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もう一つの物語  作者: 佐伯さん
本編
21/52

21 「リズも思春期だな」

 セシル君とお出掛けの約束を取り付けたので、私の機嫌はかなり良いです。普段お出掛けしてくれなくて先日のお出掛けはかなり珍しい事だったのに、またお出掛けしてくれるなんて。

 自分でも何故こんなにも浮かれているのかさっぱりですが、兎に角お出掛け出来て嬉しいという事で良いのです。……デート、とかそういった意味合いじゃないですけど、二人でお出掛け出来る事が嬉しい。


 歓喜が顔から溢れていたらしくついつい笑みが浮かんでしまい、父様に何だか訝るような眼差しを向けられてしまいましたけども。


「何か良い事があったのか?」

「今度またセシル君とお出掛けするんです」


 別に隠す事じゃないですしやましい事でもないので素直に報告すると、ソファに腰掛けた私の隣にやってきた父様は「ほう」と笑みを浮かべます。ちょっぴりにやりとしたような笑みなので、父様はセシル君からかう気満々な気がしますよ。


 父様にバラしたからセシル君に後から文句言われそうな気もするので、一応あまりセシル君からかわないで下さいねと控え目に注意。けど父様は父様で「そうか、あのセシル君が」と感慨深そうなようなそれでいてにやにやとした表情をしています。セシル君ごめんなさい、父様からからかわれたら流して下さい。


「またって事はこの間出掛けたんだな?」

「え、ええまあ。ルビィに追い出されたというか」

「……ルビィは何処に向かっているんだろうな」


 ルビィの行動で私達が二人でお出掛けしたのを聞いた父様、今度は何だか遠い目をしております。……まあルビィも逞しく成長したというか、ややあざといというか、言い方を変えれば狡猾に成長しましたよねえ。そんなルビィも可愛いのですが。

 ルビィにはあの後の事を詳しく話してはいませんが、私の表情から何か感じ取ったのか実に上機嫌でした。……ルビィが期待するようなものじゃなかったんですけどね。抱き締められは、したけど。


 あの時の事を思い出せば頬が火照ってきてしまって、肩を縮めて少し俯き誤魔化そうとするものの、父様は私の頬が赤らんでいるのを発見したらしく口の端を吊り上げて。

 私の様子を見て「セシルも中々やるなあ」なんてセシル君が聞いたら即刻否定しそうな感想を一つ。というか父様、私が言えた義理じゃないですが親としてそういうので良いのですか。そもそも誤解な上に、セシル君をあっさり認めてるし。


「因みに参考までに聞くが、セシルはデートの時に何処に連れてった?」

「で……っ!? で、デートとかじゃなくて、お出掛けです、普通のお出掛けです!」

「はいはい、まあそこまで言うなら良いが。ああ、別に言いたくないなら言わなくても良いぞ、当人の問題だろうし」

「内緒にしておく程のものでもないですよ。エルザさんのお店に行って、カフェでお茶して、あとはその辺ぶらぶらしただけですし」


 言えないような事はしていませんし行っていませんので平気ですが、父親に報告するというのも変な気分ですね。いえ父様なので別に問題はないですし、基本当人の意思を尊重してくれる人なので何処に行こうとは構わないと思いますが。

 別に、父様が想像するような事はありません。普通にお出掛けしただけですもん。……そりゃあ、最後は抱き締められてちょっとどきどきはしましたけど。流石にこれは言わないでおきますが。


 だから父様が面白味を感じる事はないですし、弄られる事も殆どない筈です。

 けどその予想通り、という反応ではなくて、寧ろ父様は額を押さえて溜め息をついていました。


「……なんつーかセシルらしいプランだな」

「プランも何も急にルビィに追い出されたから仕方ないと思いますよ」

「リズに不満はなさそうだな」

「だって、物が欲しい訳でも何かで楽しませて欲しい訳じゃないですもん。時間の共有が一番嬉しいのですよ」


 何かが欲しいとか、面白い事を体験するとか、そんな事は求めません。ただ一緒に居てくれるだけで嬉しいし楽しい、幸せだと思うのは、変なのでしょうか。

 私に物欲なんてそこまでないですし、セシル君にだってそんなにありません。それに、隣で時を過ごしていくのは、お金で買えない事です。そんなかけがえのない時間を大切にするのが、一番幸せな事だと思うのですよ。


