16 「セシル君、本音出てます」
本編とほぼ同様のお話。微妙に会話が変わっている程度です。
お祖父様と和解してから、お祖父様はわたしにもおずおずとですが話し掛けてくれるようにはなりました。
流石に二人きりでは挙動不審気味ですが、ルビィという緩衝材が居たら躊躇いがちに話し掛けて来ます。その内容が世間話な辺り、口下手なのは痛感させられました。未だに距離感を掴めないのは私も一緒ですけども。
ですが、中にはちょこっと面白い話をしてくれたりします。例えば、父様の小さい頃のお話とか、大きくなってどれだけ生意気だったか、とか。
父様らしい暴露話を聞かせて頂いたので、父様をからかうネタにはなりそうですよね。別にちょっと弄るだけなので苛めるつもりはないですよ?
まあそんなこんなで大分雰囲気も和らぎ、打ち解けたまではいかないものの祖父と孫の関係らしくはなった頃です。
「あらお祖父様、ルビィと外出ですか?」
そろそろ魔導院に行こうかと身なりを整えて玄関に向かうと、丁度お祖父様もお外に行こうとしていたらしくドアの前に立っておりました。側にはルビィ、お祖父様の掌を握っています。
「うん! おじいさまとお買い物に行くんだ!」
にっこり愛くるしい笑みを浮かべるルビィに、私は「そうですか」とだけ返します。
和解さえしてしまえば、結構あっさり仲良くなっちゃうのですね。まあルビィって私と違ってお外をうろうろ出来ませんから、人との関わりに飢えているでしょうし。
お祖父様と仲良くなったなら、そりゃあお互いに重畳ってものですよ。
お祖父様と孫が手を繋ぐ姿は微笑ましく、つい唇をしならせて笑みを形作ります。
「あんまり高いものおねだりしたり我が儘言っちゃ駄目ですよ? あと、子供と老齢の方二人だけでは危ないので護衛は連れていく事」
「え? 姉さまも行くんだよ?」
「聞いてないのですが」
ルビィ、今から私が出勤しようとしていたの知ってますよね。……まあ、非常勤ですし、私の要らない噂が落ち着くまでは頻繁に来ない方が良いとはセシル君から忠告されていますが。
面倒ですよね、ちょっとばかし人と違うだけでこんなにも何か言われなくてはならないとか。しかも立場が立場だから色々な意味で狙われたりしますし。自衛出来るくらいには成長しましたけども。
「……リズベットも、行くか?」
「まあ帰りにちょっと寄れば良いか。今日分のお仕事は明日取り返せば良いですし」
「仕事?」
「一応非常勤というか補佐として魔導院で働いてますので」
どうやらお祖父様は私が魔導院で働いている事を知らなかったらしく、父様と同じ紅玉の瞳を瞬かせております。
それから視線を私に合わせては、少し苦いものを含ませた眼差しに変化します。
「……母親そっくりだな」
「それはありがとうございます」
私にとっては最上級の褒め言葉なので、にっこりと笑顔を返しておきましょう。
因みにお祖父様、今も母様と仲が悪い訳ではないです。
ルビィに促されて母様に会いに行って、たどたどしく謝ったお祖父様に母様は「あら、全然気にしてなかったのに」としれっと答えてました。
母様の器は広過ぎですよね、父様関連を除き。父様が女の人に構われてべたべたされようものなら、父様にはにこにこ笑顔でお部屋での説教コースが待ち構えてますから。
嫉妬深い訳ではないですが、過度にべたつかれると拗ねます。そこも母様の可愛らしい所ですが。
「……結局、行くのか」
「じゃあお言葉に甘えてご一緒させて頂きます。私が護衛すれば良いですし」
私の護衛であるジルは、ちょっと爵位の関連でお城に先に行ってます。そもそもジルに今日外に出る事言っていないのですが……まあ、後でごめんなさいをしましょう。
危機管理能力に欠けると怒られる事間違いなしなのですが、ルビィとお祖父様を二人で外に出すよりはマシかなあと。
「出来るのか」
「普段はされる方ですけど、自衛くらいは出来ますよ。それなりに私、強いですよ?」
本気出したら国攻め出来るとか評されましたけど、そんな事するつもりはないですよ?
