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もう一つの物語  作者: 佐伯さん
本編
30/52

30 「……こんなセシル君、知らない」

「せ、セシル君、おはよう、ございます」

「おはよう」


 あれいつも通りだ。


 セシル君と想いを交わした、その翌日の事です。

 なんというか、所謂両想いだという事が発覚して次の日なので、変に緊張するというかどきどきしてどう接したら良いんだろうとか悩みながらの出勤でしたが……セシル君は、いつも通りの表情でした。

 私が心臓を高鳴らせてやや縮こまり気味に研究室に入ったのとは対照的に、セシル君は相変わらずといった様子で机に向かっては書類作業に勤しんでいました。

 特に変わった様子はなくて、普通に私を見ては挨拶。告白する前に戻ったような雰囲気で、逆にこっちが戸惑ってしまうのですが。


 ……き、昨日の事がなかった事にとかはなってないですよね? セシル君、あんまりにも普段通り過ぎて昨日の事が夢なんじゃないかって思ってしまうのですが。

 昨日のセシル君は凄く優しかったというか、雰囲気からして私を愛でるような甘さがあったのに……今日は、その雰囲気も雲散霧消。そりゃあ、お仕事と区別しているのかも、しれませんけど。寧ろ公私混同する私が悪いのですかね。


「そっ、その、昨日の事」

「やかましい」

「酷い!」

「うるさい、良いから仕事しろ」


 ……あ、でもセシル君、なかった事にはしてないみたいです。

 言葉は素っ気なかったものの、昨日の事という言葉にうっすらと頬を染めて眉を寄せていて、小さく「仕事中に思い出させんな」とぼやいたのです。お仕事モードなので邪魔するな、という事で、私が浮かれていたのが申し訳なくなってしまいます。


 お仕事なのですからそういう事考えるのは良くないですよね、と自分を納得させて、私も机に向かいます。二人きりの研究室なので机も向き合わせで、結構に距離は近い。

 というか向かい合ってるので、顔を上げればセシル君の仕事してる姿が見えるので、落ち着きません。いえ、私も真面目に仕事はするのですが……つい、ちらっとセシル君を見てしまいます。


 集中してるセシル君も格好いいなあ、なんて相当にべた惚れ状態の目線で見てしまって、いけないいけないとお仕事に戻ってはまたセシル君をチラ見してしまって。それの繰り返し。


 一応お仕事は進んでますから問題はないですけど、私だけ集中出来てないので申し訳ない。

 でも、普段通りにするというのは私にとって至難の業なので、どうしようもないというか……意識してしまうのは、仕方ないと思います。言い訳がましくなってしまいますが、つい先日想い合った人が側に居て二人きりって状況で、平静は保てません。


 暫くセシル君見たり手元に視線を落としたりを繰り返していると、ふとセシル君が此方を見ていて。

 視線が合ってしまって、何か恥ずかしくて頬を染めて視線を下向きにするもののまたちらっと見て、目があって。セシル君はセシル君なりに此方を気にしているらしく、私を見てやや恥じらいのある顔です。


「……あー……休憩だ休憩」

「え?」

「どうせ急ぎの案件じゃねえし。昨日のは後処理昨日の内に終わらせといた、後はヴェルフの役目だからな」


 休憩だ、と潔くペンを机に置いたセシル君。

 昨日の事は既に終わらせてるって、セシル君明らかに病み上がりというか治りたてですよね? それなのに無茶して……と思いつつも、最後の後始末なんかは父様じゃないと出来ない事もありますよね。責任者ですから。

 セシル君は実行してきて帰って来た、それだけで父様が認めるには充分だったのかもしれません。


「そ、そうなのですか?」

「ああ。……こっち来い」

「はいっ」


 手招きをされて、つい笑みが零れた私。

 自分でも締まりのない顔だと自覚してるもののどうしようもなくて、セシル君の元に小走りで向かうと何故かセシル君頭を抱えてしまいました。偶にあるセシル君のそういう行動がよく分からないです。


 首を傾げても答えてくれないし何なんですかと視線で問い掛けても逸らされるので、言ってくれないなら良いですけど、と諦めて椅子に座るセシル君に後ろから抱き付くと、セシル君フリーズしちゃって。

 これも駄目なんですか、と顔を覗き込むと微妙に複雑そうな顔で立ち上がり、私の手を引いてソファに。隣をぽんぽんと叩くから笑顔で座って腕にくっつく私に、セシル君はまた顔を逸らしてしまいました。


「お前はくっつかずにはいられないのか」

「嫌なら、我慢しますけど……」

「嫌とかじゃなくてだな……もう良い、好きにしてくれ」


 嫌というよりは恥ずかしそうな顔のセシル君なので、セシル君も照れてるのだと分かってむず痒い。淡々としているかと思ったら、そうじゃなかったのが嬉しい。動揺してくれてるのが、何だか可愛らしくて。