 だからお出掛け出来るだけで満足です、と頬を緩めた私に、父様は何故か目頭を押さえて肩を震わせてしまいました。


「我が娘が健気なのは良いが、そう言わせてしまうセシルに突っ込みを入れるか否か迷うぞ……」

「セシル君は悪くないですもん、実際お出掛けして楽しかったですし。それに今度はちゃんとお買い物するのですよ」

「参考までに聞くが、何を買いに?」

「この間割れたティーカップの代わりと、あと魔道具の材料を」

「……あー、リズ達らしいな」


 お買い物の予定はそれくらいですねー、とセシル君と話し合った結果の目的地ですが、父様には何故か脱力させてしまいました。お前ら物欲ほんとないな、の一言付きで。

 そこまでですかね? と首を傾げると父様は普通の貴族の子女なら装飾品やドレスを欲しがると仰って、そうですかと軽く流してしまうのですけど。


 正直ドレスは必要分、というかある程度種類があれば良いと思ってますし。装飾品も同様です。選ぶのに困らない程度は買って貰ってますし、それ以上を望むのは我が儘ですし。欲しいとも思ってません。

 ……まあ例外的にこの間見た指輪はデザインがとても好みだったので欲しいですが、買っても身に付ける用事がないという。お洒落は用事でするものでないとは思いますが、どうも中々買えないのですよね。自分自身の貯蓄で買えはしますけども。


「リズ、偶にはセシルにおねだりでもしてみろ」

「嫌ですよ、そんな恥ずかしい事」

「そこは恥ずかしがるのか……リズの恥ずかしい基準が分からないぞ……」


 何故かまた脱力されてしまうのですが、おねだりとか恥ずかしいでしょう。これが欲しいだなんて甘え、誕生日か余程の事じゃないとしませんししたくありません。

 首を振って嫌ですと拒否すると、父様はなんとも言い難い笑みで私の頭をそっと撫でてくれました。


「リズはそういう所はセレンにそっくりだな」

「母様に?」

「ああ。折角此方が計画立てて誘ったり贈り物したりするのに遠慮するからな。セレンの場合は結構ですときっぱり言うが」


 そういう強情な所はセレンそっくりだ、と笑う父様は懐かしそうにしていて。


「リズ、何もおねだりって物だけじゃないぞ」

「物だけじゃない、ですか?」

「まあ俺から言うのも複雑なんだがな。ちょっと甘えてくれただけで男は嬉しいもんだぞ」

「でも、これ以上は迷惑かけちゃうし……」

「セシルはお前が甘えた程度で負担だとも思わないだろ。ああ見えて器はでかいぞ」


 随分父様はセシル君を高く買っているような気がします。言葉には全面同意しますし実際セシル君は器が広く大きく優しい紳士さんなのですが、父様がべた褒めするのも珍しいというか。

 まるで、セシル君の肩を持っているというか。


 ……そりゃあセシル君は私が甘えたくらいじゃ揺るがないと思いますけど、それでもこれ以上迷惑をかけるなんて嫌ですし……。今の時点でかなり迷惑、かけてるのに。

 そもそも意識して甘えるって、どうすれば良いのですか。おねだりって何をすれば。……セシル君、嫌がったりしないかな。


 肩を縮める私に、父様は苦笑いしかありません。やれやれといった表情で肩を竦めては、頭をまた撫でて。


「リズ。リズの事だからこれ以上は言わないが、セシルも存外男って事は覚えておけよ」


 そんな事、分かってるのに。

 気付けば伸びた背、大きくなった掌、精悍さが増した端整な顔立ち、低くそれでいて柔らかくなった声。全部、男性のそれへと変化している事くらい、知ってます。昔のようにじゃれあったりしてくれなくなったのも、そのせい。

 それで正しいと思う反面、寂しく感じてしまうのは、どうしてでしょうか。


 側に居れば否応がなしに思い知らされる性別の差。それを踏まえて、甘えろ、という事。……ほんの少し前まで抱き付くのは何とも思わなかったのに、今は……。


「リズも思春期だな」

「……そういう事言うの止めて下さい。父様のばか」


 何だか何を考えているのか見抜かれているようで気恥ずかしく、そっぽを向いて不機嫌アピールすれば苦笑と共に掌が頭頂部に優しく降ってきました。

 撫でれば誤魔化せると思ってるのなら甘いのですよ父様。いえ、結構に落ち着くので嬉しいですけども。


 細やかなアピールが不発に終わってしまったので複雑なのですが、これ以上反論しても父様がからかってくるに違いないので黙る事にしました。……別に、そんなのじゃない、筈ですもん。

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