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もう一つの物語  作者: 佐伯さん
本編
35/52

35 「……感謝してるよ、ずっと。俺はリズに救われたんだから」

「セシルって普通にウチに入り浸るようになってるよな」


 極普通の、特に仕事も用事も何もない日の昼下がり。

 リビングで談笑していた私とセシル君を見て、父様は染々と呟きました。母様も父様に連れられてやって来たのですが、父様の感慨深そうな声に「そうね」と穏やかな笑みで同調しています。


 そういえば、というか別に特に意識した事はありませんが、確かにセシル君はこの屋敷に居るのが普通になってしまっているのですよね。お休みの日とかは特に。休みの度に来るっていう訳でもないのですが、セシル君が居るのが何だか自然な光景と化しているというか。

 本当に馴染んでますよねセシル君。ウチの構造理解してるだろうし(主にルビィと隠れんぼしたりお泊まりのせいで)、居るのに違和感はないのです。


「ルビィが上がっていけって言うからな」

「ふふ、セシル君大好きですもんね」

「……セシルの場合、リズに会うのが此処に来る大きな目的だと思うんだが」

「うるせえ」


 私の為、という事は否定しないセシル君につい口許を緩めて、ソファの隣に腰掛けるセシル君に微笑みかけると、セシル君は何か言いたそうに口をモゴモゴさせたものの何も言いません。

 何なのですかと首を傾げて太腿を軽く叩くと、もう一度「うるさい」と帰って来て髪をぐしゃっと揉むように撫でられました。……セットしたのに、と唇を尖らせて抗議してみたら今度は優しく撫でられたので、取り敢えず今回は責めないであげようと思います。


 そんな私達に父様は「いちゃついてるな」と囃すように一言。

 途端にセシル君が愛でる手を止めてそっぽ向いちゃうので、父様の馬鹿とちょっぴり不満げ視線を送ってしまいました。まあ、父様はあっさり受け止めて笑って流しちゃうんですけどね。


 私達が座るソファの対面、ローテーブルを挟んだ向こう側のソファにどっしりと腰掛ける父様。その隣に寄り添うように自然な流れで母様が腰掛け柔和な笑みを浮かべるのですが、その光景がなんとも当たり前の光景で堂々としていて、これが年季の差なのかと思い知らされます。

 未だに新婚のように仲睦まじい二人。私の理想は二人みたいな夫婦になる事なんですよね。


「ああそうだセシル、お前部屋のあれどうなってんだ?」


 見慣れていた筈なのについ見とれてしまった私。母様の腰に手を添えて寄り添う父様は、ふと愉快そうな笑みを口許に湛えてセシル君に問いを飛ばします。

 ……問われたセシル君はびきりと表情が固まりましたけど。


「何処で知った」

「ん? イヴァンから聞いた。あいつ面白がってたからな、やけに乗り気で進めてるぞ」

「あの野郎……!」

「ま、それは俺が口出しする事じゃないし止めるならイヴァンを止めろ。無理だと思うがな」


 止められるものならな、 と口角を吊り上げた父様に、セシル君のこめかみがひきつってる気がします。声を荒げないのは本人が居ないからなのでしょうが、一体何のお話をしてるんですか。


「イヴァン様がどうかしましたか?」

「何でもない」

「ええー、気になります」

「……その内分かるから気にするな。いや、断固阻止したいところだが」


 お前の為にも阻止をしてみせる、とやけに真顔で意気込んでるセシル君に一体何があったのでしょうか。


「ほー」

「その眼差しを止めろ」


 父様にやにや、セシル君いらいらの図です。

 父様はセシル君の反応が面白いらしくてからかってるのですが、益々頬が引きつって来ているのですよ。父様って結構爆発ギリギリまで弄っちゃうので、セシル君キレないと良いのですが。


「セシル君、落ち着いて下さい。そもそも何があったのです?」

「……言わない」

「まあ男の事情って奴だな。結婚したら俺は止めんからな」

「黙れ、お前は本当に黙れ」


 今度はサッと顔を赤くして父様を睨んだセシル君。相変わらず父様は悪戯っぽい笑み。それが余計に油を注いでいるのですが、多分父様わざとな気がします、いえ絶対。

 何かセシル君を怒らせる、というかムキにさせる燃料を注いだ父様は笑ってセシル君を眺めていたのですが、側に居た母様が少し考えた素振りを見せました。そしてやや、冷えた眼差しで父様を見上げて。


「あなた、あまりセシル君をからかわないであげて」

「せ、セレン」

「あなたの悪い癖よ、からかい過ぎるのは」


 流石にからかい過ぎたと判断したらしい母様、傍観の姿勢から一気に咎めるような口調に。


「いや、しかし……」

「ヴェルフ、前にも言ったの覚えてないのかしら? ……セシル君、これは気にしなくて良いわよ」

「は、はあ……」


 母様、父様をこれ扱いです。

 一気に悄気ていく父様を見てると、やはり母様は強しというのがこれでもかと理解させられます。というか父様って基本母様に反論出来ないのですよね、何でかって大体母様が正しいからなのですけど。


 でも、意見を言い合える……いえこの場合は一方的でしたけど、悪い事を悪いって言って反省を促せる仲に、私もなりたいものです。……別にかかあ殿下になりたい訳じゃないですよ?


