任されたお仕事
「若奥様」
一瞬誰が呼ばれたのか分からずに固まりましたが、そうか私の事かと遅れて気付いてくるりと振り返ります。
漸く見慣れてきたメイドの一人が無表情で立っていました。シュタインベルト家に仕える人達って割と真面目な方というか、アデルシャンより全体的に堅苦しいというか。それが当然と言えば当然なのですが、個人的にはもう少し柔らかくなっても良いかと思ったり。
「どうかしましたか?」
「旦那様がお呼びです。執務室でお待ちです」
彼女の言う旦那様はイヴァン様です。セシル君の場合だと若旦那様になりますし。私にとっての旦那様はセシル君なのでややこしいのですが致し方ありません。
しかし、イヴァン様が呼んでいる、とは何なのでしょうか。今日は予定も入っていなかったと記憶しているのですが……。
首を傾げてもメイドが答えを知る訳もありません。直立していた彼女はただ頭を下げて去っていくので、私は首を傾げつつ執務室に向かう事にしました。
「お呼びでしょうかイヴァン様……あれ、セシル君も?」
執務室に顔を出すと、イヴァン様とセシル君が居ました。
セシル君も呼ばれたという事は、セシル君にも関係ある用事なのでしょうか。
「やあリズベット。まあそう身構えなくても良いよ、そんなお堅い用事でもないし」
「ではなんでしょうか。珍しいですよね、私とセシル君同時に呼び出すのは」
余程の用事がない限りわざわざ執務室に二人揃って呼び出すのは有り得ません。軽い話題なら食事の席や居間で出す筈ですし。
セシル君も何で呼ばれたかは知らないらしくて「話すならさっさとして下さい」とイヴァン様を急かしています。
基本的にのんびりでマイペースなイヴァン様はセシル君としては苦手らしいですが、今は嫌いとかではないそうな。……昔に比べたら格段に良くなってるんですよね、親子仲は。
「やー、君ら結婚したじゃない?」
「でなければリズが家に居る訳ないでしょう。目の前で式も挙げたでしょうに」
「辛辣だねえほんと。でさ、君らは次期公爵とその夫人になる訳だよ」
その一言に自然と姿勢を正したのは、真面目な話になると察したからでしょう。
セシル君も居住まいを正してイヴァン様を見つめます。
公爵家云々の話になるなら私もセシル君も心して聞かねばなりません。あまり実感はないですが、いずれシュタインベルト公爵の夫人になるのですから、その在り方について言われたなら私も受け止めるつもりです。
「まあ本当は今すぐ家督を譲って隠居したいんだけど、まだセシルも若いしまだまだ当主を任すのは不安だからね。だから僕としても、ゆっくり当主としての仕事を任せていくつもりなんだ」
「……俺とリズに何が重大な仕事を任せるつもりなのでしょうか」
「領地の視察に行ってもらおうと思ってね。代官に任せてるんだけど、そろそろ見に行く頃かなと」
領地の視察……シュタインベルトの領地は王都から離れた場所にあります。私も知識だけですが、肥沃な大地らしく、のどかで住みやすい気候なのだとか。
視察、というのは重大なお仕事のように思えます。遊びに行くのとは訳が違いますから。幾ら代官が報告していようと自分達の目で見るのはまた違うでしょうし、もしも違う報告が出ていた場合は正さなければなりません。
「僕は生憎ちょっと仕事があって手が離せないし、君らもいずれは自分達が収める領地を見てくるのも良いだろう」
「……割と重要な事だと思いますが、俺達に任せていいので?」
「うーん、言い方が悪かったかなあ。うん、まあお仕事でもあるんだけどね。……僕としては、君らに羽を伸ばして来てもらいたいんだよね」
「……羽を、ですか?」
「色々と苦労をかけてきたし、そもそもセシルに至っては心労ばっかりかけてきたからね。家でも人目を憚ってあんまりいちゃいちゃ出来ないだろう?」
いちゃいちゃ、という言葉につい顔が赤くなってしまうのですが、セシル君は平然としているというか、その前の心労という言葉に反応して全くだという表情。
……セシル君、小さい頃から苦労してきましたもんね……。
「休暇申請はヴェルフ君にしておいたから、二人で行っておいで。向こうにも訪問は文で出してあるから」
「最初から行く事決定じゃないですか」
「勿論。これは当主命令だからね」
ウィンク付きで言われて、私はどうしたものかとセシル君を見ると……セシル君は諦めたように溜め息を一つ。
あ、これもう行くパターンですね。
「分かりました。しかと承りました」
にっこり笑っているイヴァン様にセシル君はわざとらしく一礼をしたので、私も見習って礼をして二人で退室するのでした。
新婚旅行(?)編スタートです。
活動報告に店舗特典SSの詳細をアップしていますのでよろしければご覧いただければと思います!




