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もう一つの物語  作者: 佐伯さん
本編
32/52

32 「……これでも一杯一杯だよ、あほ」

セシル君本人にはあまり言えない、というか言ったら頬をつねられた経験があるのであまり言わないようにしているのですが、セシル君は結構に初心です。

 いえ、ふとした時にやけに色っぽくなるのですが、基本的には本当に純情で迫ってくるとか、そういう事はありません。手を繋いだりはしますけど、抱き締めるとなると結構躊躇いがあるみたいで、抱き締める度にぷるぷるしてたり顔を真っ赤にしてたりするのです。

 それはそれで可愛らしいですから良いのです、寧ろセシル君らしくて素敵だと思います。父様も紳士なセシル君を信頼して私室で二人きりになっても口出ししてきませんし。


 まあ、そんな訳でくっつきはするものの、これといって恋人らしい事はしていません。これはこれで恋人らしいと思うので全然良いですし、これで満足なので。


 そんな訳で今日も仕事の合間にソファでくっつく毎日です。

 セシル君も大分慣れてきたのか、私が隣で腕を抱き締めながら重心を預ける事にも過剰な反応はしなくなりました。最初は顔を真っ赤にして居心地悪そうにしていましたが、今では多少何か言いたそうにするだけで好きにさせてくれます。……諦められたというか。

 嫌がってはないので良いかな、とくっつくのですが、セシル君はあんまりこっち見てくれないんですよね。まあ、幸せなので良いですが。

 仕事も終わらせたし研究も先回りでした、今はセシル君成分を補給する時間です。


 セシル君の温もりに触れながら幸せだなあ、とのんびり考えながらくっついてすりすり頬擦りをしていると、セシル君はふとこちらを見てきて。何か悩んだように眉を寄せていて、首を傾げると「あー」と小さく唸りながら眉間を揉んでいます。

 言いたい事があるなら言ってくれたら良いのに、という意味も込めて手の甲を軽く叩いて「どうしました?」と問い掛けたら、何だかバツの悪そうなお顔。


「……お前は、その、何もしなくて良いのか?」

「何がです?」


 今くっついてますけど、と思ったのですが、セシル君も説明が足りないと分かったらしく頭をがしがし掻いて。


「だから……その、お前は、こ、恋人らしい事、とか、しなくても……良いのか?」


 俺が何もしなくても怒らないのか、と微妙に恐る恐る問い掛けてきて、私はついつい目を丸くしてしまいます。

 何で怒るとかいう発想に至ったのか不思議でなりません。怒る要素ってありましたっけ。寧ろ私が鬱陶しがられる方だと思っていたのですよ、休憩時間はくっついてるから。


 でもセシル君は本気で心配そうなので、何だかおかしくて喉を鳴らして笑ってしまい……セシル君に、ちょっと不服そうな眼差しを向けられちゃいます。セシル君も本気で拗ねてる訳じゃないので大丈夫。


「私は側に居るだけで幸せですよ」


 お仕事をちゃんとして、自由時間にこうしてくっついていられる。それだけで、私は充分に幸せを感じます。

 二人でお出掛けとか、そういう事がしたくない訳じゃないですが……時間を共にするだけで、満足しているのですよ。何かが欲しい訳じゃない、ただ、好きな人が側に居てくれたら……それだけで、幸せなものでしょう?


 大丈夫ですよ、と腕を抱き絞める力を少し強めて微笑むと、セシル君は顔を抑えてしまって。


「……リズ、あのさ」

「はい、何ですか?」

「その、だな。き、き、キス……してもいいか?」


 え、と息を飲んで瞬きを繰り返す私。顔をこれでもかと言わんばかりの羞恥に染めていて、やや潤みがちの瞳でまっすぐ此方を見てくるセシル君。

 暫く意味を考えて、遅れて私の頬にも紅色が訪れて。


「……えと、き、キスって、く、口の?」

「そ、そのキスに決まってるだろ」


 今にも燃え上がりそうな顔色のセシル君は、駄目なのかとやや不安げな眼差し。

 ……駄目な訳ないでしょう、意表を突かれたから戸惑ってるだけで、嫌な訳がありません。好きな人と口付けるのは、喜ばしい事。それもセシル君から言ってきてくれたのですから。


 返事の代わりにセシル君の腕から手を離し、体をちゃんとセシル君の方に向けてから瞳を閉じます。

 座高の差を考えて少し上向きに顔の角度を調整して待っていると、セシル君が微かに息を飲んだ音。それから、大きな掌が肩を掴みました。


 ……キスを待つ時間というのはとても恥ずかしくて、肩を縮めつつセシル君を待つのですが……不思議と、いつまでもキスされた感触が来ないというか。


 流石におかしいと思って瞳を開けると、非常に緊張した面持ちのセシル君が、多分かなり頑張って顔を近付けて来ている所で。

 目が合うと、一気にセシル君の羞恥が限界に来たらしくて肩を掴んだまま押し退けるように距離を取り、顔を逸らすセシル君。……目、開けない方が良かったかもです。


「……ごめん」


 セシル君も居た堪れなかったのか、顔を逸らしたまま申し訳なさそうに謝って来るもので、私は大丈夫ですよと笑って首を振ります。

 この間の積極性が珍しかっただけで、普通にセシル君は照れ屋さんで触れるのにも戸惑う純情さんです。

 キスしたいって言い出してくれた事自体が割と奇跡ですし、途中で失敗してもその願いだけで充分に満足だったりするのですよ。セシル君が、私を求めてくれているという事だから。