自衛には強力過ぎる力なのですが、まあ、制御もちゃんと練習して出来るようにはなってますし、二人を守るくらいなら出来ますよ。
でも念の為、……怒られる覚悟で後で連絡入れよう。
微妙に信用されていない眼差しを向けられましたが、こう見えてちょっとは強い私なので大丈夫、と答えておきました。
まあお祖父様とおでかけといっても、目的地があった訳ではないらしいです。
市街地のストリートを見て、ちょいちょい食べ物を買ったり雑貨を見たり。ルビィは殆ど外に出掛ける事がないというか出来ないので瞳をキラキラさせております。
そんなルビィにお祖父様もでれでれ。私の視線に気付くと恥ずかしそうに顔を引き締めるのですが、結局でれでれするという循環に陥ってました。ちょっと可愛いと思ったのは秘密です。
「エルザさん、お久し振りです」
どうせ街に出たのだから、と最近は忙しくてあまり訪れなかったお店に赴く私達。お祖父様は道中行き先が分かったらしく微妙に渋い顔をしていました。
ドアに取り付けられた鈴がからんころんと独特の音を鳴らすと、奥にいたエルザさんは視線を此方に向けては口角を吊り上げます。
いつ見ても変わらない美貌には驚きですが、エルザさんはこういう人なんだと思う事にしてます。父様を坊や扱い出来るエルザさんの年齢の話はタブーだと察知してるので。
「おや、嬢ちゃんと坊やに……ロベルト、あんたかい」
「ふん、お前は相変わらず若作りしているな」
「あんたは随分老けたねえ」
……あれ、まさかお祖父様と知り合い? というか、寧ろ……エルザさんの方が、歳上の雰囲気? お祖父様って還暦過ぎて六十代半ばとか後半な筈なのですが。
その上、お祖父様と同等若しくはそれよりも上から目線。仮にも元アデルシャン当主で魔導院でもそれなりの地位にいたお祖父様に、ああいう態度で接するエルザさんって一体何者。
「姉さま、このお姉さんは?」
ルビィは連れてきた事がなかったので、不思議そうなお顔。そしてその言葉のチョイスはナイスとしか言えません。エルザの顔は柔らかいまま。
偶に空気読めなくて女性におばちゃんとか言ったりする子が居ますが、あの時の空気の凍り付き感は半端ないです。ルビィはそんな子にはならなそうで良かった。
「おや、見る目があるねえ。あんたの血を引いてるとは思えないよ」
「やかましい女狐」
「うるさいよ小童」
お祖父様を小童扱い出来るエルザさんって一体。
「……坊やはどんなものが欲しいんだい? そこの爺さんが買ってくれるってさ」
「誰が爺さんだ! 勝手な事を言うな!」
「心の狭い男だねえ。孫がおねだりしてるのに買ってあげないのかい?」
「お祖父様、私ちゃんとお金持ってきてますし、私が払いますよ?」
道中はお祖父様が払っていたので、流石に此処くらいは私が支払いたい所です。一応此処に来る予定でしたし、給料もそれなりに貰ってこの間報奨も出てますから余裕は結構あります。
だからお祖父様に負担はかけませんよ、と首を傾げつつ笑顔を浮かべると、何故かにやにや笑いなエルザさん。
「嬢ちゃんの方が器が大きな事で。情けない爺だねえ」
「ぐっ……好きなものを選べ」
ああ、そういう弄り方をするのですね。
プライド高そうなお祖父様には効果抜群で急所に当たったらしく、こめかみを一瞬ひくつかせながらもルビィに促します。
ルビィを甘やかすのは良いらしいですが、エルザさんの言う事を聞くのは癪に障るらしいです。既に掌の上で踊っている事は内緒にしておきましょう。
ルビィはそういう水面下の争いに気付いた様子……はありそうですが、ぼくには関係ないやー的なお顔。お祖父様の申し出ににこにこしている辺り、若干策士な要素が増してきているような気がするこの頃。
「んーと、姉さまを守れる力がほしい!」
