22 「……どいつもこいつもからかいやがって」
お出掛け当日、何故か父様母様に加えてルビィとジル、それから母様に抱かれたミストにまでお見送りされる事になっていました。
何故一家勢揃いなのですか。セシル君とお出掛けしに行くだけなんですけど。街をうろつくだけなのに戦場に赴くが如しな感じに。
これには屋敷を訪れたセシル君もびっくり、というか顔を引き攣らせております。何でこんな事になっている、と眼差しが痛烈なまでに訴えかけてきたので首をぶんぶん振って責任の所在を分散させておきました。いえ、私が父様に漏らしたのにも原因はあるのですが、家族総出で見送りに私の責任はないです……!
やや厳めしいというか不機嫌というか、強張った顔をするセシル君ですが、ミストを見ては少し頬を緩めています。ミストのキュートさは半端ないのですよ、愛くるしい笑みといったら本当に可愛らしく、我が家の癒しというか……。
セシル君、子供は案外好きなんですよね。ルビィの時もそうでしたがお兄ちゃん気質があるというか。面倒見がよくて頼れるのです。
「ちゃんとエスコートしてやれよ」
そんなセシル君にほっこりしていた私は、父様のにやにや笑いがセシル君にクリーンヒットしているのを目撃してしまいました。物凄い顰めっ面になってますセシル君。
「うるせえよ、言われなくてもする。つーかお前ついてくるなよ」
「そんな野暮な事はしねえよ、なあジル」
「そこで何故私に」
話題を振られたジルまで顰めっ面になっているので、父様は本当に若人をからかうのが好きというか。父様もまだまだ若いですけどね。
護衛は今日はなし、一日休暇という事になっているのですが、ジルは何だか不服そうです。目を離すのが怖いとかよく言われるので、私とセシル君二人で何かあったらと心配してくれているみたい。
「セシル様がきっちり護衛なさるなら、私が着いていく訳にも参りません」
「未練たらたらな顔してよく言う……」
「ヴェルフ様」
「おー怖い怖い」
ジルは父様にからかわれてもあまり動じないと思っていたのですが、多少頬を引き攣らせては父様に恨みがましげな視線を送っています。父様はそんな視線を受けても飄々と躱しているので流石というか手慣れているというか。……からかう事を手慣れるのもどうかとは思うのですけどね。
「まああくまでリズの意思を尊重してやれ。浮かれるくらいにはリズはセシルと二人で出掛ける事を楽しみにしていたんだし」
「父様……!」
何で余計な事言うんですかもう!
父様の余計な発言には一睨み、といってもセシル君程きつくはありませんが鋭いものを飛ばすと、父様は軽いウィンク。そんな気の遣い方は要らないのです、恥ずかしいじゃないですか浮かれてたなんて知られるのは。
案の定セシル君は瞳を瞬かせ、私と視線が合うと確かめるような、やや柔らかな眼差しに。ただのお出掛け程度ではしゃいでるのがばれるって、恥ずかしいのに。
頬に上がりそうな熱を何とか胸の辺りで抑えつつ、帰ったら父様の胸をぽこんと殴ってやるんですから、と誓う私。本当にからかうのが好きなんですから、全く。
セシル君の視線も羞恥を煽るので肩を縮めるのですが、セシル君もセシル君で何だか恥ずかしくなったのか視線を逸らしたり。そんな私達を微笑ましそうに見守る母様。
母様は基本からかったりはしないので安心なのですが、偶に父様より上を行く指摘をするのでちょっとびっくりしちゃいますけど。
……それは良いのですが、何だかやけにルビィが静かというか。ルビィならセシル兄様とデート楽しんできてねくらい嬉々として言いそうなのですが、今日に限って大人しい。
今も母様の隣でにこにこはしているものの、セシル君を煽ろうとはしません。いえしてもらっても困るのですが。
そんなルビィに父様も訝っているらしく、不思議そうにルビィを見たり。
