であるし、ヴェルフとは違った飄々とした面があるのだ。おまけに女好きというか天性の女誑し、リズを近付けるにはリスクがありすぎる。

 俺としてはあれをリズに近付けたくはない。厄介極まりないのに近付けて堪るか。要らん事吹き込むに決まってる。


「流石に俺の存在があるから手出しはしないだろ、多分。つーか出したらイヴァン潰す」

「物騒な事を言うな、それも息子の前で」

「じゃあ即座に代替わりさせてやるよ。良かったな、当主になれるぞ」

「要らん。面倒が増える」

「はは」


 ヴェルフは笑っているが恐らく親父がリズに危害を加えたなら確実に制裁を加えるだろう、それが社会的なものか物理的なものかは、俺の知るところではない。

 ただ親父はその辺計算して接するであろうから、逆鱗に触れるようなヘマはしないだろう。ある意味ではヴェルフより狡猾だからな。その分質が悪い。


 ……二人共まだ俺は敵わない、だから手を組まれると厄介な事にもなりそうなんだが。結託した場合俺では歯向かえないしリズも丸め込まれそうで。

 まあ、リズが嫌がるなら婚約の無理強いはしないだろうが。そもそも嫌がりはしないとは、信じたい。セシル君ならいいやーと言ってのほほんとしてる気がしてならない。


「ま、リズも悪い気はしないだろうから、今後の反応を見て婚約は決める」

「俺にそれを言ってどうする」

「応援しているつもりだが?」


 ……ヴェルフ、そのにやにやを引っ込めてから言え。


「お前がちゃんとリズを守れるなら、俺はそれでいい」


 何とも信頼されたお言葉を投げられ、俺は返事を返す事なくただ黙って視線を逸らした。

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