37 「変わり者とかよく言われませんか」
週に二回程の、少年との小さな時間の共有……といっても、近寄る事はあまりないのですが。
父様には一応報告しているのですが、少年の特徴を言うと「好きにさせてやれ」との一言。心当たりはあるみたいなので、多分父様には彼が誰なのかも分かっているのでしょう。
けれど、それを私に伝えない。という事は今のところ知られたくない、若しくは知らなくても良いという事。身分など知ってしまえばどうしても対応が変わってくるので、その辺りを考慮して言わなかったのかもしれません。
まあ私も好きに接すれば良いと言われてるので、取り敢えず毎回じーっと見られるのも複雑なので、今日は接触を図ろうと思います。
「今日は何を見にきたのです?」
相変わらず此方を見ては何かを思案している少年に、二度目の接触。
今度は正面から近付いてみたのですが、いきなり逃げられるという事はありませんでした。それでもびっくりはしたみたいですが。
「折角だしお茶でもしていきませんか。おいしい焼き菓子もあるんですよ」
……傍から見たらナンパしてる感じの台詞になってしまいました。いえ、そういう目的ではないのですよ? ただ、交遊を深めようと思って……あっ、びっくり通り越して何か呆れた顔をされた。
「……知り合いでもないのに、お茶に誘うのですか」
「え、駄目です?」
仲良くなるにはやっぱりお話をするところから始めるべきですよね、と思っての提案だったのに、呆れられてしまいました。だって、お話ししようとしたら基本逃げるし……腰を据えて話すにはやっぱりお茶だと思うのですよ。
問い掛けると溜め息をつかれて、やけに理知的な瞳が私を捉えては「不審人物だったらどうするつもりなんですか」と。
「大丈夫です、私に見る目はあると思います」
「何でそんなに自信満々なんですか」
髪を掻き上げてそのまま額を押さえた彼は、なんというか疲れたように深々と長大息。どうしてでしょう、かなり呆れられている気がするのですが。私の勘は割と確かなのに。
父様からも問題ないと言われてるので大丈夫だと確信しているのですが、彼はそんな事が分かる訳もなく「大丈夫なのかこの人」と結構に辛辣なコメントを頂きました。……あなた、結構にきつい性格してますね。
「大丈夫です、もしもの事があれば自衛くらい出来ますよ。それに、あなたはそんな事をする人じゃないかなって」
「何処からそんな自信が来るんですか」
「何となく?」
勘の理由を説明しろと言われても難しいのでそう答えるしかありません。……なんというか、色々不憫なものを見る眼差しを送られましたがめげません。
「と、兎に角、どうですか?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「え、」
「……嫌なら誘わないで下さいよ」
「い、嫌とかじゃなくて、てっきり断られるかとばかり」
結構に彼は慎重でドライな方だと思うので、受け入れてもらえないかと思ってたのに……拍子抜けしちゃいました。言って良かった。
文句があるなら、と不満そうな顔をして引き返そうとした彼の手を掴んで「そんな事ないですから」と笑いかけると、面食らったように瞬きを繰り返すのです。
照れた、というよりは純粋に驚いた、といった感じで、ほんの一瞬息が止まって此方を二度見。首を傾げると視線を逸らされるのも慣れてきたので、私は気にしない事にして彼の手を引きます。
嫌がってはいないようで、大人しく私に従う彼。そういえば、お名前を聞いていませんでした。
「あなたの名前を教えてもらっても良いでしょうか」
「……嫌だ、と言ったら?」
「じゃあ良いです。名前など知らなくても、人柄を知るのには困りませんからね」
言いたくないなら良いや、と特に拘るつもりもなかったのであっさり追及を止める私にまたしても驚いた顔をされてしまって、私は彼の驚きのツボを押さえているのかもしれません。
そんな訳で、庭の端に出していたテーブルと椅子に彼をご案内。
微妙にそわそわして視線をあちこちに泳がせているのはまあ仕方ないのです。周りに使用人が居なかったのでちょっと待っていて下さいね、と一回屋敷に戻ると、丁度良いところにジルが居ました。ナイスタイミング。
「ジル、庭でお茶を飲むので用意して下さい。茶菓子は昨日作ったものがあるのでそちらを。あ、二人分お願いしますね」
「二人分……ですか?」
訝るジルですが、それだけ。態度や何かが変わったというのはありません。あの時以来、私とジルは主と従者という正常な立ち位置に戻りました。……ジルは私なんかよりも辛かったでしょうけど、もうそれを顔に出したりはしません。
今では立場を弁えて、適切な距離で接しています。それが、お互いの為でもあるから。
