19 「せ……セシル君、ところで、この体勢は」
何だデートみたい、だなんて恥ずかしい事を考えてしまったのは、カフェで休憩に入った時でした。
何て事のない、と言っても綺麗なカフェなのですが偶々見掛けて入ったお店で、テーブルに案内されて。向かい合って座り、紅茶と私はケーキを注文した所で漸く一息つけました。
エルザさんのお店を出てから手を繋いでお店を見たりしたのですが、何だか行く先々でにやにやされたというか。多分互いに微妙に恥じらいがあったのを店員さんが見抜いたのでしょう、ほんのりぎこちない雰囲気の私達に生暖かい眼差しを送られました。
……そういう関係じゃ、ないですけどね。そりゃあ、一応私の仮の婚約者みたいな立場ではありますけど。セシル君はそういう目で私を見ないって言ってましたし。
だから、これはデートというか、お出掛けなだけです。
「疲れていないか?」
「いえ、疲れてはいませんよ。楽しんでます」
何だかもやもやするのですが、それが顔に出ていたのか、やや気遣うように問い掛けてくるものですから慌てて首を振ります。疲れたとかじゃないのですが、このもやもやは私にも分からないのでセシル君なら尚更分からないでしょう。
疲れていないのは本音なので断言すると少し安堵の吐息。セシル君も私がセシル君より体力がないのを知ってるから、その辺り気遣ってくれているのですよね。
本人はなるべくそういう所を見せないようにしているらしいのですが、端々に配慮が窺えるものだから、胸がじんわりと温かくなります。本当に、優しいんですから。
ふふ、とセシル君の気遣いを感じて微笑む私にセシル君は何だか少しバツが悪そう。そういうのは見せずにするべきだという考えなセシル君、ばれてしまったのが恥ずかしかったのかもしれませんね。
そんなセシル君は何とも言えない表情で、それから丁度お茶とケーキが運ばれて来たので視線を店員さんとトレイに。私達の目の前に置かれたティーポットに「ほら来たぞ」と話を逸らそうと呟くので、まあ誤魔化されておきましょうと笑って用意される紅茶とケーキに視線を移す事にしました。
温めたカップに紅茶を注ぎ入れ、香りを楽しみつつ口にして。ちらりと見れば紅茶を冷ましつつ香りを楽しんでいるセシル君。
視線が合うとちょっと恥ずかしそうに「何だよ」とぶっきらぼうな言葉で、ついつい笑えば視線を逸らされてしまいました。
そんなセシル君を見守りつつ、運ばれてきたケーキにフォークを押し当て一口サイズに切り分けます。
頼んだのは、シンプルに苺の載ったケーキ。しっとりとしたスポンジ生地にふんわりと泡立てられた生クリームが交互に重ねられ、間にカットした苺が挟まれている、典型的なケーキです。
シンプルだからこそ素材の良し悪しが出る、且つ基本的に外れがない。奇抜なのも良いんですけど、もしも口に合わなかったら嫌なので。
私の口に合わせて切ったそれを口に運べば、舌に広がるきめこまやかな生クリーム。必要以上に泡立てられていないからこそ、ふわりと舌の上で溶けるまろやかな味と舌触り。
軽過ぎず重過ぎず、絶妙に焼き上げられたスポンジにアクセントの苺の酸味。それぞれ新鮮で上質なものを使用しているのがよく分かります。
「……幸せそうだなお前」
美味しい、と無言で黙々と食べていたらセシル君は何だか呆れ気味。ぱちくりと瞬きをすれば「頬が緩みっぱなしだ」と結構恥ずかしい事を指摘されて、私はフォークを置いて頬を押さえます。
ケーキに気を取られ過ぎていましたね。想像してたより此処のケーキが美味しくて、つい。
「だって美味しいんですもん」
「顔を見てれば分かる」
顔に出やすいからなお前、と少しは冷めたらしい紅茶を飲んでは肩を竦めるセシル君。セシル君は紅茶しか頼んでいないので、ゆっくりと私を眺める事に専念していたみたいです。
ならばとケーキを切り分けてフォークに刺し、セシル君に向けて構えます。いえ構えるというか差し出すのですけど。
