27 「……これで自惚れるなって言う方が無理だろ」
セシル君の事が、好き。
……感情を自覚すると、何か色々頭の中がごちゃごちゃして上手く整理整頓出来ません。今まで何とか保ってきたものが、好きという感情を理解してしまったせいで一気に崩れてしまったのです。
今までの私はセシル君の事を大切な友人だと思ってたし、親愛として笑いかけたりくっついたり甘えたりしてきたのですが……持て余していたもどかしい気持ちを恋情だと名付けてしまった今、どう接して良いのか分かりません。
普通に話し掛けるのも、何だか恥ずかしい。何でこんなに意識してるのか、自分でも分からないのです。私が好きだと思っていても関係性は変わりませんし、好きでもセシル君の事は大切な友人には間違いないから普通に接するべきなのに。
……そんなの分かってるのに、セシル君の事を考えると心臓が勝手に鼓動を早めてしまって胸が苦しくなる。考えなければいいと考える程に意識してしまって、余計にどきどきしてしまうのです。
こんな事父様母様に言ったら初々しいとか言われそうで恥ずかしいです。いえ何かもう二人には筒抜けになってそうなんですけどね。父様には相談みたいな事しちゃってますし。父様、怒らなかったのは……何でだろう。
兎に角、顔を合わせると何を口走るか分からないので今日のお休みが本当にありがたいです。今日はロランさんの鍛練があるだけでセシル君の家庭教師もないですし、出会う事はないでしょう。ルビィはセシル君が居ないの残念かもしれませんが、ちょっとほっとしちゃいます。会ったら、確実に慌てちゃうので。
……でも、会えないのも寂しいなあって思うの、我が儘なんでしょうね。
自分でも持て余している感情なので、どうして良いのか、どう納得させれば良いのか分からずにずっと胸の奥でぐるぐる回っているのです。
好きなのを自覚したのは良いですけど、身の振り方に困ってしまう。普段通りになんて出来そうにないし。
ふぅ、と溜め息をついて庭でぼんやりするのですが、背後から「リズ様」と声が掛かったので振り返って、ぱちくり。
誰かと思えば、フィオナさん。軽装なのはルビィの訓練に参加……というかロランさんと一試合終えてきたらしく、額にうっすらと汗を掻いてほんのり頬を上気させています。
フィオナさんが此方に来たという事はルビィも訓練を終えたのでしょう。
どうかしましたか、と首を傾げる私なのですが、フィオナさんは私の顔を見るなりじーっと見詰めてくるものだから戸惑ってしまいます。何か顔に付いていたでしょうか。
「……あら、お悩みですか?」
「え?」
「顔に書いてますよ。恋の悩みですか?」
……恋の悩みって顔に書いてるとはどういう事なのか、と思いつつもズバリ言い当てられた事で身動ぎしてしまい、フィオナさんに指摘が正しかった事を自ら知らしめてしまいます。
あ、あんまり知られたい事ではないのですが……親に相談するのも複雑なので、客観的に見てくれるフィオナさんに打ち明けるのも良いかもしれません。ただ、口止めはきっちりとしなきゃ。
「……ま、まあ……」
「まあ!」
上品に口許に手を当てて声を上げたフィオナさんですが、瞳は隠しきれない輝きが。
女性というのは得てして恋のお話というものが好きなのでしょう。フィオナさんも例外ではなかったみたいです。
「だ、誰にも言わないで下さいよ?」
「はい」
あまりに良い笑顔で頷かれて、逆にどうして良いのか分かりません。
「そ、の。……私」
「セシル様の事がお好きなんですよね?」
「……そんなに顔に書いてますか?」
「ええ、ばっちりと」
見ていたら分かりますよ、とはフィオナさんの談。
これはフィオナさんの洞察力が鋭いのか私が顔に出やすいのか。というか好きな相手の事まで顔に書いてるってのはおかしいと思います。
というか誰にも言わないでという口止めの意味がなくなってるような。いえ言い触らされると困りますが。フィオナさんなら他人に教えたりはしないと思いますけど。
あまりにあっさりと見抜かれてぐうの音も出ない私に、フィオナさんは実に可愛らしい笑顔。
「前々からこうなると思っていたので漸くかという気持ちですよ。でもリズ様の事ですから、てっきりこれは恋なんかじゃないと自分に言い聞かせてるのかとばかり」
フィオナさんの言葉が突き刺さります。いえ、そうですけど、そうでしたけど……!
