47 「一緒に幸せになりましょうね」
私にもセシル君にも待ち遠しかった結婚式の日は、気付けばやってきていました。
特注の純白のドレスを身に纏い、ヴェールで顔を隠して、私は扉の前で待ちます。……もう一人の主役が、来ていませんから。
既に式場には招待した方達や家族が私達を待ち構えていて、後は私達が入るのを待った状態です。先に挨拶にきた殿下やジル達も、もう式場で待っている事でしょう。
この世界での式は、夫婦二人でヴァージンロードを歩く。
……その姿を想像するだけでとても恥ずかしくなってしまうのですが、今此処で狼狽えていたら本番までとても持たないので我慢をしています。ドレスが真っ白だから、顔が火照っていたら目立ってしまいそうで。
真っ白で柔らかなラインを描く、ドレス。腰まではぴたりと体に寄り添い、スカート部分は切り返しの所からふんわりと空気を含んで広がる女性らしいデザインです。……セシル君が喜んでくれると、良いのですけど。
「リズ」
変じゃないかな、という問答を家族と繰り返したばかりなのにまだ不安に思ってしまいますが、掛けられた声に悩みは吹き飛びます。
私とは逆の方向にある廊下から、揃いのタキシードを来たセシル君が姿を現したから。
同じく真っ白なタキシードを身に纏ったセシル君は、やや緊張の面持ちで……私を見た瞬間、固まります。呆けたように、ぽかんと、口を薄く開いて。
私は私でセシル君の姿に見とれてしまいますが、直ぐに我に返って未だに固まり続けるセシル君にわざとらしく唇を尖らせます。……ちょっもくらい感想をくれても良いと思うのですが。
「何で無言なのですか」
「い、や、その……だな、見とれたっていうか、……うん。凄く、綺麗だ」
似合いません? と胸に手を当てて首をちょこんと傾げてみると、セシル君は慌てて首を振……ろうとしてセットした髪が乱れると思ったらしく、緩く首を振ります。
それから、照れ臭そうに頬を掻いて、でも視線は私に合わせたまま。「凄く似合ってる」と笑顔での称賛を下さったので、私もわざと拗ねてみせた演技を止めてにっこりと微笑みます。
「ありがとうございます。セシル君も、格好良いですよ」
「……おう」
「素敵過ぎて、ちょっと直視しにくいですね。セシル君の事、責められません」
私も、セシル君が呆然としてなかったら私の方が見とれて使い物にならなくなってましたから。それだけ、今のセシル君は、格好良いし惚れ惚れしてしまう。
「そんなに変わったか?」
「何か雰囲気が違います。……あ、だも着飾らなくたって、私の旦那様はいつだって素敵ですけどね」
「俺の奥さんはいつでも可愛いぞ」
「……や、止めましょう、恥ずかしくなってきた」
「そ、そうだな。式前なのに顔が熱くなってきた」
……まだ式前だっていうのに、互いに顔を赤らめて身を縮めている私達。半年の婚約期間を経ても尚互いを褒めたりするのは慣れなくて、こうして照れ臭くなってしまって。
こんなだからイヴァン様に「初々しくて良いねえ」と微笑ましそうにされてしまうのです。その度にセシル君が睨んでましたが、歴戦のイヴァン様に敵う筈もありません。
そもそも、こんな素敵な姿を見せられてどきどきしない訳がありませんし、褒められてときめかない訳がないのです。セシル君、格好良いんですもの。
ヴェールがあるからあまりセシル君には見えないかもしれないですが、かなり頬が熱っぽくなってしまっています。それもこれも、セシル君のせい。
ほんと、昔に比べてセシル君は甘くなったし素直になってきましたよね。……昔の事を考えると、何だか感慨深いなあ。
「どうした?」
「いえ、不思議だなって。セシル君って、私の幼馴染みみたいな人だったから……改めて、こうして好きになって結婚するって、凄いですよね、と」
あの頃の私は、全然そんな事想像してませんでした。だって、セシル君出会った時は寧ろ私の事嫌いでしたもん。私の事を好きになるなんて、当時お互いに思ってませんでしたから。
それが、九年の月日を経て、こうして結ばれようとしているなんて。
「……九年、お前の側に居たんだよな」
「そうですね……もう、九年です。あっという間でしたよね」
「そうだな、色々あったな。反乱に巻き込まれるわ魔導院に働きに来るわ魔物を大量討伐するわ、ひやひやしてたぞ」
「そ、それは仕方ないというか」