意図が分からない訳ではないセシル君、私の行動に瞳を眇めたものの、じーっと見れば観念したのかフォークごと私の手を掌で覆いぐいっと引っ張って。
少し身を乗り出したセシル君が一口サイズのケーキを口に放り込み、静かに味わっています。そういえばセシル君、甘いものあんまり好きじゃないのですよね……嫌いという訳ではないみたいですが。
「……甘さ控えめだな、これくらいならいける」
「ほんとですか? じゃあまた今度このくらいの甘さでお菓子作ってきますね!」
貴族の令嬢としてはどうかと思う発言ではありますが、うちは結構に自由なので。シェフにお願いして厨房に入らせて貰って偶に料理を作ったりします。
最初はかなり見張られてたしぶっちゃけかなり不安視されていましたが、ちゃんと料理スキルがあると分かってからはそこまで過敏には反応されなくなりました。
いや迷惑かけてるのは分かるんですけどね、ちょっとくらい料理したいですし……母様も料理したりするから問題なしです。
紅茶に合う焼き菓子なら食べてくれますよね、と笑えば少し表情を柔らかくしたセシル君が頷いてくれて、私も頬がまた緩みます。
「……まあ、精々失敗作を作らないようにしてくれよ」
「もうっ、私料理音痴じゃないですもん!」
レシピさえあればある程度の物は作れますもん、セシル君が心配するような事にはなりません。あとジルを見てれば否応が無しに反面教師的に育ちますよ、ジルほんとに料理出来ないから……。
失礼ですね、と唇を尖らせてからまたケーキを口に運ぶ私に、セシル君は思ったよりも柔らかな眼差し。呆れたものではなく、穏やかなもの。
それが目映そうに細められて、首を傾げるとセシル君はほんのり苦笑してしまいました。
「……あのさ」
「はい?」
「……本当に、今楽しいか?」
恐る恐る、といった具合に躊躇いがちに問い掛けられて、私は目を丸くして「そんな疑わなくても」と返しては私も苦笑。
セシル君、その辺り気にしていたのですね。気遣ってくれていたのは嬉しいのですけど、無理して気にする必要はないですしこうして時間を共にするだけで楽しいのに。
「俺はこういう事得意じゃないし、誰かと出掛けるなんてしないから……女の行きたい所とか欲しいものは、分からない、し」
「気にしなくても良いのですよ?」
「普通気にするだろ」
「じゃあ……セシル君と一緒にお出掛け出来たら何処でも楽しい、じゃ駄目?」
これは紛う事なき本音。
セシル君は疑ってるのかもしれませんが、私はセシル君と一緒に居るだけで楽しいですし、温かい気持ちになれます。ちょっと、どきどきもしますけど。
何処に行きたいとか何がしたいとか、目的がなくたって、私はお話しするだけで満足出来ます。極論無言でも側に居たら不思議と満たされるのですよ。
これはその、デート、とかではないですけど……目的地も目的とないし、行き当たりばったりですが、そんなお出掛けだけでも充分に幸せです。私物欲ない方なので、欲しいものとかはなくて……ただ、時間の共有する事が、一番嬉しい。
どう伝えたものかと悩むのですが、セシル君は何だか微妙に照れたのか唇をもごもごと動かしては、やがて小さく嘆息。
「……変な奴だな」
「そうです? そもそもセシル君とそんな趣味変わらないですし、セシル君の側に居るのが楽しいんですから。一緒に過ごせたらそれで充分ですよ」
「……それ以上恥ずかしい事言うな」
セシル君、照れてしまったのかうっすらと頬を染めて視線を逸らし、誤魔化すように紅茶を口にします。本音なんですけどね、と思わず零せばセシル君が「余計に質が悪い」と微妙に機嫌が悪くなったというか素っ気なく呟いて、それから顔を見られたくないらしく顔ごと背けてしまいました。
セシル君の照れ隠しが最後に入った休憩も終わり、私達は再び外からお店を見るというのんびりとした巡回に戻ります。
私達が歩くのは比較的治安の良い場所ですし貴族のお買い物として定番の場所なので、基本値段もお高め。その分質は良いものが多いですが、結構趣味に合わなかったりもします。ギラギラゴテゴテした如何にも貴族的な装飾品や調度品は好きではないのですよね。
