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もう一つの物語  作者: 佐伯さん
本編
48/52

48 大切な、俺だけの

セシル君視点での、結婚後。エピローグです。

 いつだって、一番欲しいものは手に入らなかった。


 最初に欲しかったのは、母親の愛情。今だから言えるが、俺だって愛されたかった、認めて貰いたかった。

 けれどそれは手に入らなくて、俺は弟に居場所を取られて孤独を手に入れた。


 温かい愛情や慈しみなんてもの、俺には無縁で、俺はただ魔導院に押し付けられて、孤独を強いられた。いや、孤独を選んだ。近付いてくる奴はどうせ俺の事なんて捨てるんだ、見放すんだと、思い込んで。


 暖かいものは嫌いだった、直ぐに冷めて消えてしまうから。明るい場所は嫌いだった。俺がとても惨めな存在に思えたから。

 ……あいつの事が、嫌いだった。明るくて、暖かくて、日溜まりのようで、俺にないものを全部持っていたから。


 今思えば強情っぱりで、強がってた寂しがりのひねくれた子供が、俺だった。あの頃の俺は、暖かい家族なんか、手に入る訳がないと思っていた、んだが。


 ……それはどうも、違ったようで。




「セシル君」


 耳に届いた、柔らかな声。

 振り返れば、陽光に飾られた少女が此方に微笑みかけていた。

 色素の薄い髪は光に透かされて金色にも似た輝きを放っていて、あまりに眩しくて目を細めてしまう。……俺の、光。長年焦がれていた、目映くも穏やかな輝き。包み込むような暖かみと柔らかさがある、手の届かないと思っていた灯だったんだ。


「どうしましたか。お腹でも痛いですか?」


 ふわふわと風に髪を踊らせるリズは、小走りで駆けては俺の顔を除き込む。庭で走るなと言っても聞きやしないこの少女は、あどけない笑みで首を傾げていた。


 ……穢れない、とても無垢な存在。本人に言ったら否定されるだろうが、俺からすればとても純粋で幼い。庇護欲をそそられるというか、側に置きたくなる。

 そして、その願いは叶えられたのだ。


「……いや、ぼーっとしてただけだ」

「そうですか? セシル君にしては珍しい」


 ころころと可愛らしく笑うリズ。

 ……隣で笑ってくれる、寄り添ってくれる、それだけで、俺はえもいわれぬ幸福感で満ち足りていた。本人には伝えられないが、俺は相当にこいつに入れ込んでいるのだろうな。俺だけの光にしたくて、でも我慢して、やっぱり欲しくて……そして、初めて「一番欲しいもの」が手に入った。


 こんなに幸せで良いのだろうか、と思う事がある。俺なんかが彼女を捕まえても良いのか、と。リズにはもっと幸せになれる道があったのではないか、と。

 

「……何か変な事考えてますよね」

「考えてねえ」

「嘘です、眉間に皺寄ってますもの」


 身長の差が激しいので背伸びをしつつ俺の眉間をぐりぐりと揉むリズに、お見通しだな、と苦笑が零れた。

 答えて良いものか悩んだが、やはり本心は伝えておくべきなのだろう。


 俺より二回りも小さな掌を握り、木陰のベンチに。

 最初は抵抗がかなりあったが、今では手を引く事にも馴れた。というか捕まえておかなくては何処かに行きそうで、でも迷って……結局、捕まえてしまったのだが。


「それで、どうしましたか?」

「……ん、お前は、俺で良かったのかな、と」

「怒りますよ」


 ごん、と頭に拳骨のプレゼント。あまり嬉しくはないが、これもリズの愛情なのだという解釈をしておく。


 隣に腰掛けたリズの顔が分りやすく膨れていたので擽るように頬を指の関節で撫でる。それだけで膨れっ面は解消されるものの、宥められたと自覚があるらしく唇は尖っていた。

 そんな顔すら可愛いと思ってしまう俺は、相当に頭がゆだっているのだろう。悪くない、と思う辺り尚更。


「セシル君は私が良いから私を選んだのでしょう? だったら後悔されるの嫌です」

「俺はお前を選んだ事は後悔していない。だが、」


 続きを言う前に、唇に噛み付かれる。

 

「私がセシル君を選んだのです、文句ありますか」


 要らん所で凛々しいというか、いっそ男らしいかもしれない。変な所で度胸があるやつだ。その癖凹みやすくて、人の顔色を窺う。その癖も俺に対しては少しずつ薄れて来た、俺の存在に馴れて俺に塗り替えられているのだと思うと少し胸が暖かかった。


 文句はない、という返事の代わりに俺から唇を重ねると、至近距離で頬が緩んだのが分かる。俺も締まりのない顔をしているから御互い様だろうが。


「なあリズ、独り言なんだがな。……俺は幸せになっても良いのかな」

「じゃあ私も独り言ですけど、セシル君は私を幸せにするって言ったじゃないですか。私、セシル君と『一緒に』じゃないと嫌です。セシル君が幸せだと私も幸せですから」

「……そうか」


 ……よく出来た嫁を貰えたのだろう、俺は。沢山の人に恨まれている気がする、というか実際に恨まれているのだろう。

 それでも、やっぱり渡せない。俺だけの、光、


「幸せにしてくれるのでしょう?」

「……ああ。俺は今、幸せだよ」

「じゃあ私も幸せです」


 しっとりと微笑んで此方に身を預けて来たリズに、俺も頬を緩めて背中に手を回した。

 ……愛してる、なんて口ではまだ言えそうにもないけど、多分こいつは分かってくれているだろう。代わりに、俺からは行動で示してやる。恥ずかしくて擽ったくてもどかしいこの感情は、きっとリズの事を触れたがっているから。


 唇を頬に押し付けると、分りやすくとろける笑顔。……ああ、幸せってこいつの事を言うのかもしれない。俺の、幸せ。

 そう思うと尚更手放せなくて、膝に抱えるようにリズを持ち上げて腕で包み込む。もう、手放さない。俺だけの光、俺だけの幸せ。……初めて手に入れた、俺だけの幸せ。


「……だいすき」


 甘くて緩みきった笑顔と囁きに答える事はしない。

 代わりに華奢な体を逃がすまいと強く抱き締めて口付けを落とせば、花が舞うような明るい笑顔が咲いた。

これにてもう一つの物語を完結させて頂きます。心なしか本編より恋愛描写が多かった事が否めませんが、満足して書き上げられました。皆様お付きあい頂絆をありがとうございます!

後日談はまた後に投稿できたらな、と思います。


そして本日4/28、転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょうの四巻発売です!此方をご覧の皆様には是非とも口絵を見て頂きたく……!


最後までお付きあい頂きありがとうございました!



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