45 「帰りがけ、俺に時間をくれるか」
正式に婚約して今は準備期間に入っている私達。
と、言ってもまあ私達が何かするより、両親やイヴァン様が色々と準備するという方が正しいでしょうか。嫁入り道具とかはある程度で大丈夫ですし、持参金とかは私からはどうしようもありませんし。式場の手配やその他諸々も全て親でないと出来ないので、私達は待機って感じです。
私達がする事は、式の服……つまりドレスやタキシードのデザイン決めから採寸とかですね。父様が張り切って有名なデザイナーさんに頼むこととなったので、とても良いドレスが出来そうです。
「セシル君セシル君、ドレスはどんなのが良いです?」
あくまで日常は変わらないので出勤して、セシル君と二人きりに。
ついでにセシル君の好みを聞いておこうとお仕事に一段落ついたところで、そう切り出してみました。
ソファで隣に座ったセシル君、私の問いかけに金の瞳を真ん丸に。
「俺の希望で良いのか?」
「はい! セシル君に一番可愛い格好を見せたいじゃないですか」
一生に一度の式ですし、どうせならセシル君好みのドレスが良いです。セシル君の趣味は良いですしセンスもあります、セシル君に任せても良いレベルで。
それに、セシル君に惚れ惚れして貰いたいってのが、ありますから。
どんなのが良いですか? と笑顔で窺うと、セシル君は少しだけ考え込むような仕草。でも、私をちらりと見て、気恥ずかしそうに瞳を伏せました。
「……べ、別に、リズはいつでも可愛いと、思う」
躊躇いがちに告げられた言葉に頭が殴られたような衝撃。
……え、今、セシル君何て? あのセシル君が、自分から、可愛いって?
思わずセシル君を二度見してしまった私に、セシル君は頬を赤らめて、少し不満げに、というか何か文句あるのかよ逆に威張った……開き直ったようにおとがいを反らします。
いつものセシル君なら照れて逃げるのですが、今回のセシル君が珍しく撤回せず恥ずかしそうながらも開き直ったような態度で、私は唖然とするしかありません。
「何だよ、事実を言ったまでだろ」
「い、いえ、その……珍しいなって」
「……俺だっていつも暴言吐く訳じゃない。ちゃんと、気持ちはなるべく素直に言っていくつもりだから」
「私が恥ずかしくて死んじゃいそうです」
「安心しろ、俺もだ」
実際セシル君は頬を赤らめていますし、恥ずかしそうではありますが、撤回とかはなさそうで。
慣れない事を言ってる自覚はあるのでしょうが、どうも本気でそう思っている、みたいです。普段は照れてそういう事は言ってくれないのに、どうして今日は言ってくれたのでしょうか。何の心境の変化なのか。
「……無理しないでも良いですよ、セシル君は素直じゃないって分かってますから」
「それも複雑なんだが。……大体、これは本音だからな」
あくまで素直な気持ちだ、と顔を赤らめたままの真顔に、私もやっぱり顔が赤くなってしまいます。
「……そう思っててくれました?」
「まあ、な。その、だから結構辛い」
「辛い?」
「……一々可愛くて、色々困る」
「それは褒められているのです?」
「褒めてるだろ」
「具体的に色々を説明して下さい」
「俺に死ねと」
「自分で素直に言うと言ったんですよ」
どうやら今日のセシル君は思ってる事をきっちり言ってくれるそうなので、この際色々聞き出してしまいましょう。
セシル君はあんまり褒めてくれる事はないですし、今回くらい婚約者を褒めてくれても良いと思うのですよね。お披露目の時も顔を逸らして「似合ってる」の一言でしたし。
セシル君に褒められるのは嬉しいし恥ずかしい。でも、今回ばかりは好奇心が勝っているというか。
期待の眼差しをつい向けてしまった私に、セシル君は小さく呻いてしまいます。それでも無理に話を終わらせようとか逃げようとかは、しません。
「……だから、その、……あー……。絶対に逃げるなよ?」
「逃げませんよ」
バッチコイです! と笑顔を向けると、観念したかのように一つ吐息を落として、それから赤く染まった頬を指でぽりぽり。
「だから、あー……よく笑う所とか、褒めた時にはにかむ所とか、さ。しょげた所とか、不満に唇を尖らせる所とか、俺が触れたら幸せ駄々漏れな所とか、恥ずかしそうに俺を窺う所とかも、可愛い。仕事中にちらちらこっち見てきて目が合ったら恥ずかしそうにする所とか、仕事が終わったら全力で甘えてくる所とかさ、甘いもの食べてにまにましてる所とか、こう、顔は勿論だが仕草とか態度が可愛いんだよ。……此処まで言わせるのか」
ちゃんと言ったぞ、と羞恥により頬を赤らめながらも言い切ったセシル君に、今度は私がゆだる番でした。
……や、思ったより見られてる、というか。そういう所を可愛いって思っててくれたのですね。てっきり母様譲りの顔を重点的に褒めてくれるかと思ったのに……。
どうしよう、恥ずかしい。わ、私が言わせたのに、聞かなきゃ良かったと思ってしまった。よく見てるんだって思い知らされたし、物凄く、恥ずかしいです。
羞恥と居堪れなさに視線を逸らそうとすれば、セシル君は私に手を伸ばして抱き締め、それから片手で顎を持ち上げて来ます。視線は、真っ直ぐ。ただ、瞳が逃がさないと語っていました。
「目を逸らすな。逃げないんだろ」
「そ、それはそうですけど!」
「お前にべた惚れしてるんだ、悪いか」
何でそんな開き直ってるのですか!