一瞬ルビィを疑った私が悪かったです。ルビィは相変わらず天使でした。
愛くるしい笑顔に期待の眼差しでエルザさんを見上げるルビィに、エルザさんも邪気を抜かれたのか柔らかい笑顔。子供好きなのは昔から変わってないみたいです。
「おやまあ……そうだね、力を与える事は出来ないけど、力を得る手段はあげられるかな。ほら」
「……これ、何?」
ルビィの期待に応えるべく魔術で飛ばして持ってきたのは、一冊の本。何か動物の皮で出来た重厚な表紙なのは分かりました。
丁寧な装丁がなされたそれにタイトルは書いておらず、ただ鍵が掛けられる形で、錠前がついています。
「これは所持者の能力に見合った魔術を示してくれる本だね」
「……何で魔導書がお店にあるんですか? これ、物凄く稀少な物ですよね」
魔導書。それは、白紙の本。力ある認められた者には、望んだ魔術が現れる、という代物です。
確か魔導院に一冊厳重に保管されてるくらいで、希少価値の高いものです。ただ単に辞書としても優秀なものです。力ある人が願えば大概の魔術が表示されますからね。
まあ生きてるとかいう噂で、認められないとただの白紙な本らしいですが。奪われても所持者の元に戻ってくるという謎の機能付きとかなんとか。
私も初めて見たのですが、特徴を聞く限りは魔導書としか思えません。魔力の反応も強いですし、エルザさんが偽物をいたいけな子供に掴ませるとも思いません。
ですが、信じるにはあまりにも高価というか貴重過ぎて。
「そりゃあ、製作者本人だからね」
「……え?」
待って待って、今さらっと凄い事言われた気がします。魔導書って現存数が限られてるのは、生産者出来る存在が極々少数しか居ないからというのと、長い年月で劣化したり戦乱でなくなったからとかでしたよね。現代で再現出来る人など居ませんし。
……魔導書が生まれたのって、お祖父様が生まれたのよりもっともっと前だった筈なのですが。エルザさんって見掛けによらないとか若々しいとかそんな次元じゃなくなりますよね。
いよいよエルザさんの歳とかそれ以前の問題になって参りました。
「力が欲しいかい?」
「うん。でも、自分で強くなりたい」
「そうかい。だったら尚更坊やに託したくなるね。頑張れば頑張る程この子は応えてくれるから」
「頑張ったら強くなれる?」
「ああ。坊やなら力に溺れる事もなさそうだから、坊やにやろう」
ルビィの成長が窺えて嬉しいのですが、エルザさんもしれっと渡し過ぎですよね。度々エルザさんから格安若しくは無償で貰っ……いや退屈潰しにされましたけど、結局お安く頂いてます。
エルザさんの言葉が本当ならば、これはとてつもなく高価な代物です。製作者本人からすれば何てことのないものでも、他人からすればとても価値のあるものなのに。
「……こんな貴重なもの、宜しいのですか? 多分お金払えませんよ」
「ん? 私は楽しい事と成長を見る事が好きだからね。私にとっちゃ、人の移ろう姿を見るのが楽しくて仕方がないんだよ」
「……ありがとうございます」
子供はそんな事気にしなくて良い、ともうすぐ成人なのにそう言われて、複雑ですけども素直に厚意を受け取っておきます。表情でばれたらしく、「私からすればまだまだ子供だよ」と付け足しをされましたが。
「お前にしてはまともな物を寄越したな」
「あんたと違って素直で良い子そうだからね。……嬢ちゃんと仲良く使ってやりな」
「うん!」
お祖父様には辛辣なエルザさん、ルビィには穏やかな笑みを向けてルビィの掌に鍵を落とします。それから、私にも鍵をぽいっと投げて。
……私にも使用権限を与えても良いのですかね。
「……二人が所持者とかありなんですか?」
「良いんだよ私が認めたから」
「適当な……」
申し訳なく思いつつもありがたく受け取り、大切に使っていこうと決意しました。