今までは、近すぎたのです。その距離を許して良いのは、心に決めた人だけ。……だから、互いに、主と従者という立場を胸に刻んで、元通りよりも少しだけ遠い距離感で接しています。
「可愛いお客さんが来ているのですよ」
「フィオナ様ですか?」
「いえ、年下の男の子ですよ。お庭よく見に来るから、一緒にお茶しながら見ようかと思って」
まあ背丈は私とそんなに変わらないのですが、年下はやはり可愛らしいものなのです。ジルが微妙な顔をしたのは分かりますけど、ちゃんと色々考えて敷地内に入れましたから。そんな考えなしじゃないですから。
何かちょっと心配されてますが、大丈夫だと念押しして、元の場所に戻ります。彼はちょっぴり緊張気味だったものの、私の顔を見ると少し安堵したように眉を下げたので何だか可愛らしいなあとか思ったり。
私と仲良くなったら、ルビィのお話し相手になってくれたら良いな。ルビィ、あまり外に出ないからお友達と呼べる人も居ませんし。
最近はパーティーにも参加するようになってネットワークを広げているみたいですけども、友達、という言葉は聞いた事ないですから。父様曰くただ情報を得る為に交流している節があるそうなので、出来れば心を許せるお友達を作って欲しいものです。
そんな事を考えていると、ジルが言われた通りに二人分紅茶と茶菓子を用意して現れます。
その時の、彼の驚きと言ったら。
とても驚いた、というか……衝撃的なものを見た、といった表情でしょうか。何で此処に居るんだ、と言いたげな顔でしたが、瞬時に飲み込んだらしくて平常を装ってしまいます。
逆に、ジルも微かに瞠目したものの、それは口元や頬にまでは影響しません。人生経験の差がものを言ってるのでしょう。……ジルの、知っている人なのでしょうか。彼はジルに反応していたし、決して無関係ではないと思うのですが。
「失礼致します」
何だか訳の分からない態度に戸惑う私ですが、ジルはそれ以降何も反応する事もなく淡々と給仕をこなし、きっちり腰を折って礼をした後に去っていきました。
残された私としてはちょっぴり気まずかったものの、気を取り直して彼を改めて視界の真正面に捉えます。
「どうぞ。彼の淹れた紅茶は美味しいですよ」
匂いからして私が淹れるものよりも香りが芳醇です。いつも飲んでいるからこそ、その手際の良さと淹れ方が優れていると分かるのです。
固まっていた彼に紅茶を勧めると、弾かれたようにカップを手にしては香りを楽しんでいました。多分、ジルの事が気になっていたのでしょう。漸く意識が此方に向いた、という事でしょうね。
「今日のお菓子は私が焼いたんですよ、良かったらどうぞ」
「……あなたが?」
「毒は入ってないから大丈夫ですよ?」
何だか疑わしげな眼差しをされたのできっちり表明しておくと、そこは疑われてなかったらしく「どうしてそうなるんですか」と微妙な顔をされました。
「……普通、貴族の令嬢は料理とかしないものでは?」
「土弄りしてる時点でもうかなぐり捨ててると思いません?」
「……それもそうですね」
「そこで納得されると複雑なのですが……」
今更ですね、と染々頷かれて何とも言えない気持ちになったのですが、彼の緊張がほぐれたなら良かった。
「変わり者とかよく言われませんか」
まあ、彼の私に対する印象がどんなものになっているのか問い詰めたい気持ちもありますが、仕方ないので諦めましょう。
わざとらしく唇を尖らせると少しだけ柔らかい顔を見せてくれて、年相応の笑みが口許にうっすらと浮かぶ。いつも悩ましげで思い詰めたような顔をしていたから、少しでも気分転換になってくれたら良いのですが。
この日から、彼が現れる度に少しの間だけお茶を一緒に楽しむようになりました。
「……という訳でうちに偶に男の子が来るようになったんですよ!」
「餌付けすな」
「あうっ」
一部始終をセシル君にも話すと、セシル君は呆れた顔でデコピン。
打撃点から波紋のように広がる地味な痛みに酷いと文句を言いつつ、隣に座ったセシル君に寄り掛かっては「餌付けなんてしてないもん」と反論です。あれは餌付けではなく……そう、お茶漬けです。違ったお茶付け。
なので一緒に紅茶を楽しんで仲良くなるだけなのです、女子の交流はこんなものなのですよ。まあ彼は男の子ですが、適用出来ます多分。
「見知らぬ人間を家に入れるなあほ」
セシル君としてはそれが不服だったらしく、私の肩を掴んでは「頼むから警戒してくれ」との事。ちゃんと確信を持って招いているので、無警戒とかそういうのじゃないんですけど……。
「庭ですよ?」
「敷地内に入れるな」
「えー……でも、ずっとこっち見てるし」
あれだけ見られたら、気になるじゃないですか。理由聞くなら知り合ってからですし、どうせなら仲良くなりたいって思いません?
