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もう一つの物語  作者: 佐伯さん
本編
33/52

33 「……俺も紳士じゃねえぞ」

 セシル君は基本的に魔導院で過ごしていて、大概研究室に居るか仮眠室に居るかのどちらかです。引きこもりというには失礼ですが不要な外出はしないセシル君なので、移動範囲も狭く基本的に位置が分かりやすい。だから、そこに居なければ残りの場所に居る、という答えが必然的に導き出されます。


「あれ、セシル君居ない」


 いつも通りに研究室を訪れると、誰も居ません。セシル君のデスクに紅茶のカップや書類がない事から、途中で居なくなった訳では無さそうです。最初から居なかった、みたいですね。空気も冷えているので、多分居ない。

 じゃあ何処に居るのか、という事ですが、基本の移動範囲が個々か仮眠室かウチ、若しくはシュタインベルト邸。ただ今日はそういう予定を聞いていないので、ウチとシュタインベルト邸は除外されます。


 という事で、残るは仮眠室。此処が最も居る可能性が高いという事になりす。


 前回は入って怒られちゃいましたけど、今では入っていいと許可を貰っているので問題なし! それでも万全を期して強めにノックをして名前を呼ぶのですが、反応はありません。

 此処に居なかったら本当に居場所が分からないので、此処に居て欲しいと望みをかけつつゆっくりと扉を開いて……そして、脱力。


「おやすみ中……」


 なんと、セシル君寝ちゃっていました。

 セシル君って規則正しい生活する人ですし、お仕事はきっちりこなします。いえ、お仕事終わってする事ないから寝ているのでしょうけど、それにしてもまだ寝ていたなんて驚きです。早起きしてるイメージがありますし。


 珍しい、と音を立てないようにして中に滑り込む私。

 私の大好きな男の子は、実に静かに寝ています。殺風景なお部屋なのは相変わらずですが……セシル君が寝てる側に、私が送ったうさぎさんがあって。

 思わず「セシル君可愛い!」と叫び出しそうになるのを堪え、口許が緩むのを必死で押さえるばかりです。ああ、此処にカメラというものがあればこの可愛らしい光景を写真に収められるのに……!


 非常に口惜しいのですが、こればかりはどうしようもありません。魔術の開発が出来たらどれ程良かった事か。こんな時はセシル君がとても羨ましいのです。


 残念、と名残惜しさ丸出しで呟きつつ、セシル君の側に寄ってすやすやと寝ている姿を視界に収めます。


「……かわいい」


 セシル君、普段はキリッとしてて凛々しいというか格好良さが強い男の子なのですが……寝顔は、可愛い。ちょっと幼く見えるというか、無防備で可愛らしいのです。側のぬいぐるみのせいできゅーと効果倍増してるし。

 ベッドに腰掛けて頬を撫でると「ん……」と喉を鳴らしていて、むずむずしたのか軽く身じろぎするセシル君。……可愛い。


 それにしても、こう、無防備に寝ているのを見ると……自分も隣で寝たくなるのですよね。だって凄く気持ち良さそうに寝てるんですもん。本当に気持ち良さそうに熟睡してるし。

 多分本人にバレたら怒られそうだなあ、とか起きたらびびるだろうなあ、とか思いながらも、やっぱり我慢出来なくていそいそとベッドに上がってセシル君の隣に。大丈夫、セシル君寝てるし。


 隣に転がると、思ったよりも近い距離になってしまいました。というか、セシル君が横に寝返りを打ったのでかなり近いというか。

 ……セシル君、案外大きいのですよね。肩幅とか、掌とか……。いつの間に、こんなに成長したんでしょうね。私、この掌に頭撫でられて、抱き締められて来たんだ。


 側にある掌にそっと触れてみると、男の子らしい硬さ。私のより一回りは大きな掌。指だって骨張ってて、私より太くてしっかりしてる。……本当に、大きくなったんだな、セシル君。


「……ん……」


 あくまで控え目に、ですがぺたぺたと触れていたら、どうやら擽ったかったらしくてむずかる仕草。それから、閉じられていた瞳がゆっくりと重たそうに開かれて。

 起こしちゃったかな、とちょっと申し訳なさを感じつつも寝惚け眼のセシル君が可愛くてついじいっと見つめていると、セシル君眠そうにまた瞼を閉じようとしていました。……なんて可愛らしいのでしょうか、本人聞いたら怒りそうですが。