 じゃあ遠慮なくと腕に抱きついた私に、セシル君はソファの背凭れの縁に肘をついて顔を背けています。……セシル君が呼んだのにそっぽ向いちゃうんですか。


 まあ好きにしろと言われたので、遠慮なくくっついて手持ち無沙汰そうにしている指に自分のものを絡めてちょっとだけ満足。

 セシル君の指ってジルや父様より繊細な感じはするものの、骨張っていてちゃんと男らしさがあるのです。大きさとか太さが全然違うし。この指で触られるの、凄く好き。


 指の腹を撫でたりちょこっと引っ掻くように爪でなぞったりを繰り返していると、とうとう我慢出来なくなったらしくセシル君が私の構って攻撃を封じるべくきゅっと握ってきたので、私も握り返して。

 やや不貞腐れたように此方に金色を向けてくるセシル君にはにかめば「ああもう」と顔を押さえて、それから漸く此方をちゃんと見てくれました。


「……素直に構ってと言えば構うんだが」

「構って下さい」


 素直に口にすると、まさかストレートに来ると思ってなかったらしいセシル君は目を丸くしていましたが、私が駄目です? と首を傾げたらセシル君は微かに頬を染めて、嘆息。

 どう構えば良い、と小さく問われて、私もどう構って欲しいのかまではっきりしてないから取り敢えず抱き付いておきました。セシル君が硬直したけど敢えて気にしない方向で。


「……リズ、ちょっと離れよう」

「セシル君の心臓どきどきしてます」

「分かってるなら離れてくれ」

「私もどきどきしてるからお互い様だと思うのですが」


 確かめますか? と聞いてみたら首をブンブン振られて「お前はあほか!」と叱られたので止めておき、気を取り直してセシル君にぎゅっと抱き付くと、セシル君は諦めたのか私の頭を撫でるという事で妥協したみたいです。

 好きな人から触れられるのは、心地が良い。セシル君はぶっきらぼうな所がありますが、触れ方は優しくて甘やかすようで、とても好き。すりすりと頬擦りすると分かりやすく揺れるのですが、抱き付きながら駄目かと首を捻ると口を噤んでしまいました。


 照れ隠しに頭をぐしゃぐしゃとちょっと強めに撫でてくるので後で直してもらいますと心に誓いつつ、それでも何だかふわふわ高揚した気分は変わらなくて感情のままに笑顔でセシル君を見上げます。

 昨日はセシル君も甘かったけれど、今日は羞恥の方が強そう。セシル君自体スキンシップってあんまり得意じゃないからやっぱり恥ずかしいのかもしれません。いえ、私も恥ずかしくない訳じゃないのですが。


「……じろじろ見るな」

「だって」

「……じゃあ俺に見詰められても良いのかよ」

「こ、困りますね、心臓に悪いです」


 そう言われるとそうですね。でも、やっぱり見ていたいというか……。


「だったら同じ事するな。……別に見ても面白いものじゃねえし」

「でも見るの好きですよ。セシル君、綺麗ですもん」

「綺麗は誉め言葉なのか」

「凄く誉めてます! 肌艶々で髪さらさらですし、顔も綺麗ですもん。満月みたいな瞳、好きなんです」


 セシル君はあんまり自覚ないかもしれませんけど、セシル君って凄く見掛けが整っているのです。

 女の子も羨むようなさらさらの銀髪に、男性にしては白い肌は引き締まっていて滑らか。すっと通った鼻梁にやや薄めの唇。瞳は満月の輝きを宿したような綺麗な金色で、夜闇で輝くのも凄く綺麗です。

 全体的に繊細な雰囲気こそありますが女性的な訳ではなく、凛とした美貌で女性の目を奪う事間違いなしなのですよ。……まあ、それはちょっと複雑ですが、それだけ格好良いという事で。


 美形さんですよね、と頬に触れるとセシル君何だか複雑そう。


「顔が好きみたいな言い方だな」

「見掛けだけで選ぶ訳ないでしょう。ちゃんと中身で好きになったんです。セシル君の素っ気ないけど優しい所とか、心配性だけど束縛しないで私の意思を尊重してくれる所とか、口では面倒だとか言いながら責任感強くて面倒見が良い所とか、案外子供好きな所とか、あと二人きりだと凄く優しくなってくれる所とか、他には……」

「分かった分かった、もう言うな恥ずかしい」


 そう言えば何処が好きとか言ってなかったですよね、とセシル君の好きな所を言葉で羅列していくと途中で唇を掌で塞がれ物理的に中断させられちゃいました。まだまだあったんですけど、本人が聞いてて恥ずかしそうなので止めておきましょう。