「……まあ、色々とありまして。その、セシル君を……好きだと、思ったというか」
自分で改めて言うと、何か凄く恥ずかしいです。セシル君が聞いている訳でもないのに、胸がどきどきする。言葉に出すとすとんと胸に落ちてきて、落ちた先で熱がじわりと波紋を広げるように滲んでいく。
決して不快なものでは、ありません。ただ、熱くて、そのまま火傷してしまいそうな、そんな錯覚がある。
ずっと胸に抱えておくには、とても強い熱。今までが燻っていた小さな灯火なら、そこに自覚という油を注いで燃え上がらせたような、そんな感じです。自分が悶々する程に燃えていく、だからこそセシル君に日を重ねるごとにより焦がれてしまうのかもしれません。
胸の奥で何とか引火を防いでる状態の私に、フィオナさんはにこにこ。何というか、とても微笑ましそうというか……。
「それなら良かった。それで、セシル様の何をお悩みなのです?」
好きと分かったなら何を悩んでいらっしゃるのですか、と不思議そうなフィオナさんですが、私としてはそんなあっさりと解決するものではないのです。
「……どうして良いのか分かりません」
「え?」
「だ、だって、今更好きとか……今までセシル君とは仲の良い、友達だった、から……どう接して良いのか」
とても言いにくいのですが、自覚せずにずっとセシル君と仲良くしてきて、まあ傍から見たらべったりしていたんです。此処最近なんかセシル君に無意識にでれでれしてましたし。そこで気付かない私が相当鈍かったのだとは自覚してるのですよ?
そんな私がセシル君を好きだと認識して。……これからどう接すればいいのか分かりません。今まで通りにしようっていったって、意識してしまって恥ずかしいですし。
「好きとか言わないんですか?」
「……言えません、恥ずかしいです」
「リズ様、そういうところは奥ゆかしいというか奥手ですよね。まあ女性から告白するのは難しいところではありますが」
「……セシル君だって、迷惑とか」
「彼が迷惑だと思うのですか?」
「……分かりません」
セシル君が私が好意を寄せてると知ったら……やっぱり驚かれます、よね。嫌がったりは、しないとは思いますが……戸惑いますよね。だって、今まで友人として側に居てきた私がいきなり好きとか言われても、びっくりしちゃうと思います。
いきなり異性として見て欲しい、だなんて言えませんよ。
……あれ、で、でも私がセシル君好きだったら、どちらにせよセシル君と結婚、とかになりますよね? 相手が見付けられないまま十七歳になればセシル君と結婚という約束を、父様がイヴァン様と交わしたのですから。
だから、もし私が告白したとしてセシル君が受け入れても受け入れなくても、結局は結婚する事になる。ど、どうしよう、セシル君は嫌じゃないって言ってたけど、押し付けになっちゃわないか心配です。
「……私って卑怯ですよね?」
「また何でそんな」
「だ、だって、私がこのまま何も言わなくても、私が好きなだけでセシル君は私と結婚しちゃうんですよ? 私だけ、リスクもなしに好きな人と結婚するって事ですし」
そんなの卑怯です、と呟くとフィオナさんは微苦笑。
「……セシル様が嫌と仰るならまた別ですが、セシル様に限ってないと思いますよ? 心配しなくても、セシル様は嫌がりませんよ。嫌がるならそもそも受けたりしないでしょう?」
「そ、それはそうですけど……」
嫌ではないのは、何となく分かります、けど。
でもそれが喜んで受けるっていうのとは別でしょう? 馴染みの私だから引き受けたし抵抗がないってだけで、私の事が好きで受け入れてくれたとかじゃないですし。
……何もしなくても、結果が望んだ一つの未来に収束してしまうのは、卑怯なのではないでしょうか。私だけ、得をしているのです。
そこが気掛かりで、申し訳ない。セシル君のこれからを決めてしまっているから。