「ほんと、危なっかしい。目を離せないし、隣に居なきゃ不安になる」
お前は手に収めてなければ何処かに行ってしまいそうだからな、と笑うセシル君は、呆れつつも嬉しそう。……だって、その心配はこれからなくなるんですから。
「あら、これからずっと、側に居てくれるのでしょう?」
「……今此処で誓っても良いが、出来れば祭壇の前で誓いたい。……そのヴェールを捲って、な」
ゆるりと笑ったセシル君に、私もまた静かに微笑みます。……ヴェールを捲るのは、誓い終わった祭壇の前で。
そしてその時は、もう目の前に来ているのです。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
互いに微笑んで、私とセシル君はどちらからともなく腕を組みます。
もう、式場の準備も出来て私達の入場を待つだけだそうで……私は、もう一度覚悟を決めて、セシル君を見上げます。セシル君は私の視線に気付いて、ただ穏やかに微笑みました。
待機していた教会の方が、扉を開ける。
私達は、何も言わずに同時に足を踏み出しました。
厳かな空気の中、ゆっくりと、一歩一歩を確かめるように踏み締め、絨毯の上をセシル君と歩く。周囲の視線は痛い程に感じられて、ドレスに覆われていない肌にチクチクと突き刺さっています。
けれど、そんな視線がどうでも良い程に、私の心は高揚していました。絨毯が導く先、神父が待機する祭壇。二人で並んで立てば、心臓がこれでもかと音を立てて暴れだす。
それが嬉しいと思えるくらいに、今私は満ち足りていました。ああ、本当にセシル君と結婚するんだな、とステンドグラスを通した色とりどりの淡い光を浴びながら、噛み締めて。
神父の厳かな祝詞が、響き渡る。
静かにその声を聞きながら、私達は隣に立って、その時を待ち続けます。手を繋がなくたって、顔を見なくたって、私達の気持ちはもう一つなのですから。
そして、その時はやって来ました。
「汝セシルは、この女リズベットを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻のみに添うことを、誓いますか?」
「はい」
神父の問い掛けに、躊躇いなく、真っ直ぐに答えたセシル君。
……次は私の番だと分かっていても、やっぱり、緊張で少しだけ体が強張ってしまいました。けど、此処でちゃんと答えられなければ、結婚は成立しないのです。
「汝リズベットは、この男セシルを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫のみに添うことを、誓いますか?」
「はい」
声は、震えていなかったでしょうか。
私の声は会場に響き、そしてまた静かになります。聞こえるのは、私達の吐息と、心臓の音だけ。
目の前の神父は私達の宣言を頷いて認め、その後に式場に居る全員に対し私達の仲を認める、と宣言しました。
……これで、私達は夫婦になったのですね。そう思うと勝手に涙が滲んでしまいますが、まだ、やる事が残っています。
神父の促しで、私達は向き合って。
そこで始めて式場でセシル君と目が合うのですが、セシル君自体、ほんのりと瞳が潤んでいて……やっぱり同じなんだなと思うと、勝手に口許が綻びました。
セシル君は私が笑ったのを見て小さく「お前もだろ」と返してくれたので、また笑って。
そして、指先が私のヴェールを持ち上げ、捲る。
一気にクリアになった視界で、セシル君は、幸せそうに微笑んでいました。
「幸せにするよ」
私だけに聞こえる小さく甘い囁きに、返事は瞳を閉じる事で返します。
……今で充分に幸せなのに、これ以上幸せにされたら、零れてしまいそうです。きっと、幸せは溢れ続けて、私は満たされ続けていくのでしょう。
私も、同じようにセシル君を幸せに出来たら、良いな。
想像するだけで内側から溶けるような心地よさと幸福感を感じて頬をとろけさせると、セシル君の息を飲む気配。それから、ゆっくりと吐息が近付いて……。
柔らかな感触が唇を伝うと同時に、溢れた想いが一雫だけ、瞳から零れる。目頭が熱くなったのを感じながら、触れた唇に喜びの笑みを溢れさせました。
私達の幸せは、此処から新しく始まるのでしょう。私達は二人で支え合って、歩んでいくのだから。
「一緒に幸せになりましょうね」
小さく囁けば、今までで一番幸せそうなセシル君の笑顔が、零れ落ちました。