 ふふ、と笑うと不貞腐れとも後悔とも受け取れる表情で、このままでは再チャレンジもままならないだろうな、なんてセシル君の緊張具合。本当にピュアというか、照れ屋さんで初心なんですよね。

 私も恋仲にある人とするのは初めてでちょっぴり緊張していたのですが、セシル君の硬直っぷりを見てると心配でそれどころじゃなくなりました。自分より狼狽えてる人が居ると冷静になるって本当みたいです。


「セシル君は照れ屋さんですね」

「……うるさい」

「あの時はあっさりしてくれたのに」

「あれは緊急事態だっただろ」

「そりゃそうですけどね。でも、セシル君やっぱり恥ずかしがり屋さんですよね」


 そんなセシル君も可愛らしいですけど、と喉を鳴らして笑った私に、セシル君は「ほう」とやや低めに声を上げすぅっと瞳を細めます。

 あれ、これはちょっと煽り過ぎたかも、と即座に退却の姿勢を見せた私に、セシル君は私に手を伸ばして。


 むに、という感触が唇に押し付けられたと感じた時には、私はセシル君の腕の中に居ました。

 ぱちくり、とあまりの急展開に唇を押さえ付けられながら瞬きを繰り返すのですが、セシル君は微妙に躊躇いがちな瞳のまま啄むように軽くキスを繰り返して来ます。流石に私も恥ずかしくて胸を叩くのですが、セシル君は離してくれそうにもありません。


 からかった罰だと言うように暫く唇を合わせては抵抗を許さないと抱き締め密着させるセシル君。

 唇が離れた頃には、私の頬も熱を持っていて。


「……出来ただろ」


 恥ずかしそうに、けどしてやったりという顔をするセシル君に、してやられたと唇を押さえます。

 ま、まさかあそこから形勢逆転で押してくるとは。セシル君、侮りがたし。


「……キスするなら言って下さい」

「言っただろ」

「それも、そうですけど」


 それでも不意を突かれたというか、……ああいう顔は卑怯というか。今までの照れを反転させたような、狩る者のような、表情。そりゃあ、狩られる側って事くらいは分かってますけども。

 ギャップがありすぎなのです、と唇を尖らせて恨みがましげに見上げると、今までからかわれた仕返しだと言いたげな誇らしそうで悪戯っぽい笑み。……まあ、頬が赤いのは、ちょっと無理してるからかもしれませんけど。


「……もっとして……?」


 セシル君が積極的なのは本当に珍しい。この積極性が何処まで続くのか気になったのと、……本当は、もっとしていたいから……甘えるようにおねだりしてみせれば、少しだけ目を瞠るセシル君。

 それから、仄かに恥ずかしそうながらも、また唇を重ねてくれました。


 柔らかい唇を押し付けられ、瞳を閉じてその感触を一杯に感じて。好きな人と体温を共有出来るのは嬉しくて、心地好い。

 滑らかな唇が私の唇を撫でるように触れ、ちゅ、とわざとリップ音を立てて唇を合わせて来るセシル君。

 さっきまで触れるだけでも手間取ってたのに、慣れれば私を可愛がるように少し触れ方を変えて。啄むような口付けもあれば触れるだけ、それに食んだり擦り付けるような仕草が加わったのです。恐るべき学習能力の高さ。


 ん、と喉を鳴らして甘えるように体ごと預けると、セシル君は後頭部に掌を回して固定するように引き寄せて来る。

 何分口付けていたのか、分かりませんが……羞恥やら何やらで頭が少しぼーっとしてきた辺りで唇を離されて顔を覗き込まれたので、頭がふわふわしてちょっと涙目で見上げるとセシル君は何だかとても困った顔です。


 どうしたんだろうと首を緩く傾げていたら「一々可愛い事をするな」と何故か褒めてるんだか怒ってるんだか分からない事を言われて、きゅうっと抱き締められます。

 今日は、どうしたんだろう。セシル君、凄く積極的というか……。


「……セシル君、結構大胆ですね」

「……これでも一杯一杯だよ、あほ」

「知ってます」


 自ら触れてくるとはいえ羞恥はかなりのものらしく、抱き締められ密着した体勢だとセシル君の鼓動の音が大きいなんて直ぐに分かります。まあ、私も人の事は言えないのですけど。


「どきどきしてる」

「うるせえよ」

「私もどきどきしてますよ」

「知ってるよ」

「何で知ってるんですか、いつの間に触って」

「触るかあほ!」


 冗談だったのにかなり怒られました。

 キスと抱擁だけでまさぐられるとかはなかったし分かってるので冗談半分で言ったのに、セシル君はかなり真っ赤です。……別に、触られた所で気にしないんですけどね、なんて言ったら頭を小突かれそうなので内緒にしておきましょう。


