14 「……姉さまって分かりやすいよね」
よく考えればセシル君って、もう成人しているのですよね。意地悪だからセシル君は成人の儀に呼んでくれませんでしたけど。
セシル君はもう大人という扱いで、セシル君はもうお酒を飲めたり結婚出来る歳になったという事です。そりゃあ大人っぽくもなりますよね、だってもう十五歳という事ですもん。……本当に、成長してて。
私、凄く子供みたいです。いえ子供なんですけどね実際。中身もそうだという事は自覚してますよ、ええ。
……でも、あの時のセシル君、何だか……大人っぽいというか、色っぽかった気がします。こっちがびっくりするくらいに、綺麗で、妖艶というか……胸が痛くなるくらいに、男の子の顔をしていて。
あんな顔で見られたら、私がおかしくなりそうです。現に、思い出しただけで何とも言えない感情がぐるぐると渦を巻いて胸の辺りを占拠するようになってしまいましたし。
多分、他の人に相談したら、笑われてしまいそうな気がします。
どうしたものか、と溜め息をつく私ですが、それとは正反対なのがお部屋を訪ねてきたルビィ。昨日セシル君に送られて屋敷に着いてルビィに出迎えられたのですが、その辺りからやけに機嫌が良いというか。
今目の前に座って私ににこにこと愛らしい笑顔を向けてくるのです。春の陽射しを連想させる暖かな笑みなのですが、うん、気のせいか陽射しが異様に強い気もします。
「……ルビィは機嫌が良いですね」
「へへー、だって兄さまと姉さまが仲良しだもん」
「そこですか」
「うん!」
そりゃあルビィは嬉しいでしょうけど……というか、何で祝賀会に行ってきただけなのに仲良くなったって確信しているのでしょうか。セシル君がわざわざ昨夜の事をお話しするとは思いませんし……ルビィの勘、恐るべし。
……というか、あれは仲良くなった、に入るのでしょうか。元から仲良いとは思ってるのですが。
「まあルビィが楽しそうで何よりなのですよ」
「うん! セシル兄さまの願いがじょうじゅするの待ってる!」
にこやかなルビィに、何か話がおかしくなっている気がしてなりません。何で仲良しからセシル君のお願い事になってるのでしょう。というか私には話さないでルビィにだけお話ししてるなんてセシル君意地悪です。私もセシル君の望み聞きたいのに。
やけに上機嫌なルビィが抱き付いてくるので受け止めて撫でつつ、何かルビィと地味に意思疏通出来ていない気がして私は溜め息。最近ルビィがあらぬ方向に成長している気がしてなりませんね。
「二人共此処に居たのか」
微妙に相互理解出来ていない気がして頭を押さえていると、父様がふらりと姿を現します。
仲睦まじく抱き合っている私達の姿を見ては、何かちょっぴり羨ましそうにしている父様。お仕事休みで此処にいるのでしょうが、だったら母様と居れば良いのに。
「母様と一緒に居なくても?」
「ミストのご飯の時間になって『邪魔よ』と言われてなあ……」
ああ、と色々察してちょっぴり同情です。しょげた父様も中々に可愛らしくてこれはこれで良いのですが、子供を産んだばかりの妻に追い出されたのは哀れかもしれません。
「父さま周りうろうろしててじゃまだもんね」
「ルビィ、追い討ちかけちゃ駄目ですって。確かに母乳あげる時にうろつかれても気が散って邪魔でしかないとは思いますが」
「……姉さま、姉さまが一番かけてるよ?」
「え?」
父様の事だから母様の側をうろうろしそうで、見掛けによらず結構さばさばしている所がある母様は追い出すだろうなあとは想像がつきます。三人目なのだから分かるでしょう、って父様的には辛辣に言い放たれた光景は脳裏に思い描けますね。
何回もやってればまあ邪魔になってきますよね、と結論付けた私にルビィは微妙に呆れたようなお顔。ルビィの一言に父様に視線をやると、父様がますます沈んでいる所でした。
しまった、こういう時に正論言っちゃ駄目ですよね。
「リズはそんなに俺の事嫌いか」
「えっ、ち、違いますよ、父様大好きですよ?」
何か父様は大きい筈なのに小さく見えて、というか物理的に肩を落としているから縮んでいるので、私は慌てて父様をハグ。
