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不幸系女子に幸せを与えよう

作者: かなめもち

初投稿となります。稚拙な文章ですが、読んでいただけたら嬉しいです。

[・ごめんね……]

[・私は悪くない]



空中に浮かんで、淡い桃色のコマンドに表示されている選択肢。

私は2つの選択肢の、1つ目の選択肢を心中で選んだ。


「ごめんね……」


少しうつ向いて、涙声で選択肢通りのセリフを小声で呟いた。申し訳なさそうに。そして、悲しそうに。


それが背中を向けている彼、佐々木寛太(ささきかんた)はしっかりと聞こえたらしく、びくりと体が震えていた。

立ち去ろうとしていた足は止まったけど、私の方へ顔を向ける様子はない。


けれど、これで良い。


空中に浮かぶコマンドが桃色から水色に切り替わり、こんな文が数行に分けて表れた。



[佐々木寛太の好感度5アップ]

[現在の佐々木寛太の好感度MAX]

[アナザーエンド開放]

[70%エンド開放済]

[隠しルートその1が選択できるようになりました]

[Congratulations!]





よっしゃぁぁあっ!!



内心でガッツポーズを決め、未だ立ち止まっている攻略キャラクター、佐々木寛太の背中にすがりつくように思いきり抱き着いた。




佐々木寛太の親衛隊隊長の悪巧みにより、私と佐々木寛太と物理的にも心理的にも距離が置かれてしまった。


しばらく話しかけたくても、「佐々木寛太が飯塚澄音いいづかすみねと付き合っているのはただの遊び」という噂で話せず。

しかも佐々木寛太の方には、「飯塚澄音は佐々木寛太の兄に気があるので付き合っている」という噂が流れていた。


この二つの噂は私たちの仲を気まずくさせるのに十分すぎる効果を発揮し、結果として「別れた」という噂が流れてしまう程すれ違っていた。



けれど、今の選択肢を選んだことによって、私たちはまた信頼し合える関係に戻ることが出来る。まさにシナリオ通りの展開。


全然すがりつくほど悲しかった訳じゃないけど、今までの苦労を思い浮かべると、涙と安堵のため息は出てくる。


「疑って、ごめんなさい……」


喜びで震える体を隠すように、抱き着く力を強めた。


佐々木寛太は私の腕を離したかと思うと、がばりと私の体に覆い被さるような勢いで抱き締め顔中にキスの雨を降らした。

しかし私の心は現在彼には向けられておらず、違う意味で涙が止まり、歓喜に震えていた。




――――もうすぐ、この世界から出れる……!!




そう思った瞬間。



「……もう、絶対に話さないから…。あんな奴とは同じ空気も吸いたくない。……澄音もそう思うよね?」

「え、う、うん…」

「そうだ。ついでだし、兄貴も消えてもらわないと……。噂とはいえ、一時でも澄音の思い人になったんだから」



あ、れ…………?