此処までくると一部の方には顔は知られているので偶に顔を二度見されたりするのですが、まあどうしようもないのでスルーか会釈。視線がセシル君に向いて、それから再び繋がれた手に向けられるものですから、後で噂にならないか心配になりますね。
セシル君に離さなくても良いですか?と問い掛けると、別に良いと返されて。……これじゃセシル君が困るのではないかと、思うのですけど。嫌じゃないなら、良いですが。
繋がれた手をまた意識してしまう私ですが、ふと通り掛かったお店のショーケースに視線が吸い寄せられます。
思わず立ち止まるとセシル君も歩みを止めてどうしたと窺ってきて、それから私の視線を辿っては吐息を一つ。
「……お前も装飾品に興味があったんだな」
失礼ですよねセシル君、私だって綺麗なものは好きなのですよ。
私の視線の先には外から見えるように飾られたアクセサリー。日光には直接当たらないようにされてはいますが、きらきらと輝くそれに目が奪われています。
此処で重要なのが宝石に目がいった訳ではなく、全体的なデザインが非常に私好みというか。シンプルな指輪なのですけど、紅玉を映えさせるように銀の装飾がなされています。
決して派手ではなく、かといって地味でもなく。洗練された設計の指輪は、私の好みにがっちり食い込んで視線を剥がせません。
「セシル君は私を何だと思ってるのか知りませんけど、自分で欲しいと思う時もあるのですよ。この指輪可愛いじゃないですか」
「俺に可愛いか問うても仕方ないだろ」
「まあそうですけどー。ほら、此処についてる石を魔石に取り替えて、というかデザインこのままで素材をミスリルにして魔術刻んだら良さそうじゃないですか?」
「それ別物になるよな?」
セシル君の突っ込みもごもっともなのですが、この思考はセシル君のせいでもあるのですよ。私好みな可愛いデザインで魔道具作り上げて私に渡してくるものだから、普段使いの物は魔道具で統一したくなってしまいます。
デザインは勿論大切ですが、必要以上に飾るのは好きではありません。どうせなら役立つものを着けたいですし。
「私あまり装飾必要としませんし、身に付けるなら実用性と外見両立したものが良いなあって」
「……そうかよ」
「デザインが可愛い分残念です。まあ誰に見せる訳でもないから良いですけど」
極論装飾って見栄とか自己満足ですし。まあ自分を飾り立て自分を美しく見せるというものですが、別に私そんな外見に拘りませんし。相手に見苦しくないように適度に綺麗に見えれば良いかなーと思うのです。
まあ、そりゃあ時には飾り付けて綺麗になった自分を褒めて欲しいとか見直して欲しいとかも、勿論思うのですけど。
なので見るだけで満足な私は少々後ろ髪引かれつつもまあ良いやという感覚で店の前から移動しようとして、セシル君がまだ止まっていて私もまた立ち止まります。
セシル君?と声をかければ意識が此方に戻ってきたのか返事が来て、また歩み始めます。少しだけセシル君も私の言った指輪を見ていましたが、やがて視線を私に戻しては何だか渋い顔をしてしまいました。
何でそんな顔をされたのかは分かりませんけど眉を下げて見上げれば、また普段通りの顔になって「気にするな」と一言。
セシル君がそういうなら気にしませんけど、何か少しだけ気になるなあ、なんて。言っても何を考えてるかなんて教えて貰えないんですけどね。
まあ仕方ないか、と納得して、私は改めてセシル君の掌を握りました。
そして夕刻に近付き、日も徐々に傾きだして。
大分色んなお店を見て回ったりしたので、結構な時間が経っていたみたいです。セシル君と一緒だったかはお話に夢中で時間の経過に気付いていませんでしたね。
太陽の光が赤く見えだした時間帯。そろそろ屋敷に帰らないと、とは思うものの、ちょっぴり名残惜しいですね。セシル君と二人でのお出掛け、楽しかったんですもん。