 ふふ、と笑みが漏れてしまった私、次の瞬間にはすっとんきょうな声を上げる事態になってしまいました。


「うひゃん!?」


 微笑ましく見守っていたら、セシル君が手を伸ばして来て……気付いた時にはホールドされてしまいます。

 抱き締めるというか抱き着くというか。実に呆気なく腕の中に収まる……いえ、逆に私の胸に顔を収めちゃって。……自分に顔が埋まるだけの量があって良かった、とちょこっと安堵しつつ、確実に寝惚けていらっしゃるセシル君にどうしたものかと取り敢えず頭撫でときました。


 正気のセシル君がこんな大胆な犯行に及ぶとは思わないですし今までの状態からまず寝惚けているのは明白です。そもそもこれくらいで怒ろうとかいう気持ちは全くないですから。

 枕にされるのはまあ良いんですけど、すりすり頬擦りされるのは何とも擽ったい。凄い可愛いんですけどね、これはこれで。


「……ええと、セシル君?」

「んー」


 返事は喉を鳴らしただけ。胸でもぞもぞされるから擽ったいしどきどきしちゃうのですけど、そんなのお構いなしというか気付かない気付けないセシル君は私に密着して今度は腰の辺りを撫で始めました。

 セシル君だから身の危険はないと分かっているのですけど……セシル君らしからぬ積極性にどきどきです。寝ている時の方が積極的っていうのも不思議ですけどね。……もしかして、本当はもっと私に触れたかったりするのでしょうか。


「……セシル君、起きてー」

「……んむ」


 まあ流石にこれ以上は危ないですよね、と正気に戻った時のセシル君の事も考えて背中をぽんぽん叩いて起こしてみると、セシル君漸く意識が眠りの海から浮かんできたのか顔を上げてぼんやり。

 まだとろとろしょぼしょぼとした眼差し。……まだ半分寝てますよねこれ。今なら普段セシル君がしてくれない事もしてくれるのでは。


「セシル君、おはようのキスは?」


 ほんの、ちょっとしたおふざけ。

 ただでさえ恥ずかしがり屋さんなセシル君はキスなんて滅多にしてくれないので、今ならしてくれるかなって、そう思っての冗談半分でのおねだり。自分の唇をなぞって「んー」と甘えた声を出してみて……やっぱり恥ずかしくて冗談ですと言おう笑うのですが、セシル君は相変わらずぼんやりした顔。


 無理だったかぁ、と思った瞬間、セシル君の顔が近付いて来て。


 むに、と唇に柔らかさを感じたのは、その一秒後の事。

 あの日以来口付けなんてされていないので、キスなんて殆ど経験のない身です。私より少し硬めの唇が吸い付くように下唇を食み、表面の感触ごと楽しむように擦り付けて来て……ぁ、と息が零れる。


 寝惚けているのか遠慮なんてなくて、かぷりと歯で唇を甘噛みされて、急な刺激に体を揺らせばそれごと包み込むように抱きすくめられるのです。求めるような抱擁というよりは、子供がお人形を抱き締めるようなちょっぴり力加減出来ていないやつみたいな感じで。

 また寝る体勢に入ったのか首筋に顔を埋めて唇を動かすセシル君。ね、寝起きのセシル君ってこんなにも……その、悪戯する人だったのですね……?


「んん、あの……セシル君、起きてー」


 流石にハグの力が強くて首筋にかかる吐息も擽ったかったので、我慢出来なくてべしべしとセシル君の背中を叩くと、漸く意識が浮上してきたらしくてむくりと腕の力だけで体を起こすセシル君。

 私が寝転んだままでセシル君が肘で起きてしまった為、視点をセシル君に変えると図らずも押し倒したような状態なのですよね。真相は私が勝手に隣に来ただけですけど。


「……リズ?」

「お、おはようございます」


 取り敢えず挨拶をすると、セシル君は私の姿をしっかり瞳に映してはさっと頬に朱色を広げます。

 何でそこまで恥ずかしがってるのかは分からないものの、取り敢えず何もされてないという事くらいはセシル君に伝えておかなきゃ。セシル君寝惚けて襲い掛かったとか勘違いしてそうだし。