「それに澄音も澄音だよ。俺を疑うなんて、…次は許さないから」


佐々木寛太の手が私の首に向かい、ドスッと強い衝撃が首の横辺りに感じた後、視界が真っ黒に包まれ意識を失った。


体が重くなって目蓋を閉じる瞬間、涙を流しながら微笑む佐々木寛太の顔が見えた。





「…あははっ。もう俺、戻れないよな……。でも、澄音が悪いんだ。澄音が、俺を疑って、しかも兄貴と噂になるくらい親しかったから……」
















じゃらり、と何かが擦れたような音。

ひんやりとした空気で目が覚めると、そこにはとても満足そうな佐々木寛太が私を見ていた。


「かんた、せんぱぃ……? 嬉しそう、だね……」

「嬉しいよ、すごく。だってようやく澄音を手に入れられて、邪魔者も居なくなった。もう俺、嬉しすぎてどうにかなりそうだ」


何だか佐々木寛太の様子がおかしい。それに、ここはどこだ。


体を起こそうと手を動かすと、あらぬ重みが手首から感じられた。


眠気眼を頑張って開き自分の手首を見ると、銀色の重そうな手錠と、手錠から出ている長い鎖がベッドの柵と繋がっていた。


「……なにこれ…」


急いで体を起こすと、手錠は右手だけでなく足首にも繋がれていた。

何故か左手首は手錠がつけられておらず、自由に大きく振るうことが出来る。


「澄音は俺のものになって嬉しい? 嬉しいよね。だって澄音と俺は互いに想ってる。澄音、これからはもう二度とあんな思いしなくていいからね。あいつらはちゃんと殺したから。それにこれからずっと俺と一緒に暮らすから、余計な奴と話さなくてもいいし、会わずにも済むよ。澄音もこれを望んでるでしょ? 恥ずかしくて言えなかったんだよね。ごめんね、俺気付かなくて。目一杯可愛がって、愛してあげるから許して?」


「ころ、っ!?」


「嬉しいでしょ? 邪魔だったし。特にあいつ、なんだっけ名前……。まぁいいや。どうでもいいし。ね、それより褒めてよ。澄音のために俺頑張ったんだ」


佐々木寛太の目は淀んでいて、それこそ「病んでいる」という言葉がぴったりな状態。


おかしい、違う。私はこのエンドを求めたんじゃない。

「狂愛」エンドとか、「監禁」エンドじゃなくて、「純愛」エンドを望んでいるんだ。




――――あれーーっ!!!??

好感度MAXだったのに、なんでヤンデレエンドなのよーっ!!













ここはいわゆるバーチャル世界。

簡単に言えばゲームの中だ。



私は飯塚澄音。

二次元をこよなく愛し、一年中越えられない壁の向こう側にいる嫁を愛でていた、割と(?)普通のオタク女子だ。

見た目平凡中身も普通。特に秀でたことはなく、大きな特徴は「不幸体質」ぐらい。


その不幸体質は、世の中ではあり得ない方向にまで発揮してしまった。



真っ白で何もない空間。

足元さえもあやふやで、自分がちゃんと立っているのか、平衡感覚がおかしくなってくる。ここ最近はこの場所にも慣れてきた。


慣れてしまう程この空間に来ていたということに、少々疲れを感じる。一体私は何回死んで、何回あの病んでいる残念なイケメンキャラクター達を攻略してきたんだろう……。


「今回は死ななかったんだね。嬉しさ半分残念さ半分で、微妙な気分だよ」

「そこは神様なんだから、嬉しさ全開になりなさいよ! 私がここまで来るのに何回死んだと思ってるのよ…」

「何回だっけ。ふふふ」

「この偽神! 軽く二桁いってるわよ!」

「偽って、酷いなぁ。というか、澄音のためにこの世界を作ったんだよ?」


ために、って、どんだけ上から目線……。




この世界に私がいるわけ、それは、私の不幸体質が何もかもの原因だ。


不幸体質さえ無ければ、いや、せめてこの体質がもう少し抑えられていたら、こんなことにはならなかった筈だ。


理由を興味本意で聞いてみたことがあるが、何やら「不幸指数と幸福指数を均衡にさせるため」らしい。

私はどうやら普通の人以上に不幸指数が高く、バランスを取らせるために願い事を無条件に一つだけ叶えなければいけなかったよう。


で、たまたまポツリと呟いてしまった100%冗談の「乙女ゲームみたいな世界に行ってみたいなぁー」という願望を耳にしてしまい、偽神はそれを叶えた、という流れだ。

本当に私、運無いな……。



予想外な展開は何故か私にはよく起こることだから慣れてるけれど、人間が作り出した心の拠り所である空想上の神様が出てきて、二次元のゲームが元に出来ている世界を作り上げられ、その上ヤンデレに囲まれている学園恋愛モノなんてのは初めてだ。


「ふふ。ま、隠しルートも頑張ってね。難易度はハードにしてるから、今までの倍は死ぬかもだけど」

「!? 親衛隊に屋上でおとされたり、嫉妬に狂った攻略キャラが私を殺す以上のことがあったりしないよね!?」

「どうだろうね。ま、やってからのお楽しみだよ」


この偽神が作り上げた世界は、確かに乙女ゲームだった。


が、それは普通に攻略相手の好感度をあげ、リア充になるゲームではなく、狂愛と依存、嫉妬にかられた少々痛いヤンデレが集う乙女ゲームだったのだ。愛あるルートは、攻略対象一人にただ一つだけ。

