17 「お前次第だ」
案外あっという間に終わってしまうものだと後から思ったのが、成人の儀。
成人の儀と言っても、ただ儀式を執り行う司祭様の偉いお言葉を跪いて黙って聞いておくだけというものです。
実際に体験するまではどんなものかと緊張していたのですが、専用の水で体を禊いだ後、荘厳な教会の中で専用の服を着てお話を聞くだけでした。あと誓いの言葉を立てるくらいで。
先にセシル君からどんなものか聞いていたので、楽っちゃ楽でしたけど、まさか本当に話を聞くだけとは。
儀式を終えて、外に居た親しい人達に挨拶回りというお仕事があって、寧ろ此方に時間がかかったくらいです。途中会ったセシル君が「言っただろ、退屈なだけだ」って言葉をかけて来て、まさにその通りだとこっそり頷いたのも仕方ない事かと。
そんなこんなで成人したのですが、成人したからといって、急激に何かが変わる訳でもありません。それは一足先に成人を迎えたセシル君を見れば明らかです。
セシル君自信は何ら変わりがありません。ツンデレさんな所も、笑うと凄く可愛……もとい格好良い所も、ルビィにとても甘い所も、何一つ変わりやしません。
あ、でも少し背は大きくなっていましたね。気が付けばジルを抜かしていたんです。一応ジルも平均よりはあるのですけどセシル君が大きくなってしまいました。視線で比べては少し悔しげなジルが可愛いんですよ。
という訳で、変わったのは私達ではなく周りの扱いくらいなものです。
「あんまり成人した実感ないですよね」
成人して初の出勤です。特に景色が変わって見える訳でもなく、いつも通りに出勤して来ました。
まあ魔物の討伐云々で好悪問わず色々な眼差しを注がれるようになったので、それは感じつつの道中でしたが。
「自分自身はそこまで変わらないからな。俺も何一つ変わってないし」
「ですよね。別に気負ってた訳じゃないですけど」
セシル君自身も変化はないらしく、研究室で書類に目を通しながら言葉を返してくれます。本当に特に変わってません、成人前から成人以上の仕事を任されているセシル君ですし。
此方に異動になったのは隔離されたというより、カルディナさん達が騒いで仕事が捗らなかったのではないかと最近は思ってます。
齢十五にして研究室を任され魔道具・魔術開発の一任者になってるセシル君って、本当の天才さんですよね。小さい頃のセシル君は想像してなかったでしょう、此処まで優秀になって明るくなった事を。
因みに私はセシル君の秘書扱いに近いです。だって私開発出来ないのに此処に在籍してるので。
私のお仕事は主に雑用とかセシル君の魔術や魔道具開発補助とか、開発した魔術の試運転、あと魔道具の魔力チャージとか。魔力が有り余っていて人間電池レベルなので。これだけは凄く重宝されます。
「まあ俺らは変わらないが、周りの扱いは変わる。俺は跡取り息子と取られるし、お前は侯爵家の令嬢で最強の魔導師の娘。色々狙われているからな」
「それは重々承知してますけど。面倒ですね」
「仕方ないだろ」
立ち上がって本棚から数冊本を取り出し、書類と照らし合わせているセシル君。
魔導院にこもりがちではありますが、定期的におうちには帰っているみたいです。面倒臭そうに跡取り息子という言葉を口にしていますが、それに反して定期的に実家に帰って色々やっているらしいので偉いです。
イヴァン様に会う機会はまだないのですが、会ったらちゃんとお話ししたいなあとは思ってるのですよ。
「セシル君も次期当主として大変ですよね。家の事とかもやるのでしょう?」
