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もう一つの物語  作者: 佐伯さん
本編
5/52

5 「お忍びなのは分かりますけど……!」

本編と同様のお話です。読み飛ばして頂いても大丈夫です。

 暫くすれば、体の怠さは殆ど消えて後は熱だけという状態になりました。熱に伴う倦怠感は僅かにあるものの、発症した当初に比べればかなり元気なものです。部屋の外だってうろつけます、ジルに見付かって回収されますけど。

 自力でも楽に起き上がれるようになった、そんな日に色々衝撃が走る事態が起きました。


「……なっ、で、殿下!?」


 来客があると知らされて、ネグリジェのままでは不味いと大判のストールを肩からかけて待っていた矢先の事です。

 微妙に引き攣った顔のジルの先導で後から部屋に入って来たのは、一番想定外のお方でした。


 パーティーなどで見掛けたり話したりはするものの、僅かな時間だし私自体パーティーに殆ど出たりしませんし久し振りで、……ってそういう問題じゃない。

 何で、王子殿下という存在が此処に来てるんですか、国のトップの息子でしょうこの人。フットワーク軽くないですか。


 寝耳に水レベルな出来事に固まる私、さぞや滑稽な表情をしていた事でしょう。その証拠に殿下は愉快そうに口の端を吊り上げていますし。

 ジルはやっぱり強張った顔で、お部屋の端に待機するみたいです。案内兼お目付け役なのでしょう。


「ああ、無理して起き上がっていなくとも良い。体調はどうだ?」

「な、何とか大丈夫ですけど……あの、殿下ももう立場的にこのような場所には」

「お忍びだ」

「お忍びなのは分かりますけど……!」


 お忍びで来てなかったら大問題です!

 ただでさえ私と殿下は噂が流れていますし、密会してるとでも思われたら嫁の行き手なくなりますよね。しかも微妙に狙ってそうだから怖い、責任は取るとの名目で婚姻結ばされそう。


 それに、殿下は色々な意味で狙われやすいお方。そして私も最近は面倒な事になっているそうです。外に出れないからいまいち分からないですけど、本人の知らない所で色々大人の情報戦やらいざこざがあるそうな。

 そんな私を訪ねるなど、とても危険です。何か事件があれば巻き込まれてしまうのに。


「きちんと使者は出しておいたから、訪問自体はそちらも知っていた筈だぞ」

「この前の来客ってそれで……」


 やけに忙しそうとか慌てたりしてたのは、それだったのですか。知ってたならジルも言ってくれたら良かったのに。


「わざわざお見舞いに来るなど、」

「ああ、安心して欲しい。私的な用事としてリズの顔を見たかったというのはあるが、リズに用件があってな」

「用件、ですか?」


 きょとんと、想定外の言葉に目をぱちくり。

 私に用件って、殿下が?

 お見舞いしか用がなさそうな殿下が、わざわざ訪ねて来る程の用件って何なのでしょうか。てっきり殿下だから心配だから来たくらいだと思ってたのに。


 そんな内心が顔に出ていたらしく、端整なお顔に苦笑いを滲ませていました。ご丁寧に「もうそこまで無茶はしない」との、やんわりとした断りを入れてくれます。

 ……昔は無茶をしてた事、ご自身で理解していたのですね。本来貴族とはいえ一介の貴族の家に突撃するなど、とても宜しくないですから。というか駄目ですね普通に。


「魔物の大規模侵攻を防いだ功労者達を招いての祝賀会が開かれる事になってな。処理が立て込んでいるのと大きな戦果を挙げたリズが寝込んでいるから少し後になるのだが……そこに、ヴェルフやリズ、リズの従者が呼ばれる事になっている」

「わ、私達がですか?」

「ああ」


 戦争とかでもないですし、勝利の祝賀会なんてするとか思ってませんでした。それに、私が呼ばれるとかも想定外です。

 確かに戦果は挙げましたが、恐らく父様の方が沢山処理しているのに、私も呼ばれてしまうなんて。でも父様行くかな……母様の事がありますし、下手したら二人で行けとかになりませんよね。


