第3章 告白
ライブ当日、僕は買ってから一度も着ていない服を身にまとい駅で沙織を待っていた。約束の一五分前。本当に来てくれるのだろうか? あんなに美人な女の子が、僕に付き合ってくれたりするのだろうか? 駄目だ駄目だ。疑心暗鬼になっちゃいけない。
「拓真……くん?」
顔を上げると、そこにはピンクのキャミソールに青いロングスカートを履いた沙織が立っていた。
「あ……」
あまりの可愛さに一瞬言葉を失った。
「ごめんなさい、待ちましたか?」
「いやっ、僕も今来たところです」
僕はハンカチで額の汗を拭った。やばい。酷く緊張している。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言って君はにこりと笑った。僕は胸の鼓動が君に聞こえていないか不安だった。
バスに乗って僕が先に座ると、君は隣に座った。超至近距離。車内は涼しいというのに汗が止まらない。
「楽しみですね、ライブ。私、ライブって行ったことないんですよ」
「あ、僕も行ったことないです。あんまり音楽って聴かないし」
「そうなんですか」
君は少し意外そうな顔をして言った。実際、僕はCDなんて五枚くらいしか持っていないし、iPodも勿論持っていない。だから、ライブは正直言って全然楽しみじゃなかった。ただ、君と会えることだけが楽しみだった。
「沙織さんは、よく音楽聴くんですか」
「さんは付けなくていいよ」
「え?」
「沙織でいいよ。あと、タメ語にしません? 同い年なんだし」
まさか、君の方からそう言ってくれるとは思わなかった。しかも呼び捨てでいいなんて、これはもしやフラグが立ったか?
「……いいの?」
「うん」
そう言って君は笑った。
「その……沙織はどんな音楽を聴くの?」
「クラシック。私、昔ピアノ習ってたんだ。ちょっと理由があって止めちゃったけど」
「理由?」
君はとつとつと話し出した。
「中二のとき、交通事故に遭ったの。私は自転車で、相手は車。それで、右腕と左手の薬指骨折。腕の方は完治したんだけど、指は神経が切れちゃったらしくて、動かなくなっちゃったんだ。だから、もうピアノは弾けない」
そう言った君の目は、哀しそうな色をしていた。僕は何て言葉をかけたらいいのか迷った。
「それは……辛かったね」
「ありがとう、拓真くん」
君は僕の目をじっと見つめて言った。
そうしているうちに目的地に着き、僕たちはライブハウスへと入っていった。
「今やってるバンドの次がダチの知り合いのバンドみたい」
「そうなんだ。じゃあ、そろそろ入っとこうか」
中に入ると、ステージだけライトが点いていて薄暗かった。政和の友達のバンドの前のバンドが(とは言ってもメンバーは一人の弾き語りスタイルだが)、MCをしていた。観に来ているは一五人ほどだろうか。しばらくして、次のバンドが姿を現した。すると歓声が飛ぶ。
「頑張れよー」
「間違えるんじゃねえぞ!」
そして、演奏が始まった。いきなりドラムの音が鳴り響いた。そしてエレキギター。キンキンした声のボーカル。スピーカーから大音量で音楽が流れていた。思わず顔をしかめる。沙織の方を見てみると、無表情でステージに見入っていた。やかましい。この音楽はやかましい。クラシックが好きだと言った君に、合うはずなどない。僕は申し訳ない気持ちになった。
その後も演奏が続き、終わった頃には八時を過ぎていた。
「ごめん、沙織にはこういうの合わなかったよね」
ライブハウスを出ると僕は謝罪した。しかし君は目を丸くして、
「ううん。何だか、凄かった。迫力があって。それに演奏している人たち、生き生きとしてた。羨ましいと思った。今日は誘ってくれてありがとう、拓真くん」
それが本音なのかどうか分からないが、お礼を言われて嬉しくなった。この空気なら言える。
「沙織って……彼氏とかいるの?」
突然の質問に君は驚いた様子だった。
「ううん。いないよ。拓真くんは? 彼女、いるの?」
「いるわけないじゃないか」
「そうなんだ」
ほら、このタイミングだ。言え。言うんだ。しかし僕の口は強張ったままだった。
「バス、来ないね」
沙織の横顔は美しかった。政和に言われた。今日、告白しろと。僕はまだ早いと言ったが、早い者勝ちだぞと言われて考えた。でも、考えるだけじゃ駄目だ。行動に移さねば。
「私、拓真くんと知り合えて良かった」
「あの」
「ん?」
「僕……、沙織のことが好きなんだ」