エルザさんのお店を出てぶらぶらした後、帰る前に城に寄りたいと言うと二人もついてくる事になりました。まあ私も今回は護衛であり、離れるのは良くないとは思いましたので。
ルビィはセシル君に会えるかとるんるんと鼻歌を鳴らしていて、その手には貰った本をぎゅうっと抱き締めています。
まるで新しい玩具を貰った子供のようで微笑ましいものの、その玩具が希少価値が高く使い方次第では危険な代物なので私はひやひやしてますよ。
因みにお祖父様は本のせいで手を繋げなくてちょっぴり寂しそう。代わりに私が手を引いているので、少しは寂しさが薄らげば良いのですが。
二人程部外者を入れているものの、魔導院トップの息子と元魔導院仕えでトップの親という事で、完全部外者ではありませんし私の顔パスも効きます。魔物討伐の後から視線をよく感じますけど、スルーの方向で。
「リズ、ルビィ連れてどうし……、ん?」
セシル君と私二人の研究室……あ、ジルは正式な配属ではなかったりします。それに最近父様にこき使われていますし。
勿論私がセシル君の保護下に居る時だけ護衛から外れさせられる訳ですが、私と離れる事は嫌そう。でも父様に仕事を与えられるのは嫌がってません。寧ろ進んでこなしています、結構必死に。
という訳で最近は二人きりになる事が多い研究室で、私が居ない研究室にはセシル君一人でした。
部屋に入った私に気付いたのか、セシル君は本から顔を上げて、少し怪訝そうな顔。明らかに知らない人連れてきていますからね。
「あ、セシル君。えっと、この人は私の祖父です」
「……つー事は前当主かよ。……しゃーない」
微妙に顔を歪めたセシル君は、一つ咳払い。それから椅子から立ち上がり、お祖父様の前に。
「お初にお目にかかります、私はセシル=シュタインベルトと申します。お孫さんにはいつもお世話になっております」
誰ですか、と一瞬疑いたくなったのは私だけではないらしいです。ルビィもぱちくりとセシル君を見上げていました。
理屈は分かります。セシル君私の上司みたいなものですし、それに前当主という事は権限こそないものの立場はありますからね。
でも、セシル君が敬語って中々に新鮮というか違和感だらけですね、それも私の身内に使うから尚更。
「……シュタインベルトの子か」
「仲良いですからね、言っておきますが」
お祖父様の不安要素は先に取り除いておくに限ります。
本来シュタインベルトはアデルシャンと控え目に言っても仲が宜しくないので。次世代……まあ私達の代でかなり仲良くなっているので、これからはそこまで険悪にならないと思いますけど。
大丈夫の意味を込めて微笑むと、お祖父様も分かったのかやや見受けられた顔の強張りを解きます。
「……此方こそ、孫がいつも世話になっている」
「とんでもない。彼女はとても立派に仕事をこなしてますよ」
「……セシル君が猫被ってるー」
「兄さまがへーん」
あ、こめかみが今ひくついた。
眼差しで「お前ら黙ってろ」と指示が来たので、ルビィ共々お口チャックしておきましょう。
「本日はどのようなご用向きで?」
「そのような堅苦しい言葉遣いでなくともよい。それが素ではあるまい」
お祖父様もそれは分かっていたらしく、セシル君の言葉遣いに「気にせずとも良い」とお言葉をくれます。
「ほらばれた」
「やかましい。一応目上なら敬わないと駄目だろ。……この喋り方でも宜しいので?」
「構わん、とうに引退した身だ」
そこまで気を遣うな、という事でセシル君も大分気が楽になったようです。
何だかんだでセシル君は良いところの子なのである程度は教育されてますし、最近は跡継ぎの教育もきっかりされてるそうなので礼儀は正しいです。昔の暴言からすれば驚くべき成長ですが、正直ため口の方がセシル君らしくて個人的には好きなんですけどね。だって違和感しかないので。