 むー、と唇を尖らせると図らずもキスしたような状態で、セシル君は余計に顔を赤くしていましたが……もうこればかりはどうしようもないというか。


 お口を解放してくれたころには賞賛がじわじわ効いてきたらしくて顔がかなり赤くなっていたセシル君。


「セシル君が照れ屋さんな所も好きですよ!」

「……お前は俺を何だと……」

「え? 純情さん?」

「お前の考えは分かった、あほ」


 自分ではかなり正直に答えたのですが気に入らなかった模様。デコピンされ「あうっ」と悲鳴を上げると、セシル君はさっきの言葉に拗ねちゃったのかジト目。


「たとえ俺が純情とか照れ屋とか言われてもな、俺だってその、触れたいとかそういう気持ちにはなるぞ。そこは理解しろよ」

「触りたいのですか?」

「……まあ」

「じゃあどうぞ」


 それならそうと言ってくれたら良いのに、と一旦体を離して手を軽く広げて準備万端です。

 セシル君から触れたいってちゃんと言ってくれたのが嬉しいので、お好きにどうぞと笑顔で招き入れる態勢ですよ。なのに、セシル君はフリーズしちゃうし。


 遠慮しなくても良いのに、と促してみてもセシル君固まったまま。セシル君、ともう一度呼び掛けると漸く戻ったらしいですが、一向に実行に移そうとはしませんでした。


「あ、あのな…………お前は、もう少し気を付けろ。俺だって男だからな」

「でも、セシル君、こ、恋人……許嫁? ですし……」

「それでも、信頼した奴に気を預け過ぎなんだよ。……あほ」

「……でも、セシル君だけですよ?」


 もう他の誰にもこんな事させませんし、触れて欲しいのはセシル君だけだから。

 そう改めて言うと、やっぱり少し恥ずかしい。

 照れ隠しに笑いながらセシル君を見上げると、セシル君は何とも言えない顔をくしゃりと歪め、数秒程唸ってから私を引き寄せては背中にしっかりと腕を回して来ました。

 ああくそ、と途方に暮れたような呟き。葛藤を混じらせた声色でしたが、私が首を傾げる前にセシル君が強く抱き締めて来て耳元に唇を近付けます。


 抱き締めつつ横髪を耳にかけて唇を近付けてくるので、吐息が当たって擽ったい。

 ん、と体を震わせると、何かに気付いたのかセシル君は耳輪に軽く唇を擦り合わせて来て。堪らず「ひゃん」と変な声が出てしまって擽ったさにぷるぷるする私です。

 そ、そこは擽ったいからあんまり触らないで欲しいのですが……。


「セシル君、そこは……ひぁっ」


 言った側から息を吹き掛けて来て身悶えする私。……セシル君、絶対わざとですよね……?


「あ、あのっ、ですね、ほんと、擽ったぃ、から……」

「……耳が弱いんだな?」


 良い事を知った、と言わんばかりに耳にかぷり噛み付かれて、背筋が勝手に仰け反る。な、何かセシル君がやけに積極的というか、ちょっとSっ気を発揮してる気がするのです……!

 だめ、と胸を叩いても止めてくれなくて、かといって逃げ出そうにもホールドされてるしそもそも私から触って良いと言ったから逃げられないし。


 ん、と喉を鳴らしてぞわぞわする感覚を耐えていたら、セシル君が漸く顔を離してくれました。

 文句を言おうと涙目で見上げて、今度は私が硬直してしまいます。


「こういう触れ方もあるから、気軽に好きに触って良いなんて言うなよ?」


 少し赤らんだ頬すら妖艶さの材料に変え、悪戯っぽく、そして蠱惑的に口の端を吊り上げたセシル君。

 ……今更ながらに、セシル君の色気を思い知らされて、私はセシル君の胸に顔を埋めて羞恥に耐える事しか出来ません。

 普段セシル君はツンデレさんで、面倒臭がりつつも面倒を見てくれるお兄ちゃんのような一面が、強かったのに。……今のセシル君、凄く、男らしい。いえ、そりゃあセシル君が男性なのは百も承知ですし異性として好きになったからこうしてくっついてるのですけど。

 ……どきどきの種類が、違う。


「……こんなセシル君、知らない」

「……そりゃ見境なくこんな事する訳ないだろ」

「されても困ります」


 少しずつ立ち直ってきたのでそんなの嫌ですと主張する為に顔を上げると、もうそこにはいつものセシル君。……ただ、結構恥ずかしかったらしくて顔はさっきよりも赤いですけど。


「これで分かったと思うから、次からは無防備にしないでくれ」


 言い聞かせるようなセシル君は、やっぱり恥ずかしそうにしていて。慣れない事をしたらしいとは分かりつつも、さっきのセシル君を思い出すと私も恥ずかしくて、セシル君の胸に顔を埋めては羞恥を堪える事に集中しました。


 まあ、結局セシル君の照れ屋さんはその後も変わりなくて、抱き締めるのを戸惑うのもいつもの事で、あの時のセシル君はなんだったのだろうと後に疑問になってしまいましたが。

 因みにこの日からセシル君の意識に私は耳が弱いと刻み込まれてしまったらしく、大人しくさせたい時は耳を触るという手段を取られるようになりましたとさ。

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