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もう一つの物語  作者: 佐伯さん
本編
28/52

28 「それが格好付けるって言うなら、幾らでも格好付けてやる」

セシル君視点です。

 ……リズは、本当にあほだと思う。あほっつーか、非常に分かりやすい奴だ。

 昔に比べて感情表現が豊かになった、これは俺にも言える事だが……あいつの場合、顔に思い切り出る。喜怒哀楽がくっきり顔に浮かんで、容易に今の感情を見透かせるのだ。

 他人には愛想笑いか無表情を貫き通すが、それが身内になるとああだ。まだあどけない顔にこれでもかと感情を映す。幸せそうに笑い、不満そうに拗ね、寂しそうに悲しみ、にこやかに顔を明るくして。


 ころころと変わる表情は見てて飽きないのは良いが、つまり感情が駄々もれという事だ。隠しておくべき感情まで表に出ている事があるから、困る。




『……うん』


 あの時結婚するのはお前以外考えてない、と暗に言ってしまって、誤魔化しも兼ねて茶化したように「早くお前が相手を見付けないと、相手が俺になるからな?」と言った。リズの事だから鈍いしこれで誤魔化せるとばかり、思っていたのに。


 あいつは、幸せそうに微笑んだのだ。言葉を受け止めて喜ぶかのように、あどけない笑みを浮かべて。頬をうっすらと薔薇色に染めて。

 恥じらいに俯きながらも此方をちらりと覗いてくる瞳は、隠しきれない希望と幸福感を湛えていた。


 あのあほは、分かりやすい。顔にすぐに出る。

 なら、あの時の表情が意味するのは?


 俺はあいつ程鈍くはないし、自覚はしている。だからこそ、あんな恋する乙女のような眼差しを向けられて、平静が保てる訳がないだろう。

 これは自惚れても良いのか。俺は好かれていると自惚れても良いのか。あんな顔されて、自惚れずにいろだなんて不可能だろう。

 そりゃあ友人として好かれている自身はあるが、異性としてかはまだ分からなかった。あいつの事だから区別とか出来てないと思っていたんだ。


 だから、あの瞳に見詰められて、どうしようもなく触れたくなった。抱き締めなかったのはぎりぎり理性が働いていたからで、危うく衝動のままに細い体を腕に収める所だった。

 柔らかな髪を撫でれば心地好さげに喉を鳴らし、頬を撫でれば擽ったそうにしつつもとろりと蜂蜜のような甘い笑みを浮かべて。幸せそうに、屈託なく微笑んだリズに、一瞬気が遠退いた。

 ほぼ無意識にだった。危うく唇を奪おうとしていて、ヴェルフが入ってこなかったらそのまましてしまおうとしていたかもしれない。

 気持ちを確認する前に口付けてなし崩しに関係を結ぼうとするなど、情けない。……あいつが誘惑するのも悪いが。


 あいつ、俺が男とか本当に分かっているのだろうか。異性として好いてくれていると仮定しても、危機意識を持たせなければまずい気がする。主に俺の理性的に。

 あいつは好きな相手ならとことん気を許すだろうから、もし、もし俺とそういう仲になったらとんでもなく甘えてきそうで。今の時点でかなり素の状態を見せているし甘えているから、それ以上となると……色々まずい。


 俺が何かするとか更々思ってないだろう。だが俺も男だし、触れたいとか、キスしたいとか、それ以上を望む事だってある。非常に情けない話だが男という生き物故に、体が反応する事もある。理性だって誘惑されれば容易く吹き飛ぶ。

 ……理解して欲しい。今の時点で俺もぎりぎりなのを。


 リズには弁えろとは思うが、同時にもっと側に居たいと思うのは矛盾しているのだろうか。

 この分かりやすくて無邪気で無防備で、幼さと大人びた面を併せ持った、愛しい少女の側に在る事を、どうしても望んでしまう。俺だけに笑顔を見せて欲しい、俺だけに気を許せば良いなんて独占欲が湧く日が来るなんて、思ってもなかった。


 俺も男なのだと、あいつの隣に立って思い知らされる。縁がないと思っていた衝動に悩まされ、触れたくて仕方なくて独り占めしたいとか、情けない事に日に日にそんな気持ちが増していく。