「……ルビィ、どうした大人しいな」
「んー……兄様を煽り過ぎても逆効果かなーって。父様が兄様の機嫌損ねて僕まで何か言ったら兄様拗ねちゃうし」
「拗ねるってあのな……」
「不機嫌になって姉様にきつく言われても嫌だし」
「俺は八つ当たりする程子供じゃない」
「それはそうだけどー。まあ兎に角楽しんできてね、二人とも」
にっこりと屈託のない笑み、けど心なしか含みを持たせた笑顔。ルビィはどの方向に向かっているのかお姉ちゃんとしては心配です。
「ふふ、そうね。二人とも楽しんでいらっしゃい」
そして止める気もないらしい母様ののほほんとした笑顔とミストの可愛らしい笑み。なんというか、確実に母様に似たんだろうなとか今本気で思いましたね。ルビィ中身は母様似なので。
私はどちらかと言えば中身は父様似なので、ルビィのような策を巡らせる事は出来ないです。姉を術中にはめるとかしないと信じてますよ、ルビィ。
こうして家族全員とジルに見送られて、私達は家を出る事になりました。玄関から出て扉を閉めた瞬間深い溜め息をつかれたもので、結構申し訳ないというか。
「出掛ける前に気力を些か奪われた気がする」
「ご、ごめんなさい、私が父様に言ったから」
歩きながら眉を下げて謝るものの、セシル君は疲れた顔から苦笑へと切り替えてくれます。
「まあヴェルフが悪いから気にすんな。じゃあ、行くか」
「は、はい」
今度はスムーズに手を取られ、今更ながらに二人きりのお出掛けという事を意識させられます。
浮かれていたのは良いのですが、こう、実際にあんな事があってから二人きりのお出掛けというのは、少し恥ずかしくて、どきどきして、自然体では居られない。
服装変じゃないかなとか髪は大丈夫かなとか、手を繋いでて嫌がられないかなとか、そんな事ばかりを気にしてしまって。何にも言われないから多分、大丈夫だと、思いますけど。
……父様のせいですもん、デートとか言うから。……ちょっと気合い入れて可愛い服着てきたの、恥ずかしい。
ちょっと繋いだ手を意識してしまって歩みが遅れた私。強張った掌を握ったセシル君は、ふと立ち止まり此方を覗き込んで来ては半眼。
「何でお前そんなカチコチなんだよ。大方ヴェルフに何か余計な事吹き込まれたんだろうが」
「そ、そんな事は」
「じゃあ俺の顔じっと見ていられるか」
まさかデートに近い状況に意識してるなんて言えず、セシル君の言葉におずおずと視線を向けます。
今日のセシル君はいつも通り。別に気負った服装でもないしいつものシンプルなコート。特段飾り立てた訳ではありませんが、逆にそれがセシル君という素材を引き立てているのです。
端整な顔は怪しむように此方を見ていて、綺麗な金の瞳が私を映していて。私も負けじとセシル君を見つめるものの、視線が交錯して十秒程で何だかじわじわと恥ずかしくなってきて視線が弱々しいものになってしまいました。
へ、変ですね、いつもなら大丈夫なのに。この特殊条件下だからこんなに意識してしまうのでしょうか。
少し窺うように控え目な視線でセシル君を見上げるのですが、逆に今度はセシル君が少し頬を赤らめて視線を逸らしてしまいます。
「……何でそんなしおらしいんだよ、調子狂うだろ。いつもみたいに能天気でいてくれ」
「もー、失礼です!」
場を和ませようとしてくれたのか、ちょっぴり貶された気もしますがさっきの変な空気は薄らぎます。むー、と唇を尖らせるとセシル君の悪戯めいた、ほんのりとした笑み。
「ん、じゃあ行くぞ」
優しく、けどしっかり手を握り直して来たものですから、また少し照れてしまいますが、今度は嬉しさと照れ臭さに笑みが浮かんできました。
セシル君はセシル君で恥ずかしそうにそっぽを向くのですが、それもセシル君らしくて可愛い。格好いいのに可愛いって中々にないですよね、そこがセシル君の魅力でもありますけど。