うー、とどうしようもない悩みに唸る私にフィオナさんはうっすらと困ったような曖昧な微笑みを浮かべて……ふと、私の後方を見ては、ぱっと顔を明るくします。
「そこまで気になるなら本人に聞けば良いでしょう、嫌ですかって。ほら丁度よく居ますし」
「え?」
本人……? と首を傾げた瞬間、背後から足音。いや、まさか。だって、今日セシル君うちに来る用事なんかない筈で。
「……お前庭で何してるんだよ」
暇なのか、と少し呆れたような声音が届いて、振り返ればそのまさか。
「な、何でセシル君が」
「用事があったからに決まってるだろ。何話してたんだよ、俺に関係あるのか」
「えっ、あ、いやその……っ」
どうやら話の内容までは聞こえていなかったらしいですが(聞こえていたら羞恥で悶死します)、自分に関係のあるお話だったというのは私達の態度で分かったらしくて訝る眼差し。そして私が狼狽えているので余計に確信を招いたらしくて何なんだよとでも言いたげ。
狙ったかのようなタイミングで出没されて、私の思考が危うく止まりかけてしまって。
フィオナさんとして丁度良かったのか「あらあら」と私の様子ににやにやしていらっしゃいます。ひ、他人事だと思って……!
「折角ですしお話ししていったら如何です?」
「おまえが誘うって怪しいんだが」
「失礼ですね」
全く、とわざとらしくぷんぷん怒ってみせるものの、顔には笑顔が浮かぶフィオナさん。視線が「リズ様頑張って下さい」と訴えかけていて、それに気付いたセシル君が瞳を細めて此方を見て……。
「……ぁ、う」
「リズ?」
「し、失礼します!」
あ、駄目だ。と思った瞬間には私の体が勝手に動いていて、私はセシル君達に背を向けて走り出していました。
「おい、リズ!?」
背中に声がかかるもののそれも無視して逃げます。取り敢えず逃げます。落ち着くまで無理です、あんな事正面切って聞ける訳ないでしょう。
はしたないと怒られる事覚悟でスカートを軽く持ち上げながら走り、屋敷の中に。
飛び込んできた私に清掃をしていたメイドさんがびっくりしていましたが、私は挨拶もそこそこに走って逃げます。追い掛けて来ない事を祈りながら。
「あれ、姉様どうしたの?」
途中で訓練終わりのルビィと出会って、これは流石に無視出来ないと一時的に脚を止めるとルビィは不思議そう。走ってきたのは見ていたのか、息を乱す私を心配する表情です。
「わ、私部屋に戻るので、もしセシル君来ても絶対に言っちゃ駄目ですからね!」
「よく分からないけど分かったー」
あまりに突然の言葉に目を白黒とさせていたルビィですが、私の必死さに気付いたらしくにっこりと笑顔で頷いてくれました。
……本当に分かってくれたのかは兎も角として、私は急いでお部屋に戻らなければなりません。今は、頭を落ち着かせたいので。
何故か満面の笑みのルビィと別れて部屋に戻った私は、ベッドに飛び込むような勢いで倒れ込みました。
既にベットメイクされていて皺のないシーツの海を掻き乱しては、自分の馬鹿さ加減に呻くのです。あんな風に逃げたらセシル君が不審に思うのも仕方ないでしょうし、そもそも怒っちゃうかもしれません。
でも、自分の気持ちと向き合えるようになったからっていきなりセシル君と向き合うのは難しいというか、そもそも恥ずかしいというか。この状態で『私と結婚するのは嫌ですか』とか聞くとか、無理でしょう。聞けません。恥ずかしすぎます。
……それに、嫌とか言われたら、立ち直れません。嫌だとは明確に言わないとは、思いますけど。
うう、とベッドで脚をパタパタとしていると、扉がノックされます。まさか、とは思いつつも誰か家の人間という可能性も捨てきれず、顔を上げて扉の方を見ます。
「……誰ですか?」
「俺だ」
ルビィのばか。
こ、こうなる事が予想出来なかった訳じゃないですけど、あっさりお姉ちゃんを裏切るなんて酷いです……!