別にヤンデレは嫌いじゃないけど、そこまで好きでもない。


依存系はまだ見れるけど、嫉妬にかられて主人公を殺してしまうようなキャラクターは、二次元でもあっていいものなのかと考えてしまうけどね。




で、まぁそんなヤンデレしか出てこないような世界だったので、日に日にしんどさと疲れは溜まる一方だった。

ヤンデレは二次元限定の方が良いと思う。

心からそう思うような環境にいるのは、多分私ぐらいだろう。私だけでないのなら、どうかその人たちと同盟を結ばせてほしい。そして愚痴り合いたい。切実たる思いだ。


偽神がせめてもの償いだと出してくれた、この選択肢コマンドが無ければ、今ごろ私はヤンデレに殺され続けているだろう。

いや、残念ながら偽神のコマンドを私は活用できていないので、今でも殺されている。

不幸体質が全面に嫌な方向で活かされているので、半分以上のエンドは「狂愛」「依存」「監禁」「暴力愛」などなど。


「純愛」エンドはたった一つしかクリアしていない。

あまり好みじゃないキャラのエンドだったけど。


「君の不幸体質は、僕たちの予想を遥かに越えていたよ。たまたま呟いた願いが「乙女ゲームのような世界に行きたい」で、ちょうど想像していたゲームの内容が「ヤンデレを基本としたゲーム」だったなんて、もうこの体質は誇っても良いよ」

「嬉しくないし………」


そう。このゲームの世界に来る前、ちょうど友達と話していたゲームはヤンデレ中心のゲームだったのだ。


エンディングはちゃんと病んでいないものもあるけれど、圧倒的に病んでいるエンドが多いゲーム。


ヤンデレ愛が強かった友達は、嬉々とした表情でそのゲームがいかに面白いのかを説明していた。

耳にタコができるほど言われ続けて、しかも、ヤンデレがどれ程素晴らしいかという話が無意識に思い出されるほど頭に叩き覚えさせられた状態だったのだ。やっぱり私には運が無い。








「「純愛」エンドを含めた全てのエンディング、加えて、隠しエンディングもクリアしないと、この世界からは出られない、かぁ……」


また新しい物語が始まって、現在通算18回目ぐらいの入学式。


それぞれのキャラクターのエンドは3つずつ。

佐々木寛太のエンドは、前回のアナザー、もとい隠しエンドと、親衛隊隊長に殺されるというエンドの2つをクリアしている。

さて、残りはあと1つ、ずばり「純愛」エンドだ。


「………………クリアできる気がしない……」


重く長いため息が口からこぼれる。


空中に相変わらず浮かんでいるコマンドにはお知らせ画面が開いていて、[Congratulation!]のまま更新されていなかった。

他にも、攻略キャラの好感度が見れたり、攻略キャラがどこにいるのかが分かる校内図もある。


目標は佐々木寛太の「純愛」エンド。

前向きに考えながら、前回、前々回とは違う選択肢と行動で進んでいこう。


入学式が終わったので、足早にコマンドに現れた選択肢の中から裏庭へ向かい、寝転がって寝息をたてている佐々木寛太に近寄った。



[・声をかける]

[・顔を眺める]



[声をかける]にだけ、文字の色が灰色になっている。前回選択済ということだ。

好感度が上がるのは上の選択肢なんだけど、今回は好感度をマックスまで上げない方向でいこう。


佐々木寛太の傍に近寄って、その端整な顔を観察するようにじーっと見つめる。声は出さず、息を殺しながら。



[現在の佐々木寛太の好感度変化無し]

[有江亮の好感度5アップ]

[現在の有江亮の好感度5]