「まあな。好き勝手やってる分には家の事もする。手間ではあるが、仕方ねえし」
セシル君は公爵家の跡取りだから跡取りとしての教育はされるでしょうし、成人してるからもっと家の事してると思うのですよ。公爵家の維持だけでも結構に負担がかかるのではないかな、と思います。
イヴァン様が今は大体していらっしゃるのでしょうが、セシル君が継げばセシル君がその責務を任せられる事になりますからね。それでも大した事なさそうにするセシル君は本当に凄いです。
「跡取り息子さんは大変ですね……女は嫁いで相手を支えるからそこまで負担にはならないですし」
アデルシャン家は私が初めての子供ではありますが下に二人男児が居るので、私が継ぐ事はありません。恐らくルビィがアデルシャン家を継ぐ事になるのではないでしょうか。
嫁げば家は恋しくなるでしょうが当主になるつもりはありませんし、正統な跡継ぎである長男のルビィが継ぐべきです。
まあその嫁ぐ相手が誰になるかは未定なのですが、どうなるかなんて分かりません。候補が限られているのでどうせならセシル君だったら良いなあとは思うのですが、セシル君が嫌がったりしないか心配です。
まあまだ先の事ですよね、なんてのほほんと考えながら紅茶の用意をしていた私ですが、セシル君が非常に呆れたというかあほを見るような眼差しで此方をじろりと見たのに気付きます。何か失礼な事考えられている、と思ったのも束の間、セシル君は盛大な溜め息を一つ。
「……お前、自覚あるのか?」
「え?」
「……はあ、聞いてねえよなその態度」
何故だかとっても疲れた顔をされてしまって、カップを手にしながら首を傾げると更にぐったりとしたセシル君。
「ヴェルフが意図的に隠してるのかは知らんが……相手は、俺になる」
「……え?」
「もしお前が十七歳までに結婚に相応しい男を見繕って来れなかったら、お前は俺の家に嫁ぐ事になった」
……えっと、セシル君のおうちに……?
「嫌なら、お前の親父に言え。俺が決めた事じゃない」
「……えっとえっと、セシル君が、私の旦那様に?」
「そうだって言ってんだろ」
二度も言わせるなと微妙に棘の含まれた声。
……私が、セシル君のおうちに。シュタインベルト家に。セシル君の、お嫁さんに?
待って待って、いやそりゃあセシル君なら良いかなとは言いましたけどね、言いましたけど! ほ、ほんとにシュタインベルト家に通すとは思ってなかったんです、だってそんな、まだ私十五歳ですし……!
い、いえ確かに嫁げる年齢なのですが、私もセシル君なら良いって言ったけど、話早すぎませんか。もしかしてあの時の父様の確認って事後承諾みたいなものだったのでは……?
嫌とかじゃ、ないですけど。セシル君なら優しくしてくれるし何だかんだ面倒見も良いし家族になったら毎日安心出来るでしょうけども。……セシル君が、旦那様に。
日頃友人として接していたのに、いきなり夫になる、とか言われると……何て言ったら良いのでしょう、とても心臓に悪いです。変にどきどきして仕方ありません、不意打ち過ぎます。父様も何で本人に言わせるのですか……っ。
どう反応して良いのか分からず固まった私ですが、手からティーカップが擦り抜け床に落ちた破砕音で我に返ります。
反射的に足元を見れば当然陶器製のティーカップは砕けていて、見るも無惨な姿に。自業自得とは言えこのティーカップお気に入りのだったのですよ、ちょっとお高めのやつ。魔導院のお給料で買ったから思い入れあったのに……!