「か、帰って下さい」
「いきなり逃げ出して何なんだよ」
「き、気にしなくても良いですから。い、今顔を合わせたくないのです」
正しくは合わせたくないじゃなくて、会ったら確実にボロが出そうだから、会えないというか。でもそれを説明するのも恥ずかしくて堪らないので、事情は言わずに拒むと、扉の向こう側で一瞬沈黙。
「……俺が何か悪い事をしたか?」
「そ、そんなのじゃないですけど」
「それとも……嫌いにでもなったか? ごめんな、追い掛けたりしてきて。嫌がってたの理解してなくて。それじゃあ帰るから」
本当に、あっさりと。そして少し悲しげに呟かれて、足音が遠ざかる。
セシル君を、傷付けてしまった。私の勝手な感情で。そう考えると一気に体から熱が引いて、私は慌ててベッドから飛び降りて、セシル君を追いかけるべく扉に走ります。
「違います! 待って!」
届くかは分からないけど引き留める言葉を発して、急いで扉を開けた瞬間……ぽすん、と顔面から何かに突っ込みます。
扉を開けるという動作を挟んだ為に勢いはそこまでついていなかったものの、鼻を打ち付けて地味な痛みに呻いた私。痛いと目を閉じていた私の体を、温かいものが包み込んで。
「お前単純だよな」
呆れた声が届いて、引っ掛かったと思い知らされた時にはセシル君がしっかりと背中に手を回していました。逃げられないように。
思いもよらぬ展開に、そして伝わる温もりと香りに頬が赤くなるのを実感しつつも、私はセシル君を見上げてちょっと睨みます。ずるい、ああしたら私が追い掛けてくるの分かっててわざと凹んだような声音出しましたよね。足音もフェイクだったんですか。
「……ひ、卑怯な……!」
「逃げたのは卑怯じゃないのか」
「うっ」
「取り敢えず事情説明くらいはして欲しいんだが。それともこのまま離さない方が良いか?」
「……ずるい」
ずるい、本当にずるい。
離して欲しいのに、離して欲しくないとも思ってしまう私が居る。
「はいはい。どうせ下らない事で悩んで避けたんだろ」
「下らなくなんかないです!」
思ったよりも強く反論してしまってセシル君が驚いていますが、私にとっては下らなくなんかないですし、大切な事です。セシル君は、何を悩んでるか、知らないから。……セシル君の、これからを縛ってるのは、私なのに。
怒りはないけれど、もどかしくて俯く私。セシル君はセシル君でやや戸惑うように吐息を漏らしたものの、今度はあやすように背中をぽんぽんと叩く。
「……分かったから、説明くらいしてくれ。いきなり逃げられても困るから」
此処まで来ると言えない、とは言えなくて、私はセシル君に促されるままにお部屋に入って……立場的には招き入れて、二人揃ってソファに腰掛けます。
少し気まずくて微妙に距離を取ってしまいセシル君が呆れていますけど、いきなり心の準備もなしに向き合ってお話しするのは難しいのでこれくらい許して下さい。
「で、何で逃げた」
「……ちょ、ちょっと悩み事があって、セシル君と顔が合わせにくかっただけです」
決して嫌いとか嫌ではないです、と付け加えて俯く私。
「悩み、ねえ」
「……これ以上は黙秘権を行使します」
「はいはい。分かったよ。じゃあ俺は帰るから」
「えっ?」
滞在時間、ものの二分。あまりにも短すぎて滞在というか顔を出しただけに近い。
……追いかけてきたのだから、もっと追及とかされるとばかり思っていたのに。あっさり引き下がられ過ぎて拍子抜けというか、結構どうでもよさげに思われてる……? 少し気になったから、追いかけてきただけ?