あうう、とどう反応して良いのか分からなくて、今度は私が呻く番。頬がかっかと燃え上がってしまって、視線が泳ぐ。でもセシル君はそれを許さなくて、絶対に視界に入るように、顔の距離を零に。
唇に感じる熱は、私の唇を緩く食んでは擽るように触れてくる。
……婚約してから、何だかセシル君はより大胆になったというか、色々な意味で、男の子らしくなりました。我慢してる姿は見られますが、若干衝動に負けてるというか。……いえ、キスもハグも、嬉しいですけど、今は恥ずかしいのです。
唇が離れて漸く言葉を放てるので、むう、と拗ねる振りで唇を尖らせると、ねだったと勘違いしたらしいセシル君が噛み付いて来るからまた暫くキスされてしまいます。それから小さく耳許で熱っぽく「可愛い」の一言を落とすのだから、もう、色々限界。
……さっきまで照れてた癖に、スイッチ入ると恥ずかしげもなく言えるんですから。セシル君ってば、一度切り替わると大胆なんですよね、ほんと。
「セシル君、結局ドレスは?」
「ああ、ドレスが。……そうだな、お前は小さいからな……」
「そうですね」
「怒らないのか」
「父様は私に対するセシル君の小さいは女の子らしくて可愛いって意味だと仰ってたので」
セシル君は小さいってよく言いますけど、その小さいが馬鹿にしたものではないとは分かります。寧ろ、愛おしむような響きだと思えるのです。
「それに、セシル君にすっぽり包まれるなら、小さくても良いですよ」
スラリとしたフィオナさんに憧れた事がないとは言いませんけど、こうしてセシル君の腕の中に収まっていられるなら、小さくたって良い。全部セシル君のものになるなら、このままでも良いです。
小さいがセシル君にとっての褒め言葉なのですから。
抱き締められたまま胸元に顔を埋めると、セシル君は小さく「そうかよ」と返し、私をぎゅっと引き寄せます。
「リズは細身で小柄だから、女の子らしいふんわりとしたスカートが良い」
「ふふ、デザイナーさんに伝えておきます。式まで楽しみにしておいて下さいね」
「……デザインは見せてくれないのか」
「当日驚かせたいですもん」
「そうかよ」
「当日に、一番綺麗な姿を見せてあげます」
「なら楽しみにしておくよ」
「どうぞ楽しみにしておいて下さい」
ちゃんと着飾って、晴れ姿を見せたいのは当然です。だって、式は生涯に一度にするつもりですから。……綺麗な姿を見せたい。セシル君の妻になるのですから。
ふふ、と微笑むとセシル君も釣られたように微笑んでくれて、何だか和やかな空気に。
……セシル君と恋仲になって、私達の間ではやっぱりちょっと漂う空気が違うようになった気がします。そりゃあ、友人から恋人に変わったから当たり前なのですけど。
夫婦になったら、また違うのかな。
「……あなた」
試しに囁いてみると、びくりと体を大袈裟に揺らすセシル君。
……改めて考えると、やっぱり気恥ずかしいですね。セシル君が旦那様になるんだって、思ったら。
呼び方も変えるべきなのでしょうか。私にとってセシル君はセシル君だから、あなた、って呼ぶのがちょっとしっくりきません。呼んでいたら、慣れてくるのかな?
「こういうの、照れ臭いですね。やっぱりセシル君、じゃないと。……セシル君?」
「いや……」
私の肩に顔を埋めて暫く震えていたセシル君ですが、三十秒程待つと顔を上げます。……何故か睨まれてしまいました。
何でそんな、何かを堪える代わりに噛み付くような表情をするのでしょうか。ただ、呼び方を変えただけなのに。
「……リズ」
「はい、何ですか?」
不機嫌というより何かを飲み込んだ表情で私の名前を呼ぶセシル君。
「帰りがけ、俺に時間をくれるか」
「どうかしましたか?」
「……ちょっと付き合ってくれ」
絞り出したような声に首を傾げつつも二つ返事を返すと、安心したように頬を緩めるセシル君です。それでもやや緊張したような感じがして、今更私に何を緊張するのかさっぱりですが、セシル君が全てを話してくれるまで待とうと思います。
……セシル君は、私に何をしたいのか、何をさせたいのか。