 ああくそ、リズが悪いんだ。……一々可愛いのが悪いんだ。もう少し顔を引き締めて欲しい。


「お前ら俺の居ない所でいちゃつくのは程々にしろよ」

「誰がいちゃついてるんだよ」

「お前とリズ以外の誰が居るんだ」


 言われた通りに調査書を貰いに行けば、案の定苦言が飛んでくる。……まだそういう仲でないからいちゃつくという表現はおかしいだろう。それに、あいつはかなり無意識だったからそういうつもりはなかっただろう。


「お前、まだ言わないんだな」

「……お前な。……これが終わってからで良い。俺自身が整理を付けられたら言うさ」


 受け取った調査書を眺めては嘆息。

 ……リズには言わないようにして正解だろう。昔危惧した事が起こるかもしれないだなんて、あいつに言いたくはない。取り敢えず終わるまでは数日家にどうにかして留めて貰うしかないか。

 昔、内緒にしてる方が不安だって言われたが、これだけは終わるまでは言えない。お前が狙われて、お前の身に危険が及んでいるなど、説明したい訳がない。


 糞爺め、死んで尚余計な事を招きやがって。と舌打ちすると、同じように調査書を眺めていたヴェルフも渋い顔。前導師による反乱は記憶に新しいだろう、当事者であったなら尚更。

 今回は爺こそ直接関係はないが、反乱の種を撒き散らしておいて回収しそこなっていたのが問題だ。裏で動いていた奴等を完全に取り締まるのは不可能だったからヴェルフ達を責める気にもならないし、そもそもシュタインベルトが招いた事でもある。


 まだ、芽の段階。

 萌芽したばかりならば、育ちきる前に摘んでおくべきだろう。今度は、種ごと掘り起こして。


「……まだ動いてないな?」

「ああ。気取られないようにしているからな」

「そりゃ重畳。これでとっとと終わってくれれば言う事はないんだが……そうもいかないだろう?」


 だから俺が出るんだ。俺が、けじめをつけるべきだ。これから先の未来で家を継ぐであろう、俺が。

 種を蒔いたなら責任持って刈る。シュタインベルトの汚名を雪がぬまま、リズにこの名を背負わせなどしない。そしてリズに危害など加えさせはしない。


「……お前、全部背負い込みすぎだ。俺が言った事とは言え、お前に大部分の負担をかけるのは」

「親父も出るし、何も俺だけではないだろ。根を取り除くのは俺達とは言え、バックアップはしてくれるんだろう?」

「当たり前だ。……イヴァンも、お前くらいにやる気を出してくれたら助かるんだがな」

「あいつの考えている事など知らん。……俺は俺の為にするだけだ」


 これは、極論自分の為だ。自分の誇りを守る為、矜持の為、そしてリズに手出しをさせないと違った、自分の為。リズに言えば気に病むだろうが、俺が勝手にやっている事なのだからあいつに心配をかける必要もないだろう。

 帰って来た時に笑顔を見せてくれるなら、それだけで充分な褒美になる。少なくとも、俺にとっては。


 リズの為だなんて言わない。リズの名前を免罪符などに使わない。俺は自分の意思で自分の為に、邪魔な物を排除する。


「……子供に背負わせたくはないんだがな」

「俺は子供じゃねえって言っただろ」

「なら俺もまだ可愛いガキんちょだって言っただろ。いっちょまえに格好付けやがって」


 うりうり、と頭を掻き撫でてくるのでやめろと眉を寄せて、払っておく。


「……好きな女の為なら体を張るのは、お前だってそうだろ。それが格好付けるって言うなら、幾らでも格好付けてやる」


 こいつだって、セレンさんを庇って大怪我した過去がある。それが好きな人の為だと言うなら、俺の事を笑えはしない筈だ。

 セレンさんは、俺とヴェルフは似ていると言ったが……確かに、一部の所はそうかもしれない。格好付けたがりな所とか、な。


 自分を引き合いに出されたヴェルフは意外そうだったが、やがて口の端を釣り上げ仕方ないなと笑った。否定しないのは、俺もヴェルフも根の部分でやってる事が変わらないからだろう。


「頼むから死んでくれるなよ。リズが泣く所なんか見たくないからな」

「こんな所で死んで堪るか」


 勝手に殺すな、と苦笑するものの危険性が高いのも事実で、ヴェルフなりに心配しての一言だろう。それだけ、この仕事が命の危機を孕むのだろう。

 だが、今更退くつもりもない。俺は俺の意思で、これを選んだのだから。


 手にした調査書を握り、部屋を後にした。この屋敷にまた来る時は、全てが終わった後だと誓って。

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