「正式な書面は後に送られるが。基本的に前線に出た騎士団や魔導師は呼ばれる」

「……忙しいのに大丈夫ですか?」

「忙しいからこそするのだ、内政の一つだからな。命を懸けさせておいて褒賞の一つもないとなれば、王家の沽券に関わるだろう?」

「……成る程」


 頑張ったらご褒美、これ大切ですよね。


 そういう事を怠っていると不満が溜まって、後々の反乱に繋がる、と。けちってもロクな事にならないのは、日本の戦国時代とか見ても明らかです。一回反乱が起きているから王家も身に染みているでしょう。

 まああれは褒賞けちったというか、平和主義に反発した人達の反乱でしたが。我が国はそれでは進展しない、と。


 どう足掻いても数に差はあれど反発は起きるものだから、中々に難しいですね。内政って面倒そう。


「まあその知らせに来たのと、……リズに聞かなければならない事があってな」

「私、に?」

「リズは恐らく金銭面で褒美は求めないだろう。そもそも褒美自体要らないと良いそうだからな。その辺を聞きに来た」

「良いんですかそれ、私特別扱いされてませんか」

「著しく戦果を挙げた者には同じ処置をしている」


 まあ私直々に来たのは私の都合だが、とちょっと本心が混じった呟きが付け足されまして、私も苦笑いするしかありません。

 最近は殿下に会ってなかったから、それが殿下を此処に導いたのでしょう。ちょっと護衛の人にも負担かかってるから、出来れば大人しくして欲しかったのですが。


「まあ、特に欲しいものは」

「だろうな。だがリズに何も与えないというのは示しがつかない。リズはそれだけ活躍したからな」

「私がですか?」


 あんまり実感はなくて人差し指で自分を指すと、重々しく頷かれてしまいました。


 まあ、それなりに仕事はしたと思います。私としては、あれは結構死に物狂いというか死にかけましたが、本気で頑張りましたから。それで皆が守れたので万々歳、良かったぁ程度なんですけどね。


 でも、国にとっては、そうではないのでしょう。結果的にではありますが、強力な存在になってしまった。

 国にとって、強力な魔導師というのは資源でもあり兵器でもあるのです。その人間兵器の機嫌を損ねるのは得策ではないですし、何より囲って手綱を握っておきたいのでしょう。

 この辺は大人の事情が透けて見えますね、私の考え過ぎかもしれませんが。


「リズが思うより、リズの存在は大きくなった。その活躍には応えなければならない。……父上は予想しているのだが……リズは、爵位はあまり要らないだろう?」

「まあ、そこまでは。領地経営とか出来そうにないですし」

「そこはリズが信頼出来る者を領主の名代にするとか方法はあるが……。取り敢えず爵位の件は保留にしても、褒美として何が欲しい?」

「……別に物とか勲章が欲しいとか、思わないですけど」


 誤解しないで欲しいのが、私は無欲って訳ではありません。人並みに欲はありますし、我が儘を言う事もある。

 けれど、現状満足してしまっているので、特に物が欲しいとか地位名声が欲しいとかないのですよね。毎日充実してますし、楽しいです。これ以上望んでも私は持て余すでしょうし。


 でも、何か言わないと殿下や陛下が困るんですよねきっと。欲しいもの、ねえ。


「……うーん、……じゃあ城の書庫に自由に入る権利で」


 魔導師は魔導院の書庫には自由に入れますが、それとは別にある城の書庫には簡単には出入り出来ません。父様クラスともなれば許されますが、ぺーぺーの魔導師である私が入ろうとしたものなら即座に見張りに止められて追い出されてしまいます。