も、もう帰っちゃう、のでしょうか。いえ、追いかけて来ないで欲しいと思っていた癖に我が儘なのでしょうが、此処まで来たならもう少しくらいお話ししてくれたって、良いのでは。
思わずセシル君の喉元辺りに縋るような眼差しを向けてしまって、セシル君は何とも言えなそうに苦笑しているのが視界の端に映りました。
「どっちなんだよ。居て欲しいのか居て欲しくないのか」
「……居て、下さい」
「ならもう逃げるなよ、お前脚遅いけど追い掛ける手間がかかるし」
「失礼です!」
然り気無く貶してきましたよね、と顔を上げてセシル君に恨みがましげな眼差しを送ると、セシル君は静かに笑っていて。
「漸く、ちゃんと顔見たな」
「……う」
また引っ掛かったと気付いた時には、セシル君は頭を撫でてくるのでやっぱりセシル君私の事上手く掌で転がしてる気がします。
「お前って本当に単純で分かりやすいよ」
「……今回ばかりは否定出来ません」
「ほんと、お前は見てて心配になるよ」
「……セシル君に心配される程おっちょこちょいじゃないですもん」
「今までの行動を振り返り俺の目を見て誓えるなら信じるよ」
「ごめんなさい」
否定出来ません。
おっちょこちょいかは兎も角、今まであった誘拐や魔力暴走事件や反乱、魔物退治の事を考えると決して思慮深いとは言えません。勿論好きで怪我したり厄介事に巻き込まれている訳ではないのですが、色々あった事を考慮して私は残念な事くらいは、自覚出来ます。
……これでも気を付けていると言っても、セシル君は信頼してくれないでしょうね。
「まあ、何を悩んでるのかは知らんが、あんま抱え込むなよ。あともう逃げるな、こないだも話聞く前に逃げただろ」
「……ごめんなさい」
「責めてはない、ただ話くらいは聞かせろって事だ」
この間セシル君から逃げたばかりなのにセシル君からまた逃げてしまって、やっぱりセシル君的にも事情くらいは知りたいですよね。
かといって、悩みを全部打ち明けたら私の想いまで全部教える事になるので、それだけは避けたいところです。
「……セシル君、は」
「ん?」
「……あの約束、嫌じゃ、ないの?」
「あの約束?」
「……十七歳になったら、ってやつ」
「あああれか」
また前に納得した話を持ち出すんだな、と笑うセシル君ですけど、私の中では完結なんてしてません。寧ろこれのせいで余計にこんがらがってきたというか。
「嫌とか言ってないだろ」
「で、でも……」
「……そんな事で悩んでたのか?」
「そんな事じゃないですもん、大切な事です! それに、これとはまた別で悩んでます……っ」
何でセシル君は自分の事でもあるのに、と頬を膨らませて抗議すると、私の勢いに少し押されたのか微苦笑。
……セシル君、本当にどうも思ってないんですか。だって、セシル君の相手はこのままだと私に決まってしまうのに。嫌だとも良いとも言わないで受け入れるなんて、そんなの、嫌です。セシル君は好きだけど、セシル君の気持ちは尊重したい。
じ、とセシル君を見上げると、ややたじろいだように瞳が揺れたものの、それから少しずつ柔らかな色を帯びていく。その色が何なのか、私には分かりませんが……温かくて、優しいものだとは、分かります。
「俺はお前を嫌いになったりしないし、お前が嫌になんかなったりしないから安心しとけ」
「……本当に?」
「嘘ついてどうするんだよ。俺はお前以外考えられないだろうしお前で良いよ」
瞬きを繰り返す私に、セシル君はやっぱり微苦笑。
「早くお前が相手を見付けないと、相手が俺になるからな?」
最後は茶化すように言われたけれど、セシル君の言葉に、胸がぽわっと暖かくなるのを感じていました。
