6 「優しいですよね、ほんと」
二話連続更新してます。前話は本編と同様のものなので読み飛ばして頂いても大丈夫です。
「リズ様、お加減はどうですか?」
二週間近くも経てば大分体も回復してきたのか、熱も以前よりは引いて普通に行動できるくらいには元気になってきました。まあそれでも微熱よりは高めなのでうろついたら確実に怒られるし、今目の前に居るジルには即座にベッドに戻されますね。
今日は後処理を早めに終えたらしくジルは私を看病したがり、甲斐甲斐しくお世話しようとしています。いや、そんなに心配しなくても大分治ってはきているのですが。
「大分良くなりましたよ。まだ熱はありますけどね」
「そうですか……安静になさって下さいね」
「はぁーい」
安静にしておかないとジルが笑顔の圧力をかけてくるので、此処は大人しくしておきましょう。本当は久し振りにお庭に出てお花の世話したかったんですが……見付かればお説教コースなので。
また元気になるまではお預けですね、と微妙に寂しくはありますが皆気を遣ってくれているので無下にする訳にもいきません。
心配はかけたくありませんし、大人しくベッドに横たわったままジルを見上げます。最近は忙しかったのか私の顔を見る機会も減っていたジルは、労りと慈しみのこもった眼差し。
本当に心配させてしまった、父様にも母様にもジルにもルビィにも。そして、目の前で死にかけてしまった、セシル君にも。
……そのセシル君ですが、今日は来てません。昨日一昨日も来てないので、間隔的にはそろそろ来てもいいのではないかなあ、とか思ったり。
いや、二三日に一回来てもらう方がおかしいとは思うのですよ? でもセシル君、いつも来てくれるし……来て、心配してくれるのもそうですが他愛ないお話をしてくれるのが、嬉しいのです。変に気遣われないのが、嬉しい。
今日は来ないのかな……もうティータイム大分過ぎてしまいましたし、今から来るのもない、ですよね。セシル君とお話ししたかったな。
そりゃあセシル君も仕事あるし忙しいのも分かってます、私の我が儘だって事も。この間会ったばかりなのですから、寂しがってたら世話ないです。
情けなさに小さく溜め息をついては壁際にある時計をちらちら見て、また胸のもやもやが溜まる。……一目見れたら、解消されるのでしょうか。
「どうかなさいましたか?」
「いえ……何でも」
明らかにいつもよりそわそわしている私に、やっぱりジルは気づいたらしく不思議そうなお顔。
流石にこの前会ったばかりのセシル君に会いたいとか寝言ほざいたらジルが呆れそうなので黙っておきますが、基本的にジルは勘が鋭いので私の表情を見ては溜め息を一つ。
「セシル様をお待ちですか?」
……何故分かるのかさっぱりです。そんなに顔に出ていたのでしょうか。
「い、いえ、そんな事は。ただ、今日は来ないんだなって」
「彼も忙しいですからね、流石に頻繁に来るのは難しいのではないかと思いますよ」
「でも、二三日に一回は来てくれるんですよね……経過観察だって」
……忙しいのにわざわざお見舞いに来てくれるセシル君は律儀と言うか。本当に忙しいなら、気にしないでくれたら良いのに。
私だってセシル君の貴重な時間を奪いたい訳ではないですし、ちゃんと言ってくれたら我慢するのに。セシル君そういう所の気遣い上手だから、私を気にして言わなかったのでしょう。
……あれ、これだと私かなりセシル君頼りにしてるの見抜かれてるという事ですよね? そ、それはちょっと恥ずかしいですね……いやまあ、ばれても別にどうという事はないですけど。寂しがってるのを見抜かれて恥ずかしいな、というくらいで。
多分寂しいと口に出したらセシル君に「お前はうさぎか」と言われそう。寂しいと死んじゃうーってお話のあれです。流石にそれくらいじゃ、死んだりはしませんけど。
「そんなにもいらっしゃっているですか?」
「ジルは魔導院に補助に行ってるから入れ違いかもしれませんね。お見舞いに来てくれるのですよ」
「そうですか……彼が」
「優しいですよね、ほんと」
驚いたような、何処か呆けた表情のジル。セシル君は普段出不精のイメージがあるからか、わざわざ此方までこまめに脚を運ぶって考えにくいのでしょうね。
でもセシル君って何だかんだ面倒見は良いですし優しくて世話焼きな所があるので、私としては意外ではないのですよ。……ちょっぴり申し訳なさはありますな。
「優しいっつーか、あれは結構責任感じてるんだと思うぞ」
セシル君は良い人ですからね、と微笑んだ私に投げ掛けられた声は、聞き慣れたもの。そちらに視線をやらずとも誰が声を発したのかは分かるので、私は仰向けのまま「お帰りなさい父様」と声をかけておきます。
どうやら父様も今日の分を早めに終わらせたらしく、いつもより早い時間帯のご帰宅です。恐らく母様の出産が近付いているのでなるべく家を開けないようにしているのでしょう。
多分これから先はお仕事を家に持ち込んでしそうな気がします。誰が何と言おうと。新しい家族の誕生に立ち会えないなんて御免だ、と父様言ってましたからね。