「お前に惚れたんじゃないのか」
「それはないと思います。眼差しが、何か……値踏みする、とは違うのですけど、じーっと此方見てきて、かと思えば寂しそうな顔したり。お友達居ないんですかね」
「お前に言われたくはないな」
「セシル君にもです」
訪れる、無言。
「……ダメージ大きいから止めておきましょう」
「そうだな」
べ、別に友達居ない訳じゃないもん。そこそこに話せる女の子くらいなら居ますもん。ただそれがお友達かと言われると何とも言えないですが。お互いに利害の一致で話してるようなものですし、あんまりこういう関係は好きじゃないですけども。
でもそれくらいならセシル君にだって居ますし、こういうのを友達と呼ぶのも変な気分なのでお互いに確たる自信を持って言える友達という存在は居ません。……というか、こうなるまでお互いが親友みたいな感じでしたからね。
地味にブーメランによるダメージを食らったのでこのくらいにしておき、例の彼のお話に戻ります。
「それで、なんか、放っておけなくて……。なんというか、誰かさんを思い出させるのです」
「誰かさん?」
不思議そうなセシル君に、私はにやりと笑んでみせ。
「素直じゃなくて近付きたくても棘の殻があるから近付けない寂しがりさんの事です。まあその誰かさんは今ではでれでれなのですけど」
「おいこら」
ふふふ、と笑うと肩にあった手が両頬に移動して柔らかさを堪能し始めます。ぐにーん、むにむに、と効果音の付きそうな感じで指による苛めが発生して、堪らず「いひゃいー」と空気の抜けたような文句。
それでもセシル君、止まってくれなくて暫く頬で遊びつつ、咎めるような眼差しを落としてくるのです。
「殻もなくて誰彼招き入れて危機に陥る誰かには言われたくない。後お前もでれでれだからな」
「セシル君だけですもん、問題ないです」
殻がない、というのは違うのです。こう見えてちゃんと拒むところは拒みますし、入れてはならない部分を他人には触れさせません。
触れて良いのは、セシル君だけだもの。セシル君になら全部さらけ出せるし、触れてもらいたい。自分の全部を仕ってもらいたいし、私だってセシル君を知りたい。それがでれでれというなら、全力ででれでれしますとも。
その証拠にとセシル君のお膝の上に移動して向き合うようにくっつくと、セシル君はちょっぴり困った、というか照れたような顔をしつつも背中に手を回してきてぴとりと密着。……こうしてると凄く充足感があるので、セシル君成分が凄い勢いで補充されてると思うのです。
ふふ、と自然と笑みが零れて、すりすりと肩に顔を擦り付けると、セシル君もこてんと私の頭に凭れるように頭を傾けて来ました。ぎゅ、と抱き締める強さは変わらないけれど、昔よりずっと優しくて包容力のあるものに。
……セシル君、ほんと変わったなあ。昔はツンツンで人には頼らない他人なんか嫌いだって意思をぷんぷん匂わせていたのに。
「……あ、そっか……誰かに似てると思ったら、セシル君だ」
「は?」
唐突な言葉にセシル君も元通りの体勢になって私の顔を覗き込むので、私もちょっといきなりすぎたと反省しつつ、思った事をそのまま口にします。
「いえ、例の男の子、雰囲気がセシル君にちょっと似てるかなって。ツンってしてて、でも突き放さない感じがするんですよね。そういうところセシル君に似てるなって」
心なしか顔立ちも似てるかも、と漏らすとセシル君微妙な顔。大丈夫ですって、セシル君以外選びませんからと告げれば「そうじゃない」と否定されました。あれ?
「……名前は聞いてないんだな?」
「教えてくれないので」
「……そうか」
セシル君としてはその子が気になるのでしょう。でも、セシル君が心配するような悪い子じゃないんですよ。寧ろ結構此方の事気にしてくれる良い子っぽいです。常識人さんですし、普通に仲良くなりたいくらいには良い子です。
「悪い子じゃなさそうですよ。ただお茶飲んでお話しするだけですし」
「……それならいい。もし、何かされたら、俺に言え」
「はーい」
セシル君は心配性ですねえ、と笑うと、怒る訳でも呆れる訳でもなく、ただ思考にふけるセシル君。
「まあ、今更何もしないとは思うが……」
「え?」
「いや、何でもない」
何かを言ったような気がして問い掛けても、セシル君は答えてくれませんでした。