「……ふふ、セシル君の掌って大きいですよね」
「お前は小さいな」
「何か背まで小さいと言われてる気分です」
「事実小さいだろ」
否定はしませんが、あんまり指摘されて嬉しいものでもありません。母様似の容姿なのはとても有り難くはあるのですが、身長も母様に準ずるというか低いのです。此処は父様の遺伝子に力を発揮して頂きたかったのですが……致し方ありません。
お陰でセシル君とも頭一つ半近く身長差が出来てしまって、セシル君を見上げるのにも長時間は中々に疲れてしまうのです。
その上セシル君細身だけど案外しっかりした体つきだから私との体格差が半端ないですし。セシル君にかかれば簡単に包めるし押さえ込めるのですよ。……この間の事を思い出すと、ちょっと恥ずかしくなっちゃいますが。
まあそんな訳でかなり身長差がついてしまったのです。もっと私が高ければセシル君に馬鹿にされる事もないのですが、セシル君は微かな苦笑。
「……そんくらいの方が、俺は良いと思うぞ」
「そうですか? 高い所の物取れないし大人っぽい服は似合わないしセシル君に馬鹿にされるし」
「ごめんって。お前はそれくらいで良いよ。その、今日の服も、似合ってる、し」
たどたどしく服装を褒められて、驚きに目を瞠るしかありません。
セシル君が褒めてくれるのって、滅多にないです。最近は何だかやけに優しいというか評価が甘い気がしなくもないですけど、頑張ったのに気付いてくれてるんだ。
……気合い入れていたのがばれるのも恥ずかしいには恥ずかしいですが。
「……ほんと?」
「嘘ついても仕方ねえだろ」
「……そっかぁ」
何だか、やけに嬉しいです。父様やジルに褒められてもこんなに嬉しくならないのに。見せたかった人に褒められるって、こんなに嬉しい事なんですね。自分にもこういう部分があったというのは、何だか気恥ずかしい。
頬に昇ってきた羞恥を誤魔化そうと照れ隠しの笑みを浮かべると、セシル君はそんな私を見て頬を掻きます。
「……調子狂う」
そう小さく呟いて、握った手を引っ張って。
少し逸らした顔が赤かったのは、私に釣られてしまったのかも……なんて、思ったり。
そう考えるとおかしくて、くすりと笑ったらセシル君にちょっと睨まれてしまったので慌てて口を引き締めてセシル君についていくのでした。
最初に訪れたのは、当初の目的であったティーカップを求めて食器を専門に扱うお店。私は割れたカップの代わりを、セシル君は新たなカップを買いにきた訳です。まあセシル君は私の付き合いみたいなものですけどね、何だかお出掛けの口実を作ってくれたみたいで、申し訳なく思いつつも嬉しい。
店員さんの案内でカップが集められた一画にやってきた私達は早速物色に入ります。此処は毎日使うような物なので、妥協は許さないのですよ。良いものを長く使いたいので。
「セシル君はどんなのが良いです?」
「そんな柄物は好きじゃない、陶器の良さを出したものがいい」
実にセシル君らしいというか、飾り立てたものより品のあるシンプルなものがお好みのようです。というかまだ割れても黄ばんでもない、未だ健在のセシル君のティーカップからしてシンプルでしたし。
私もあまり派手派手しいのや飾り立てたものは好きではないので同調しつつ、並べられた棚を眺めて好みに合うものを探していきます。
派手なのも然程ありませんが、無地というのも味気なく感じてしまうので中々に好みにストライクというものは見付かりません。無地のものや大輪の花が描かれたもの屋敷にあるので、自分で使う分には別のものが良いのですよね。
「んー、セシル君の好みだとこれとかこれ?」
というか若干私の好みが入りましたけども。
