第1章 出会い
「さよなら、拓真くん」
僕が告白したときに恥ずかしそうに目を泳がせていた君は今、僕をまっすぐと見ていた。君と出会ったときから始まった物語が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
* * *
コンビニで働く君を見ているのが僕の小さな幸せだった。ドキドキしながら買う物を持っていって、おつりを渡す君の手が少し触れたときなんかは、僕はすごく嬉しかったんだ。くりっとした瞳にアップにした長い髪の毛、そしてすらりと伸びた手足。そう、僕は君に一目惚れしたんだ。でも告白する勇気なんて持ち合わせていなかった。その日も僕はおつりを募金箱に入れた。
「ありがとうございます」
と君は言った。その声が聞きたかった、ただそれだけなんだ。毎日コンビニに通う僕を、君は覚えてくれただろうか?
「お前さー、それじゃあいつまで経っても彼女なんか出来ねーぞ。早いとこ告っちゃえよ」
友達の政和はそう言う。
「分かってるけどよー、告白なんて出来ねぇよ。だってあんなに可愛いんじゃ絶対彼氏いるだろうし」
「だからってこのままでいいのかよ」
「よくないけど……」
「拓真は昔っからそうだよな」
こいつとの付き合いはもう十年になる。政和は好きになったら迷わず告白する、僕とは正反対の奴だった。そのせいか政和の隣にはいつも女の子がいる。羨ましいったらありゃしない。僕なんか、彼女いない歴=年齢だというのに。
「そんなに好きならさ、バイト終わる時間を見計らって行ってみればいいじゃんかよ。それで、ちょっと話してみろよ」
「僕にそんな勇気……」
「男だろ? やれば出来る!」
「……分かったよ……」
そして僕は勇気を振り絞って、彼女を待ち伏せすることにした。
長い白のワンピースでコンビニから出てきた君に、僕は近付いた。心臓がうるさいくらいに鼓動を打っている。大丈夫、大丈夫。僕は紙切れを汗ばんだ手で握りながら、彼女に声をかけた。
「こ、今晩は」
君は目を丸くした。
「あの、僕、たまたまここを通りかかって……。あ、僕のこと覚えています?」
お願いだ、覚えていてくれ。足がガクガクと震えていた。すると君は少し笑って、
「……はい、覚えていますよ。いつも募金してくれてる」
神様! ありがとう! 僕はそれだけでも嬉しかった。だけど、まだやらなければいけないことがある。恐る恐る紙切れを、君の目の前に差し出した。
「あのっ、これ! 良かったらメール下さい」
紙切れには自分のメールアドレスが書いてあった。もし、押し返されたらどうしよう。不安で不安で逃げ出したかった。でも、このままじゃいつまでも恋に内気な僕のままだ。進展しないで終わってしまう。もう、そんなの嫌だ。走る車のヘッドライトが君の横顔を照らした。
「……はい」
君はゆっくりと紙切れを受け取った。黒いマニキュアの塗られた長い爪が綺麗だと思った。
「ありがとうございますっ。それじゃ!」
僕は逃げるようにしてその場を後にした。
家に帰ってから、ずっと自分の部屋で携帯電話を眺めていた。もし、もしもメールが来なかったらもうあそこのコンビニに行くのは止めよう。ドキドキは収まるどころか、メールアドレスを渡したときよりも脈が速くなっていた。
と、携帯電話が鳴った。僕はすかさず携帯電話を開く。知らないアドレスからだった。もしかして。
『メールアドレスを教えて下さりありがとうございます。あなたのことは印象に残っていました』
彼女だ! 僕は声を上げそうになった。すぐさま返信をする。彼女からの返事もすぐに来た。そのメールで彼女が沙織という名前だということ、僕と同じ十八歳だということを知った。その後もしばらくメールは続いたが、沙織からのメールには一切絵文字が使われていなく、僕とメールしていても楽しくないのかと少し不安になったが、礼儀正しい文面に好感を持った。
『また明日、コンビニで待っていますね』
その言葉が嬉しかった。でも、どんな顔をして会えばいいのだろう。僕はまともに話せるだろうか? それとも昨日と変わらない対応で終わるのだろうか。今日はなかなか寝付けそうにない。