11 「……ああ。だから、これで良い」
本日は二話更新です。前話は本編とほぼ同様のものなので飛ばして頂いても大丈夫です。
「完全復活しましたー!」
すっかり元通り、というか寧ろ体調が良いくらいには回復した私は、訪ねてきたセシル君にすこぶる元気だとアピールすべく笑顔を浮かべては近づきます。
あれだけ寝込めばそりゃあ元気になりますとも。セシル君もお見舞いに来て下さいましたし、心身ともに元気一杯です。魔力増幅が終わったせいなのか気力が漲っていて、体が軽く感じる程だったり。
私のハイテンションとは逆に、セシル君はやや暗めの表情で「そりゃ良かった」と一言。回復に喜んでくれてはいますが、幾分疲れたような印象が見えました。
「何でそんなにテンション低いのですか」
「逆に何故そんなにテンション高いのか分からん」
「だって快調でお出掛けも漸く出来るようになったんですよ! ミストも生まれましたし!」
此処数週間外出禁止でほぼ部屋に軟禁状態だったので、やっと外に出れるとなれば嬉しいに決まっているでしょう。それに加えて新しい弟が誕生したんですよ、私の気分も高く明るくなるというものなのです。
何処となく私に似ているらしいミストが大きくなるのが今から楽しみ。ルビィみたいに「ねーちゃ」と言ってくれるようになったら多分私ハイテンションになりすぎておかしくなりそうな。
つまり弟可愛いという事です、はい。
「それは目出度いな。無事に産んだみたいで良かったよ」
ミストの誕生にはセシル君も頬を緩めて祝福してくれて、私も「はい!」とにこにこ緩んだ頬で頷きます。それに何故か微笑ましそうな視線を送られたのですが、嬉しいのは事実なのでどうしようもないと言いますか。
「まあお前も元気そうで良かったよ」
少しトーンを落としたセシル君、欠伸を噛み堪えるかのように眉間に皺を寄せています。……よくよく見れば、僅かに顔色が良くないような。
「……もしかして、セシル君は今お疲れ……ですか?」
「まあな。後処理大量に押し付けられたから一気に終わらせて来たんだよ」
「……あ」
そう、ですよね。魔導院や王宮で働いていたら、討伐の事後処理や警備に駆り出されますよね。私は体調不良で免除されていましたが、その分直属の上司であるセシル君に負担がかかっている訳で。
あれだけの事をした私が報告書を書かないで平気だったのも、国から調査を受けなかったのも、セシル君や父様が手回ししてくれていた気がして。
セシル君に全部任せていた事に気付いて、自分だけはしゃいでいたのが申し訳なくなってしまいます。
「……ごめんなさい」
「いや、お前のは別に構わんしお前は活躍したんだから養生してれば良かった。体調悪いのに無理される方が迷惑だ」
「でもセシル君に全部任せきりでしたから。セシル君労わなきゃ」
セシル君にばかり負担をかけてしまって、だからセシル君はお疲れ様モードな訳で。それもこまめにお見舞いに来てくれて余計に疲れさせてしまっているという事です。
セシル君に迷惑かけたくなかったのにまた迷惑かけてしまって申し訳ないですし、迷惑かけた分は労るべきですよ。
「寧ろ功労者のお前が労われるべきだからな」
「私はもう充分労って貰いましたから、セシル君も労るべきなのです!」
「逆にどうやって労るんだよ」
やや呆れた声音での問いに、私はそれもそうかと少しの間口を結びます。
労る、となると、セシル君が楽しくなったり癒されたりする事が良いですよね?
「……して欲しい事は?」
「ない。強いて言うなら休みを貰ってるし寝る」
「成る程」
分かりやすい欲求に、私は頷いて。
疲れたなら寝るのが一番ですよね、それはそうです。睡眠欲は大きいですし、疲労回復にはそれが一番だと思います。
じゃあ私が出来る事なんて……いや待って下さい、昔ジルは膝枕は癒されると言っていたような。人の温もりが落ち着くとか何とか。
そういえば父様だって母様に甘える時は膝枕して貰ってたりしましたよね。父様私達の前ではあまり見せませんが母様にはでれでれ溺愛な人なので。凄い気持ち良さそうに寝ているのを見て母様に「内緒ね」と言われた事もありますし。
これしかない、と思い付きながら中々に良い手段ではないかと頬を緩めて、私は側のベッドに腰掛けてセシル君を見上げます。掌は太腿を叩いて。
「さあどうぞ!」
「それで何故堂々と座って膝を叩く」
「膝枕で労ってあげようと」
「労るが膝枕になるお前の思考に物申したい」
「でも殿方は癒されるって聞きますよ」
父様の安らかな寝顔は幸せそうでしたし、されると嬉しいものじゃないのですかね? 私はどちらかと言えば抱き締められる方が好きな気がしますけど。……ぎゅっとされると、暖かくて、ふわふわして、凄く安心しちゃうのですよね……勿論親しい人にしかさせませんが。
セシル君も私で癒されてくれるならしてあげたいです。私で癒されるかは分からないですが、枕代わりにならなるのですよ。
「……お前さ、自分のベッドに男を上げるとか気にしないのか。いや気にしろ」
「そこまで気にします?」
「普通気にするからな?」
やや瞳を細めて窘めてくるセシル君ですが、別にそんな気にしたりしないのに。
そりゃあ見ず知らずの他人や嫌いな人間に上がられれば不愉快ではありますけど、相手がよく知っていて尚且つ信頼しているセシル君なのですから嫌がったりなんかしませんよ。
「でもセシル君この前ベッド座りましたよね?」
「あれは例外だろ」
「セシル君ですし別に気にしたりしませんから」
「……それはそれで複雑なんだが」
小さく呟かれた言葉に首を傾げると、セシル君は溜め息をついて「別に」と言ってやや疲れた顔。……私がセシル君を更に疲れさせている気がしますね。
「そんなに嫌ならソファにしますけど……」
「嫌とかそういうのじゃなくてな……つーか膝枕は確定なのか」
「嫌です?」
膝枕まで拒否されるとそれはそれでショックですが、セシル君女の子に触るの苦手そうなのでそれも仕方ないかなあとは思います。私にはそこまで拒否意識はないみたいではありますが。
労ろうとしてみましたが、迷惑なら止めておこうとは思います。労りに無理強いがあってはならないでしょうし、セシル君が望まないなら止めるべきでしょう。ちょっと残念ではありますが、嫌がる事はしたくないですし……。
ごめんなさい、と謝ろうとする私に、セシル君は小さく溜め息。
「……ソファ」
ゆっくりと、しかしはっきりと一言。それから私の部屋にある横長のソファを指差して、そっぽ向くセシル君。
……私の我が儘になっている気がしなくもないですけど、嫌がってはないのでしょうか……?