「お前こそ、俺に散々初心とか純情とか言っといて自分もじゃねえか」

「だ、だって、キスなんて、しないし……こういうキスはセシル君が初めてで」

「……こういうキス『は』?」


 私の言葉に引っ掛かったらしいセシル君が瞳を細めたのを見て、ちょっと失敗だったかもと思ったり。


「……普通にキスは、前にも言ったじゃないですか。その、反乱の後」


 結構前の事ですが、反乱の後にジルに唇を奪われてはいるのです。勿論、恋愛感情ではないのですが……セシル君からしたら、面白くないかもしれません。というか実際に面白くなさそうな顔をしています。

 ややご機嫌斜めになってきているので、私は慌てて首を振ってはセシル君に抱き付きます。誤解を招きそうなので、ちゃんと違うと言わなくては。


「あ、あれは全然そういうのじゃなかったんです。あれは事故みたいなもので」

「な訳あるか。……そうか、俺は初めてのキスの相手じゃなかったよな……」


 何だか疲れたように呟いては私の首筋に顔を埋めるセシル君。抱き締める力も強くなっていて、少し戸惑いながらもぽんぽんと背中を叩くと顔を上げてきて微妙にジト目が向けられます。


「……むかつくな」

「え?」

「過去の事なのに、今更気にするなんてな。……全部、塗り替えてやりたくなる」


 情けないな、なんて呟きながら私に触れてくるセシル君は、何処か拗ねたよう。

 分かりやすくむくれている訳ではないのですが、ちょっと苛立ちというか、もやもやしているような雰囲気。離すまいと私を抱き締めてはいるけれど、また顔を隠すように私の肩口に埋めて額を押し付けてきていました。


 ……これは、所謂やきもちというやつなのでは。


「……ジルに嫉妬してるのです?」

「悪いか?」


 とうとう分かりやすくむくれた顔を見せてきたセシル君に、つい、笑ってしまって。

 本当は、笑っちゃいけないんだろうけど……それだけ私が好きで、私に執着してくれているという事、ですよね。それを喜ばない訳がない。

 独占欲を抱いてくれている、みたいです。私が思わず笑ったせいでご機嫌斜め気味のセシル君は私を離そうとはしませんが。


 息がかかるのは擽ったくてもぞもぞすると、逃げるなと言わんばかりにぎゅうっとされるのです。なんか、玩具を取られたくない子供みたいで可愛いです。

 セシル君って普段はお兄ちゃんみたいに振る舞ってるし、しっかり者で誰にも甘えないけど……私にだけ、こうして素直に感情を露にして求めてくれているのですね。何だか、凄く……擽ったい。


「何処にも行きませんし、私はセシル君だけのものです。心配しなくても、セシル君のものですから」


 代わりにセシル君は私のものですよ、と茶化したように笑うと、セシル君は無言。代わりに、唇を重ねて来て。


 触れ方は、どんどん積極性になっていきます。

 最初は触れるだけ。それから、唇を擦り付けて表面を撫でてきたり、感触を楽しむように上唇を食んできたり。擽ったさに少し唇を離そうとすれば、それすら許さないと言わんばかりに抱擁を強め唇を触れ合わせてくるのです。

 求めてくれるのは嬉しいのですが、何か、セシル君が大胆過ぎて恥ずかしい。自分じゃないみたいに、変な上擦った声が出てしまって。


 漸く離してくれて、羞恥や幸福感で少し頭がくらくらするのを堪えつつセシル君を見上げれば、唇を舐め金の瞳を妖しく光らせたセシル君が居て。

 あ、と息を飲む私に、セシル君は再び口付けて来ます。


「……んっ」


 ちゅ、と啄まれた後に表面をなぞるように舐められて、背筋にぞわりと走る何か。悪寒ではないし嫌なものではないけれど、痺れに似た何かをかんじてしまい、堪らずセシル君に凭れかかります。

 それがセシル君の口付けを煽るようなものだと、分かっていても。


「……リズ」


 幸いと言って良いのか、ずっと触れ合っている訳でもなくて、時折唇を離しながら私の様子を伺って来るのです。熱を孕んだ瞳が此方を眺める度に、心臓がこれでもかと音を立てる。

 私としてはセシル君の大胆さに一杯一杯でされるがまま。普通のキスで留まってくれているからちゃんと思考を保てていますが、これ以上進んじゃうと、何か自分が変になりそうです。


「……今日はセシル君……本当に、大胆ですね……?」

「あほ」


 素直な感想を漏らすと、少し恥ずかしそうにして頬にキス。

 本当に珍しいな、と擽ったさと照れ臭さに頬を緩め、でも幸せだから良いかとしっかり抱き付いてセシル君の胸に顔を埋めておきました。


 ……まあ、翌日のセシル君は昨日を意識しすぎてぎこちなく、セシル君はスイッチが入らないと大胆にならない人なのだと改めて確信しましたけど。


いつも本編ともう一つの物語をありがとうございます。

この度『転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょう』の三巻が発売する事が決定致しました。

活動報告で詳しく書いてあるので宜しければどうぞ。

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