 一度きりのあの場所、今度はじっくりと眺めたいのですよね。


「……そんなものか?」

「物として欲しいものはないですし、爵位は今の所領地経営する気はないです。強いて言うなら魔力を貯められる素材とか研究室にちょっと欲しいかな程度で、なくても困るものではないですし」


 でも多分それセシル君が要求すると思うんですよね、金とか要らんから研究素材や魔道具の触媒くれ辺り。それか自分の研究室に支給される費用増やせとかその辺かと。

 それくらいなものなんですよね、欲しいものって。実家が貴族だからある程度必要なものは手に入っちゃいますし。


「……父上に伝えておこう。しかし書庫とは懐かしいな、私達の出会いは書庫だったな」


 少しだけ、昔を懐かしむように目を細めた殿下に、私も頬を緩めては約十年前の事を思い出します。

 そう、もう殿下とは十年来の友人になります。出会った当初は警戒されていましたけど、直ぐに懐いてしまって。それから、未だに私の事を慕ってくれている殿下。


「あの頃からお互い可愛いげなかったですよね」

「私が賢くなければ意味など理解出来なかっただろうからな」


 ……あの時は大人気なかったと思ってますよ、というか話が通じた事にびっくりです。よくぞあの頃から理解出来ましたね、とても聡明な子供だったと思います。


「賢いという自覚がおありでしたのね」

「父上母上の子だからな」


 自慢気に胸を張る殿下にくすくすと小さく微笑んでから、少しだけ視線を落として。

 ……あの頃から賢かった殿下は、今も尚、私を想い続けています。もう、十年も続いているのです。

 私が振り向くかなんて確証はないのに、ずっと。


「……殿下も物好きですよね、ほんと。十年前なんですよ、出会いは」

「昔から、リズは変わらないな。……いつまで経っても私の手には収まってくれない。擦り抜けては私を一人にする」

「……ごめんなさい」


 これだけは、申し訳なさしかありません。

 私が十年間縛っているようなものなのです。明確に断らないから。


「頑張り甲斐はある。……此処まで入れ込ませる程魅力的な女だという事、リズは理解していなさそうだが」

「……殿下」

「気を付けておけ、リズを狙う輩が増えている。良い意味でも悪い意味でも。身の振り方もそろそろ決めておかねば辛いぞ」

「……はい」


 殿下の忠告は、尤もです。

 力を狙う人だって、現れるかもしれないのです。その時、私は自分で対処出来るのか、という問題。

 取り入ろうとする人も、排斥しようとする人も、居る。下手をすれば誘拐や暗殺の危機だって、あるかもしれません。


「私としては王家直々に庇護してやりたいが、リズは嫌がるだろう?」

「……ごめんなさい」

「構わん。なびかない所がまた好きだからな」


 王家の庇護がどういう意味なのか分かっているから、私は首を振って俯くしかありません。

 正式な申し出は、まだされてない。けれど、年齢を考えればもう秒読み段階なのです。されてしまえば、きちんと答えを返さなければならない。私の決断が迫られる、という事です。


 きゅ、と掌を重ねてもやもやを抱えていると、殿下の苦笑がつむじに当たりました。


「私は諦めは悪いが、無理強いするつもりはない。よく考えてくれ。私ならば、リズを守れる」


 そっと囁いては、私の掌に自分のものを重ねては私の顔を覗き込む殿下。熱っぽさの抜けない頬に片手の指先を沿わせて、何処か困ったように微笑んでいました。


 国にとっては、ある意味でそれが最良なのでしょう。殿下の想い人であり、魔導院の長の娘であり、強力な魔力を持った存在。結婚するには何ら問題のない、女。

 逃がさず手の内に収めておくのが、安全且つ便利だとも分かっています。次期国王に見初められて何の不満があるのかと、周りからは言われてしまうでしょう。


 でも、私は……。


 押し黙った私に、殿下はただ仄かに微笑んでは私から手を離し、ジルに促して部屋から退室するのでした。

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