「兄さま、見て見てー、本もらったんだ。これでしゅぎょーして姉さままもるの!」
プレゼントを貰った上殆ど来ない魔導院にセシル君というプラス要素で御機嫌なルビィ、魔導書をじゃーんと見せびらかしています。
ルビィ、セシル君だから良いですけどそれ他の人に見せびらかさないで下さいね、とっても貴重なものなので。
「ん? ……おいリズ」
「……ええと、書庫から盗んではいませんからね?」
「これ何処で手に入れた。現存数が少ないから見付けたらすぐ保管するやつだよな」
「知り合いに譲って貰ったというか……」
昔からエルザさんは子供に案外甘いのですよね。ジルには小さい頃に警戒をずっと続けさせるくらいの悪戯はしたみたいですが。
「保存状態も完璧で劣化なしって、何処に眠ってたんだよ……」
「製作者本人の本棚、ですかね」
「は?」
「まあその辺は追々お話しします。取り敢えずこれは内緒にしておいて下さい、余計な諍いとか争奪戦は避けたいので」
あくまでルビィとおまけで私に与えられたものなので、他の人に渡したり……セシル君ならオーケー、というか私よりセシル君に渡した方が管理すると思うのですけども。
もし見付かれば書庫に厳重に仕舞わないとならなくなったり、……まあ持ち主の元に戻ってくるとは伝えられてますが定かではありませんし、ルビィから無理矢理奪おうとする人が現れると思うんですよね。家族やセシル君が居れば撃退しますけど、居ない時に襲われたらルビィだけでは対処出来ませんし。
「……そんなに大切なものなの?」
「ああ。だから俺達以外に見せたら駄目だぞ」
「三人のひみつ?」
「お祖父様忘れないでルビィ」
ほらお祖父様ちょっとしょんぼりしてるでしょう。
「じゃあ四人のひみつね!」
……お父様達の報告はどうしようかなあ、と思いつつも、取り敢えず今はこういう事にしておきましょう。後でこっそり報告しておきます。カモフラージュでブックカバー作ってあげよう。
秘密の共有でにこにこしているルビィに、仕方ないと言いながらも微笑ましそうにしているセシル君。随分と丸くなあったなあと毎回思いますね。
「……あやつとは大違いだな」
「あやつ?」
そんなセシル君を眺めていたお祖父様が、ぽそり。
あやつが誰を指しているのかは分かりませんが、セシル君を通して誰かを見て比べているようにも思えます。
「ゲオルグの阿呆だ。どちらかと言えば、貴殿はヴェルフに似ているな」
「俺が?」
「ああ、昔のヴェルフと似ておるよ」
お祖父様曰く、セシル君は故ゲオルグ導師とは似ておらず、父様と似ているみたいです。そういえば母様も言ってましたね、「セシル君は昔のヴェルフに似ているわ」って。
長い事付き合ってきた母様が言うのですから、間違いはないでしょう。私も、何処となーく、ルビィの溺愛具合とか似てるとは思いますね。
「……確かにルビィの溺愛具合は……」
「ふざけんな。誰があんな親馬鹿と」
「そういう人に限って愛妻家で親馬鹿になるんですって、母様が言ってました」
最初は父様も口が悪くて冷たい人だったそうですが、徐々に柔らかくなって今ではあんな感じです。……つまり、セシル君は奥さんが出来ればあんな感じになるのですね……奥さん、か。
……駄目です、落ち着きましょう。先日の事を思い出すとちょっと恥ずかしくなってしまいます。父様も早とちりし過ぎなのです、セシル君はまだそういうの考えてないでしょうし……セシル君に私で妥協して貰うのは悪いのです。嫌がりはしないでしょうけど仕方ねえなとは思われるでしょうし。
そもそも、私と婚約とかしないと思うのです。父様も噂だけ流してぼかしてるとは思いますし。……でも、もしこれから婚約関係を結ぶとしたら……?