私で、良い。妥協のように聞こえはしますが、セシル君は嫌ならはっきりと言う人だから、嫌ではないし受け入れるつもりはあるのでしょう。セシル君の口から、私を受け入れてくれる言葉を聞けたのが、嬉しい。
本当は未来を一つにしてしまった事に少し罪悪感があるけれど、それでも……セシル君が、私にそう言ってくれたのが、嬉しい。少なくとも、好意的には、見てくれているのですから。
「……うん」
……いつか、お前『で』じゃなくて、お前『が』良いに、なってくれたら……良いな。
そんな未来が来るのかは分かりませんけど、想像すると面映ゆくて、照れ隠しに口許を緩め、染まった頬を隠す為に軽く俯いて。胸の奥が擽ったい、でも、これはきっと歓喜の形の一つなのでしょう。
何だか考えてるだけで恥ずかしくて身を縮める私に、セシル君は隣で吐息。
「……これで自惚れるなって言う方が無理だろ」
「え?」
「何でもねえ。あー……」
小さく呟かれた上に自分の事が忙しくて上手く聞き取れず、聞き返すのですがセシル君は答えてくれません。追及しようにも誤魔化すように頭を撫でてきて、聞くなと言わんばかりに私の気を逸らすように触れてくる。
……言いたくないなら、聞きませんけど。
あまり無理に聞くのも嫌なので諦めておき、気持ちいいのでセシル君によるなでなでを受け止めておきます。
何だかセシル君、最近やけに私に触れる事が多くなったというか……頭なでなでは子供扱いされてるのでしょうか。セシル君に触れられるのは、温かくて、心地好くて、好きですけど。ジルとは違う、私への触れ方。
セシル君に触られるのはやっぱり好きだな、と心地好さに瞳を細めて相好を崩さざるを得ない私。どきどきして胸が痛いけど、それ以上に、幸せだと思える。そう、理解出来るようになった。これが自覚して一番の進歩かもしれません。
堪らずにセシル君に甘えるように喉を鳴らしてしまって、当の撫でているセシル君は使っていない片手で顔を押さえてしまいました。私の顔が緩みすぎたのかもしれません、みっともない事になっていなければ良いのですが。
セシル君? と小さく首を傾げると、セシル君はやや朱色の混じった頬。此方をちらちらと見ては頭を抱えだしそうな勢いなので、何なのかと不満げに近付くと今度は頬を撫でられました。
完全に猫か何かかと思われている気がしなくもないですが、触れてくる温もりに喉を鳴らして好きにさせてしまうので結局もう何でも良いや、という結論に。
指の甲ですりすりと撫でられ、眉をへにゃりと下げた私に、セシル君今度は親指で唇をなぞってくるのです。
これはちょっと擽ったくて、もうと抗議する代わりに唇で食むと、逆にセシル君が驚いたみたいです。それから、ゆっくりと唇の輪郭をなぞって。
「……リズ」
「リズ、セシルそこに居るか?」
そして、セシル君の声に被さって、扉の外から声が聞こえて来て。
そこで我に返って慌てて離れ、今何か凄い状態じゃなかったかと思い出しては頬を赤らめる私と、セシル君もセシル君で顔を赤くしていて。多分他人から見たら何してるんだと言われてしまいそうです。
「は、はい、居ますよ二人で」
私が此処に居る事はばれてそうなので返事をすると、父様は入るぞという一言を告げてから扉を開き、そして私達の姿を見て目まで大きく開きます。
「……何だ、邪魔したか?」
「断じてしてない!」
「そ、そうですしてません!」
ぶんぶんと首を振ると、父様は父様で「説得力ねえ顔しやがって……」と呆れた眼差し。私は絶句してしまったものの、セシル君は「うるせえ」と不貞腐れたような反論を一つ。父様は信じてないみたいでしたけど。