選んで手に取ったのは、セシル君が今持っているのにそこまで変わりない青と金の縁取りがされたものと、もう一つは色合いは同じだけど縁取りにも模様があって、アクセントとした小さな青の薔薇が描かれたもの。
純粋に後者は私の好みだったりします。薔薇の形が好きなんですよね。それに、セシル君って青い薔薇がよく似合うので。イメージですけど。
二つ候補として選ぶと、セシル君はふむと二つのカップを交互に手に取り、近くで眺めて。
「これとこれならこっちだな。これは今のとそんなに変わらないし」
薔薇の模様が入った方を選んでくれて、好みが似てるのかななんてちょっと嬉しくなったり。
これで良いと即決したセシル君に微笑んで、それからもう一つ同じものを私も手に取ります。
「……じゃあ、私もこれが良いな……」
「同じもので良いのか」
「駄目?」
同じものを買われるのが嫌なら諦めますけど、と付け足すと、セシル君ちょっと思案顔。嫌そうと言う訳ではなくて、何処か少し気恥ずかしそうに。お揃いで良いのかよ、とぼやかれてこくこくと頷くと照れ隠しなのか溜め息混じりの吐息。
「……好きにしてくれ」
「ふふ、ありがとうございます」
セシル君に倣って店員さんに代金を支払って頼んで魔導院に送り届けて貰うように頼みつつ笑いかければ、セシル君はちょっぴり困ったように、けど仕方ないなといった柔らかな眼差しをくれました。
手配をしている間ちょっとした待ち時間が出来るのですが、此処で次の行き先についてセシル君からちょっとした提案。
「途中で魔道具用の材料を頼んでいた店に寄っても良いか?」
本当は別の日に行くべきなんだが、とちょっと歯切れ悪そうに言うので、気にしないで下さいと私も笑います。別に申し訳なさそうな顔をしなくてもいいのに。寧ろセシル君らしくてほっこりするというか。
基本一二にお仕事が来るセシル君なので、やっぱりお休みでもお仕事の事考えちゃいますよね。それに出掛けたついでに見に行った方が手間もかかりませんし。
「勿論大丈夫ですよ。素材を売るお店に行った事ないので興味ありますし」
基本私は魔道具は作れませんし、ミスリルだって父様にお願いして買って貰ったものです。私は魔道具というより魔術実践担当なので、そういう所には縁がなかったです。
お仕事に関しては妥協を許さないセシル君の選ぶお店だから、相当に良いものを揃えているお店なのでしょう。だったら後学の為にも行ってみたいです。
「お前にはつまらないかもしれないぞ?」
「何でです? 私そういうの見るの好きですし、セシル君と一緒にお出掛けするの楽しいですよ?」
そもそもセシル君とお出掛け自体楽しいですし心待ちにしてたのに、何で行く先でつまらないとか出てくるのでしょうか。そりゃあ私そっちのけで何かに夢中になられたらそれは分からないかもですが、セシル君は私を気にしつつお店を回るでしょうし。
何で?と首を傾げた私に、セシル君は瞬き。
「……お前って本当に変わり者だよ」
「そうですか? 私セシル君となら目的なしに一日お部屋でごろごろしてるのでも楽しいですよ?」
それも楽しいと思うのですよね。お話しして読書して、お庭で花の世話をしたり、じゃれ合ったりお茶を飲んだり、お昼寝したり。意味もなく一緒に過ごすのもとても贅沢な時間の使い方ですし、それはそれで幸せですよ。
寧ろインドア派な私的には繰り返すならおうちでゆったり過ごす方が好きです。こういうお出掛けは時々の方が変化をつけられて良いですし。
「……お前は金がかからない女だな……」
「父様によく言われます」
勿論お金を使う事でお金を循環させるという事を理解してはいますよ。貴族の必要な贅沢は大切だとは思います、市場経済を回す為にも。
なので必要な時はしっかりと使ってはいますし、湯水のようにとはとても言えませんが必要分はきっちり消費しているのです。倹約する事が必ずしも良い事ではないのですから。……どうしても性分として溜め込んではしまいますが。
