第6章 調停
第6章 調停
「殿、やはり参りましたな。」
横で一部始終を聞いていた河伝事、筆頭寄子の河田伝兵衛が、景光の先見に敬をあらわにして肯きながら言った。
「そうじゃ、我々が手を下さずとも民の方が動いたであろう。」
「殿の先見の明、恐れ入りまする。」
「そうじゃ河伝、その方に兵70を預けるので、多度の津から二隻で早速にも京へ上れ。そして今聞いた事を寸部違わずに讃岐守様に申し述べよ。されど肝に命じておけ、奏上するだけで喧嘩の仲裁をするでは無いぞ。長引けば長引く程これは我が手にとって良い事じゃからのう。そうじゃ、急ぎ白方に難民の為の長屋を整えよ。」
「殿、白方では天霧城への登り道ゆえ、香西の密偵などが混ざっていた場合にはまずうござろう。多度の津が良いかと思われますが。」
「おう、さような事もあろうわな。そうじゃ漁民も多い事じゃし、多度の津がよかろう。すぐに差配せい。」
「まぁ河伝、そう言うな。香西にも兵船を用立てろとはわしから言ったことじゃが、その香西五郎左衛門という人物はわしは知らん。わが手の香西豊前守の手の者じゃろう。判った判った。修理亮殿へはわしから文をつかわす。お主は早々に帰って更なる兵船を差配しろ。」
京にのぼった河伝は数日待たされたのち、讃岐守護細川満元に目通りすることが出来、浦住人による代官改易要求の訴えなどを上奏し、考えていた以上の返事を貰った。
「実は讃岐守様からご返事を賜ります以前に拙者なりに探索いたして見ましたところ、京の香西とこちらの香西とは少しばかり宗旨が違っている様子です。しかしこの事は讃岐守様へは申しておりません。」
本台山城へと帰った河伝は居間で小姓達を遠ざけて香川景光にささやいた。
「何、それはいかがな事か。」
「はい、京の香西は勿論讃岐守様の命で動かれておりますが、香西五郎左衛門へは赤松入道から何らかの誘いが入っているよしに存じます。」
「待て、河伝。めったな事を申すでない。それには証になることでも有るのか。」
香川景光は河伝の言葉を遮って扇子をかざし言った。
「ははっ、それが残念な事に、何一つ証はございません。されどあれから香西五郎左衛門が仕立てた兵船は塩飽に留め置かれておる由、状況を静観しているとしか見られませぬ。」
「まぁよいわ。その内讃岐守様からの御奉書なりが届けば話は終わる事じゃ。それより神人の多度津への移住は何名を数えたかの。」
「ははっ、恐れ入ります。その件に関しましてはまだはきとした数は数えておりませぬが、200を超えたかと存じまする。」
「そうかそうか200を超えたか。そうじゃ香西五郎左衛門が用立てた船は何艘じゃな。」
「はい、塩飽に留め置かれているのは6艘と存じます。」
「そうか、さすれば仁尾浦ではその為に100貫文を費やしたな。よし、河伝。仁尾浦へ10艘の兵船を用立てるように差配せよ。」
「えっ、この上の兵船用立てですか。」
「そうじゃ、そうすれば香西五郎左衛門の動きも判ろうと言うものじゃ。」
それからおよそ一月後に香西五郎左衛門の賄いを止められるべき由の『御奉書』を得る事が出来、仁尾浦神人はすべて還住した。
原新兵衛尉と大水主社神主の二人は本台山城へお礼に参上した。
「此度は殿様のご寛大なるお働きで神人皆揃って大水主社の祭礼が執り行えることになりました。まことにありがとうございました」
二人が這い蹲るように頭を下げる前で香川景光は、おうように言った。
「おうおう、そう頭を下げるものではないぞ。何だかんだと言いながらも元に戻ってめでたいことじゃ。それに神主さんの働きで雨も十分に降ったことじゃし、ともにめでたいことじゃよ。」
「はは、ありがたいお言葉。恐れ入ります。」
「つきましては、来月9月15日、当社の御祭礼を執り行いたいと存じますのでよろしく御差配の方お願い申し上げます。」
「おうそうか、そうか。めでたいことじゃからのう。よしよし、秋山壱岐守に申し付けておこうぞ。神人すべてが憩えるようにな。」