「……俺何してた」

「胸に頬擦りと腰を撫でたのとキスくらいなので大丈夫ですよ?」

「怒れよ!」

「セシル君が怒ってどうするんですか」

「……悪い」


 一気にしょげてしまったセシル君。私は気にしてないのにセシル君ってそういうところが律儀なんですよね。


「疲れてたのでしょう?  こんな時間まで寝てるなんてそうとしか考えられません。それに、セシル君が甘えてくれるの嬉しいです。私ばかり甘えてたので、セシル君も寄り掛かってください」

「……甘えても、良いのか? 情けないだろ」

「そんな事ないですよ。こんなので良ければ貸しますから、じゃんじゃん甘えて下さい」


 セシル君ってばジルより体裁とか面子を気にしますよね。男だから格好つけるとか。……そんな事しなくてもセシル君は格好いいし、優しくて恥ずかしがり屋さんなのに偶に大胆な所も好きです。普段がピュアモードなら大胆な時は狼モードですかね?


 どちらのセシル君も好きですけどね、と結論付けて体を起こしたセシル君を引っ張ってもう一度ベッドに引きずり込み、母親に甘えさせるように先程までの体勢に変えさせます。

 もう少し豊かだったらもっと枕として機能したんだろうな、とちょっぴり残念なものの、まだ私には将来があるので大丈夫。


「……痴女と言われるぞこれ」

「じゃあセシル君は変態で良いですか? セシル君が発端なので」

「悪かった。……お前も本当に警戒してくれ……俺も紳士じゃねえぞ」

「セシル君は責任取ってくれますから大丈夫」

「そういう問題じゃねえよ」

「まあまあ」


 セシル君の頭をなでなで。

 嫌がっている訳じゃないみたいなので問題ないとは思うのですが、念の為に嫌かと問うと、暫く押し黙った後に「これを嫌と言える程男は捨ててない」との一言。

 取り敢えず嫌がられてはいないようで何よりなのですが、ほっと大きく息を吐くと「……俺は男として見られてないのか……?」とやや不満そうな声が上がっていました。いえ、だったらセシル君を好きとかになりませんし……なんでそうなったのですか。


「……そういえば、何してたんですか? そんなに寝惚ける程疲れてたみたいですけど」

「個人的な事だよ」

「教えてくれないならそれでも良いですけど、ちゃんと休んで下さいね」


 セシル君は無茶ばっかりするんですから、と背中をぽんぽん。

 いつもセシル君はきっちり自己管理してますけど、何処まで無理したら駄目か分かってるから限界ギリギリまで無理しちゃう時があるのですよね。そこまで追い詰めなくても良いのに。急いだ様子はないから期限が迫ったものではないと思うんですけどね。


「……この体勢で休めると思うのか」

「癒されないですか?」

「逆に困るんだよあほ」

「じゃあ抱き枕か膝枕、どっちがお好みですか?」

「何でよりによってその二択だよ」

「……じゃあ腕枕?」

「俺がする側だろそれ」

「してくれるのですか?」

「結局抱き枕になってるだろそれ」

「二人とも得するから妙案だと思ったのですけど」


 私も幸せセシル君も幸せで万々歳だと思ったのですけど。

 難しいですねえ、とのんびり笑ってみせると、セシル君は顔を上げて、ずりずりと体ごと少しヘッドボート側に移動して。それから私の髪をさらりと撫でたと思ったら、私の頭を少し持ち上げて腕を差し込むように隙間に通してくるのです。

 二の腕辺りまで通したら、今度は私の体を包み込むように両手で抱き締めて来て……あ、と思った時には腕枕体勢が出来上がっていました。


 ちらり、て見上げると顔は真っ赤なのですが、それでも主導権を握った事で余裕を取り戻したのか悪戯っぽい笑み。体を密着させては「これで満足か?」とからかうように囁くので、堪らずはにかんでしまうのです。

 セシル君、何だかんだでそういうところは積極的だったりするのですよね。優しいし。……ほんと、セシル君には敵わないのです。


「……ふふ、お仕事は良いのですか?」

「お互いに今ないだろ。……お前もかなり出来るようになってんだから」

「じゃあ上司のお陰ですね」

「優秀な上司を持てて良かったな」


 茶化すように笑ったセシル君に、私も同じように笑って、今度はセシル君の胸に顔を埋めて静かに瞳を閉じました。

本日12/25『転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょう』三巻発売です。

宜しければ手にとって頂ければと存じます。


続刊につきましてですが、四巻が4月28日、五巻が8月26日発売予定です。詳しくは活動報告をご覧下さい。


これからも転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょうを宜しくお願い致します。

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