「あなた、あんまりセシル君をからかっちゃ駄目よ。息子になるんですから」


 その一言にハッとなったようで、父様はセシル君を見て何だかびっくりしたご様子。……ああ、そっか、結婚するって事は、セシル君は義理の息子になるんですもんね。私が嫁入りするからって、それは変わりません。


 セシル君もその一言に改めて将来を考えたらしく、少し居住まいを正して両親の視線を真っ直ぐに受け止めます。

 母様は、ただ慈しむように穏やかな笑みと眼差しを将来の息子に送っていて。


「私達の願いは、リズが幸せで居てくれる事だけだから。いえ、あなたも含めて、幸せになってくれれば良いわ」

「……セレンさん」

「娘を宜しくね」

「……勿論です」


 神妙な顔付きで頷いたセシル君が私の手を握って、それから私に小さく微笑んで。大切にするから、と眼差しが雄弁に語っていて、普段とは違うセシル君に胸の高鳴りを禁じ得ません。


 胸がどきどきする。本当に愛しそうに見詰めてくるから、心臓に悪い。

 両親の視線を気にせずにそういう眼差しを向けてくるのは、ちゃんと……私の事を想ってくれているという事に、他なりません。

 セシル君は有言実行というよりは、不言実行な人。勿論一度宣言した事はきっちりこなしますが、言わないでただ自分の心で決めた事をずっと貫き通す人でもあるのです。……だからこそ、この瞳は、揺るぎない誓いになる。


 色々思い知らされて堪らずにセシル君の肩に額を当てて羞恥を隠すと、セシル君は「お前そこは恥ずかしがるのか」と呆れた声。それでも滲み出る愛情は伝わってくるから、嬉しくて、恥ずかしい。


「ふふ、仲睦まじくて何よりだわ。妬けちゃう」

「セレンには俺が居るだろ」

「そうね」


 抱き寄せる父様に、母様はくすくす笑って。

 セシル君の肩から顔を上げてちらりと窺っただけでも、二人はおしどり夫婦にしか見えません。隣に在る事が当たり前、そんな光景。


「……セシル君、あれに敵いますか」

「勝つという問題なのかは分からんが……まあ、二人きりなら……」

「じゃあお部屋に」

「それはまずいから色々」


 流石に人前では、と渋ったセシル君に二人きりを促すと、セシル君全力で押し留めて来ました。……別に二人ともに公認ですし、気にしないと思うんですけど。


「不埒な事するなよ」

「しねえよ、お前と一緒にするな」

「分からんぞ、男の理性なんて脆いからな」

「あなたがそうだったものね」


 母様、然り気無く父様が手が早かったって公言してないですか。


「ヴェルフこそ娘の前で見せ付けるな」

「俺達はいつもこうだぞ」

「ふふ。……セシル君、リズを幸せにして頂戴ね?」

「はい」


 真摯な声音のセシル君に、私はセシル君の腕に抱き付いて腕に頬擦り。そんな私にセシル君も微笑んで、私の掌に自分の物を重ねてはただ静かに優しく、握って。

 お披露目やその他諸々の関係でまだ正式な婚約すらしてはいませんが……それでも、セシル君は私の事を、幸せにしてくれると誓ってくれたのです。幸せ以外の何がありましょうか。


 えへへ、と自分でも驚く程に仕事をしなくなった頬。でれでれしてるのは理解していますが、どうにもなりません。

 そんな私に父様は瞠目したものの、咎めようとはせず苦笑。


「……目の前でいちゃつかれると複雑だが、お前ら恋仲になる前からいつも無意識にいちゃいちゃしてたから見慣れてきた感があるな」

「嘘!?」


 待って、見慣れてきたってどういう事ですか。


「いや、リズは無意識だったんだろうが……あれは、見てて分かりやすかったぞ。セシルはセシルで好きだって眼差しが語ってたし」

「うるせえ!」


 セシル君にも飛び火したらしくて声を荒げて遮ろうとするものの、父様は止まりません。からかうつもりは一切ないらしく、ただ昔を思い出すような表情でうんうん頷いています。


「リズも気が付かないのが不思議だったんだよな。あんなに感情豊かにして優しく触れるのはリズだけだったんだぞ? こいつ、人嫌いだから他人には基本的に触らないし義務的にしか喋らないからな」

「それはまあ……」


 まあ、昔からそれは思ってましたけど。私には結構に容赦ないけど、ちゃんと感情表現してくれてましたから。……ちょっぴり意地悪だったりはしましたけど、何だかんだ優しくて、女の子扱いしてくれてましたし。

 それが恋心から来ていたなんて、今思い返すと何だか恥ずかしいですね。……いつから私の事を好きになっていたのでしょうか。今度聞いてみましょう。


「小さい頃から見守ってきた身としては、素直になってきて何よりだよ。昔は針ネズミだったからな」

「……うるせえよ」

「ま、棘を抜いてくれたリズに感謝するんだな」


 今では針がなくなって単なるハムスターだからな、と笑った父様に瞳を眇めたセシル君ではありましたが、それも一瞬の事。

 少しだけ遠い目をしたセシル君は、それから私に視線を移して、とても凪いだ瞳を向けてくるのです。


「……感謝してるよ、ずっと。俺はリズに救われたんだから」

「そんな事」

「あるんだ。こっちが勝手に感謝してるだけだから。……いつも、ありがとう」

「……セシル君も、いつも……ありがとう」


 お礼を言うのはこっちの方です。

 沢山迷惑をかけて、仲良くしてくれて、守ってくれて、側に居てくれた。こんな私を、選んでくれた。

 ……そんなセシル君が、私も大好きです。


 見つめあって、それから照れ臭くなってお互いに相好を崩した私達。

 両親は、ただ優しく私達を見守るように微笑んでいます。


「……妬けるなあ。ま、仲良くしていけよ」

「……はい」


 勿論、と声を揃えて答えてしまって、それがなんだかおかしくて私もセシル君も笑いだした、そんな昼下がりでした。

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