「お金は私個人に使うより、他人の為とか家の為に使う方がずっと有意義なものになると思うのですよね」
「贈り物のしがいがないよな、お前」
「それも父様によく言われます」
装飾品やドレスはあまり欲しがらない私は、父様に逆に欲しいものはないのかと聞かれるくらいです。特にないですと答えた時の父様の落胆っていったら。
娘に喜んで欲しかったみたいです、追加した気持ちだけで嬉しいですの一言に悲喜こもごもといった顔をされたので本をねだっておきましたけど。それでも微妙な顔をされたのでおねだりって難しいなと感じるこの頃です。
……父様にはセシル君におねだりしろとか言われたけど、どうしろと。
「……あ、嬉しくない訳じゃないですよ? ただ、私なんかに使うよりは……」
「なんかに、じゃない」
強く言われて、思わずぱちくり。
「お前に贈りたくて贈ってる奴も居るんだから、そういう事は言うな」
「ご、ごめんなさい」
私の言葉が不服だったセシル君に窘められ、謝って眉を下げるとセシル君少し慌てたように頭を撫でてきます。
「……強く言い過ぎたな。ごめん」
「いえ、此方こそごめんなさい」
相手の気持ちも考慮すべきですよね、と肩を縮める私に、セシル君はちょっと困ったように頭をなでなで。でもこの場合は私が悪いので素直に謝罪は大切です。
どうしても、私は自分より家族の方を優先してしまうと言うか。私にプレゼントよりルビィやミストにプレゼントしてくれたらなって思うことがあるのです。セシル君から貰ったものは嬉しいですし私のものって気持ちには、なるのですけど。
ちょっと空気が重くなってしまいましたが、店員さんの準備が出来ましたという言葉に助けられこの場を動く事に。少し躊躇いがちな「……行くか」というセシル君の言葉に頷き、私達はお店を後にします。
手を握られるのは、来る時と変わりません。おずおずとセシル君の顔を覗き込むともう片方の手でくしゃりと頭を撫でられて、セシル君さっきから撫ですぎて髪型崩れちゃいますと唇を尖らせてみたり。
からかうように笑われて膨れっ面を作る私。セシル君は苦笑して頬をつついて。
もう、気まずい空気はありませんでした。
「リズはその辺見回っておけ、俺は店主と話をつけてくるから」
「はーい」
そして到着した魔道具の素材を取り扱う専門のお店。私が普段通らない場所にあったので来るだけでも道のりの景色を楽しめたので、それだけでも満足です。
セシル君はというとあらかじめ来ると伝えていたのか出迎えてくれた店主さんと少し奥で話しています。多分常連なのでしょう、店主さんの態度も柔らかくちょっと親しげで。
何だかセシル君瞳の色が違うな、何てちょっと離れて見ては笑って、私は私でお店に並べられた物を眺めます。
お店はきらびやかという訳ではなく、寧ろレトロな雰囲気。素材がずらりと並んでいるのですが、何が何だかさっぱりなのですよね。金属系の物が並んでいたり、ガラス瓶に入った用途の分からない鮮やかな液体、年期の入った木材等々。
知識のない私にはそれがどのような効果を発揮しどのような役割を担うのか分かりませんけど、見る目がある人間にはきっと貴重なものばかりなのでしょう。
私に価値が分かるのは、セシル君達とはまた離れた奥にある、更に厳重なガラス戸の付いた棚に保管されている石くらい。
照明の光を受けてキラキラと輝く宝石。原石のままであったり中にはカッティングされたものだったりと形に差異こそありますが、どれもが美しく煌めいている。魔力がガラス越しにも伝わって来るのは、これが魔石と言われるものだからでしょう。
ミスリルが魔力を溜め込む装置として機能するように、魔石もまた魔力を溜め込む性質があります。正しくは魔石そのものに魔力が備わっているのですが。