そういう所は案外可愛らしいお人なのですが、ちょこっと面倒臭かったり。強くて格好良くて家族想いな父様を尊敬はしておりますが、妻に弱くて尻に敷かれている所を見るとただの父親にしか見えませんね。そういう父様も好きですけど。
「ほらルビィも」
「はーい」
取り敢えずご機嫌とりだけはしておかないと不味そうだったので、ルビィも動員してぎゅうぎゅう。嫌いじゃなくて、うっかり正直な感想が出てしまっただけなのです。
娘息子二人で父様を慰めに走りますが、父様はしょげたまま。ただ少し気分は上がったのか、私達を抱き締めてはちょこっと溜め息をつくくらいに戻ってます。
「そ、そういえば、父様、何か用があったのでは?」
このままだと機嫌が微妙なまま終わってしまうので、気を逸らそうと抱き締められたまま父様の顔を窺います。
父様、最初に私達を探していた事を匂わせる言葉を発しましたから、何か用事があったと思うのです。二人を探していたのだから、私達二人に関わる何かです。私には心当たりがありませんけども。
父様も当初の用事を思い出したらしく、しょぼーんとしたお顔から脱却して「ん、そうだったな」と真面目な顔付きになります。
何なのかと首を捻ると、ソファに座るように促されたのでルビィと仲良くソファにぽすん。腕はルビィの要望で仲良く絡ませていますよ。
「……二人は、もう一回、親父に会う気とかあるか?」
そして苦笑い気味の父様の口から出た言葉は、何だか懐かしい響きを含んでおりました。
「お祖父様と……ですか?」
「おじいさま?」
父様の父親は、お祖父様。母様の父親には会った事がありませんし二人も会う気すらなさそうなので、そこはまだ父様の父親であるお祖父様の方がましなのかもしれませんね。母様はほぼ縁を切って嫁いで来たみたいですし、お祖父様とは別件で一悶着あったのかもしれません。
それはさておき、お祖父様と会う気、か。私の事は良いとして問題はルビィです。ルビィ、結局お祖父様とろくに話さずそっぽ向いてしまって、お祖父様泣く泣く領地に帰りましたから。
「ミストも生まれたし、……まあ大分歳いってるからな、そろそろ泣きついて来る頃だ。孫の顔が見たいって」
「……うー」
まあお祖父様の理由も予想通りの理由で、ルビィも予想通りの反応を返しております。
ルビィとしてはお姉ちゃんをいじめた人、という認識が強いんだろうなあ。お祖父様自身の人柄はルビィも知らないと思います。多分、あの様子だとルビィには優しいおじいちゃんになったっぽそうなんですが。
「ルビィ、お祖父様も悪い人じゃないんですよ?」
「……うん」
「私は構いませんよ、嫌われようがどうでも良いですし」
だからルビィの意思に任せます、と告げたら父様は苦笑いを強めます。
「リズそういう所は淡白だよな」
「全員に好かれようなんて思ってませんから。嫌いなら嫌いで仕方ないです。ルビィにまでそれを押し付ける気はないですよ」
お祖父様がまだ私の事嫌いならそれはそれで良いです。特に関わる必要性が見当たりませんし、嫌がられたらそれまでです。お祖父様に嫌われた所で私に不都合が生じるとも思いません。
……こういう考え方をするのは、私がお祖父様好きじゃないからなんでしょうね。だって初対面でああ言われて母様の事侮蔑されたら、嫌にもなります。別に私善人じゃないので、嫌な人が居ても良いと思うのですよ。
だから私のお祖父様の評価は、失礼な人。相手もそう思ってるでしょうからどっこいどっこいです。
「ルビィも分別付きますし、無条件に拒む事はないと思います。ね、ルビィ?」
「……うん」
「……そろそろ呼ぶか」
溜め息をつきながらも重々しく頷いた父様は、またちょっぴり疲れ気味です。まあ呼んだら言い争いになりそうなので気持ちは分からなくもないですけど。
「父様ってお祖父様嫌いですよね」
「まあ、嫌いっつーか……うん、苦手ではある。だが最近は、すこーしだけ気持ちが分かるようにはなったな」
「そうなんですか?」