…………えっ。

有江亮ありえりょうって誰。


息を呑んだことで私に気が付くと、目を細め警戒するように佐々木寛太は私を見た。


「……君、誰? 俺になんか用?」

「えっ、あ、……風邪引きますよと、言いたかっただけです。それでは、これで」


首を傾げている佐々木寛太をおいて、私は裏庭を後にした。


キャラクターを攻略しエンドを迎えると、この世界は物語の最初までリセットされる。

私の事を忘れてしまった親友キャラや攻略キャラと、再び仲良くなるために頑張るのは、はっきり言って何回もしたくないことだ。

攻略対象の人たちに限らず、この世界の人たちに「初めまして」と言われる度、心がチクチクする。

あなた達とは、初対面じゃないんだよ。初めましてじゃ無いよ、と声を大にして言いたくなる。

その都度私は、「これはゲームだ。ゲームなんだ」と自分に言い聞かせる。そうでもしなきゃ、先に進めることが出来ない。

全く、不幸指数はぐんぐんうなぎ登りだよ。どうしてくれようか偽神。悲しみは不幸を呼ぶんだぞ!

そんなことを考えていたら、私は普段通りにつまずいてこけた。やばい、保険医の先生は今日出張だったはず。

通常装備の絆創膏を、ちょうど昨日きらしたことを思い出した。泣いた。




先程コマンドに出てきた「有江亮」という人物を調べることにした私は、裏庭から近いけれど人の少ない校舎裏へ回った。ここならコマンドに触れても、周りから変な目で見られることもない。

コマンドは私以外見ることが出来ないので、もし私が人目の多い所でメニューを開きコマンドを選んでいると、空中に指を振ってなにかしている変な人にしか見られないのだ。


この世界では、攻略キャラは最初から全て教えてくれるわけではない。会話をしてみないと、誰が攻略キャラかが分からなくなっている。

勿論ヒントは、いくつも散りばめられている。それは噂や、親友キャラの会話に出てきたり様々だ。


この有江亮という攻略キャラは、コマンドにしかヒントが出てこないキャラなのかもしれない。

それにしても、話したことも無い人物の好感度が勝手に上がるのは、何とも不思議な流れだ。


攻略キャラ情報のメニューを開いても、そこには有江亮という名前は出ていなかった。





「初めまして! あたしは貴梨々香(あてはかりりか)。これからヨロシクねっ」

「うん、こちらこそよろしくね。私は飯塚澄音だよ。…あてはか? どんな字を書くの?」


本当は知ってるけど。


「貴重とか、貴族の貴。華やかすぎて、名字負けしてるけどね」


名字負けというのは本心で言っているのだろうけど、この親友キャラはとっても可愛いらしい顔立ちをしている。

西洋人形のような白磁の肌に、桃色の頬。ぷっくらとした赤い唇。まつげばさばさの二重の目。主人公を間違えている。

女である私も、たまにどきりとしてしまうほどだ。彼女に儚い表情をさせたら、それを見た男子は確実にころっと落ちるだろう。


余談だが。

本来私は、主人公の身体を使うはずだったらしい。

だがなぜか私の魂は、主人公に定着してくれなかった。仕方ない。私の身体ごとゲームの世界に入れてしまおう。


以上、偽神から聞いた、私が乙女ゲームの主人公と似ていない理由でした。


「名字負けなんて謙遜しないでよー。貴さんすっごく可愛いよ」

「あ、ありがと。なんだか真剣な顔で言われると恥ずかしいな。…ね、貴さんじゃなくて、梨々香、って呼んでくれると嬉しいな」

「梨々香、ね。了解! 私も澄音って呼んで」

「うん。澄音っていうのも、あまり聞かないね。音も独特」


話は弾みに弾んで、「なんだか初対面じゃ無いみたいに気が合うね」と言ってくれるほど梨々香と仲が深まった。

初対面じゃないんですよー、あなたの好きなものも趣味も私知ってますよー、と梨々香と話している間ずっと心の中で呟き続けた。


ストーカー予備軍みたいな台詞だけど、ストーカーじゃないから。ここ重要。




入学式である今日は、お昼に一年生は下校することになっている。

けれど、私はここで帰ってはいけない。佐々木寛太のイベントがあるからだ。好感度は関係しない。ルートを完全に決定させるためのイベント。

入学式直前にあった先ほどのイベントは、このルートを決めるために存在する。好感度も上がってくれるのは良いことだ。



この世界はゲームなので、尤もらしい理由で学校に残ることになる。

入学式が終わった後、会って会話を交わした人物は佐々木寛太だったので、今回学校に残る理由は、自分のお気に入りの携帯ストラップをどこかに落としてしまった、というもの。


