第5章 キス
「なあ、政和」
「何だよ」
「キス、ってどういうタイミングでするもんなんだ」
「お前、まだしてねえの?」
「手も繋いでない」
「マジかよ? 俺なんか三回目のデートでエッチしたけどな」
政和のストレートな言葉に僕は赤面した。
「どうすればキス出来るかなあ」
「『沙織……愛してる』って言って唇を奪えよ」
「嫌がられないかなあ」
「沙織ちゃんはお前のこと好きなんだろ? なら大丈夫だろ」
「そうだよなあ……よし、頑張るよ」
僕は次のデートで沙織にキスすることを決めた。
「ごめんね拓真くん、待った?」
「ううん、全然」
「じゃあ、行こうか。拓真くんち行くの初めてだから緊張するなあ。お母さんとか、いるの?」
「いや、仕事でいないよ」
汗ばんだ手を洋服で拭きながら、僕は恐る恐る言ってみた。
「手……繋いでもいい?」
「え……」
君は戸惑った様子で僕を見た。そんな目で見つめられたらドキドキするじゃないか。
「ごめん、何でもない」
「いいよ」
「え?」
「手……繋ご」
君はそう言って立ち止まり、手を差し出してきた。
「ありがとう……」
僕はその手を握った。そして歩き出す。僕の家にたどり着くまで、僕も沙織も無言のままだった。
「お邪魔します」
君はそう言って脱いだ靴を揃えた。
「僕の部屋はこっちだよ」
君は僕の後ろをひょこひょこと付いてきた。
「ちょっと汚いけど」
本当はちょっとじゃなかった。ドアを開けると、君が漏らした。
「きたなっ……」
「だから言っただろ。汚いって」
「ちょっとって言ったじゃん」
君は机の上に散乱していた漫画本を揃え始めた。僕は電気を点けて、
「ごめんな」
と謝った。
「大丈夫、私お片付け好きだから」
と言って笑顔を見せる。悩殺。今、家には僕と沙織しかいない。二人きり。
「拓真くん?」
気が付くと僕は沙織の手を掴んでいた。
「何……?」
「沙織」
さすがに愛してるとは恥ずかしくて言えない。代わりに、
「キス……してもいい?」
と訊いた。君は僕が告白したときのように視線を泳がせた。
「……いいよ」
君は顔を赤くしながらそう言った。僕は、ゆっくりと君に口付けをする。初めての唇の感触は、柔らかくて、みずみずしかった。
「……」
唇を離し、見つめ合う君と僕。僕は君を抱き締めた。
「拓真くん……」
「ん?」
「ずっと……一緒だよね」
「勿論」
このときは、君の言葉に隠された深い意味なんて考えなかった。
「今日はありがと。またね」
駅で僕たちは別れた。君を抱き締めたあと、本当はエッチしたかった。でも、そこまでの勇気が僕になかったし、君は僕の手から離れると片付けを再開したしで結局出来なかった。焦っちゃいけない。これから先、君といくらでも一緒にいられるんだから。
「また、会おうな」
「うんっ。バイバイ」
そして君は改札口を抜け、やがて見えなくなった。
『今日はありがとう。また遊ぼうね』
家に帰ってから届いた、君からのメール。僕は急いで返信した。
『拓真くん、大好き』
『僕もだよ』
『ずっと一緒だよ』『ああ』
しばらくメールは続いたが、会話が一段落すると僕は返信を止めた。枕に顔を突っ伏して、ニヤニヤしそうになるのを抑える。明日、またコンビニに行こう。もうすぐ、沙織の誕生日だ。何をあげよう。君は喜んでくれるだろうか。