何らかの要因で魔力が凝縮され結晶化したもの、もしくは特有の鉱石に魔力が宿ったものを魔石と呼びます。
まあ膨大な魔力を宿している時点でかなりの高級品な上、その鉱石自体が美しくミスリルとはまた別の需要があり希少価値が高いのですよね。だからこそ厳重に保管されているのでしょう。この棚自体に強化の術式がかけられてますから。
近付いてガラス越しにですが眺めると、きらきらと光を反射する美しい魔石。宝石を欲しいとはあまり思わないのですが、綺麗なものは好きなので見るだけは見ます。
「……此方で宜しいでしょうか」
思わず煌めきに見とれている私に、少し離れた場所で店主さんの確認するような声。
「ああ。この質の物をよく探してくれた」
「いえ、セシル様にはよくして頂いておりますので」
「もう一つの方は?」
「只今手配しております。一週間もあれば良い報せが出来るかと」
「そうか、助かる。これはもう一つが届き次第買い付けに来る。それまで保管しておいてくれ。代金はその時に俺個人として払う」
「畏まりました」
何か頼んだものがあったらしくその関連のお話をしていて、私が話し掛けられる雰囲気ではありません。
けどセシル君は非常に満足した顔というか、充足感のある顔。お目当ての物が見付かって嬉しいのかやや眼差しが和らいでいます。何を注文したのか気になりますけど……。
「それと別途でいつもの素材を頼む。此方は魔導院の第五研究室宛に請求を」
「畏まりました」
予算増額されているのもあってセシル君遠慮なしに買ってますね。先程のはセシル君個人で使うみたいですけど……。
それにしても手慣れているというかお互いにスムーズに会話しているのは、それだけセシル君が常連客という事なのでしょう。いつもの、という言葉で店主さんも理解してるみたいで余程通わないとそうはならないと思います。
セシル君も随分と社交的になったなあ、なんて昔と比べて微笑ましさを感じていた私に、どうやらお話が終わったらしいセシル君が戻ってきます。
「待たせたな」
「いえ、そんな事はないですよ」
待ったとかそんなの全然なかったですし。セシル君手短に終わらせてましたし、私は私で店内を見て楽しんでいたので気にしてないのに。
律儀ですね、と笑ったらセシル君も少し安堵したように眼差しを和らげます。
「いつもあんな感じなのですか?」
「まあな。……気に入ったものがあったのか?」
「いえ、ただ綺麗だなって見てただけです。私は此処には来ませんけど、見るだけでも楽しいですね。こう、好奇心がそそられるというか」
「そう言ってくれるとありがたいよ」
ちょっと店主さんと話し込んでいた事に申し訳なさを感じていたみたいですが、私の言葉に今度こそ安心したように微笑んでくれました。
私もそれに微笑み返し、それからセシル君の瞳を覗き込みます。
「セシル君、よく来るんですね此処」
「まあな。魔道具作製に必要なものは粗方揃っているし」
「私には魔道具は作れませんから何が必要なのかあんまりですけど……セシル君が楽しそうな顔してるのは、良いと思います」
「俺が?」
「ええ。瞳の色が違いますもん、きらきらしてる」
セシル君、自分じゃ気付いてなかったのでしょうけど……綺麗な金の瞳が、きらきらしているのです。子供が玩具を目の前にしたような輝きにも近いかもしれませんね。確実にそれを言ったら怒られますけど。
本当にセシル君はお仕事熱心というか、純粋に魔術そのものが好きなのでしょう。だからこそいつも何かの設計図描いて作っていたり、魔術を作り出したり。真剣に取り組む姿勢は、見ていて本当に格好いいなあって思うのですよ。
魔術大好きですもんね、と悪戯っぽく微笑んでみると、仄かに恥ずかしそうに頬を染めてから「うるせえな」とぶっきらぼうな呟き。