「……そろそろ帰りますか?」
流石に真っ暗になるまで外に居るのも不味いので、やっぱり勿体ないなと思いつつもそう問い掛けると、セシル君は唇を真横に結びます。
何か問題があるのかと首を捻った私に、セシル君十秒程黙ってからゆっくりと唇を開きます。
「ちょっと、良いか?」
「どうしました?」
「……こっち、来い」
「えっ?」
いきなり引っ張られて、セシル君に手を引かれたまま何処かに連行される私。理由も目的も説明されずにセシル君に導かれて歩くのですが、道中「何処に向かってるんですか」と聞いても着いたら分かるの一点張り。
どうしたんだろう、と目を白黒させながらも着いていくのですが、セシル君が先行する道は私の知らない路地でおまけにやや登り坂。此方の地区は来る事ないですしジルも基本的なルートから外させないので、本当に何処に向かっているのか分かりません。
セシル君の意図が分からない事にはどうしようもなく、何処か行きたい場所があるくらいしか分かりません。
だから大人しくセシル君に従い坂を登っていくのですが、地味に辛いです。セシル君も気付いて歩みを合わせてくれるから、然程苦痛ではなかったのですが。
そして、セシル君は目的地に辿り着いたのか、路地から抜けた所で脚を止めて。
「……此処」
私もまた、一瞬脚を止めて目の前の光景に目を奪われました。
「……綺麗」
路地の奥まった所から抜けたその先は少しだけ開けていて、高所だからか辺りを一望出来ます。
偶々空いた空間だったらしく、家が作れる程もない広さ。だからこそ誰にも見向きされないで、申し訳程度に手すりが取り付けられているのでしょう。
手すりに乗り出す勢いで近付く私は、空が描く美しい光景に視線が釘付けになっていました。
雲が細々と広がった中、沈み行く黄金色。それは碧空を塗り替えていくように、茜色を産み出しています。
雲すらその色を染み込ませて、空は赤みを広げていました。完全に染まりきってはおらず、藍と茜が混じりグラデーションを成していて。
まだ、茜が強い。やがては沈み深い夜色に染まる。一時たりと同じ色合いはない、色の混じり方。だからこそ、この景色は今だけしかない儚さと美しさがありました。
「偶々見付けたんだよ。お前は此処を通らないから知らなかっただろうけど」
「凄い綺麗です! わぁ……」
隣に来たセシル君に視線を移す事もなく見上げ続けている私に、紹介してくれたセシル君は喉を鳴らして笑います。
……こんな、場所があったんだ。夕焼けと黄昏の境界、そんな光景を眺められる場所が。
城下街は、茜色に染まっています。外壁で阻まれている所もありますが、そういう陰影も美しいと感じてしまいます。
上から眺める事など殆どないですし、城から見た景色とも全く違う。 物語のワンシーンを切り取ったような錯覚すらありました。
ふと、隣に居たセシル君に、ゆっくりと視線を移します。
さあっと吹き寄せた風に舞う髪を片手で押さえる私。セシル君も、同じように髪を指で払っていました。
繊細な銀髪が変わりゆきつつある茜色に染められて、風に揺られています。沈み行く日の色に縁取られた銀髪は、とても目映い。
セシル君は空なんか見ていません、その金の眼差しは、私に降り注いでいました。
いつになく、穏やかで柔和な表情。柔らかく弧を描いた目と口許、視線は優しく、愛おしみ慈しむような……切なさの混じった、もので。
とくんと、変に心臓が鼓動を乱します。あれ、と胸元に手を当てると、とくとくといつもより早い鼓動が全身を震わせていました。
じわじわと、心臓から末端に行き渡る熱。気付けば頬の辺りまで登っていたそれは、私の頬をうっすらと薔薇色に染めている事でしょう。
緩やかに上ってくる熱は、不快ではありません。ただ、心地好さと焦燥感をありありと伝えてくる。
芯から疼くような、疼痛にも似た、それでいて甘くて恋しいような感覚。苦しさはないけれど胸が締め付けられるようで、何処か……愛おしさと切なさを孕んだものを胸に抱えているような、そんな疼き。