もし会話をしたのが佐々木寛太じゃなかったら、学校に残る理由はそれぞれ違ってくる。

ストラップがハンカチになったり、逆に私が落とし物を拾って、落とし物を届けに職員室に行ったり。


実はこの携帯ストラップは、佐々木寛太との会話イベントの時に落としたもので、ストラップは佐々木寛太が持っている。

普通は先生に届けるはずなのに、やっぱりこういう所は乙女ゲームだった。内容がアレ(病み系)だったとしても。


裏庭に訪れると佐々木寛太からストラップを渡されるけれど、有江亮のことが気になる私は、少々寄り道することにした。


まず、入学式が始まる前、校門で配られたクラス発表のプリントを調べる。このプリントには一年生全員の名前が書いてあるからだ。

食い入るように文字を追っていったけれど、有江亮という人はいなかった。もしかして上級生? あるいは転校生か。

とりあえず明日、親友加えて情報担当役の梨々香に聞いてみよう。


「……えーっと、どこだっけ…」


佐々木寛太を探しに裏庭に行くと、そこには誰もいなかった。あーれぇーー??


ストラップは裏庭のベンチに置いてあり、何故か白い紙切れがストラップを重石にして置かれていた。

首を傾げながら紙切れを開くと、佐々木寛太という名前と共に、「また会えると思う?」とかかれていた。意味分からん。




明らかに初日から、違うルートに入っていることが判明した学園生活一日目だった。


家に帰って浮かんでいるメニューを開いてコマンドを見ると、偽神から伝言が残されていた。


[制作者(神様)からお知らせ]

[『多分これでお楽しみが増えるよ』]


やけに謎めいた言葉だったけれど、あまりにも強い眠気のせいで、この伝言の意味を考えることはしなかった。







学校に登校すると、どうやら一番乗りのようだった。前回とは違った時間に家を出たので、まあ当たり前だろう。

鞄を自分の机に置いて教室を出る。早く学校に来たのも、佐々木寛太を探しながら、有江亮の情報を探すためだ。


まず、昨日は一切好感度を上げなかったので、今日は佐々木寛太の好感度を上げよう。あの置き手紙も気になる。


メニュー画面を開いて校内図を見る。

佐々木寛太の出没地は裏庭と部室だけど、裏庭の方が圧倒的に多い。

今日も相変わらず裏庭にいるようだ。この人、一日中裏庭にいるとかじゃないよね……?


「………また、寝てるのかな……。朝なのに」

「寝てないけど?」

「うわぁあああっっ!! お化け!」

「失礼な」


体が猫みたいに跳び跳ねて二、三歩距離を取る。「こんな驚き方漫画の中だけだと思ってた」とけらけら大変楽しそうにお腹を抱えて笑われた。


「…あー、笑った……。あの距離の取り方は正しく猫だったね」

「忘れてください! そもそも驚かしたあなたが悪いんです」

「そうなの? ごめんね。で、君はなんでここにいるの?」



[・ストラップのお礼に]

[・置き手紙が気になって]



私はコマンドに表示されている選択肢を見て、驚きに息が詰まった。前回、前々回と違う選択肢だからだ。


もしかして、最初の選択によって、普通ルートとヤンデレもしくはバッドエンドルートになるのかな。


「ストラップのお礼に来たんです。ベンチに置いてくれてありがとうございます。お陰ですぐ見つけることが出来ました」

「そっか。それは良かった」



[佐々木寛太の好感度5アップ]

[現在の佐々木寛太の好感度5]



一日に好感度を上げれるのは一回きり。後は、いくら攻略キャラに話しかけても選択肢は現れないし、関係が進むこともない。

佐々木寛太とどうでもいい内容の世間話をし終わると、最後に有江亮のことを聞いてみた。


「有江亮? 知ってるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「うん、同じクラスメイトだし。去年転校してきた奴だよ」


佐々木寛太は三年生だ。

ちなみに、前回噂の中で私の想い人となり、理不尽な理由で殺されてしまったのは、全く顔立ちが似ていないけれど安定のイケメン、双子の佐々木陽太(ささきようた)。ヤンデレの弟をもって、ご愁傷さまです。