何だか照れ隠しがおかしくて、少しだけ声を上げて笑ったらセシル君に睨まれてしまいました。全く怖くないのは、セシル君の頬がうっすら赤いからでしょう。
セシル君可愛いなんて本音を漏らせばセシル君が不貞腐れる事必至なので黙っておくと、それでもやや拗ねちゃったセシル君がそっぽ向いてしまいます。魔術に関しては純粋なまでに貪欲なセシル君なので、恥ずべき事ではないのに。
気にしなくて良いのに、と喉を鳴らして笑っていると私達の様子を見ていた店主さんも微笑を浮かべながら近寄ってきます。
「お連れの方とデートの最中でしょうか?」
「誰が! 冗談言うな!」
そんなに強く否定しなくても。
噛み付くように店主さんの言葉を否定したセシル君。店主さんを睨んでいますが肝心の店主さんは変わらないしっとりとした微笑。セシル君の睨みに一切動じた様子がない、壮齢の店主さんは落ち着いた眼差しを送っています。
「ヴェルフ様にセシル様が連れられて来た頃からセシル様を存じておりますが、女性を伴っているのは初めてでして。成る程、そういう事ですか」
「……店主」
セシル君の恨みがましげな眼差しにもくすりと微笑み返す程の余裕がある店主さん。店主さんの言葉からかなり昔から交流があるみたいなので、店主と客の立場を超えた会話が出来るのでしょう。
セシル君もちょっとしたからかいの言葉にやや不服そうではありますが、嫌がるというか羞恥の表情です。
「これは失礼致しました。歳を取るとついお節介が」
「あなたの想像している事は邪推だ」
「そうですか、残念です」
燦然と輝く営業スマイルは、気のせいか子供を見守るような慈しみの眼差しで。……彼も小さい頃からセシル君を見てきたからなのかな、なんて思ったり。
多分セシル君より一枚二枚くらい上手な店主さんにセシル君ぐぬぬと効果音の付きそうなお顔。それから勝てないと悟ったらしく私の手首を掴んで踵を返してしまいます。
「用は済んだし行くぞ」
「あっセシル君」
「またのお越しをお待ちしております」
腰を折る店主に私も会釈して、店を出て行く事に。からかわれるのが苦手なセシル君、店主さんの笑みがお気に召さなかったらしく仏頂面。けど不快そうではなく、父様にからかわれた時に通じる顔というか。
そんな訳で少し荒い歩み方ですが、私の歩幅と大きく違う事に気付いたらしく速度を緩めてくれる辺り紳士さんなのだと思ったり。手首を掴んでいた掌も改めて掌を重ねて優しく指を絡めてくれて、ぷんぷん怒っててもそういう所は気遣ってくれるセシル君って優しいとほっこりです。
「……どいつもこいつもからかいやがって」
「そう、見えちゃうのでしょうか」
「知らん!」
ぷいっとそっぽを向いたセシル君は明らかに照れていて、でも嫌がってはなくて。……嫌じゃないなら、良かったなあなんて、ちょっと思ったり。
今のこの状態がそう見えてしまっていたなら気恥ずかしいですけど、胸がぽかぽかしてくる。
何だか照れ臭くてついつい微笑んで誤魔化してしまうのですが、セシル君はそんな私に気付いて口をまごつかせるものの、耐えきれなくなってまたそっぽ向いちゃいました。
「……次、行くぞ」
声は突っ慳貪ながら、歩みや仕草は優しい。それがまた胸をじわりと温めてくれる。
「そうですね……行く宛あるのですか?」
「……まあ」
「じゃあセシル君にお任せします」
セシル君が行きたい場所に連れていってくれるなら、私はそれで良いです。何処に行きたいとかはなくて、一緒にお出掛け出来る事が嬉しくて仕方ないのですから。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、こっちをちらりと見たセシル君がまた照れ隠しにそっぽを向いて、絡めた指をしっかりと握るのです。お互い手を繋ぐ事に、もう抵抗はありません。