「何変な顔してるんだよ」
セシル君は愛妻家の言葉に微妙に顔を歪めて押し黙っていたのですが、私が内心で悶々していたら顔に出ていたらしく鋭く指摘。お陰で私は大袈裟に体を揺らしてしまって、動揺がばればれです。
流石に考えてる事を口にしたくはないので笑って誤魔化しますが、セシル君は気になったのか此方をじろり。……言えません、こんな事。お祖父様やルビィも居るのに。
私が言うつもりなさそうなのを理解したらしくセシル君は溜め息。ルビィは何故かにこにことしていて、何だか見透かされている気分です。
お祖父様はというとそんな私達を見て微妙に複雑そうな顔はしていましたが、追及する気はないようです。ただシュタインベルト家の子供であるセシル君の事は気になるらしく、私と見比べてはひっそり溜め息。
「この代になって、アデルシャンとシュタインベルトな和解出来るようになるとはな。私の頃は決して仲が良いとは言えなかった」
「糞じじ、……祖父と貴方はやはり仲が悪かったのか」
セシル君、今然り気無く呼び方酷かったですよ。まあ嫌われていたとか役立たず扱いだったそうなので、嫌悪感も仕方ないとは思いますが。
「仲が良いとは思わないが、かつての同僚ではある」
「……成る程。どんな人だったんだ」
「頑固だな」
「お祖父様も負けてないと思いますが」
今はちょこっと丸くなっているものの、昔は相当に頑固でしたからねお祖父様。
それを本人も理解しているのか、渋面を浮かべています。
「私よりも頑固で、……昔は、人に好かれる男だったよ」
「え」
「有り得ねえ」
「セシル君、本音出てます」
ゲオルグ導師が大嫌いなセシル君は、そのゲオルグ導師が好かれている光景が思い付かなかったらしく、顔が引き攣ってます。まああの感じだと私もちょっと想像出来ないので何とも言えないのですが、セシル君程ではありません。
お祖父様も苦笑を零し、思いを馳せるように遠いところを見ています。
「想像出来ないだろうな。だが、芯があって苦境にも決して退かない男だったよ。……本当に、馬鹿な男だ」
最後の言葉は、何処か寂しそうで、少し声が湿っています。万感の思いがこもった、呟き。
……同僚、とお祖父様は言っていましたが、立場を考えて言い方を変えれば、ライバルみたいな存在だったのかもしれません。
歳もそう変わらなかったでしょうし、家の仲は悪いけれど、……もしかしたら、お互い切磋琢磨して腕を磨いていた相手だったとか。
もう、ゲオルグ導師は居ない。それどころか、本来は名前を出すのも憚られるくらいの存在です。
国家反逆の罪で斬首刑になった、もう、シュタインベルトの家系図からも抹消された人。
それでもお祖父様は、少しだけ物悲しそうにその人を語るのです。きっと、私達の知らない、導師の姿を見ていたのでしょう。
「……いかんな、歳を取ると昔を思い返すばかりしてしまう。……帰ろうか、二人共」
暗い雰囲気を振り払うかのように皺の目立つ顔を和らげ、ルビィと私に躊躇いがちながら手を差し出すお祖父様。ルビィは片手で本を抱える事にしたらしく、小さな掌をお祖父様の細い指に乗せます。
私は、もう片方の掌を握る事にしましょう。
「ばいばいセシル兄さま」
ルビィが握った掌ごとぶんぶん振るのを窘めつつ、私も笑顔で軽く手を振ります。セシル君には、私達の姿が仲の良い祖父と孫に見えてるのかな。
セシル君は私達の姿に頬を緩め、「またな」と手を振り返してくれました。