25 「姉様自身が選ぶべきだよ」
自分は、とても単純な事で悩んでいるのでしょう。セシル君の事が好きか、なんて自分の中で出せる筈の答えをずっと出せないまま、悶々と悩み続けています。
私だって、答えを出したい。けれど心の何処かが答えを出せば今のままでは居られないと警鐘を鳴らしていて、明確に名前を決められない。
確かに、私はセシル君の事は好ましく思っているし、一緒に居て楽しいとは思っています。大切な人という認識に間違いはありません。そこから、私の感情がどう派生したのか、分からない。
友人として好ましいのか、異性として好ましいのか。
小さい頃から付き合いを続けていたから、その辺りの事が、はっきりしません。そりゃあ好きですし側に居たいとは、思っています。そこから、発展したいか。
十七歳の婚約自体は、嫌ではありません。日頃から仲良くしてきたセシル君と結婚する事に何ら不服はありませんし、安心感すらあります。親しい人と家庭を築くのですから、嫌な訳がありません。
けど自ら結ばれたいのかと問われると、一気に不明瞭になる。好きになって愛しているのか、とか、そんな事、分からないのです。キスしたいとか、ぎゅっとして欲しいとか、そういう衝動はないですし。
でも、触れられると凄い心地好くて……もっと触れて欲しい、とは思ってしまう。一緒に居たい、隣に居たい、触れて欲しい、と思うから、ややこしくなってるのです。どきどきだってするけど、明確に好きと言っていいのか分かりません。
「何悩んでるの、姉様」
そんな感じで悶々と悩んでいた私ですが、ルビィが私の顔を覗き込んで不思議そうに声を掛けてきます。いつの間に、と思ったものの恐らくノックしても私の返事がなかったから入ってしまったのでしょう。
自室のソファに腰掛けてずっともだもだ悩み続行中な私に、ルビィは「さっきからうんうん唸ってるけど、何か悩み事?」と隣に腰掛けて首を傾げて。……観察されてた事に気付かないくらいに頭をぐるぐるさせていたとは。
「んー……ちょっと、ね」
何と言っていいものか。セシル君を好きかどうかで悩んでます、なんて間抜けな事言ったらルビィは喜んで好きなんじゃないかな、と返すと思いますし。
ルビィはセシル君大好きだから私達にくっついて欲しいでしょうし……。……私がたとえセシル君が好きでもセシル君が私の事好きじゃないと意味ないような。いやでもセシル君、私の事、特別には思ってる……のかな。恋情かは分かりませんけど。
何だか余計な事まで頭の中を無断発進し始めたので、止めなさいと制止をかけようとして眉を寄せる私。ルビィはルビィで瞳をぱちりと瞬かせながら、んーと少し声を上げた後笑顔で。
「兄様の事?」
何でしれっと当ててるのですかねこの子。
「……どうしてそう思ったのですか」
「僕の勘」
にこっとハートが飛びそうな愛らしい笑みですが、その勘は可愛らしいなんてものじゃない気がします。勘と言いつつ確信を持って問い掛けてる辺り、ルビィは油断出来ません。いえ弟に警戒する訳でもないのですが。
なるべく顔に動揺が出ないように抑えたものの、ルビィは鋭いのでやっぱりねーと言わんばかりの眼差し。危うく頬が引き攣りかけましたが堪え、それからルビィの頭をなでなで。これで誤魔化されてくれるなんて思ってもいませんけど。
「兄様、一昨日何かしちゃった?」
「そういう訳では、ないですけど」
「じゃあどうかしたの?」
「……ちょっと、気持ちの整理を付けているだけです」
ルビィに、いえ誰かにわざわざ言う必要もありません。ただ、自分の中で自問自答を繰り返して、ちゃんと答えを見つけたいだけ。他人に聞いて分かる事じゃないのですから。自分で出さないと、意味がない。
そういう思いもあって詳しく説明するつもりはないのですが、ルビィは私が言葉を濁したのを悟っているのか、笑みの質を少しだけ変えて。
「兄様が好きか否かって事?」
……我が弟ながら末恐ろしいです。何で全部当ててるんですかね。それとも私が顔に出やすいだけでしょうか。
今度こそ言葉を失った私にルビィは私の顔をじっと眺め、やがて緩やかな笑みに変わります。嬉しそう、というには喜色が足りず、悲しそうと言うには負の感情はない。ただ、穏やかな笑みで。
「じゃあ僕からは何にも言えないや。姉様が決める事だし」
そうしてあっさりと引き下がったルビィに目を丸くするのは、仕方のない事と言えましょう。
「てっきり好きに決まってるとか言うものだと」
「流石に姉様の気持ちを尊重するよ。僕がこうであって欲しいというのを姉様に押し付けるつもりはないよ? そりゃあ願いはするかもしれないけど、あくまで姉様が選ぶべきだと思うし」
「ルビィ……」
「だって、押し付けた所で幸せになるとは思わないもん。姉様自身が選ぶべきだよ」
ルビィとしては結ばれて欲しいでしょうに、あくまで私次第だと笑うのです。……いつの間にか、ルビィは私が想像するよりもずっと大人になっていました。まだ、十歳なのに。
いえ、もう十歳なのです。後ろをよちよち着いてくる子供じゃないんですね。些か幼少期と今の成長の幅が大きいですけど……それだけ、立派に育ってくれたのです。
これでは私が諭されてるみたいですね、と自分の優柔不断さとかに苦笑ものですが、ルビィの気持ちは正面から受け止めます。私の事を思って、何も言わないのですから。
「……大きくなりましたね」
「姉様の自慢の弟だからね」
えっへん、と此処は子供らしさを残したままの笑みで胸を張ったルビィ。おいで、と軽く腕を広げれば笑って腕の中に収まろうとします。
数年前から剣術の稽古に励んでいるお陰か、まだまだ子供の体ではありますが筋肉が付いているのも触れた感覚で分かりました。身長だって伸びてきた、もう一年もすれば私を抜かしていきそうな程に、ルビィは大きくなっているのです。
反抗期が来たら怖いなあと思うものの、ルビィはお姉ちゃん好きのままで居てくれる気がしなくもないですね。ずっと仲良しの姉弟で居られたら良いのですが。
「ルビィは賢く育ちましたね、お姉ちゃんびっくりです」
「もっと褒めてくれても良いよー?」
「ふふ、良い子ですね」
胸に頬擦りし喉を鳴らして甘えてくる姿は可愛らしい弟のままなので、私は応援してくれる弟にありがとうの意味も込めてゆっくりと髪を梳いては頭を撫でます。
ルビィ、しっかり者ですけど甘える時は甘えてくるから、可愛いのですよね。色々ギャップがあったりもする子ですが、私の弟が可愛いというのは揺るぎません。
優しくなでなでしていると、ルビィはもぞりと動いて私の顔を見上げてきて。
「……あっちも、分かってくれれば良いんだけどね」
何処か意味深な笑みで呟かれた言葉に首を傾げると、ルビィはただ答えずに「ううん、何でも。僕は姉様が幸せなら一番だよ」と嬉しい事を言ってくれて。何だか誤魔化された感がありますけど、ルビィが言う気がないなら無理に聞き出す事もありません。
それ以降何も言わずにくっついてくるルビィを甘やかしては、自分の気持ちにゆっくりと向き合っていこうと静かに微笑むのでした。




