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第5章  守護代香川修理亮景光

第5章  守護代香川修理亮景光




 この嘉吉の乱により、守護代香川修理亮景光は兵船の徴発に入っていたのである。

当時香川氏は讃岐国13郡の内西讃6郡、多度、三野、豊田、鵜足、那珂、阿野北条を統治領有し、石高も9万石を数える大名である。


「ふむふむ、やはりな。五郎左衛門め、やりおったわい。」

 天霧城城主香川景光は居館である本台山城の居間で家老の河田伝兵衛から事の次第を耳にし、判りきった事よと言わんばかりにつぶやいた。

「されど、我らはいかが致すものでしょうか。」

「よいよい。捨て置け。今に面白くなるぞ。民が決めるわい。」

「ならば、船だけでも見張っておきましょうぞ。」


 この年は早くから炎暑が続き、田植えを終えたあたりから雨が一滴も降らない日々が続いていた。

 雨を見なくなって2ヶ月も過ぎている。

 各地では雨乞いの行事が行われているがその効き目はいっこうに現れてこない。

 田畑や溜め池の水は枯渇し、底には亀裂が走り、亀の甲羅状態にも見られる。

 稲はすべて死んだようになり果てていた。


「今年の夏はどうなっているんじゃろう。」

「このまま雨が降らなんだら、わしらはどうすればええんじゃ。」

「さむらい衆の乱れからのたたりじゃなかろうか。」

 四民は思うに任せてささやきあった。


 ここ仁尾浦も暑さにあえいでいた。

 木も草もぐったりと首をたれ、土地は乾ききって砂塵を風が巻き上げている。

 ただ他所と違うところは、他所以上に人々の気概がなくなっていた。


 二日後、船頭親子は開放されたが、追って惣官の原新兵衛尉へ守護代への兵船用立てに関しての糾明と罪科が行われた。

 すでに兵糧銭催促、一国平均役催促、更に代官の父逝去徳役50貫文の課徴督促などが続き、先の守護代への兵船仕立てで40貫もの出費になっている上に、罪科を申し渡された神人達は、原新兵衛尉を代表として代官改易欲求を訴えた。

「新兵衛尉様、わしらはもうあかん。船頭の弥五郎と息子は逃げてしまったが、かかあや親類は捕らえられるし、あの代官は仁尾の神人みんなに死ねと言うのかよお。」

 ある日、村人の一人が新兵衛尉をたずねて、横一文字の目から大粒の涙を流しながら哀願した。

「まあ、まて。今に訴えを御聞き届けになったと言う返事がくるから。」

 原新も、代官の事となれば打つ手も無くただ同じ言葉を神人達に繰り返すばかりである。

「なら、いつまで待てばいいだか。昨日も隣はいなくなるし、わしらの部落じゃもう半分ものこっとらん。」

「新兵衛尉殿、わしは明日、守護代様に寄進の事で会うのじゃが、どうじゃお主も同道すまいか。」

 一部始終を聞いていた大水主大明神の神主が横合いから声をかけた。

「おお、そうじゃな。わしもそろそろ考えておったところじゃ。」

 渡りに船とばかりに新兵衛尉は合槌を打ったものだが、代官との手前大手を振って守護代様に目見えの為に出かける訳にもままならずと思案顔を神主に向けた。

「心配せずとも良いわ、わしが何とか思案をする。」

「ならば、同道させて頂くとするか」


「おう珍しい御人が見えるわい。」

 香川氏代々の居館である本台山城を訪ねた二人の老人を前にして、彼等の待つ居間に入ると同時に香川景光は大きく手を広げて歓待の意志表示をしながらドッカと柱を背にして腰を下ろした。

「どうしたその格好は」

 庭職人の格好をし神主の横で床に頭をこすりつけている新兵衛尉をからかう様に言った。

「へえ、御無沙汰致しております。わたしも老境に入りましたので、庭木いじりでもして余生を暮らそうと考えております、はい」

「ほぅ、うまい事を言う。じゃが、わしは床では無いから顔を見せて話してはくれんか。」

「へへー、申し訳ございません」

 苦渋をにじませた新兵衛尉の顔に景光はほほえんで見せ、神主に向かって言った。

「ところで雨が降らん。神主さん寄進が足らんのかのう。」

「ほうほう、私もこの原新と同じく老境に入りましたのでな、今一つ効き目が薄れてきましたかな。」

「それは困る。大水主社祭百襲姫命の神子三郎殿が言われる言葉とも思えない」

「ま、そうも言いなさんな。そのうち降りますわな。」

 エヘンと咳払いを挟んで、老人は背筋をピンと立て言葉をつないだ。


「ご存知の様に、仁尾浦では大変な事になっております。村人達は徴散を始めるし、このままでは殿様から兵船の要請があったとしても受ける訳にはならなくなるやも知れません。どうか早急に手を携えてはいただけませぬか」

「おう、わしも懸念しておった。あの船頭にも無理強いを頼んだ事でもあるし、ところで村人の徴散はいかばかりになっておるのじゃ」

「はい、今ではすでに半数はと数えられます」代わって新兵衛尉が答えた。

「そうか、半数か。」

 頭を抱え込む新兵衛尉に景光は肯き、

「それで代官はいかが致しておるのじゃ」と言葉をつないだ。

「それでございます。この様な状態をお分かりの筈じゃのに、未だに親父どのの逝去徳役50貫文の要求をされております。」

「無体な。」

 景光の大きな声に二人の老人はハッと顔を上げ、目の前の色黒の大殿を見、そして二人で目を見詰めあった。


「その様な無体があって良いものか。よし、丁度、讃岐守様から早く船をしたてよとの催促があったところなので、京へ登った時にわしからも言ってやろう。ところで逃げるなら、わしのところへ逃げろと村人へは言っておけ。事が収まれば返してやる。」

「ははー、ありがとうございます。」

 来た時と違って二人は十歳も若返った気持ちで、本台山城を後にした。




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