あれだけ喧嘩して毛嫌いしていたのに、どういう風の吹き回しなのでしょうか。価値観が合わなかったから決闘して母様との結婚と当主の座を勝ち取って領地に追いやったのに、不思議ですね。子供が大きくなると分かる事なのでしょうか。
「ああ。まあその辺はリズには分からんだろうな」
「……うー」
「それは置いておき、リズもあと少しで成人だろう?」
私がそうしたように、父様もわざと話を変えます。
唐突な方向転換に瞳をぱちくりとさせながらも頷くと、ルビィがきらきらした瞳を向けて来ます。
「姉さま大人?」
「ああ。……リズは、成人したら何したい?」
あまり実感はないのですが、数ヵ月で成人の儀を迎えます。それさえ済んでしまえばもう成人、大人と同じ扱いを受けるようになるのです。
成人して、何がしたいか。……うーん。
「えーっと、父様みたいに強くなって魔導院で父様の右腕になります!」
取り敢えずの目標はこれしかないので、というか最初からこれが目標であったので、自信満々に答えると父様は何故か複雑そうな表情。
「良い子に育ってくれたのは嬉しいんだが……その、嫁に行きたいとかは?」
「……お嫁、ですか?」
そりゃあ、行きたいとは思います。
だって、白いドレスを身に纏ってヴェールを被り、生涯の伴侶とヴァージンロードを歩くのは女の子の夢だと思うのです。この世界では父親とではなく伴侶と祭壇まで歩く儀式なのですが、やっぱり正装した相手と歩んでいくのは憧れですよ。
……私も、いずれはお嫁に行くのでしょうけど……きっと、父様の選んでくれた人と、結婚するのでしょう。
その事について文句なんかありませんし、父様ならきっと素敵な人を選んでくれると思うのです。私の事を考えてくれる人ですから、いい加減な人には渡さないとは思いますし。
でも、父様の認めるような男性って。……同年代だと一人な訳で。
……まさかなあ、とは、思うのですよ。本人拒んでるし、私をそういう対象として見てるか危ういですから。
いつもからかうし、子供扱いしてくるし……そりゃあ、優しくて頼り甲斐があって、最近凄く格好良くなってて色っぽくもなってますけど。背だって伸びて声も低くなって、もう一人前の男性だとは、思いますけど。
セシル君の意思を考慮しないなら、セシル君は申し分ないお相手です。本人が認めてくれるかはさておき。寧ろ私には勿体無いくらいには、素敵な男性である訳ですが。
……セシル君、嫌がらないかな。いや決まった訳じゃないとは思いますけど。
「……リズー、帰ってこい」
「あ、ごめんなさい。ええと……」
色々考え込んでしまって反応をし忘れていたらしく、父様のちょっと困惑混じりの声で呼び戻されます。
「……姉さまって分かりやすいよね」
「分かりやすいからな……」
失礼な事言われてる気がしますが。
「……まあ、リズの気持ちを最大限に考慮するつもりではあるが……聞くまでもなさそうな気がするな」
「わ、私は父様の指示に従いますよ? 結婚は義務ですし……」
「俺はなるべくリズが望む相手と結ばれて欲しいがな。……リズ次第だ」
なんとも寛大なお言葉。ただちょっぴり複雑そうではありますけど。
……望む、相手。急にそんな事を言われても、困るのですけどね。
望みとして、私を束縛しないでいてくれる人が良いなあって。結婚しても魔導院で働くつもりですし、家を守れと強要してこなければ。そりゃあ女性は家を守るのが正しいとは思うのですけどね。
「ぼくはセシル兄さまがいいなー!」
「此処ぞとばかりに主張しますね……セシル君の許可取らなきゃ分からないでしょうに」
「じゃあ取ったらいいの?」
「許可もぎ取る気満々な気がするぞ」
ルビィは仕方ない子だな、と苦笑する父様、突っ込んで下さいね。
そりゃあルビィはセシル君大好きですし本当の兄になってくれたら喜ぶとは思うのですけど。多分かなりはしゃぐでしょうし、今まで以上に懐くでしょう。それはそれで可愛らしいとは思いますけど……。
やけに笑顔の眩しいルビィに、私はどうしたものかと苦笑しては今此処には居ないセシル君に想いを馳せては溜め息を零すのでした。