何だか無性に恥ずかしくて、でも切なくてもどかしくて、堪らずに今度は城下街に視線を集中させます。
今の私の顔は見られたくありません。見透かされてしまえばおかしくなりそうで、でも気付いて欲しくもあるなんて。けど私のこの感情を見抜かないで欲しい。
どうかこの夕焼けが全てを隠してくれるようにと祈り、ひたすらに強い茜色に染められる城下町を見つめて。
未だに鼓動の落ち着きは訪れない私に、セシル君はそっと後ろに回ります。何を、と思った瞬間には、私の背中に僅かな重みがかかりました。
抱き締められたと気付いたのは腰に片手が回され、もう片手の掌が手すりに乗った私の手の甲に重ねられてから。
きゅ、と丁重に引き寄せられてぴったりと密着されている事に気付いては、身動きが取れる訳がありません。あまりにも突然過ぎて、体が硬直してしまったとも言えましょう。
何故、私は抱き締められて、いるのでしょうか。
セシル君は照れ屋さんで、女の子との接触も好きではありません。抱き付いたら照れ隠しで怒る人。私から抱き付く事はあれど、セシル君から抱き締められるなど、殆どないです。
それなのに、今セシル君は私を求めるように抱き締めています。身長差は頭一つ分と少し、私を包み込むように体を寄せ抱き締めているのです。乞うように腰を引き寄せ、手摺に乗った私の掌を上から覆って指を絡めて。
それだけでどきどきするのに、先程の表情を見てしまって余計に混乱してしまいます。あんな……愛しい女の子に向けるような、顔。
まるで、私が求められているみたいで。
心臓が、うるさい。嫌じゃないんです、寧ろくっつくのは心地好くて幸せなのに……幸福感より先に息苦しさというか焦燥感があって。いつもなら安心感があって落ち着くのに、今日ばかりは胸の高鳴りはいつまで経っても治まらない。
嫌ではない、し、嬉しい。けど、もどかしくて、恥ずかしくて、背中に意識が集中してしまう。
「せ……セシル君、所で、この体勢は」
暫くセシル君に身を任せて、夕暮れの茜色が紺碧に近付いて、辺りも緩やかに薄暗くなっていた頃。
ずっとこのままという訳にもいかず、少し勿体無い気もしますが躊躇いがちに声を掛けると……弾かれたように慌てて離れるセシル君。
振り返ると、薄暗さの中には私よりも赤い顔。白皙はこれでもかと染まり、先程の夕焼けがそのまま乗り移ったのではないかと思うくらいに赤く色付いていました。
我に返った、と表現して良いものか。瞳をさまよわせてかなり混乱しては、自分の掌を見て、それから私を見て腕で顔を隠します。私と顔を合わせて更に真っ赤になっていたから、多分私も顔が真っ赤なのでしょう。
「……ごめん」
小さく、掠れた声。
セシル君も戸惑っているのか、それだけ口にして暫く俯いてしまいます。悔いているのか、恥じているのか、はたまた別の感情を抱いているのか。それは私には分かりませんけど、確実に照れてはいます。耳が真っ赤なので。
かくいう私も、かなり頬が赤くなっているでしょうから、他人事ではないのでしょうが。
胸の高鳴りは、未だ続いたまま。早鐘のように鳴り続ける心臓のせいで、胸が痛い。……セシル君も、こんな感覚なのかな。
「……帰るぞ、遅くなっても心配するだろう」
二人して結構な時間沈黙していたのですが、やがてセシル君がゆっくりとそう切り出します。声音は強張っていました。
返事をする前にセシル君は私に手を伸ばし、掌を重ねて。暖かい掌の感触にまた恥ずかしくなって少し肩を揺らせば、一瞬力は抜けたもののちゃんと指を絡めて握り、私を捕まえます。
逃がさない、と言われている気分で余計にどきどきするのですが、セシル君は此方を見てくれません。だから、セシル君が私を引っ張る形で帰路に就いて。
……セシル君の耳が先程より赤いのに気付いて、やっぱり照れてるんだなと感じて私も顔を赤らめては結ばれた手を見て瞳を伏せるのでした。