「有江くん、俺の事嫌いみたい」

「? まぁ、佐々木先輩のような人は、嫌われても仕方ないと思いますよ」

「……そんなにはっきり言われると、傷つくなぁ」


佐々木寛太は所謂遊び人だ。女子と付き合っては捨て、付き合っては捨てを繰り返しているが、女子からの人気は衰えない。

この人は文武両道で、成績も良い。しかし遊び人。

人気が衰えないのは、いくら女子と体のお付き合いをしていても、学年成績トップを維持して、体育祭で活躍をしているからだと思う。会話もしやすい。

一部の男子からは嫌われているが、佐々木寛太は皆に好かれやすい人間だろう。



有江亮の好感度が上がった理由が、少しだけど分かった。

彼は、佐々木寛太の好感度に比例する攻略キャラなのだろう。


佐々木寛太の好感度が上がったら、有江亮の好感度は変化がない。けれど、佐々木寛太の好感度が変化無しの場合は、有江亮の好感度は上がる。




それから何度も有江亮に接触を試みたけど、彼に会うことは出来なかった。















「謎が謎を呼ぶ…。うぅーむ、有江亮って、いつになったら会えるんだろう……」


入学式からもう一か月と数日が経った。


そろそろ有江亮と会うより、佐々木寛太の攻略に力を入れなければならない。

そう頭では分かっているのに、私は猛烈にこの有江亮という存在が気になっていた。

というか、暇さえあれば佐々木寛太の教室に行っていたのに、会えないのはどういうことだ。


ちなみに私は今、佐々木寛太の教室にいる。放課後で人はゼロ。私一人だ。広い教室でぼっち。何故だか涙が出そうなほど孤独感溢れる光景に思えた。

佐々木寛太がこの教室で少し待っていてくれ、と言ったので、大人しく待機している。

こんな展開も、私は今まで体験していない。


今のところ佐々木寛太の好感度は35。目標は好感度65ぐらいなので、順調に進んでいる。

けれど、どうしてだろう。嫌な予感しかしないのは。


手持ち無沙汰真っ只中、やることがないので仕方なく出された課題を黙々と解きながら、たまにメニューを開いてコマンドを読む。


そういえば、有江亮は佐々木寛太と同じクラスだったはず。


急いで立ち上がり、教室の扉から廊下を見る。

人が通る気配は無い。


……よし。




教卓の上に置いてあった座席表から探すと、「有江亮」の文字を見つけた。佐々木寛太のクラスメイトなのは事実だったらしい。嘘ついてるんじゃないかってちょっぴり疑ってました。先輩すみません。今までの行いが悪いんですよ。覚えていないだろうけど。

窓際、一番後ろの席。私がちょうど借りている席だ。


机に戻って座り直し、失礼だとは思いながら机の中を漁る。


かさり、と教科書やノートとは違った感触があったので、それを慎重に引っこ抜いた。茶色い、横に長い長方形の封筒だった。

周りをもう一度見渡して誰も居ないことを再確認すると、震える手で封筒から中身を抜く。封筒は糊付けもテープも付いていなくて、ただの入れ物としての機能しか果たしていなかった。