慌てて拾おうとすればセシル君に「素手で触ろうとする馬鹿が居るか」と止められ、その上私はすぐ側のソファに待機させられます。セシル君は手早く紙袋を用意してささっと箒で流し込んでは「こりゃ使い物にならないな」と零しました。
ティーカップが砕けた衝撃もあるのですが、セシル君の淡々とした口調での爆弾発言に戸惑う私です。ソファに座らされたまま後片付けの様子を見ては、困惑に指を膝の上で組んで。
セシル君が破片も綺麗に仕舞ってから此方をちらり。びくついた私に嘆息してから、隣に腰掛けて来ます。
「言っとくが、変に意識するなよ。決まった訳じゃないし。お前次第だ」
「……私……?」
「お前が他の良いやつを見付ければ俺はそれまでだろう。俺は、お前の意思を優先するつもりだ」
だから自然体で居てくれ、とやや懇願するような響きの声で告げられ、そりゃあ意識されても困りますよね、とは納得出来ます。
でもそんな事言われたって完全に意識しないってのは難しいですし、逆に意識してしまいそうな気が。それに、……嫌じゃないし、余計にどきどきしてしまうと、思います。
「で、でもセシル君、それだとセシル君あと一年以上好きな子とか」
「俺がお前以外の女子と関われるとでも?」
「……それもそうですね」
……うん、そう言われるとしっくり来てしまいました。
セシル君、私以外の女の子と関わりませんものね。精々カルディナさんとか研究室メンバーくらいですかね? それも今では配属が違うというかセシル君の個人研究室みたいなものですからね。関わる事も殆どなくなってるみたいです。
そう考えるとセシル君が私という選択肢になるのはおかしくないですよね。私以外に慣れてないですし、私が適任というか。
単に仲良しで接しやすいとかそういう理由で選ばれたのなら納得なのです、うん。
「そこで納得するなあほ」
「いひゃいいひゃい」
染々と頷いたら気に食わなかったらしくてセシル君に頬ぐにぐにの八つ当たりされました。相変わらずこういう意地悪するのはセシル君らしくて、何だかいつもと変わりない事に安心してしまいます。それでも痛いものは痛いのでセシル君の胸をぽこぽこと殴っておきましたが。
「ったく。俺は、婚約者としてじゃなくて俺自身としてお前を見てるからな。勘違いすんなよ」
「はーい」
「……あと、ルビィにはこの事言うな。確実に婚約を勧められるし手を回される」
「……セシル君大好きですからね……」
ルビィが知ったら狂喜乱舞とまではいかないもののかなり大はしゃぎする事間違いなしですね。ルビィはセシル君大好きなので、セシル君が本当に兄になるかもしれないと分かれば喜びそうです。そして、セシル君の言う通り何かと手回ししてきそうな気がしますよ、ええ。
可愛い弟なのですが、最近どうもそういう根回しとかあと感情の機微を察するとかその辺が異様に上手くなっている気がするのですよね。勿論笑顔はキュートですし逆に男の子の片鱗も見せてくれるのですが……何て言ったら良いのか、本当に気のせいかもしれませんが狡猾になったというか?
まあセシル君大好きなのは分かりますけどねえ、と苦笑して零した所セシル君がちょっと目を見開いて此方に視線をやります。首を傾げるとふいと視線が逸れるものの、結局何なのかは説明してくれません。
「何でもない。兎に角、お前の意思を妨げるような事はするつもりはないから」
「は、はい」
気遣いは窺えるのでこくこくと頷くと、セシル君何故かちょっと呆れた眼差し。
「……嫌じゃないのか?」
「何でです?」
「お前、自分で選びたかったんじゃ」
……ああ、そこ気にしていたのですか。セシル君らしいというか。
「いえ……セシル君なら、良いなあって」
何だか恥ずかしいですけど、セシル君なら……やっぱり良いかなあって。いつも親しくしてくれて、困った時に助けてくれて、ちょっと素っ気ない時もあるけど優しくて……素敵な殿方に成長していると思うのです。
考え得る限りで一番の相手だと思いますし、嫌とか感じる訳がないでしょう。寧ろセシル君の方が面倒見るのが嫌だとか言いそうです、結局見てくれるのもセシル君ですが。
だから大丈夫ですよ、と笑いかけると「……そうかよ」と突っ慳貪な声音が聞こえました。 それが照れ隠しなのかは、本人に聞かないと分かりませんけどね。