「あいつ、割と凹んでたからな。俺がしっかりしてなかったからあいつを危険な目に遭わせたって」
「それは私がちゃんと制御しきれてなかったからでセシル君悪くないです。……セシル君に迷惑ばかりかけてます、心配かけて……」
セシル君が気に病む事はないのに。私が勝手にした事ですし、私の制御が至らなかっただけなのです。寧ろ怒られる事を覚悟してたのですよ、セシル君の目の前で死にかけたりして心配かけたし……。
今度、ちゃんとお礼をしたいものです。
ジルも緊急のキス自体は知らないものの私が何をしたかは知っているので、非常に疲れたような、何とも言えない渋面。
「リズ様は無茶し過ぎです。お願いですから無茶だけはお止めください」
「でもああしなきゃいずれ逆転されてたんですから」
「……リズ、今度からは無謀な賭けはするなよ? 成功したから良いが、失敗した時がどうなるか分かるな?」
「……ごめんなさい」
父様も心配から窘めてくれているのは分かるので、横になりながらも首を縦に振ります。
私のした事は無謀だったと、それくらい、分かってます。失敗したら周りを巻き込んで破滅させる事になっていた事も。
それを考えればとても恐ろしくなってぶるりと体を震わせ、掛布の中で体を抱き締めます。
例えあの時成功しても今度はセシル君の救助が間に合わなかった場合。今、私がこうして皆と話す事はなかったでしょう。本当にあの時はギリギリで、上手く行くかも賭けという処置だと聞かされています。
こんな事は二度とするなとセシル君に言われるのも、分かっています。とても心配をかけたからこそ、あんな急いで来てくれたのでしょうし。
セシル君は私の命の恩人で、感謝してもしきれません。どうやったらこの恩を返せるのでしょうか。
素直に謝った私に、近付いてきた父様は少し頬を緩め「もう無理はするなよ」と優しくて頭を撫でてくれます。父様にもとても心配をかけてしまいました、ただでさえ母様の事があって大変なのに。
「……にしても、セシルが開発した魔術なあ……」
そういえば父様に内緒というか話してなかったのですよね、『コキュートス』。うちの家系に伝わる『インフェルノ』にも負けない威力をというコンセプトの代物なので、父様も中々に驚きの威力だと思うのです。
発動の瞬間は見ていないでしょうが、凍り付いた光景は見ていたみたいなので。
「多分全身全霊込めたからああなったのだとは思いますけど、凄いですよね」
「昔から開発向きだとは思ってたけどまさか此処までとはな。……リズの為になあ」
流石セシル君、と賛辞を送る私に父様は何故か微妙そうな顔。
「父様?」
「いーや。あいつも素直じゃないな、と」
「セシル君は素直じゃないですが優しいですよ?」
「特別視されてるとは思ってないんだな」
「……特別……?」
……特別?
そりゃあ、セシル君からは特別に扱って貰ってる気はします。だってセシル君と仲良いの、女子では私だけだと思うんです。
そういった意味では特別扱いはしてもらってるとは、思いますけど。
父様の言う特別って、どういう特別?
友人として一番の位置に来ている自負はありますけど、この特別ではないの?
『……お前は、ただの女の子だよ。ちょっと力を持ってしまった、ただの女の子だ』
……女の子として、見ている、のかな。や、そういう意味ではないと、思いますけど。
そりゃあ扱いが昔よりちょっと柔らかくなったしあんまり叩かなくはなりましたが、頬を引っ張って苛めてくるし、あほとかいつも言うしからかってくるし。
……でも、慰めてくれたあの時、優しくて、男の子っぽくて。とても安心して。……凄く、幸せで。
思い出すとちょっと恥ずかしくなってきて、掛布を鼻の辺りまで引き上げては頬の赤らみを隠します。……別に、これは熱から来たもの、ですし変な事ではないのですけど。
うー、とやけに熱くなった頬を隠して唸る私に、父様は眉を下げては苦笑。仄かに寂しそうな色が見えた気も、して。
「俺から言う事じゃないから言わんがな。さて、ジル、そろそろリズを寝かせてやろう」
「……はい」
「拗ねるなよ、良い歳だろ」
「何の事でしょうか」
「さあな」
父様と会話をするジルは無表情で、逆にそこが違和感だらけです。心なしか、眉の辺りに皺が寄っている気がしなくもないですが。
「あとリズ、セシルは明日来るそうだ」
「ほんとですか?」
そっか、魔導院に居たならセシル君とも会う事はあるだろうし、上司としてセシル君の動向ぐらい知ってるのもおかしくないですよね。
きっと今日は忙しかったのでしょう。そんな中時間を割いてもらうのは悪い気もしますけど、でも、お見舞いに来てくれるのは嬉しい。
もう大分元気にはなっていますが熱は引きませんし、出してくれないから……セシル君が来てくれるの、楽しみです。機嫌良かったら頭撫でてくれるのですよね、子供扱いされてる気がしなくもないですが……セシル君の撫で方って気持ちいいのですよね。
良かった、と頬を緩めた私に父様とジルは視線を交わしては溜め息。
「……これは複雑だな……」
明日来ると言う報せで喜んでいた私に、父様の何とも言えない複雑そうな声が届いた気がしました。