茶色い封筒から出てきたのは、6枚の写真。

背景は様々。校舎内。体育館。校外。そして、見慣れた内装。

しかし被写体は変わらず全て同じ人物。

言わずもがなかと思うが、そこに写っていたのは、全て私だった。


有江亮は、ストーカー系統に属するヤンデレ攻略キャラだったのだ。

写真は封筒に入れ直し、机の中に戻しておく。


私は何も見てない。見なかった。

封筒? なにそれー。


彼との接触は絶対にしないと心に決めると、現実から目を逸らすように課題に一心不乱に取り組んだ。

もう佐々木寛太のクラスには行きたくない。










私は、自分が不幸体質なのだということを、完璧に忘れていた。

だって、いつも通り階段で滑り落ちたり、鳥の糞が落ちてきたりと、そこまで不幸なことが無かったからだ(え? 十分不幸? 私にとったら日常茶飯事です)。


「澄音! あれが有江先輩だよ」


有江。

それは一体誰だ。


しばらく私と梨々香の中に沈黙が降っていると、私が完璧に有江という人を忘れているのだと梨々香は気付き、私の肩をぐらぐら揺さぶった。


「おーばーかー! 何度も私に聞いてきてたのに、すぐ忘れるくらいの対象だったのー!?」

「えっ、ちょっ、ま……! あ、…………思い出した」


思い出したくなかった。

なんということだ、有江……有江、亮。


ストーカー疑惑、いや確定のヤンデレだ。


「それにしても、有江先輩も人気だよね。佐々木先輩と同じくらい人気なんじゃないのかな。決定的な違いは、ふしだらじゃ無いことだね」

「へぇー。じゃあ梨々香行こう。授業始まっちゃうよ」

「あっ! こっち来るよ!」

「なにぃ!!? 逃げ、逃げないと、」


急いで梨々香の手首を掴んで、教室に向かおうとしたら、逆に梨々香に掴まれ逃げることが出来なくなった。手首を動かすことすら出来ない。


なにこの子。小さくて可愛いのに握力どんだけ強いの。



[隠しルートその1突入]

[新しいキャラクターが追加されました]

[有江亮]

[主人公とは昔同じ小学校。ずっと主人公の事が好きだったようです。一番嫌いな人は佐々木寛太。逃げれば逃げるほど追いかけてきます。地の果てまで追いかけてきます。ロックオンされているので逃げるのは不可能です]



なにその説明!


逃げれば逃げるほど追いかけてきます、って怖いわ!妖怪か!


不可能とか決めつけないでよ!絶望に落とそうとするな!



空中の文字のせいで、梨々香の手を外そうとしていた手が緩み、隙を付いた梨々香が私を全面に前へ押しやった。


目の前にやって来るのは爽やかな青年。


あぁ、こんな世界じゃなかったら、目の保養として幸せに眺めてられるのに。


「澄音ちゃん久しぶり! 元気だった?」


絶望が頭を占めるなか、私の背後にいる梨々香は顔をうつむかせ、可愛らしい口を不気味に歪ませていた。

空中にす、とコマンドが表示され、無情な選択肢が迫ってくる。



[・誰ですか?]

[・えぇーっと……]



耳元で梨々香がポツリと呟いた。私にしか聞こえない位、小さく。


「難易度が高くても、私が絶対にずっちーをエンドに導いて見せるから。安心してね」


そのあだ名は、私の一番仲が良い友達しか呼ばないあだ名のはずだ。


後ろを振り向いて梨々香を見ると、何時かどこかで見たことのある笑みが浮かんでいた。

目を細め、何か悪巧みをしているようにしか見えないその笑顔。





まさか、梨々香は――…。






――――





[現在の佐々木寛太好感度80]

[現在の有江亮好感度95]

[条件クリア]


[特別エンド開放]



















――――……




「澄音ちゃん、あーん」

「ぅ、……あーん…」

「ほらほら、ちょっと溢れてるよ。仕方ないなぁ」

「~~っ! もういやぁあっ。なにこれ、なんなのこれ!」


三年生を代表するイケメン、佐々木寛太と有江亮に囲まれて昼食を取っている姿は、ハーレムのようだ。

いや、人数が少ないから、ハーレムではないかな?

まあでもそう言っておこう。なんとなく、そう言った方がおもし…ごほん!





あたしは貴梨々香。

本当の名前は、白瀬遥しらせはるかだ。


そして現在、残念美男子に挟まれている飯塚澄音、通称ずっちーは、あたしの親友。

それはこの世界だけの話ではなく、元の世界でも、あたしとずっちーは親友だ。


「ずっちー! 元気そうで何より」

「遥……じゃない、梨々香! 助けてっ」

「え? 嫌だよ。面白いもん」

「鬼! 悪魔! 人でなしぃ!」


有江亮と接触するとき、あたしは思わず貴梨々香の仮面が外れてしまった。

その時にずっちーに正体がばれたのだ。

あんな悪人面みたいな笑顔は、遥しか有り得ない。と言われ、あまりにも自信に溢れた表情だったから正解と口から出てしまった。

その時からあたしはもう開き直って、澄音ではなくずっちーとかつての愛称で呼んでいる。




あたしがヤンデレを主としたゲームを買い、興奮して話をずっちーに聞いて貰っていた次の日、ずっちーは行方不明となった。

彼女は「不幸体質」だったし、行方不明になったことは過去に両手の指以上の数ほどある。

また今回もその体質が発揮されたのだと思った私は、無事を祈りながら捜索に力を入れていた。


そんな時だ。神と名乗る、端整な顔立ちをした背後から後光が差している変人と出会ったのは。あの虹色の後光、絶対一生忘れない。面白すぎでお腹ねじれるかと思ったくらいだもん。