ちらりとセシル君を窺えばほんのり赤くなった頬が見えて、少し照れているのが見えて。つい、顔が緩んでしまいました。
嫌がっては、ないみたいです。恥ずかしがってはいそうですけど。セシル君に気を遣わせちゃったかなと思いましたが、セシル君が「するなら早くしろ」とぶっきらぼうに言うものだから私も慌ててソファに腰かけます。
脚をきっちり閉じ太腿に乗りやすい体勢を作ってからセシル君を見上げれば、セシル君は何とも言えない複雑な表情で隣に座ります。
「さあどうぞ……あれ」
じゃあ膝枕を、と思ったのですが、セシル君は横になる事はありませんでした。
ただ、近くに座り、首を傾け私の肩に頭を乗せて。肩にかかった重みにびっくりしてセシル君の方をちらりと見れば、セシル君はただ私の肩に頭を乗せ凭れるような感じでくっついています。
「膝枕とは言ってない」
私の言いたい事が分かっていたのか、素っ気なく呟くセシル君。確かにソファと言っただけで膝枕とは言ってませんけど。
「で、でも、これ……休みにくくないですか?」
「良い。本気で寝るなら魔導院に戻るから」
「そ、そうです……?」
「……ああ。だから、これで良い」
そう言って瞳を閉じたセシル君。ぴたりと寄り添ってくれたセシル君は、ただそれ以上は求めず私に少し体重を預けていました。
「……二時間したら起こしてくれ」
「……うん」
セシル君、甘えてくれてるのかな。普段セシル君こんな事願わないから……。疲れているのか、それとも私を信頼して甘えてくれたのか。……後者だったら良いなあと思うのは、我が儘ですか?
肩にかかる重みはそこまでではありませんが、セシル君の柔らかな銀髪が少しくすぐったい。セシル君の香りが伝わってきて、何だか胸がむずむずしてしまいます。
安心してくれたのか、疲れていたのか。暫くすれば静かな寝息を立て始めたセシル君。肩に乗った頭がより重みを増し、全身から力が抜けて私に凭れ掛かって。
寝顔が見れないのが少し残念ではありますが、こんなに気を許したセシル君は初めてかもしれません。
セシル君は基本的に警戒心が高いから、無防備な姿を見せるのは滅多にないです。研究室で仮眠してたって私が近付いたらさっと起きてしまいますから。それか隣の仮眠室で寝顔は見せないを徹底する人です。
だからこそ、この体勢は私を信頼してくれての事だと分かります。前だったらこの距離でこんな体勢なんて有り得ませんでしたから。
少しは、セシル君の内側に入れてくれたのでしょうか。……そりゃあセシル君、私を大切にしてくれてますし時々意地悪ですけど優しいですし、仲良しだとは思ってますが……何処か、一線を引かれていた気がするのです。
でも、最近は……あの討伐くらいから、セシル君は私にその線をなくしてくれている気がするのです。それが嬉しくて仕方ありません。
ついつい緩んでしまう頬。けれど私の表情を見る人なんて今此処に居ないのですから、そのまま微笑んでセシル君の掌にそっと触れます。
手持ち無沙汰だった私の掌をゆっくり重ねて少しだけセシル君の指先に絡めると、むずむずしたのか喉を鳴らすセシル君。
起こしてしまったと思いましたがただ「ん……」ともぞもぞするだけ。可愛いなあ、と本人には言えそうにない感想を抱いていたら、重ねていた掌がセシル君にきゅっと握られます。
寝ているのか力は弱いものですが、私を求めるように包み込んで指をしっかりと絡めてくるセシル君は、いつになく甘えてきてくれた気が、して。……胸が、ふわっと温かくなる。
「……ゆっくり休んで下さいね」
私のせいで疲れたのですから、幾らでも私に寄り掛かって下さい。たとえ原因が私でなくても、私はセシル君に頼って貰えて、嬉しいのですよ。もっと、近付いてきても、良いのに。
繋いだ手はとても温かく、心地好く、私も人肌が好きなのでうとうとしてきてしまいます。このままだとそのまま一緒に寝てしまいそうな……。二時間後に起こせ、と言われましたが、ちょっと無理かも。
起きれなかったらごめんなさいと小さく謝って、私もセシル君の頭にこつんと頭を凭れ掛からせ、そのまま瞳を閉じます。くっついた温もりとセシル君の香りに、私が眠りにつくのはそう時間はかかりませんでした。