……じゃ、邪魔とか、そういうのじゃないですし。あれはちょっと違います、だって私とセシル君、そういう仲じゃないですもん。……そうあって欲しいと思っては、いますけど。
「……セシル、分かってるな?」
「分かってるから要件言え」
「……いや、良い。帰りに執務室に寄ってけ、調査書渡す。話もそこでだ」
私をちらりと見ては言葉を止めたみたいで、恐らく私には聞かせたくない事なのでしょう。二人の間で何の話が交わされるのかは分かりませんし、口出しすべきではないのでしょうが……やっぱり少し気になってしまうというか。
「……不埒な真似に及んだら怒るからな」
「誰がするか」
父様の発言に頬を強張らせたセシル君ですが、父様は茶化した雰囲気など一切なく、セシル君もまた直ぐに顔を引き締めます。
「羽目は外すなよ、少なくともこれが終わるまでは」
「分かってるよ。ウチが蒔いた種だからな、刈り取るのもウチがするべきだ。親父にも言っとけ」
「ああ。……すまないな」
「謝られてもな。寧ろ俺達が謝るべきだろ」
「……子供に押し付けてすまないと言っているんだ」
「俺はもう一応大人なんだが」
「いっちょまえな口聞いて。お前なんかまだまだ可愛いガキだよ、子憎たらしい所はあるが」
「うるせえよ」
父様とセシル君の会話は軽口を叩いているようで、真剣なもの。私には内容の半分も分かりませんが二人は通じあっているらしく、それだけで会話が終わってしまいます。
こういう時の二人は、何か……私に隠して大きな事をしようとしている時の態度で。……何を、考えているのか、分からない。聞いたって教えてくれないのかもしれませんけど。
「……あの……?」
「すまないな、話し込んで。待ってるからな」
私を取り残していた事に気付いたらしい父様は柔和な笑みを作り、私を撫でてから部屋を後にしました。……父様からは、絶対に聞けませんね。
じゃあセシル君に、と一縷の希望を託して顔を覗き込むと、セシル君は真面目な顔。
「……セシル君、さっき父様とお話ししてた事は」
「お前には関係ない」
「でも、」
「シュタインベルトの事だ。お前には関係ない」
「……ごめんなさい」
やはりと言うか教えてくれなくて、首を突っ込むなと遠回しに言われてしまいます。
そりゃあ、私が居たら余計な事をすると心配するのも分かりますし言いたくないのも分かりますけど。……何を隠してるのか、気になるのも仕方のない事だと思います。
眉を下げて我慢しなきゃと唇を結んだ私に、セシル君は側で深く溜め息をつきました。
「はー……なるべく、身辺は綺麗にしておきたいからな。掃除だよ掃除。それと、試練みたいなもんだ」
「試練……?」
「……あれだな、親心なんだろうよ。何処まで覚悟してるとか本当に任せる事が出来るとか、その辺のチェックっつーか」
「……父様からの、テスト?」
「まあ平たく言えばな」
肩を竦めたセシル君ですが、何でテストにシュタインベルトが関わってくるのか、その関連性が分かりません。
他人の家の事なのに、父様が口をわざわざ挟むとは思えないのです。理由でもない限り、他家の事は不干渉でいるのが普通ですから。それなのに、セシル君はシュタインベルトの事だと言った。父様が口出しする事がない筈の、家の事。
「研究職に何させようってんだか、ほんと」
「私もお手伝いとか」
「お前が手伝ったら意味ないからな?」
「……はい」
「お前は心配するな、大丈夫だから」
何だか嫌な予感がしてセシル君に進言するも、あえなく却下されてしまいます。除け者、というよりは私を巻き込まないようにという配慮なのでしょうが……それが、少し寂しかったです。
お願いだから、無理はしないで。