ずっちーの居場所を知っていると言った奴を、あたしは人目見て変人で信用ならないと思っていたので、すぐにその言葉を鵜呑みはしなかった。

話半分に聞いて、適当に相槌を打っていたけれど、ずっちーが屋上からケバい女に落とされている光景を見せられ、冷静さはすぐどこかへ消えた。

親友が何故そんなことをされているのか、戸惑いと怒りが私の心を支配した瞬間だ。



その変人にずっちーの居場所を吐かせると、何とゲームを元にした世界にいるという。

信じられなかったけれど、変人から「不幸体質な彼女の幸福指数を上げないといけない」と聞かされたとき全てを悟った。


そしてあたしは変人で変態の神にこう言った。「ずっちーの傍に居て、助けてあげたい」と。


サポートキャラになったあたしは、うまい具合にずっちーにヤンデレエンドに行くようにした。

嫌なことは最初から、良いことは最後に、という方針にしていこうと予め考えていたから。


たまにずっちーの「不幸体質」のせいで、バッドエンドになったりしたけど、ずっちーは持ち前の前向き精神でゲームを少しずつ進めていった。

彼女が「不幸体質」でも、こうやって明るく元気に生きて生活しているのは、性格ゆえだと思う。前向きな性格じゃないと、そんな体質とは上手くやっていけないだろう。


そして全てのエンディングをクリアし、あたしは少し良いことを思い付いた。それを変人で変態の神に伝えると面白そうだと承諾してくれた。


それがこれ、逆ハーエンド。


攻略キャラ全員に迫られる様子は、あたしが見たくなかったので、ずっちーの好きな顔立ちの攻略キャラ限定の逆ハーエンド。

私が欲しいヤンデレな部分はずっちーが可哀想なのですこーしだけ無くして、逆ハーエンドを作ったのだ。

いやー眼福眼福。さすが美男子だ。


―――ん? 少しだけって、どれくらいかって?

そんなの微粒子レベルに決まってるじゃない。


「そういえば亮、お前さっさとあのデータよこせ」

「そんなこというならアンタだって」

「………データ?」


キョトンとした顔でずっちーが尋ねた。


「澄音は知らなくていいよ。さ、次はこれね。あーん」

「はぐらかすなー!! むぐぅっ」


うえっ。そろそろ桃色でまっピンクな空気に耐え切れなくなってきたので、退散するとしよう。

このルートの提案者は私だけれど、友人の恋路をずっと見れるほど、あたしの心は広くないのだ。

真っ赤になっているずっちーは可愛いけど。


ちなみに佐々木寛太が言ったあのデータとは、ずっちーの部屋に付いている隠し小型カメラの映像と、制服と部屋に付いている盗聴器のデータのことだ。

なんであたしが知っているのかというと、カメラも盗聴器も、取り付けたのがあたしだから。


あのヤンデレ二人は、目的を達成するためなら手段を選ばない。

大人しく言うことを聞かないと地獄を見ることになる。

ヤンデレ性質を消したほうが良かったかもと、一瞬思ったことがあるし。


「はぁー……。…スタンガン出されて脅された時は、キャラを選択ミスしたと思ったわ……」

「梨々香…? どうかしたか」

「んー、ちょっとずっちーが心配で」

「大丈夫だろ。あいつらはあれでバランス取れてるし」


…そうだといいな。

あたしは大親友の先の展開に期待と不安を感じつつ、隣にいる従弟キャラクターもとい攻略対象を眺め、あたしが頼んだエンディングを迎えたはずなのに一向に帰れない事実に眉を寄せた。



まじでこれ、ずっちーといっしょに帰れるの?





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