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僕とミズキ、ときどき花蓮さん

私を忘れた仕返しさ

作者: 佐和 潤

僕とミズキ、ときどき花蓮さんの前日談です。

和睦と花蓮の再会エピソードです。

「あの、すまない起きてもらえないだろうな」

 ハスキーボイスが聞こえた。狼のような切れ長の鋭い目が僕を覗きこんでいた。見たことのない人だった。サッパリとしたショートカット、唇は薄くスッキリした凛々しい顔つきだ。

 窓から吹き込む風は微かな湿り気を帯びていた。風は涼しく湿度は低い。梅雨の谷間の夕暮れ、湿気も少なく惰眠をむさぼるには最適な環境だった。

 自分の部屋に見ず知らずの人がいた。とりあえず大声を上げようにも寝起きのため、口内が乾いて声が出ない。

「君は誰?」

 僕の口から出てきたのは相手が誰であるかという問いだった。もし強盗なら有無をいわさず金銭的要求をするし、殺人犯なら起こす必要はない。

 つまりこの人の正体は犯罪者じゃない。寝起きの頭を必死に動かした結果、彼女は敵という可能性は低いと判断した。

「叔父さんから話を聞いてないのかい?」

「父さん?」

 擦り寄るような鳴き声が聞こえた。足元を見ると少女の足にカイが擦り寄っていた。背筋を妙なものが走る。この子とはどこかで会った気がする。

「この子かい? 私が見つめた瞬間腹を見せたよ。撫でたら喜んでね」

「お前に犬としての誇りはないのか?」

 腹を撫でられたカイは舌を出して尻尾を降っていた。完全服従である。芝とコーギーのミックスだから闘争本能には全く期待していなかったが、これほど役立たずとは思わなかった。

「いいじゃないか。可愛い子だ」

 狼のような目を細めて彼女はカイの腹を撫でた。多分、こいつは犬としての直感で格上だと判断したんだろう。さっき感じた違和感がどんどん大きくなる。

「君が斉藤和睦(かずちか)くんかい?」

 彼女の言葉に頷いた。彼女は僕の名前を知っているが、僕は知らない。もしかしたら忘れているのかもしれない。とりあえず今は両親が返ってくるのを待とう。

「何で、僕の名前を?」

「後でゆっくり話すよ」


 居間の部屋の机を挟んで、僕の目の前では彼女が女の子座りで座っていた。窓の外では薄雲が空を覆っていた。風は湿っている。机の上には麦茶が置かれていた。

 彼女によると、母さんからはすぐ帰ると連絡があったそうで僕を起こしたということらしい。

「私はこっちの高校に進学しようと考えていて、そしたら叔父さんの家が空いてるて言うから」

「それでこの家に住むと」

 彼女はこの家の新しい住人ということだ。春、大学進学を機に姉ちゃんは実家を出た。現在のところこの家の住人は、単身赴任先中の父さんを除いた僕と母さん二人だけだ。

「つまり大人同士で話が成立してたと」

 そうすべての話し合いは終わっていた。僕の意思をまるっきり無視してである。まあ両親に養ってもらっている以上反抗するのは大人げないが、せめて言って欲しかった。

「見ず知らずの人間と一緒に住むのは不安かい?」

 黙って頷く、父親の知り合いとはいえ見ず知らずの人暮らすのは不安だ。しかし本当に見ず知らずなんだろうか。訳の分からないモヤモヤが胸の中で渦巻いていた。

「君は忘れたのか」

悲しげな低い声だった。彼女は伏し目がちに僕を見つめていた。寂しさの色が濃く出ている。

「誰か言ってくれたら思い出すかも知れないです」

 彼女の目が大きく見開かれた。

「思い出しそうなのか? わかった」

 彼女は床を指さすと急かすように言葉を紡いだ。

「すまない、ちょっと寝てくれないか? 頼むから」

 気迫に押されるように床に横になる。そうすると彼女は僕の右脚に左脚を絡めてきた。

「手加減するから」

 言うが早いか、彼女はは僕のアキレス腱を絞め上げた。呻き声を上げながら僕は床を何度も叩く。

 思わず叫びそうになり声が喉から出かかる。その時、脳裏に違和感を覚えた。この経験は初めてではない。

「思い出したかい? 和睦くん君は空手家役だからね」

 空手家役という言葉で記憶の糸を必死にたどる。呆気無く記憶が蘇ってきた。その日、僕はプロレスごっこでアキレス腱固めを喰らって、足を怪我した。

 加害者は同い年の従姉、狼みたいに鋭い目をしたカッコいい女の子、その女の子の姿が目の前の彼女と重なり一致した。

「花蓮さん」

 彼女の顔から悲しみの色が消えた。そして喜色満面と言う言葉がぴったりの笑顔を浮かべた。

「そうだよ和睦。大きくなったな」

「花蓮さんもだよ。でも何でプロレスごっこなんか」

「私を忘れた仕返しさ」

 いたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべていた。ああそうだ、花蓮さんはかっこ良くて自由奔放だった。昔の記憶が堰を切ったように思い出されてくる。

 花蓮さんは真顔に戻ると僕に向かって正座をした。つられて僕も足を組む。

「今日からよろしくな」

 花蓮さんは深々と頭を下げた。僕もつられるように頭を下げる。僕の顔に日の光が当たっていた。

 目を移すと雲の隙間から太陽が姿を表していた。

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